紫記の受難の日々
夏のよく晴れた日の放課後。
違うクラスの女子に、話があると屋上に呼び出された。着くなりプレゼントを渡されたから、紅か蒼、黄に届けるんだと思っていた。でもそれは、紫記である私の分とのこと。どうやら私は今、告白されているらしい。
「どうして急に?」
「急? いいえ。今まで紅輝様に止められていて、なかなか紫記様には近付けませんでしたもの」
初耳だった。
いったいどういうこと?
その子に詳しく聞いてみたところ、『紫記への告白は櫻井に申請するように』だとか『紫記のプレゼントは検閲が必要』だの、紅がふれ回っていたらしい。私が知らなかっただけで、学園では結構有名な話なのだとか。
ここは校則は緩いけれど、セレブならではの決まりごとみたいなものがある。その中に『長者番付でより上位の家の者に従え』という暗黙の了解がある。だから、櫻井三兄弟……とりわけ長男の紅輝に堂々と逆らえる者はいない。まあ、私は反抗してばかりだけれど。
「今までって……」
「最近は紅輝様が紫記様のことを何もおっしゃらなくなりましたので。それなら『解禁かもしれない』ってみんなで騒いでて。熱い想いを持つ順に行こうってことになりましたの」
順ってことは、一人じゃないの?
それに、熱い想いって何?
聞きたい気もするけれど、やめておこう。
でもまさか私が、このタイミングでヒロイン以外の女子から告白されるとは思わなかった。今まで呼び出されたことはなかったし、櫻井兄弟と行動を共にしていたため、彼らに注目が集まっていたから。
けれど彼女の話によると、それはどうやら紅のおかげだったみたい。私が気まずい思いをしないよう、彼が手を回していたようだ。もしかしたら、他にも私の知らない事実があったりして。
そうか、だから桃華が「男同士で……」なんて変な誤解をしていたんだ。
ちなみに逆らっても罰則はないらしく、破っても陰で『勇者』と呼ばれるだけらしい。春に「一日だけ彼女にして下さい」と私に言ってきた子は、現在『勇者6号』と呼ばれているのだとか。1~5号に覚えはないけれど、自分でも気づかないうちに女の子からの告白や贈り物を断っていたのかもしれない。
「そう……なんだ。でも、ごめん。やっぱり君の気持には応えられない」
「いいんです。でもこれで、私が8号ですわ!」
「……え?」
「みんなに自慢できます!」
なぜか嬉しそうに去って行く女の子。
断ったのに喜ばれるってどういうこと?
しかも、この子の前に桃華にも告白されたから、まさか桃華が7号? 女の子なのに同性に告白されるって、いいんだか悪いんだか。自分がどんどん男の子に近づいているような……って、また嫌なことを思い出してしまった。
『あるかないかわからない』んじゃなくて、さらしを取ったらちゃんとあるから! 潰しているから小さく見えるだけであって、本当はそこまで小さくない……と思う。体育祭の時に藍人に「胸があるかないかわからない」と言われたのを、私は未だに引きずっている。
女の子達にまで疑われてないってことは、私ってかなり男っぽいのかな。まさかとは思うけど、胸のせいじゃないよね? 卒業して世話役を辞めたら、私はバストサイズア……女子力アップに本格的に取り組むつもりだ。
「あ、紫記! ちょうどいいところにいた。紅兄さんから伝言。学園をしばらく留守にするから、あとを頼むってさ」
「……わかった。いつまでって?」
「さあ。新学期までには帰ってくるんじゃない?」
黄がやって来た。
私を探してわざわざ屋上まで来たらしい。先日の『嘘泣き事件』以来、落ち着いたのか変に絡んでくることはない。あ、いつものように抱きついてはくるけれど。少なくとも、私の嫌がることはしないと決めたみたいだ。
そんなわけで、紅とあまり話さなくなった以外は今のところ毎日が平穏だ。
この頃は世話役の仕事も楽になってきた。紅だけでなく蒼や黄も朝、自分達で起きてくる。ここにきて三人共、ヒロインである桃華に惹かれ出したのかもしれない。
「朝起きられるようになって偉いね」
黄を褒めた時、こう返された。
「僕だって男の子だからね。朝くっつかれたら恥ずかしいよ」
昼間は平気でくっつくのに?
朝だけダメって何で?
よくわからないけど、世話役も終わりに近づいてるって思った方が良いみたい。
紅は最近、用事のために外出することが多くなった。蒼いわく、櫻井のおじ様の要請で、御曹司として外部のパーティーに出席したり、持ち株会社の会議なんかに顔を出しているのだとか。勉強は元々トップの成績だから、出席日数が足りていれば学園にいなくても問題ない。避けられているとは思っていないけれど、紅と顔を合わせる機会が極端に減ってきたように思う。
寮は同じ部屋だし、クラスだって一緒だ。少しくらい会えなくても、ここは素直に世話役の負担が減ったと喜ぶところ。
寂しいなんて思っちゃいけない。俺様でいいから、世話役としてでもいいからずっと側にいたい、なんて願ってはいけない。だって私は、紅の告白を断ってしまった。『幼なじみで世話役だ』とはっきり言ってしまっている。
徐々に将来の練習をしているのだと思えばいい。三兄弟と離れた後の。桃華と彼らの幸せな姿を見届けたら、私は――
「ゆ……紫記、どうしたの。兄さんのことが心配?」
可愛い顔で黄が顔を覗き込んでくる。
「まさか。心配なんてしてないよ」
紅は物覚えも早く、何でも卒なくこなせる。今頃は『櫻井財閥の次代』として紹介され、人脈を広げていることだろう。
心配なのは、ぐらぐら揺れる自分の気持ち。気づけばなぜか紅のことばかり考えてしまう、よくわからない自分の心だ。
「だよねー。ちゃっかりどこかの御令嬢と婚約しちゃってたりして」
ごめん、黄。
その冗談笑えないや。
桃華ならいいけれど、それ以外の人に紅が惹かれてしまった場合、私は到底納得できない。
紅がいないせいなのか、紫記に告白する女子が後を絶たない。紫記――つまり私は、今日も昼休みに呼び出され、熱い想いを語られている。
「紅輝だけでなく紫記ちゃんにも抜かれる日がくるとはねぇ」
橙也は面白がってからかうけれど、笑いごとではない。攻略対象がモテるのは乙女ゲームのお約束。だけど私は女の子。女子にモテてどうするんだって話だ。
しかも断ったら断ったで、『でしたら私は○○号ですね!』と言いながら去って行く。もはや罰ゲーム感覚で遊ばれているのではないかと思う。現在21号までいるらしいから、会員番号のようにも聞こえる。これで性別がバレたら、私は21人から確実に恨まれてしまう。
「しないしないしない、俺は告白しない」
「あれ? 藍人じゃないか。どうした、君も誰かに告白するのか?」
藍人が近くを通ったので声をかけた。その瞬間、猛スピードで逃げて行く。いったい何だったんだろう? 変なの。




