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私がヒロイン? いいえ、攻略されない攻略対象です  作者: きゃる
第3章 近くて遠い人
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その優しさが

 新学期があっという間に始まった。

 休みは短いのに、学期中は長く感じられるのはどうしてだろう? 

 櫻井三兄弟はギリギリまで海外にいたために、直接学園の寮に戻ってきた。自宅にいる間に、紅に会ってドレスを返そうと思っていた私。それも叶わず、結局寮まで持って来てしまった。箱に入れて運んだので、もちろん他の人にはバレていない。


うちの親は「ありがたくもらっておけ」と言う。でも、そんなわけにはいかない。第一、どういうつもりで送ってきたのかわからないのだ。袖は通してしまったけれど、理由も聞かないうちに勝手に自分のものにしてはいけないと思う。だから、寮で紅の姿を見かけた時には話ができると思って嬉しかった。


「紅! 良かった、会いたかったよ」


 開口一番そう言った。

 (ひる)んだような表情の紅が目を丸くする。


「あ、ごめん。変な意味じゃなくて。だって、いきなり高いものを送り付けてきたでしょう? だから聞きたくて。あれって一体何?」

「何だ、俺に会えて喜んだんじゃないのか」


 目を細めて聞いてくる。

 夏休みを海外で過ごして日に焼けたのか、紅の赤茶けた髪は完全に赤になっていた。背も前より少し伸びたように思う。改めてじっくり見ると、ちょっとだけ知らない人のように感じてしまった。思わずトクンと胸が高鳴る。


「も、もちろん嬉しいよ? 久しぶりだし。お帰りなさい、紅」

「ただいま」


 言うなりハグしてきた。

 これはあれかな?

 休みの前から海外にいたから、向こうの習慣が抜けてないのかも。

 背中に手を当て抱き返す。

紅の肩幅は広く胸板も厚い。

すっぽり包み込まれてしまうから、自分が小さくなったように感じてしまう。

 でも………………長いよ?


「もう! 挨拶だけで大げさなんだから」


 言いながら身体を離そうとしたけれど、紅の腕はビクともしない。

 あれ?


「もう少しだけ。充電させてくれ」


 何を?

 充電ってどういう意味だろう。

 ご飯が足りないなら、私に寄りかからずに食堂に行けばいいのに。


 しばらくしてから、紅はようやく身体を離してくれた。落ち着いたところで、早速ドレスのことを聞いてみる。


「ねえ、休み中にうちに届いたドレスって何かな?」

「ん? 土産だ。あとは謝罪。離れて俺も色々考えた。ひどい態度だったし、一方的に気持ちを押し付けて悪かった」


 押し付けるって、私に好きだと言ったこと? 困っただけで嫌ではなかったのに……

 謝るってことはもういいの?

 私のことは何とも思ってないのかな。

 それはそれでちょっと悲しい。

 だけど、謝るにしたってオートクチュールのドレスは高いと思う。


「別に謝ってもらうことでもないし。冷たいなとは思ったけど、私は世話役なんだし当たり前でしょう? それよりドレスって、あんな高い物受け取れないよ!」

「一度くらい贈り物をしてもいいだろう? 受け取れないなら捨ててくれ。どうせお前に合わせて作った物だ」

「そんな!」


 一度くらいって何が言いたいんだろう?

 それに、受け取れないなら捨ててって、捨てられるわけないじゃない! 

私に合わせてわざわざ作ってもらったものを、あんなに綺麗な服を処分するなんてできっこない。

 わかってて贈ったの?

 どうして?

本当は何のために?

 一つだけ閃いたことがある。

 否定して欲しいと思いながら、紅に質問してみた。


「もしかして、向こうで桃……花澤さんに会った?」

「ああ。もう聞いたのか」


 そうだったのか――

 何も聞いていないけれど、全てに納得がいった。夏休み中に学園の外で桃華に会って、自分が好きなのはヒロインだ、って再認識したんでしょう? だから、私に好きだと言ったのを取り消そうと思ったのね。


 一生に一度ってことは、最後ってことだよね。幼なじみとしてずっと一緒にいたけど、これが最初で最後のプレゼントってこと?

付き合ったわけではないし、まさか手切れ金ってわけではないと思うけど。でも、送られてきたドレスを着た瞬間すごく嬉しかっただなんて、口が裂けても言えない。

 

「……ありがとう。そういうことなら、もらっておくね」


 泣かないよう我慢して、お礼を言う。

きっと二人は順調なんだ。

私が望んでいた通りに、紅と桃華はくっついたんだ。ここは、笑わなければいけないところ。

そんな私を見た紅が、優しく微笑んだ。


「機会があったら着てくれ」


 桃華との話が進んでいるなら、その機会とは、二人の婚約披露パーティーだ。ゲームでは卒業した後になる。でも、もしかして早まっているの?

もしそうでも、私はドレスを着られない。だって、桃華のよく知る紫記は男の子だ。女の子の格好で参加するのはおかしい。それでも私は二人を祝福しなくっちゃ。元々そのために頑張ってきたんだもの。


「ねえ、紅。花澤さんとは……」

「あ、兄さんだけずるーい!」


 黄の声が響いた。

 彼は部屋に入るなり、紅と私の間に入ろうとしている。


「話し中だ。邪魔」

「兄さんこそ!」

「あら。黄、もしかして背が伸びた?」


 自分で質問したくせに、聞くのが怖くて私は黄に話しかけた。


「わかった? 僕、少し大きくなったみたい。だから遠慮なく、僕のところにお嫁においで」

「なっ、お前!」


 そう言うと、紅の制止にも関わらず黄が抱きついてきた。相変わらずだ。だけど、背が伸びたのに膝を曲げてまで胸の部分に頭を擦りつけるとは、いい度胸だ。

 

「ちょっと黄!」

「あれ? 紫ちゃん、もしかして……」


 あ。

 その先はちょっと聞きたくないかも。

 太った、とか言い出すんでしょう?


「もしかして。胸、大きくなった?」


 ああ、それなら……って、ちっがーう!

 

「な、なな何を」

「だって、ここだけきつそうだ。さらしを巻いてもこうなんでしょう?」

「うぎゃ~~っ」


 思いっきり黄を突き飛ばした。

 さすがに両手で直接触られるのは、ちょっと。可愛ければ何でも許されると思ったら大間違いだ。


「黄、貴様!」


 紅が黄の首元を掴み、遠くに引っ張っていく。私の変わりにガミガミ怒ってくれている。首を竦める黄は、背が伸びたとはいえ小動物みたいだ。

 思わずクスクス笑ってしまう。

 こんな風にじゃれ合う彼らが見られるのも、あと少し……


「……って、あれ?」


 考えただけで涙が出てしまった。

 慌てて二人に背を向ける。


「どうした、紫。やっぱり嫌だったか」


 紅が心配して聞いてくる。

 良かった、以前の優しい紅に戻っている。

 それが、桃華と上手くいったせいだと思うと悲しくて、また泣けてきた。

 肩に手を置かれ、振り向かされそうになる。けれど――


「何でもない。笑い過ぎて、目にゴミが入ったのかも」


 いやいやと軽く首を振って否定したら、それ以上紅は追及してこなかった。私の肩から手を離すと、黄を連れて行ってしまった。


 その優しさが、今は少し辛かった。

 

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