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私がヒロイン? いいえ、攻略されない攻略対象です  作者: きゃる
第3章 近くて遠い人
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お似合いの二人

 教室に戻ると、窓際で親しく話す紅と桃華の姿があった。他にも何人かいるけれど、私には二人だけの世界に見える。だって前まで、こんなにくっついていなかったもの。

 改めて見てみると、すごく仲がいいように感じる。だったら二人は『運動場お姫様抱っこイベント』以降急速に接近しているということ?

 紅が桃華に向ける笑みは、本物のような気がする。紅と話す桃華もすごく嬉しそうだ。何てお似合いの二人なんだろう。


「あ、紫記様!」


 私にまで輝くような笑顔を向ける桃華は、やっぱり可愛い。ふわふわの栗色の髪、まつ毛の長い大きな目。女の子らしい仕草も、小柄なのに大きな胸も私にはないものばかり……あ、全然ないってわけじゃなくて胸はちゃんとあるから。そこだけは訂正しておかないと。


 問いかけるように私を見る紅とは、視線を合わせることができない。途中で戻って来たことで、話を邪魔されたと思ったのかな。でも、声をかけてきたのは桃華だから、恨まれても困る。それに、今の私は窓側の席だから近付かないと座れない。

 何も言えずに頷くと、自分の席に腰かけて本を開く。紅は最近、用事がない限り私に話しかけてこなくなった。寂しいような気もするけれど、私は世話役だから仕方がない。身の回りの世話やスケジュール管理をするのが仕事だから、余計な口は挟まない。


 席替えは昨日したばかりだった。

 私の三つ前が紅で、紅の右隣が桃華になる。だから英語の授業中は嫌でも二人の姿が視界に入る。桃華に近いためか、紅の機嫌が良さそうだ。ため息を吐いたり、つまらなさそうに授業を受けることもないようだ。いつもより集中して聞いている気がする。流暢な彼の発音にクラス中がうっとりする。もちろん桃華も。間近で聴く声は特によく聞こえるから、惚れ直しているのかもしれない。


 この世界は、ヒロインに優しい。

 私が仲を取り持たなくても、シナリオという運命の力によって紅との恋が進展しているみたいだ。私が今まで気がつかなかっただけで、徐々にハッピーエンドに近付いているのだろう。それは元々私が願っていたことでもある。時々、胸が痛むような感じがするのはきっと気のせいだ。




 次の時間は久々に化学の実験だった。

 グループは以前と全く同じ。

 けれど席順が異なり、桃華の両隣には紅と蒼が。私は藍人と橙也に挟まれた形になっている。


「紅だけでなく蒼まで同時?」

「どうしたの紫記ちゃん。危ないよ、集中して」


 橙也に手を握られたことで、今の状況を思い出した。いけない。きちんと量らないと薬品の分量を間違えてしまう。この前みたいに爆発したら大変だ。あの時は紅が助けてくれたけど、今はもう桃華のものだ。


「ああ、ごめん。ボーっとしてた」

「化学は苦手だったっけ。それとも実験が嫌い? それなら二人でどこか一緒に……」

「行きません!」


 橙也はすぐに冗談を言う。

 おかげで却って実験に集中できるような気がする。量った液体をスポイトに入れ、少しずつ足していく。


「よくできた、偉いぞ」


 藍人やその隣の男子まで私の頭を撫でてくる。


「いや、実験苦手なわけじゃないから」


 勘違いをされているようで嫌だな。

 追試を受けたせいもあるからか、できないと思われているみたいだ。でも悪いけど、私の化学の成績は藍人よりも上だと思う。追試のことを思い出し、蒼に目を向ける。途端にイラっとした表情の紅が目に飛び込んで来た。

 何で? そんなにうるさくしていたつもりはないのに。それに、今日は四人ずつ分かれて実験するんだから、そっちの邪魔はしていないでしょう?


 苦手といえば、桃華の方が苦戦しているようだ。器具を組み立てられない彼女に、紅と蒼がつきっきりで教えている。以前は紅や蒼とくっつき過ぎだとクラスの女子から文句を言われていた桃華。でも、持ち前の明るさからクラスの女子とも仲が良く、人気者だ。だから攻略対象とくっついてももう目の敵にはされない。それは純粋に喜ばしいことだと思う。


 簡単な実験だからあっさり終わったけど、この後のレポート提出が大変だ。今日の実験を踏まえ、日常生活への応用と自分なりの考察、グループで話し合った結果を明日までにまとめなければいけない。

 ああ、そうか。だからなのか。

 実験後も桃華とずっと一緒にいたいから、紅も蒼も彼女と同じグループになったのだろう。図書館で顔を合わせることにはなるけれど、課題が多い時は世話役の仕事は免除される。彼らの方も私を気にせず、ゆっくりできるはずだ。


 放課後、図書館に向かった。

 大型犬のような藍人が協力してくれたおかげで、すぐに逃げようとする橙也の確保に成功。四人で無事に調べ物をすることができた。一番やる気のなかった橙也が英語の論文を引っ張り出してきたのには驚いた。彼が英才教育を受けていたことは、ゲームで知っている。けれど、専門用語にまで詳しいとは思わなかった。この分ならうちのグループが一番かもしれない。私は橙也に感謝の笑みを向けた。


「いいね~その笑顔。独り占めしたいな。いっそのこと付き合おうか?」

「なっっ。いくら可愛くても紫記は男だぞ。その証拠に……」

「ふざけるのはやめろ! 図書館の中だしみんなの迷惑だ」


 私は素早く遮った。

 藍人よ、今何を言おうとした?

「胸がない」とか言ったらブチ切れたかも。

 橙也がクスクス笑っている。

 反対に、藍人は真っ赤な顔をしている。

 二人共どうしたの?

 まさか男の子の方が好きな人達ではないよね?


 順調な私達とは違って、すぐ側の紅達のグループからは不穏な空気が漂っている。紅は真面目な顔だし、蒼はしきりに眼鏡を触っている。二人共かなり機嫌が悪いようだ。桃華はそんな彼らにはおかまいなく、こちらに向かって手を振ってくる。さっきつられて思わず振り返してしまった。さすがヒロイン。攻略対象同士の自分をめぐる密かなバトルには気がつかないようだ。




 思っていたより課題が早く片付いたので、私はさっさと寮に戻った。部屋に入ると黄がちょこんとソファに腰かけて、クッキーを食べている。そんな姿が可愛くて、思わずキュンとしてしまった。

 

「あ、紫ちゃんお帰りー。兄さん達は?」

「ただいま。化学の課題が出たから、図書館で調べているよ。私のグループは早く終わったから」

「……え、一緒じゃないの? へえ、珍しいね。だったら今は二人きりだ」

「そうだね。ティールームに行ってもいいけど、どうする?」


 お菓子が食べたいなら、お茶を飲みに行けばいいのに。女の子達からもらった手作りのお菓子もいいけれど、やはり学園自慢のパティシエの味には叶わない。お茶の時間は過ぎたけど、もしかしたら焼き菓子なんかが少し残っているかもしれない。


「せっかく二人でいられるのに? そんなもったいないこと僕がすると思う?」

「どういう意味?」


 首を傾げる私に、黄は無言でソファの自分の隣をポンポンと叩いた。ああそうか。ここに座って耳掃除をしてくれってことなのね? それともマッサージ? カバンを片付けた私は耳かきを用意すると、言われるままにソファに腰を下ろした。ところが――


「これってチャンスだよね」

「ま、まま待って、どういうこと!」


 どうして私は黄に押し倒されているの?


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