体育祭6
着替えてお昼を食べて運動場にゆっくり戻ると、午後の部も後半に差し掛かっていた。一年生の黄の金髪が輝いている。どうやら、四人一組で横にした棒を持って障害物を回る競技らしい。近くの女子もきゃあきゃあ言いながらすごく楽しそうだ。
大人しそうに見えて黄も運動神経がいいから、もちろん心配はしていない。隣の組を抜き返すと、一位でゴールしたようだ。良かった、黄も初めての体育祭を楽しんでいるみたい。眺めていたら黄が嬉しそうに手を振ってきた。その様子が可愛くて、私もすぐに振り返した。恥ずかしくなって周りを確認する。今のって私にだよね。いいんだよね?
二、三年の騎馬戦の集合アナウンスがあったので、指定場所に向かう。紅や橙也、藍人も向かっているはずだ。集合場所に到着すると、先に来ていた彼らが何やら話し込んでいた。
「それで、どういう風の吹き回し? 俺は別に構わないけど。いいんだね?」
「ああ。俺と藍人の方が身長が合う」
紅と橙也だ。
どうやら前後の位置を入れ替えるらしい。騎馬の三人は前が橙也で右後ろが藍人、左後ろが紅に変わる。
「まあ、紫記がそれでいいなら。あ、でも俺が前でもいいぞ?」
「却下だ」
藍人に対して紅は冷たい。
私に異論はないけれど。
でも、紅だと遠慮なく頭を鷲掴みにできたけど、橙也だと悪い気がする。それに、のしかかって橙也に重いと思われるのもちょっと嫌かな。紅では気にならなかったことが、他の人だと気になるし緊張してしまう。だけど、作戦なら仕方がないか。私は上に乗っかってるだけだし。
「ごめん、橙也。僕重いよ?」
先に言っておこう。
それなら、後から恨まれずに済むかも。
「そう? 気にしないで大丈夫。体重かけていいよ。どうせ役得みたいなもんだし」
言っている意味はわからないけど、大丈夫だと言ってくれた。それなら、思いっきりいけそうだ。鉢巻を締め、気合を入れ直す。鉢巻をとられたら、負けて陣地に帰らなければいけない。騎馬戦は荒々しい競技だ。でも、セレブ校のせいか練習では引っかいたり取っ組み合いになったりはしなかった。なので私は、特に何の心配もしていない。チームワーク以外は。
「頑張ろうね!」
元気にそう言ったら、いつもは笑いかけてくれるはずの紅が何の反応も示さない。まあ、さっきの今では期待する方が無理なのかな? 断ったのは私の方だし。機嫌が悪いならそっとしておこう。
「おう、頑張ろうぜ」
藍人に髪をくしゃくしゃにされた。
その優しさに思わず頬が緩んでしまう。
「最後まで残ったらご褒美ちょうだい、紫記ちゃん」
橙也もフォローしてくれた。
ご褒美って何だろう。
夕食のデザートよこせ、とか?
それくらいならお安い御用だ。
競技中、紅のことはなるべく考えないようにしよう。
合図とともに騎馬戦が始まった。
陣地から一斉に飛び出す。
三人共足が速いので、危なくなったらすぐに方向転換してくれる。おかげで今のところ、私の鉢巻きは大丈夫。私は男子に比べれば細いけど、手足が長いので有利だ。後ろや横から相手の鉢巻きに向かって思いっきり手を伸ばす。
「取った。次! 右二時の方向」
指示を出すと素早く動いてくれる。
前が紅から橙也に代わっても、違和感はあまりなかった。
本番だからか、どのチームも真剣だ。そのため騎馬戦は、いつもよりも白熱している。少し顔を引っかかれたけどお互い様だ。私より下の馬の方が辛いだろう。
最初の一戦目は鉢巻を取られることなく、三本ほど集めることができた。同じ赤青合同組で上に乗っている蒼も余裕の表情だ。四、五本は軽くいっているかもしれない。
「まあまあかな。橙也、大丈夫?」
一番前が一番きついと思う。
だから紅も嫌だったのかな?
「心配してくれるなんて優しいね。感触が素敵でやめられないね」
「は?」
「気のせい気のせい気のせい。柔らかかったの俺の気のせい」
ちょっと待った。
橙也も藍人も、私が太ってるって言ってる?
こんな時、いつも話題を変えて止めさせてくれる紅が、今はムッとした顔をしている。それって何? 今まで重かったのをずっと我慢してたってこと? だったら言ってくれれば良かったのに。本番までに少しはダイエットした……かもしれないから。
私はいつも紅に頼っていた。
幼なじみの気安さから、彼の優しさに甘えていたと思う。だけどさっき世話役って言い切った以上、自分でこの場を治めなければ。
「太ってないよ、失礼な。二人の方こそ運動不足なんじゃない? もっとガンガン攻めていこう!」
ほら。紅に助けてもらわなくても、私は大丈夫。
最終となる二戦目は、みんな気合が入っているようだった。笛が鳴った瞬間、待ちかねたように一斉に駆け出す。敵のチームが打ち合わせていたようで、三組ほど同時に攻めてきた。私達をぐるりと囲み、一気に鉢巻を取ろうとしている。私は身体を限界まで前に倒すと、伸びてくる手を思い切り避けた。低い姿勢のまま抜け道を探す。
「……くっ」
意外にしつこく食い下がってくるから、避けるばかりでなかなか相手の鉢巻きが取れない。
「無理するな、取られても構わない」
「紅!」
彼の声に安心するなんてバカみたい。
でも、嫌がっていないとわかったせいか一気に気持ちが軽くなる。
だけど、それとこれとは別問題。負けず嫌いな私は一生懸命手を伸ばす。ダメだ、相手の鉢巻きがなかなか取れない。相手チームの体格のいい男子も、ちょこまか逃げる私に腹を立てたみたいだ。いきなり私のジャージの襟首を掴んだかと思うと、自分の方へ引っ張った。
「うわっ」
「紫記!」
あっと思った時には遅かった。
引きずり降ろされる瞬間、咄嗟に相手の服を掴んで一緒に落下していた。
「痛ってーな、くそっ」
「くうぅー」
打ち付けた背中が痛い。
下に叩きつけられた衝撃で、一瞬声が出なかった。
運動場の設備が整っていて下がゴムでできているとはいえ、痛いものは痛いのだ。藍人を制し、近寄った紅が手早く怪我の状態を確認してくれる。何だかんだいって彼は優しい。私の世話を焼くのが、習慣になってるみたい。幸い怪我はなく、あったとしても擦り傷や打ち身だけだと思われた。
相手の男子も無事みたい。
起き上がってピンピンしている。
が、私達は落馬したので二戦目は失格だ。
「紅、心配かけてごめん」
「見たところどこも折れてはいないな。痛みが治まらないようなら、橙也か藍人に保健室に連れて行ってもらえ」
……あれ?
紅がいつもと違う。
手を取って立たせてくれたのは、橙也だった。紅はそれ以上私に触ろうともしない。いつもなら、私が断っても保健室について来るのに。
まあ、今のが普通の反応なんだろう。付き添うなんて面倒くさいと思うのが本当だ。だけど私の具合が悪い時、紅は大抵一緒にいてくれた。世話役なのに甘えっぱなしだった私が悪い。でも、急に態度を変えられるっていうのもちょっと。
私はただの世話役だから、友人として扱う気もなくなったってこと? これから卒業するまで、ずっとこんな感じなのかな――
知らないうちに私は、痛みとは違う涙を浮かべていた。




