体育祭4
お昼前の応援合戦で繰り広げられる『演舞』は、事前のくじ引きで青、白、黄、赤の順と決まっている。青組の演舞を見てから着替えれば、ちょうどいい長さだ。
「青組の演舞は『水神』です。人柱として川に投げ込まれた少女に、水の龍が恋してしまいます。種族の違う二人の愛は、果たして成就するのでしょうか」
アナウンスの後で、青組全員が青い生地を手にして出てきた。音楽担当は橙也だと放送されている。
まずは、全員で川を表現するらしい。
前評判が高かっただけあって、みんなの動きも揃っている。荒れ狂う川に投げ込まれるのは、白い着物を着た一人の乙女……のはずなんだけど。
遠目でも見えるようにするためか、ちょっと大きい人のような気がする。川から変化し、龍の鱗となったみんなに巻き付かれている白い乙女に見覚えがある。――藍人だ!
長い黒髪のウィッグをつけているけれど、時々はみ出る腕や足の筋肉がごつい。まあ気にしなければいいんだけど。その代わり、龍のとぐろを巻く動きに奔流されている様子の表現は見事だ。でも、ごついな。
乙女に恋した水神の役は予想通り蒼だった。珍しくコンタクトにしているせいか、いつもの二割増しかっこよく見える。なのに乙女が――やっぱりごつい。一度気にし出したら、ずっと気になってしまう。乙女の役が女子ではバク転とか側転なんかは難しいし、荒々しい表現に危険が伴うけれど。
でも、藍人もよく引き受けたよね?
後で感想を言ってあげよう。
そして、演舞のおそらく最終場面。
水底に沈む二人を表現した踊りのところで、私の耳に突然、聞き慣れた音楽が飛び込んできた。
『虹カプ』のテーマ曲だ!
昨日できたばかりの曲を、橙也が早速アレンジしたのだろう。歌詞はもちろんついていない。けれど、知っている私は思わずほろっとなってしまう。
『私の色と貴方の色
たとえ想いが届かなくても
虹の世界があるのなら
愛する貴方の幸せを
私は永遠に祈っている
私は永遠を願っている』
水神と乙女が二人だけの世界で永遠の愛を誓う。物悲しいメロディーがよく合っていて、うっかり感動してしまった。短時間で演舞用にまとめられるなんて、橙也はやはり天才だ。うちのクラスの女子達も曲にはうっとりしているようで、私も食い入るように見てしまった。
さすがは青組だった。『水神』はとても面白かったし、動きが揃っていた。赤組の『鳳凰の舞』も負けるわけにはいかない。私もそろそろ演舞用の衣装に着替えに行こうかな。
隣の紅を見ると、真剣な表情をしている。ライバルの思った以上の出来栄えに、機嫌が悪くなったとか?
「どうした、紅。圧倒されちゃった?」
「いや。でもお前は、泣くほど感動したのか」
「え? ……あっ」
指摘されるまでわからなかったけど、目を触ると確かにうるんでいた。『虹カプ』のテーマ曲に感動して、涙が出ていたらしい。私はごまかすように笑う。
「ごめんごめん、最後の曲でちょっと。さ、僕達も準備しよう」
「悪い、先に行っててくれ」
明るく言ったのに目を逸らされてしまう。急に自信がなくなったのかな? それとも演舞を見て、さっきの桃華を思い出したとか?
乙女は水神と結ばれたけど、好きな桃華は自分を選ばなかった。だから、今更ながらにショックを受けているのかも。
桃華の告白はすぐに断ろう。
演舞の後でそう言って、紅を安心させてあげよう。女の子の私が相手だとはいえ、目の前で好きな子が自分以外に告白していたら、やっぱり面白くないに違いない。
そんなことを考えながら、私は平安貴族の狩衣のような衣装に着替えていた。そのため、部屋に誰かが来たことに全く気づいていなかった。声がして初めて、その存在を知る。
「あれ、紫記。包帯なんか巻いて怪我しているのか?」
「藍人! な、何で? 男子の着替えはあっち……」
どうしてここに?
私は慌てて上を被った。
背中側からさらしの姿を見られてしまった。まさかここに、青組の藍人が着替えに来るとは思わなかったから。隠していなかったけど、大丈夫だったかな。
「それを言うならお前もだろ。っていうかこの格好だから、人目につかないようにと思って」
藍人は自分の着ている女性用の着物を恥ずかしそうに見下ろす。着崩れていて変な感じだ。
「あ……ああ。そうか、僕もだ」
いつも使う保健室は、先生不在でカギがかかっている。今日は外部の人間の出入りが多いから、用心のためだとか。そのため私は、運動場から遠いこの教室を選んだ。なのにまさか、乙女姿の藍人が入ってくるとは思わなかった。
「それよりいいのか。ケガしてるんだろ?」
「う……いや、心配してくれてありがとう。な、治りかけ! そう、治りかけだから問題ないよ」
さらしを包帯だと思ってくれたようだ。小さいから胸に見えなかったという意見は、なしで。すぐに上を着たし、窓側を向いていたから見えていないはずだ。
「肋骨いってんのか? お前、色が白いし細いから。ちゃんと食ってるか」
演舞が終わって緊張が解けたのか、藍人はよく喋る。だけど私は、彼の話に付き合っている暇はない。今頃は別の教室で紅やみんなも着替えているはずだ。
「大丈夫だ。それより藍人、お疲れ様。なかなか良かったよ」
「うわ、言うな! 俺の黒歴史は忘れてくれ。くじ引きで負けたからって、何もこんな……」
着替え終わった私は藍人の肩に手を置いた。彼は真っ赤になって恥ずかしがっている。水神に愛される役がそんなに嫌だったのだろうか? 踊っている間はノリノリに見えたのに。
でも、くじ引きだというなら納得できる。遠くで見てもごつかった腕は、近くで見たらさらに太い。剣道を頑張っているからだろうけど、乙女にしてはたくまし過ぎる。
「紫記。俺、別にオネエじゃないから」
「知ってるけど。演舞で乙女の役をやったからって、そんなことは思わない。それを言うなら、僕も紅とは夫婦の役だ」
「そうか、だから……」
藍人が言いながら、したり顔で頷いた。
「だからお前、包帯の下に詰め物入れてんだな。 パッドか? 随分手が込んでるな」
み、み見られてたぁーー!?
ささやかとはいえ……あ、いや、本当はささやかじゃないけど、ちゃんと胸ならある。さらしを巻いて潰しても、さすがに真っ平らにはならない。
「ま、まあね」
他に答えようがない。
自前だと言ったら、性別がバレてしまうから。
「でも、それならもう少し大きい方が良かったんじゃないのか? あるかないかだと、よくわからな……」
「藍人のバカーーッ!」
思わず怒鳴って教室を飛び出した。
後に残った藍人は、今頃ポカンとした表情をしているはずだ。でも、大声を出したことは後悔していない。私は悪くない……たぶん。




