体育祭5
藍人にさらし姿を見られたけど、性別はバレていないはずだ。何たって「あるかないかわからない」って言ってたぐらいだし……。女の子だって思われなくて良かったと、前向きに考えるべき?
本番前にへこんでしまったけれど、気持ちを切り替えて頑張らないといけない。紅のいる赤組を優勝させないといけないから。私は藍人の失礼な言動を頭から追い出すと、急いで運動場に向かった。
紅や赤組のみんなは、既に着替え終わっていた。衣装係の子が貫頭衣を渡してくれる。
「ありがとう。作るの大変だったね」
「いえ、大したことはありません。あの……紫記様、頑張って下さい」
私は頷くと、今着ている衣装の上から被った。更に小道具の剣も用意し待機する。鳳凰用の紐の付いた帽子や扇は、演舞中にさりげなく渡されるから今は要らない。
全員が手作り、または仕立ててもらった貫頭衣を着ている。女子は手に赤いポンポンを持っていて、男子は素手。男子の何人かは大きな赤い旗を振り回す予定だ。
時間が迫ってきたので、みんなで円陣を組む。リーダーの紅が声をかけた。
「悔いのないよう全てを出し切れ!」
「「「おおーーっ」」」
紅と目が合う。
もう不機嫌ではないようだ。
互いに頷き確認すると、走って定位置についた。
演舞前半は、激しい戦いを繰り広げないといけない。
「さあ、華麗な演舞も残すところ一組となりました。赤組は『鳳凰の舞』です。炎の中、激しく争う二つの国。やがて全てが燃え、大地が死に絶えます。灰の中から復活するのは、一対の鳳凰。甦った鳳凰は、人々に希望を与えることができるのでしょうか」
アナウンスが流れ、激しい曲がかかる。
まずは旗を持った男子が並び、大きく振って炎を表現する。残った私達は二手に分かれて突撃し、戦う。女子が戦火の役、男子が思い思いに戦いを表現する役だ。日頃の恨みとばかりに飛び掛かる生徒は、リハーサルの時に注意を受けていた。
紅と私のみ剣を扱う。
本部席側中央で舞うように剣を合わせる。
飛び退り、近づいてはまた飛びのく。
飛び上がったり、地に伏せたりして激しい戦いを剣の舞で表現する。
何度も練習したから、楽しく思える。
今日で終わりだなんてもったいない。
この時間がいつまでも続けばいいのに……
太鼓の合図で、互いに斬り伏せられる。
全員が運動場に倒れる形となった。
熾火のような小さな火は、女子の赤いポンポンだ。その間に隠れた私と紅は、貫頭衣を脱ぎ捨てて、帽子を被り扇を持つ。
ここからが『鳳凰の舞』。
いよいよクライマックスだ。
徐々に立ち上がり、復活を表現する。
両手に持った扇で鳳凰の舞を舞う。
他にも、何人かの女子が同じ踊りをする。
その中には桃華の姿もあるはずだ。
「紫記、俺だけを見ろ」
視線を大きく逸らしたつもりはなかったけれど、紅が舞いながら私に話しかけてくる。随分余裕だね? 首を大きく動かさないと頭の紐が揺れないので、それは無理。でも、チームワークを大事にしようということなのだろう。笑みを浮かべて紅に応じる。
「わかった」
ずっと練習してきたから、息はぴったりだ。扇を閉じたり開いたりするタイミングも全く一緒。あとは、難しい表現を乗り切ればいい。
紅に背を向け寄りかかる。
限界まで仰け反る私が、彼の腕一本で支えられる。戦で失われた人々の悲しみを表現しつつ、鳳凰の夫婦の情愛を表すんだとか。練習で「離さない」と言ってくれたから、遠慮なく体重をかける。重いと思われようと、どうせ今日が最後だ。演舞では密着するけど、実生活ではあり得ないから。
その後起き上がると、鳳凰同士が最も近づく場面になる。私は紅を下から見上げて、優しく頬を撫でる。対する紅も情熱を込めて、私の方に屈まなければならない。力が入り過ぎたせいか、紅の鼻と私の鼻がぶつかる。小さな頃から知っているけど、イケメンのどアップは心臓に悪い。
色っぽく、なるべく色っぽく。
照れてはいけない照れてはいけない――
一生懸命自分に言い聞かせ、赤くならないように注意する。必死な私とは違い、紅の切ないような表情は真に迫っている。本番だからだろうけれど、演技でここまでできるって相当すごい。そんな目で見られたら、桃華もきっとイチコロだろう。
フィナーレは、起き上がった全員が喜びの舞を踊る。で、ここからが大変なんだけど、男子の作ったタワーの上に登らなければいけない。鳳凰の飛翔を表すらしい。でも、振り付けを考えた人は自分でやったことがないと思う。三段とはいえ平安貴族風狩衣だとさすがにキツイから。
崩れないように慎重に。
一番上に立った紅と私は、羽に見立てた扇を同時に広げる。
やった、決まった!
曲が終わり、拍手と歓声に包まれる。
終わったしもう十分働いたから、後は退場するだけだ。ところが――
退場の時、誰が仕掛けたのか煙が上がった。
みんなも咳き込みながら帰っていく。
というよりこれって何?
リハーサルには無かったのに。
回って来た煙が辺りに立ち込め苦しい。
喉が……息ができない――!
「紫!」
紅が慌てて飛んで来る。
タワーの一番上にいたために、下りた時にまともにくらってしまった。以前、小児喘息だった私。今でも大量の埃や煙に弱い。下りた瞬間、激しく咳き込む。紅に縋りついた私は、息を吸うのに必死だ。
「ハッ……ハッ……ハッ」
「大丈夫だ。落ち着け」
紅が背中を撫でてくれる。
そのまま私を横抱きにして、走ってくれた。
終了のアナウンスが聞こえる。
どうやら全て演出だと思われたようだ。
違うのに――
救護テントで携帯用の吸入器を借り、事なきを得る。念の為、お昼も保健室で休むことにした。こっちの吸入器の方が大きいから、私にとっては都合がいい。吸入中の私の側には、紅と碧先生が腕を組んで立っている。
「危なかったね、紫ちゃん。まあ喘息の子は他にもいるけど、今のところ誰も来てないかな」
「碧先生、すみません。紅もごめん。また迷惑をかけたね」
「構わない。疲れも出たんだろう。終わるまで側にいるから」
優しい紅はそう言ってくれるけど、人気者の彼をここに引き留めておくわけにはいかない。
「もう大丈夫だから。みんなとお昼に行ってきていいよ」
午後の私は最後の方に騎馬戦があるだけ。
でも紅は、いろんな競技にエントリーしていた。
しっかりお昼を食べないと、途中で力尽きてしまうかも。
「いや。話があると言っただろう? ちょうどいい。碧、外してくれ」
紅が碧先生を追い出そうとしている。
慌てて口を開こうとした私より先に、碧先生が抗議する。
「んー、タイミング的に最悪かな? 僕を外に出しても、ほら」
碧先生が身体をどけると、扉を開けて入って来た一団が見えた。
桃華に黄、蒼がいる。
その後ろには、藍人と橙也まで。
「紫記様、大丈夫ですか? 私、もうびっくりしちゃって」
「ゆ……紫記、演舞の後どうしたの? 僕、心配しちゃったよ」
「紅、最後のはまさかお前の演出ではないよな? 片づけが大変だと先生方がこぼしていたぞ」
「紫記……さっきはなんかごめん。とりあえず謝っとくわ」
「鳳凰、なかなか良かったよ? 紅輝と一緒なのが妬けるけどね」
途端に保健室が賑やかになる。
私の異常に気づいたみんなが、わざわざ来てくれたらしい。
「はあぁぁ」
紅は大きくため息をつくと、なぜか額に手を当てていた。




