その優しさが
新学期があっという間に始まった。
休みは短いのに、学期中は長く感じられるのはどうしてだろう?
櫻井三兄弟はギリギリまで海外にいたために、直接学園の寮に戻ってきた。自宅にいる間に、紅に会ってドレスを返そうと思っていた私。それも叶わず、結局寮まで持って来てしまった。箱に入れて運んだので、もちろん他の人にはバレていない。
うちの親は「ありがたくもらっておけ」と言う。でも、そんなわけにはいかない。第一、どういうつもりで送ってきたのかわからないのだ。袖は通してしまったけれど、理由も聞かないうちに勝手に自分のものにしてはいけないと思う。だから、寮で紅の姿を見かけた時には話ができると思って嬉しかった。
「紅! 良かった、会いたかったよ」
開口一番そう言った。
怯んだような表情の紅が目を丸くする。
「あ、ごめん。変な意味じゃなくて。だって、いきなり高いものを送り付けてきたでしょう? だから聞きたくて。あれって一体何?」
「何だ、俺に会えて喜んだんじゃないのか」
目を細めて聞いてくる。
夏休みを海外で過ごして日に焼けたのか、紅の赤茶けた髪は完全に赤になっていた。背も前より少し伸びたように思う。改めてじっくり見ると、ちょっとだけ知らない人のように感じてしまった。思わずトクンと胸が高鳴る。
「も、もちろん嬉しいよ? 久しぶりだし。お帰りなさい、紅」
「ただいま」
言うなりハグしてきた。
これはあれかな?
休みの前から海外にいたから、向こうの習慣が抜けてないのかも。
背中に手を当て抱き返す。
紅の肩幅は広く胸板も厚い。
すっぽり包み込まれてしまうから、自分が小さくなったように感じてしまう。
でも………………長いよ?
「もう! 挨拶だけで大げさなんだから」
言いながら身体を離そうとしたけれど、紅の腕はビクともしない。
あれ?
「もう少しだけ。充電させてくれ」
何を?
充電ってどういう意味だろう。
ご飯が足りないなら、私に寄りかからずに食堂に行けばいいのに。
しばらくしてから、紅はようやく身体を離してくれた。落ち着いたところで、早速ドレスのことを聞いてみる。
「ねえ、休み中にうちに届いたドレスって何かな?」
「ん? 土産だ。あとは謝罪。離れて俺も色々考えた。ひどい態度だったし、一方的に気持ちを押し付けて悪かった」
押し付けるって、私に好きだと言ったこと? 困っただけで嫌ではなかったのに……
謝るってことはもういいの?
私のことは何とも思ってないのかな。
それはそれでちょっと悲しい。
だけど、謝るにしたってオートクチュールのドレスは高いと思う。
「別に謝ってもらうことでもないし。冷たいなとは思ったけど、私は世話役なんだし当たり前でしょう? それよりドレスって、あんな高い物受け取れないよ!」
「一度くらい贈り物をしてもいいだろう? 受け取れないなら捨ててくれ。どうせお前に合わせて作った物だ」
「そんな!」
一度くらいって何が言いたいんだろう?
それに、受け取れないなら捨ててって、捨てられるわけないじゃない!
私に合わせてわざわざ作ってもらったものを、あんなに綺麗な服を処分するなんてできっこない。
わかってて贈ったの?
どうして?
本当は何のために?
一つだけ閃いたことがある。
否定して欲しいと思いながら、紅に質問してみた。
「もしかして、向こうで桃……花澤さんに会った?」
「ああ。もう聞いたのか」
そうだったのか――
何も聞いていないけれど、全てに納得がいった。夏休み中に学園の外で桃華に会って、自分が好きなのはヒロインだ、って再認識したんでしょう? だから、私に好きだと言ったのを取り消そうと思ったのね。
一生に一度ってことは、最後ってことだよね。幼なじみとしてずっと一緒にいたけど、これが最初で最後のプレゼントってこと?
付き合ったわけではないし、まさか手切れ金ってわけではないと思うけど。でも、送られてきたドレスを着た瞬間すごく嬉しかっただなんて、口が裂けても言えない。
「……ありがとう。そういうことなら、もらっておくね」
泣かないよう我慢して、お礼を言う。
きっと二人は順調なんだ。
私が望んでいた通りに、紅と桃華はくっついたんだ。ここは、笑わなければいけないところ。
そんな私を見た紅が、優しく微笑んだ。
「機会があったら着てくれ」
桃華との話が進んでいるなら、その機会とは、二人の婚約披露パーティーだ。ゲームでは卒業した後になる。でも、もしかして早まっているの?
もしそうでも、私はドレスを着られない。だって、桃華のよく知る紫記は男の子だ。女の子の格好で参加するのはおかしい。それでも私は二人を祝福しなくっちゃ。元々そのために頑張ってきたんだもの。
「ねえ、紅。花澤さんとは……」
「あ、兄さんだけずるーい!」
黄の声が響いた。
彼は部屋に入るなり、紅と私の間に入ろうとしている。
「話し中だ。邪魔」
「兄さんこそ!」
「あら。黄、もしかして背が伸びた?」
自分で質問したくせに、聞くのが怖くて私は黄に話しかけた。
「わかった? 僕、少し大きくなったみたい。だから遠慮なく、僕のところにお嫁においで」
「なっ、お前!」
そう言うと、紅の制止にも関わらず黄が抱きついてきた。相変わらずだ。だけど、背が伸びたのに膝を曲げてまで胸の部分に頭を擦りつけるとは、いい度胸だ。
「ちょっと黄!」
「あれ? 紫ちゃん、もしかして……」
あ。
その先はちょっと聞きたくないかも。
太った、とか言い出すんでしょう?
「もしかして。胸、大きくなった?」
ああ、それなら……って、ちっがーう!
「な、なな何を」
「だって、ここだけきつそうだ。さらしを巻いてもこうなんでしょう?」
「うぎゃ~~っ」
思いっきり黄を突き飛ばした。
さすがに両手で直接触られるのは、ちょっと。可愛ければ何でも許されると思ったら大間違いだ。
「黄、貴様!」
紅が黄の首元を掴み、遠くに引っ張っていく。私の変わりにガミガミ怒ってくれている。首を竦める黄は、背が伸びたとはいえ小動物みたいだ。
思わずクスクス笑ってしまう。
こんな風にじゃれ合う彼らが見られるのも、あと少し……
「……って、あれ?」
考えただけで涙が出てしまった。
慌てて二人に背を向ける。
「どうした、紫。やっぱり嫌だったか」
紅が心配して聞いてくる。
良かった、以前の優しい紅に戻っている。
それが、桃華と上手くいったせいだと思うと悲しくて、また泣けてきた。
肩に手を置かれ、振り向かされそうになる。けれど――
「何でもない。笑い過ぎて、目にゴミが入ったのかも」
いやいやと軽く首を振って否定したら、それ以上紅は追及してこなかった。私の肩から手を離すと、黄を連れて行ってしまった。
その優しさが、今は少し辛かった。




