体育祭2
二人三脚は、足の速さより二人の息が大切だ。私と組んだ福山君はふざけたことを言うけれど、器用だし合わせてくれるのでとっても走りやすい。
「なー紫記~。もしズレてお尻触ったとしてもセクハラじゃないから」
「なんだ、それ。男同士だしそんなことを気にしていたら走れないだろう」
本番直前にいったい何を言い出すんだろう。まさか彼もそっちの人?
「だろ? 俺もそう思うんだ。でも、今日お前と組むって知ってるやつが、何人も注意してくるんだよな」
「みんなどうしたんだ?」
「さあ。でも万が一触っても殺されたくないから、ちゃんと了解取ったって証言してくれよ?」
「何だそりゃ。ああ、冗談で緊張をほぐしてくれようとしたのか。ありがとう」
変なことを言うと思ったら、それでか。紅と藍人の会話を聞いたせいで、私の顔が強張っていたのかもしれない。
緊張しているわけではないし、遠慮をしたら走れない。いつもよりさらしもきっちり巻いてきたから、どこを触られても平気だ。足元の紐をしっかり結んで互いの腰に手を回す。身長差があるため、肩を組むよりこの方が走りやすい。
「んー、じゃあ思いっきりいかせてもらうわ」
「望むところだ」
普通の走りは本物の男子には敵わないけれど、こんな感じのは得意だ。だけど隣のクラスからは、器用な橙也が出ている。途中まで蒼組に先行されてしまう。
「1、2、1、2、加速、3、4」
この日のために合言葉を決めていたので、ここからテンポを速める……というか、猛ダッシュだ。特訓した甲斐あって、加速もスムーズ。最後は橙也達を抜かして、我々が一位だった。そのままゴールになだれ込む。
「うわっっ」
「やべっ」
ゴールした瞬間、お約束のように足がもつれて転んでしまった。私の背中に福山君が重なる形だ。
「こ、ころ、ころ、殺される……」
「何でもいいけど早く移動しないと!」
さすがに重いし早くどかないと進路妨害になるので、焦ってしまう。ぶつぶつ呟く福山君を促して、邪魔にならないところまで慌ててほふく前進した。後でよく考えたら、さっさと紐をほどいて歩いた方が早かったのに。
自分達の必死な行動がおかしくて、私は思わず吹き出してしまった。
「ぶふっ」
「紫記、お前……」
何? まさか男装がバレた?
着ていたジャージを確認するけれど、どこもおかしな所はない。下に体操服も着ているから、まくれたとしても肌までは見えないはずだ。
「笑うと確かに可愛いな」
「はい?」
「あいつらの言う意味がわかったかも。ごめんな」
急に謝るなんて何なんだ?
転んだのはお互い様だし、別にいいのに。
「ごめんって? 僕の方こそ悪かった。でもまあ、勝てたし良かったな」
「そう、だな。でもあいつらに責められたら、あとが怖いからよろしく」
いったい何なんだろう。
あいつらって?
まあいいか。
次の技巧走――借り物競争も頑張ろう!
借り物競争には紅も桃華も出る。出走順は私が始めの方で、紅が真ん中。女子は後からなので桃華は最後の方だ。出走順に並んでいると、隣になった蒼が話しかけてきた。
「紫記、さっきは大丈夫だったか?」
「さっき? ああ、見てたのか。転んだだけで怪我はない」
紅だけでなく蒼も心配性だ。
保育園時代は私の方が彼らの心配をしていたので、そのお返しかもしれない。
「違う。触られて嫌じゃなかったのか?」
「嫌って? 二人三脚なのに? あ、もしかして……」
さっき福山君が言っていた『注意してくる』は本当のことで、『あいつら』の中に蒼が入っているのかもしれない。
「まさかセクハラとか何とか言ったのって蒼?」
「ああ言った。それが何か?」
「何かって……ダメでしょ。大げさだし怪しまれる」
他の人に聞こえないよう小声で言う。私が女の子だというのは、櫻井三兄弟と碧先生しか知らないはずだから。
「私だけではない。紅も橙也も藍人もだ。一番大騒ぎしていたのは、お前のクラスの女子だったかも」
「女子?」
「そう。転校生だ」
「花澤さん? 何で彼女が」
「さあ。お前のファンじゃないのか」
違う。そんなはずはない。
彼女は紅のことが好きなはずだ。その証拠に、紅の近くにいる時に決まって桃華と目が合う。
「何でだろ。福山君、花澤さんにまでふざけたことを言って嫌われたとか?」
攻略対象ではない福山君まで桃華の虜? ヒロインのことを好きになったんじゃあ……
でも、それも今日で終わる。桃華が紅とくっつけば、さすがの彼も手は出せない。
いよいよ技巧走が始まった。
ぐるぐるバットや平均台やネットなど、障害が多ければ多いほど小回りの利く私に有利だ。難なく次々クリアして、粉の中からカードを選び出す。
『尊敬する先生』
一緒に走らなくてはいけないため、尊敬していてもご高齢の歴史の先生は無理みたい。だったら次はあの先生だ。私は真っ直ぐ救護テントに走ると、碧先生の姿を探した。
「碧先生、お願いします!」
「あれ? ゆ……紫記だっけ。何、『好きな人』とでも書いてあった?」
「ご冗談を。一緒に来てください」
勝負がかかっているのだ。
たとえお世話になっているとはいえ、いつもの軽口に付き合っている暇はない。苦笑した碧先生は、了解してすぐに走ってくれた。
先生のファンの女生徒達から、応援の声が飛ぶ。ゴール手前で手をつないでチェックを受け、審査を通過すればゴールまで走るだけ。
「何だ、もう終わり? もっと一緒にいたかったね」
碧先生が笑顔で冗談を言う。
結果は二位だったけど、まあまあといったところかな? 借り物なので人とは限らない。一位の蒼は『眼鏡』だったから、自分の眼鏡を外してそのままチェックを受けていたし。
「楽しかったよ。じゃあこの後も頑張って」
「ありがとうございました」
私は一礼した。
碧先生は待機するため、すぐにテントに戻って行った。
紅や藍人の走る番がきた。藍人は200mで負けているからか、かなり気合が入っている。スタートした瞬間、全力疾走している。二人共足が速いので、そこだけ違う空気を醸し出している。
「キャーッ紅輝様~!」
「藍人くーん、こっちー」
事前に流れた噂では、カードの中には『好きな人』というのが含まれているらしい。ちなみにカードを用意しているのは生徒会で、借りてくる物は彼らの独断と偏見に基づく。
該当する物や人がない場合、近い存在でもいいらしい。そのため、イケメンが走る時の女子はわくわくしているみたいだ。
藍人がこっちに向かって走って来た。カードを振りながら、何か叫んでいる。
「紫記、頼む!」
「……え?」
ま、まさか藍人もそっちの人?
私は慌てた。体育祭というからにはお祭りなので、組が違えど協力し合わなくてはいけない。藍人に手を取られたので、取り敢えず立ち上がる。
「カードには何て?」
「あ、ごめん。『親しい友人』だ。俺達は友人だから……やましい気持ちはない」
良かった。
変な勘繰りをしてしまった。
「当たり前だろう。藍人にそう思ってもらえて光栄だ」
藍人は私より紅との方が仲がいいけど、さすがに一緒に走っているから無理か。だからこっちに来たのかな?
蒼が不満そうな顔をしている。誘われたのが自分じゃなくて、ちょっとショックだったのかもしれない。私は藍人と手をつなぎ、ゴールに向かった。
そういえば、紅の姿が見えない。
彼はいったい何を借りに行ったんだろう。
まさか『好きな人』?
私の心臓が、ドキンと大きく音を立てたような気がした。




