体育祭1
朝早くから集合にも関わらず、今日の櫻井三兄弟の寝起きはいつもと違って格段に良かった。おかげで私が一番最後。行事だけ張り切る人っているよね? 早起きに関して言えば彼らがそうかも。
おかげでコンタクトをつける前の瞳を三人に見られてしまう。
「久しぶりだな。そっちの方が綺麗なのに」
「本当だ。隠すなんてもったいないね」
褒めてくれる蒼と黄に対して、この前綺麗だと言ってくれた紅は無言だった。何だろう、昨日の不機嫌がまだ続いているの?
「ありがとう。でも、他のみんなは慣れていないから」
急にこの目で登場したら、他の生徒をびっくりさせてしまう。三人が綺麗だと言ってくれるからといって調子に乗ってはいけない。紫色の瞳は珍しいから、大半の人には気持ち悪がられてしまうだろう。
「目立つわけにはいかないんだろ」
紅がボソッと呟いた。
怒っているわけではないのかな? そう思いながら、黒のカラーコンタクトを入れた。見慣れた顔が鏡に映って安心する。
「さ、今日は一日頑張ろうね!」
待ちに待った体育祭だ。
気持ちのいい天気だし、ぐっすり寝たから絶好調! 赤組が優勝できそうな気がする。
そう言ったら、蒼と黄に笑われてしまった。
「ますます勝たせるわけにはいかないな」
「僕が勝ったら一番最初に褒めてくれる?」
クールに笑う蒼と甘える黄に思わず笑顔になる。紅は何も言わない。まさか、桃華にかっこいい所を見せたくて緊張しているとか?
「大丈夫だよ、紅。いつも通りで」
私は励ました。
なのに紅は気のない返事をする。
「ん。勝てばいいな」
なんじゃそりゃ。
優勝したいから、演舞の練習を頑張っていたんじゃないの? 今日の紅は何だかボーっとしている。どうしたんだろう。
クラスごとに運動場に集合する。
まず目につくのは、観客席四か所に立てかけられているパネルだ。
赤組は日本画のような鳳凰。
青組は鱗の部分に自分達の顔写真を利用した青龍。
黄組は宇宙を飛んでいる麒麟。
白組は胴体にもふもふ素材を使った白虎。
どの組も工夫を凝らしていて面白い。
うっとり見上げていると、桃華に声をかけられた。
「紫記様、紅輝様、今日は頑張りましょうね」
「うん」
「ああ」
今日の桃華も抜群に可愛い。
栗色の巻き髪は柔らかそうで、ぱっちりした目が嬉しそうに細められた。ジャージなのに目立つってことは、やっぱりヒロインは違うな。
もちろん紅も目立っている。
黒いジャージに赤い髪が映え、すっきりした顔立ちが人目を引く。二人は美男美女でお似合いだ。私は惚れ惚れしながら二人を見ていた。
集合場所に着いた私は、隣のクラスに視線を移す。青組には、蒼も藍人も橙也もいるから要注意だ。騎馬戦は合同だけど、他はライバル同士だから油断はできない。
視線を感じたのか、橙也がこちらを見てにこやかに手を振ってきた。うちのクラスの女子達が、きゃあきゃあ騒いで手を振り返している。
そうだよ、橙也。
女子にもモテるんだから、敢えて男子に行く必要はないよ? 彼に対する疑惑はまだ晴れたわけではない。
じっと橙也を見ていたら、後ろから突き刺さるような視線を感じた。振り返ると、紅がぶすっとした顔でこっちを見ている。あれ、紅ったら。やっぱりまだ機嫌が悪いの?
私の出場種目は、午前中に二人三脚と技巧走、お昼前に演舞で午後から騎馬戦となる。プログラム最後の競技はリレーだから、私は応援するだけでいい。
今日は招待客も来るから、席はすぐに埋まるだろう。この前バスケの試合で見かけて、紅や藍人のファンになった女の子達も来るかもしれない。だけど彼らは桃華のもの。残念ながら、彼女達の出番はなさそうだ。
開会式が始まると同時に、早速競技がスタートした。最初は短距離だから、紅や藍人がエントリーしている。
「頑張れー」
桃華やクラスの子達に混じって、私も紅を応援する。朝ボーっとしていたのが心配だけど、彼なら問題ないはずだ。それなのに――
「おかしいわ、紅輝様。ギリギリで一番だなんて」
「どうなさったのかしら。顔色も悪いし」
「紅輝、覇気はどうした、覇気は~」
どうしよう?
世話役なのに、彼の体調の変化に気づかなかった。熱でもあるのかな? 私は慌てて紅に走り寄ると、おでこに手を当てた。
「うわ、何だ紫記か」
「どうしたんだ、紅。熱はないようだけど、ボーっとして。もしかして具合が悪い?」
「いや、別に」
「でも、いつもと違う。どうしたの? 心配ごとでもある?」
紅は私の顔を見るだけで、何も言わない。
悩みがあれば甘えてくるはず。
だけど昨夜は普段通り就寝していた。
ああ、そうか。
攻略対象として優勝するため、気負っているのか。
「紅でも緊張することがあるんだね。次の200m行けそう?」
「問題ない。藍人と勝負するし」
「本当だ、蒼と橙也も一緒に走るね。実質決勝戦みたいだ」
豪華なメンバーでの走りは、是非とも見てみたい。
「あいつも一緒か。なら、負けるわけにはいかないな」
あれ? 紅ってそんなに蒼と張り合ってたっけ。彼が気にしているのは、藍人だけだと思っていた。
「じゃあ頑張って。応援しているから」
「誰を?」
「え? もちろん紅に決まっている。同じ組なんだし」
変なことを聞いてくる。
本当に大丈夫なのかな?
「俺が勝ったら……」
突然私の手首を掴むと、紅が真剣な顔で繰り返した。
「俺が勝ったら、お前に言いたいことがある」
「わかった。じゃあ、また後で」
私は頷いた。
変なの。いったいどうしたんだろう?
自分の席に戻るために踵を返すと、こちらをじっと見ている桃華と目が合った。そうか、彼女も紅のことが心配だったんだ。桃華に励ましてもらった方が元気が出たかも。
ピストルの合図と共に一斉にスタートした。
200mでは、紅と藍人がぐんぐん加速し他を引き離す。予想通り、紅と藍人の一騎打ちだ。蒼と橙也も速いけど、彼らには追いつけない。私もクラスのみんなと一緒に、夢中になって応援した。観客席もすごく盛り上がっている。
ゴールした瞬間、歓声が沸き起こった。テープを先に切ったのは僅差で紅。藍人は二位だった。蒼と橙也もほぼ同着だけど、蒼の方が少し早かったみたいだ。体育では藍人が一番になることが多かったから、かなり悔しがっている。
「くっそー。紅輝、汚ねーぞ。100mでは手を抜いたくせに」
「何だ、見てたのか。200mは大事な約束が……」
二人三脚に出るために側を通った私には、彼らの声がチラッと聞こえた。
藍人の怒りはごもっとも。ボーっとしていた紅は、さっきは確かに適当だった。でも、今回はちゃんと真剣に勝負していた。
大事な約束ってなんだろう?
藍人と事前に交わしていたのかな。それとも桃華と? 勝ったら桃華に告白するつもりで、そのことを私に言いたかったのかも。
一気に力が抜けたような気がする。
いけない、わかっていたことを今更考えても仕方がないのに。とりあえず、自分の競技を頑張らないと。
私は頭を振ってスッキリさせると、二人三脚の相手と合流するため、急いで移動した。




