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私がヒロイン? いいえ、攻略されない攻略対象です  作者: きゃる
第2章 それぞれの想い
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紅輝の作戦

「……で、問題ないんだな。紫は打ち身だけで、平気なんだな」

「あのね、紅輝。心配だったら自分で連れて来れば良かっただろう?」

「それができないから聞いている」

「強引にキスまでしといて? フラれたからってカッコ悪いね」

「言うな、碧。俺だって傷ついていないわけじゃない」

「だろうね。でも、今までベタベタに甘やかしていたくせに、急に冷たくなんてできるのかな?」


 保健室で俺は碧の言葉にそっぽを向いた。

 自分でも紫にどう接していいのかわからない。だけど、大事にし過ぎたために幼なじみで世話役だと言われてしまった。それなら、実際に世話役として扱った方が違いがわかっていいかもしれない。

 俺が今まで紫をどんなに大切にしてきたか。陰でどんな風に動いていたか。下手な小細工をやめてみれば、彼女なりに気づくことがあるかもしれない。そう思って。

 それでも意識してもらえないなら、潔く諦めよう。いや、俺は本当に諦められる……のか?


「うるさい。努力はしている」

「大して成功していないようだけど? さっきのリレーもボロボロだったし。かろうじて抜かされなかったけど、いつもの走りじゃなかったよ」


 騎馬戦では冷たくしたものの、紫のことが気がかりだった。ただでさえ華奢なのだ。打ち付けた背中以外も心配だ。痛がってはいなかったから、骨折ではないと思う。けれど、ひびが入っていたり白い肌に傷がつくのは困る。顔だって引っかかれていたし、跡が残って嫁に行けなくなったらどうする! ……まあその時は、俺が喜んで嫁にもらうが。

 リレーは正直どうでもよかった。

 紫と堂々とくっつける演舞が全てだったから。本番では一体感が出せたし、今までで最高の出来だったと思う。現に演舞だけは赤組が最高得点だった。それなのに――


 告白があっさり断られるとは思わなかった。『世話役だから』というよくわからない理由で。言い訳しながら無理に笑う姿が愛しくて、思わず手を出してしまったのは失敗だったけど。


「それより、紫ちゃんのことだけど。このままでは無理があるよ。男装も今年までかな? 年頃の子の発育は早いからね。元々綺麗な顔立ちだし、さすがに隠してはおけないだろう。うちの理事長はどうするつもりなんだろうね?」

「考慮中だ」


 二年かけずに手に入れるつもりだった。

 そうなれば婚約者として、堂々と援助ができる。一年目は慣れない男装で頑張る姿が可愛くて、つい見逃してしまった。ようやく慣れてきた二年目。今年こそ、と期待していた。

 だが転校生が来たことで、紫は変な動きをするようになってしまった。いつもより落ち着きがなく予測ができない。転校生に優しくするかと思えば、逃げ回っている。挙句の果ては好きだと言われてしまう始末。転校生は紫記が女子だと気づいていないから、仕方がないのかもしれない。


 表面上、紫記とは友人として振る舞って来たつもりだ。でもあの転校生は、俺が紫に特別な感情を抱いていることをすぐに見破った。恋する女は怖い。まさか保健室の前でケンカを売られるとは思わなかった。

 俺の気持ちは紫本人に気づいて欲しかった。告白後も『世話役』と言い張るのではなく。


 嫌われてはいない、と思う。

 少なくとも蒼や黄よりは仲がいいと思う。

 抱き上げても嫌がらなくなったし、顔を合わせれば笑ってくれる。先日のバスケの試合後は、『ヴィオレット』ブランドの自分のハンカチを届けさせたくらいだ。

 抱き寄せても嫌がらないし、好意の表情を向けてくれたことだってある。演舞の練習にも嫌がらずに付き合ってくれたし、今朝は体調の心配までしてくれた。それなのに、なぜ――

 

 橙也が好きならまだわかる。

 昨日二人で会っていたと、橙也が匂わせてきたくらいだ。今日の演舞でも彼の曲を聞いて紫は泣いていた。確かに綺麗なメロディで、いかにも女子受けしそうな曲調だった。だが泣くほどのものだったか?

 橙也は今まで、特定の相手を作ることはなかった。だが紫記が女性だと気づけば、興味を示すかもしれない。既に気づいている可能性が高いし、彼の動きは気になる。紫は否定したが、橙也のことは用心しないと。


 藍人は紫の正体に気づいていないはずだ。

 騎馬戦の度にブツブツ呟いているけれど、紫記をそのまま男だと思っている。でも最近紫に近付くと「肌すべすべだろ」とか「いい匂いがしてヤバイ」なんて言い出した。女子だとバレればどうなるか。彼にももちろん注意は必要だ。




「で、いつまでここに居座るつもりだ。優勝できなかったからって、帰らないと紫ちゃんを心配させちゃうんじゃない?」


 優勝にこだわりはない。

 それに、できれば心配してほしい。

「世話役の仕事だから仕方なく」と一蹴されるより、俺のことで気をもんで心を占めてもらいたい。俺は紫とは幼なじみ以上の関係に、彼女の唯一になりたい。


「仕方ない。そろそろ戻るか」

「まったく、好きな子に意地悪する小学生じゃないんだから。彼女が大人の男性がいいと言い出しても知らないよ? もちろん歓迎するけどね」

「笑えない冗談は止めろ」


 碧を一瞥(いちべつ)した俺は立ち上がった。

 まさか本気だとは思わないが、年上の従兄も油断はできない。秘密を知る数少ない一人として、紫に信頼されている。碧も碧で紫記とは呼ばず、他人のいない時には『紫ちゃん』と呼んで可愛がっている。

 まったく、前途多難だ。

 ライバルが多過ぎるのも問題だ。

 あの転校生も紫記ではなく、他の誰かを好きになれば良かったものを。


「じゃあ碧、紫にはバラすなよ」

「紅輝のヘタレっぷりを? それも面白そ……」

「クビにするぞ」


 言い捨てた俺は保健室を後にした。




 寮の部屋に戻ると、案の定心配した紫が飛んできた。今日は自分の方が散々だったのに、他人の世話を焼く癖は昔から変わっていない。彼女の頬に思わず手を伸ばしかけて……止めた。世話役として扱うと決めたのだ。我慢することにする。『押してダメなら引いてみろ』とは誰が言ったのか。打つ手が他にない以上、逆説的なこの意見に今のところ賛成するしかない。


「夕食まだでしょう? 競技も多かったのに食べていないから、お腹空いてるんじゃない?」

「そういえばそうだな。お前はもう食べたのか?」


 夫婦のようなこの会話に思わず笑ってしまう。朝食と違って、夕食は部活ごとに終わる時間が異なるため、午後九時までなら好きな時間に食べられる。体育祭だった今日とて例外ではない。


「まだ。紅が帰って来るのを待ってたら、こんな時間になってた」

「まあ、世話役だからな。一緒に来るなら構わないけど」


 泣きそうな顔をするくらいなら、自分から『世話役だ』なんて言い出すなよ? 悲しそうな顔も犯罪級に可愛いが、虐めているようで心が痛い。


「……じゃあ行く」

「蒼と黄は?」

「待ってられないから先に行くって」

「そうか。それなら……」


 部屋に二人きりだと思うと嬉しくなってしまう。俺は紫の肩を抱き寄せ頭頂部にキスを落とすと、すぐに部屋を出た。


「はあ? いきなり何を……」


 怒って追いかけて来る紫が可愛い。

 どうしよう、この関係も意外に楽しいかもしれない。当分、()みつきになりそうだ。

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