幼なじみ2
「ゆかりちゃん、いっしょにお絵かきしよ?」
「向こうでお砂あそびをしようよ」
「ゆかりたんは、ぼくとあしょぶの!」
両親が共働きだったうちとお隣。当然、預けられる保育園も一緒だった。
まあ、櫻井家はベビーシッターを頼んでも良かったのだろうけれど、三兄弟はなぜか成金のうちと同じくちょっとお高い『くまさん保育園』に通っていた。
保育園でも私達は、すごく仲が良かった。しかし三兄弟は、園児達の洗礼を受けてしまう。親が大金持ちだろうと小金持ちだろうと、小さな子供には関係ない。三人は『信号兄弟』と呼ばれ「あか、あお、きいろ」と面白がってからかわれた。
大泣きする三人を慰めて、背中に庇っていた私。くっついて回る彼らのお世話をし、いじめっ子達を毎日のように追い払ってあげた。バカにされる度にべそをかき、不安そうに手を握ってきた紅と蒼。黄は甘えて私によく抱きついてきたっけ。
今思い出しても、あの頃の彼らは素直でとっても可愛かった。
そういえば小学校高学年の頃、黄が誘拐されそうになったこともあった。櫻井家の教育方針なのか、彼らも私と同じ公立の小学校に通っていた。普通の子供として育てたいというのが、うちの親の言い分。残念ながら、そこの警備は万全ではなかった。
校門近くで待ち伏せていた怪しい男がいきなり黄を抱っこし、連れ去ろうとした。一緒にいた私は必死に犯人の右手にかみつき、紅が男にしがみつく。その間に、蒼が大人を呼びに行った。
犯人に手を振り払われ、地面に叩きつけられてしまった私は、その時ちょっとした怪我をした。幸い駆けつけた先生たちに助けられ、犯人も通報されてすぐに捕まった。
怖くて泣きじゃくる黄を、蒼と私が慰めた。紅はお兄ちゃんらしく、悔しそうに唇を噛んでいた。ちなみに、私の左耳の上の髪で隠れる所にある傷は、その時の名残だ。
事件後すぐ、三人は警備の手厚い私立の小学校に転校してしまった。一緒にどうかと誘われたけど、忙しかった我が家の両親はあっさり断ってしまった。私はそのまま、近くの公立の小学校に通い続けた。
本当は寂しかった。
親しい幼なじみが離れてしまって、胸にポッカリ穴が開いたような感じがした。だけど我が儘は言えない。言えば優しい三人は、私のことを心配してしまう。
だから私は、別々の学校に通っても彼らの前では笑顔を心がけた。学校の様子を聞かれても、楽しいことだけを話すことにした。彼らを守る『強いゆかりちゃん』は、不安な顔を見せてはいけない。私は一人でも大丈夫、だから心配しないで。そう必死にアピールし続けた。
今だからこそ言えるけれど、当時の私は三兄弟のことを好きだったように思う。誰が、というのは特になくて三人まとめて。だって、クオーターの小さな子ってそれはそれは可愛らしいから。天使のような三人は、私の自慢で大切な宝物だった。
だけど今は違う。彼らは雇い主の息子で大財閥の御曹司だ。大事な人との約束のこともあるし、元々持ってはいけない感情だった。まあ、好きだといっても当時のは、母親のような気持ちだったし。
中学生になった三人は、父親が忙しく家にいないのをいいことに、結構荒れた。派手な紅は夜遅くまで遊んでいるのか帰って来ない。久々に会った私は注意をした。
「気になるなら一緒に来る?」
「そんなヤンキーのような真似はできないんだけど」
「へぇ。紫は俺のこと、そう思っているんだ」
蒼も蒼でふらっといなくなり、帰らない日があると聞いた。
「どこに泊まっているの?」
「私の自由だ。干渉しないでくれ」
黄も芸能事務所にスカウトされたとかで、学校を休んでモデルの仕事を勝手に始めようとしていた。
「学校はちゃんと行かなきゃダメでしょう? おじ様の許可は取ったの?」
「だって、早く一人前になりたいんだ!」
私には彼らの意図がわからなかった。頼りにされず、相談もされなくなったのには、正直がっかりした。
「みんなどうしたの? 全員反抗期で寂しいのはわかるけど、もう中学生だし落ち着こうよ」
そんな時、うちの借金問題が持ち上がり、櫻井父に助けてもらった。私は親公認のお世話役となり、櫻井家に彼らの世話をしに行くこととなった。とはいえ余程のことがない限り、うるさく言ってはいけない。だって、御曹司と落ちぶれてしまった私とでは、立場が違うのだ。
夜遊びする紅をやんわり窘めるだけに留めた。その際、「補導されても引き取る人がいないよ?」と指摘しておいた。
何を考えているのかわからない蒼にも、しつこく問い正さないように気をつけた。ただし、「他人に迷惑をかけないように」と言い含めておいた。
可愛い顔してやんちゃな黄にも勝手なことをしないよう言って聞かせた。
「僕がモデルになって、みんなのものになったら困る?」
「当たり前でしょう。学生の本分は勉強よ」
その他、家庭教師の女子大生といちゃつく紅を目にしたり、同じ中学の女生徒と仲良く帰る蒼の姿を目撃したりは日常茶飯事。黄も時々、女の子や男の子にまで囲まれていた。
恩返しができるよう、世話役として頑張ろうと決めていた私。元々カッコいい三兄弟に彼女ができたくらいで動じてはいけない。
それなのに、何か不満があったのだろうか? 彼らは私の反応を見る度に、渋い顔をしていた。仲を邪魔する気なんてないんだけど。世話役にそんな権限などないし、彼らが幸せになるのなら応援したい。
三人ともうちの親の前では猫を被る。
高校の合格祝いの夕食会に招いた時、酔ったうちの父が彼らにこんな質問をしていた。
「大きくなったら紫ちゃんをお嫁に下さいって、俺に頼みに来たことを覚えているか? 何なら今から婚約しとくか?」
それはさすがにもう時効だ。
酔っ払っていい気分になっているからといって、楽しい食事時に盛り下がるようなトークはダメだと思う。
「もちろんです。もう大きいので今すぐにでも」と、紅が笑う。
「彼女のよき伴侶になれるよう、努力しているところです」と、蒼が見つめる。
「紫ちゃんは僕のだよ? 兄さんたちには渡さない」と、黄が拗ねる。
リップサービスありがとう。
でも、全部が嘘だと知っている。
だって私は、三兄弟ところころ変わるカノジョの様子を目にしている。その時感じた寂しさを、受け入れる術も身につけた。
このままではいけない。中学卒業を期に、もっとしっかりしなければ。彼らはここから離れた櫻井財閥系列の、有名私立の学園に入学をする予定だ。男子寮に入る彼らには、お世話役は必要ない。どこかで割のいいバイトを探して、少しでも家計を助けよう。
そんな私を最も驚かせる出来事が起こったのが、今から約一年前。私が通う予定だった公立高校の入学式直前のことだった。