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私がヒロイン? いいえ、攻略されない攻略対象です  作者: きゃる
第2章 それぞれの想い
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体育祭前夜

 音楽室から飛び出して、全速力で階段を駆け下りる。廊下を走るの禁止なんて、そんな規則は関係ない。混乱していた私は、そのまま出口まで突っ走った。

 

『本当にそうか、確認してみる?』


「男同士でこれはない」と言った途端、橙也がそう返してきた。彼が男子もOKだとは思わなかった。そういう人がいることは知識で知っていたし、別にいいとは思うけど。

でも、自分が巻き込まれるとなると大問題だ。それに、実際私は男の子じゃないし。慌てていた私は、外に人がいることにも気づかなかった。


「紫記!」


 誰かが私を呼び留めた。

 振り向くと、紅がそこにいた。

 彼は寄りかかっていた壁から身体を起こすと、私に向かって近づいてきた。


「どうした、何かあったのか?」

「あ……。えーっと」


 橙也に迫られたことを言ってしまうと、紅は心配するだろう。幼なじみの彼は優しいから。桃華が好きでも、私のために橙也を怒ったり問い詰めたりしてくれそうだ。

橙也が追ってくる気配はないから、さっきのあれは冗談だったのかも。もしかして、私の勘違い?


「随分時間がかかっていたようだが」

「ご、ごめん」


 心配そうに眉を(ひそ)める彼に、打ち明けるのは簡単だ。けれど「橙也と一緒にピアノを弾いたら、迫られた」と正直に言うわけにはいかない。経緯を説明しなくてはいけないし、ゲームの話をしてもきっとわかってもらえない。

それに、私は彼の世話役だ。世話をさせてるようではいけない。ただでさえ明日は体育祭で忙しい。これは私の問題だから、紅に迷惑をかけるわけにはいかない。


「えっと、その……探し物がなかなかなくって。あとはお化け、かな?」

 

 紅は私が怖いものが苦手だと知っている。小さな頃に『お化け』と呼ばれて、本当は私が一番怯えて傷ついていたことも。我ながら下手な言い訳だったけど、できたらあまり突っ込まないでほしい。


「かな? そうか、だから震えているのか」

「――え?」


 紅は私の腕を引っ張ると、自分の身体に抱き寄せた。温かい身体が私を包み、髪を撫でる手は優しい。「大丈夫だ」と耳元で囁く声も。

 小さな頃から一緒にいるから、安心する。このままずっと、こうしていたいような気分だ。 でも、紅は私を落ち着かせようとしているだけ。そこはちゃんとわかっている。こんな風にされたら、他の女の子だと大切にされていると勘違いしてしまうよ? もちろん私は大丈夫。紅が桃華のことを好きだって、ちゃんと知っているから。


「落ち着いたか?」


 私を見下ろす紅。

星をバックにした彼は、とても綺麗だ。男の人に『綺麗』は変かもしれないけれど、その言葉が彼には似合う。紅をわざわざ見に来る女子の気持ちが、少しだけわかるような気がした。

そうだった。

小さな紅はもういない。

ここにいるのは、頼りになる大人の紅だ。


「うん、ありがとう」


 本当はドキドキしていた。

 急に恥ずかしくなって、少し離れる。そんな私を見た紅が、疑問を口にした。


「音楽室には電気が点いていたし、ピアノの音も聞こえてきた。真っ暗ではなかったはずだが?」

「あ……そうだったね。でも、夜の校舎ってなんか怖い感じがするから」


 上手くごまかせたかな?

 嘘をついてごめん。

 でも、心配はかけたくないし、待ってくれているとは思わなかったから。


「だから一緒に行くと行っただろう?」

「ごめん。次からそうしてもらうよ」

 

 もしも次があるのなら。

 その時紅が、桃華に夢中になっていないのなら。今度は紅に来てもらおう。胸の痛みを紛わすように大きく息を吸い込むと、私は目を閉じた。


「一緒にいたいが明日は早い。とっとと食って寝るぞ」

「わかった」


 目を開けた私は、紅に向かって頷いた。

 紅はやっぱり紅だった。気を遣って「一緒にいたい」と言ってくれるけど、いつもの彼もそんな感じだ。だから私は、変わらない彼の近くが一番ホッとする。世話役から解放されても遠くに離れても、こんな風に友人同士でいられればいいのに。


「いよいよ明日だな」

「そうだね。優勝しようね」


 紅と桃華をくっつけるために。

 そのために、紅も私も練習を頑張ってきたんだもん。体育祭をきっかけに、紅とヒロインの仲は進展していくだろう。覚悟していたとはいえ、何だかちょっと変な気分だ。なるべく考えないようにしよう。

 星空の下、紅と並んで寮に戻る。

 

『愛する貴方の幸せを

 私は永遠(とわ)に祈っている』


 道の途中、不意に『虹カプ』の歌詞が頭をよぎる。私は少しだけ、泣きそうになってしまった。




 寮に戻ると蒼と黄が飛んできた。


「紫ちゃーん、遅かったから僕、心配しちゃったよー」

「紅に手を出されたんじゃないか。大丈夫か?」


 心配してくれてありがとう。

紅じゃなくて、橙也にちょっかいをかけられたけど。でもそれは、多分私の勘違い。焦って逃げて、橙也にも悪いことをしてしまったな。


「俺がいつ!」

「そうだよ。紅が私にそんなことをするわけないじゃない。さ、遅くなったし片付けられる前に食堂に行こう」

「僕もついでにお茶飲みに行こーっと」


 複雑な顔の紅と楽しそうな黄と一緒にカフェテリアに行った。ちょうどそこで、食器を片付けに来た橙也とすれ違う。ビックリした私は、咄嗟に紅に身を寄せた。


「あっれー、紫記ちゃん。さっきはどうも」

「さっき?」


 紅が怪訝(けげん)な顔で私を見る。

 黄も『ゆかり』の世話を一緒にしているから、橙也のことを知っている。その黄が橙也に聞いた。


「さっきって? 紫記が遅くなったのって橙也さんのせい?」


 橙也は意味ありげな流し目を私に送ると、肩を(すく)めた。


「さあ、どうだろうね?」


 いやいやいや。

 紛らわしい言い方は止めてほしい。

 橙也が男子もいける口だという疑惑は消えていないから、変な風に聞こえる気がする。


「違うよ。忘れ物を取りに行ったんだ」


 証拠のディスクを取り出そうと、私は制服のポケットに手を入れる。あ……あれ!?


「忘れ物ってこれのこと? 落ちていたから拾っておいたよ」

「ああ、うん。ありがとう」


 橙也から、見覚えのあるディスクを渡された。彼から逃げる時に落っことしたんだろう。全く気がつかないくらい、さっきの私は動揺していたから。


「じゃあ俺はこれで。紫記ちゃん、紅輝、黄司君も明日は頑張ろうね」


 ウインクした後、橙也がにこやかに去って行った。何だ、やっぱり音楽室の発言は冗談だったんだ。私は詰めていた息を吐き出した。隣にいた紅が、なぜか表情を消している。あれ、もしかして機嫌が悪い?


 夕食を食べている間も、紅は終始無言。

 代わりに黄が喋りまくっている。

 しまった、音楽室にいたのがバレた? 

 それとも、待たせ過ぎたのかな? 

 でも、先に戻ってって言っておいたから、待たせたことにはならないと思うんだけど。そこまで怒るんなら、先に帰れば良かったのに。

 世話役の私は紅と黄の食器を片付けると、さっさと寮に戻ろうとした。黄が後ろからついてくる。


「ゆ……紫記、待って! 兄さんと何かあったの?」

「いいえ、何も」

「そう。だから機嫌が悪いのかな?」


 黄まで意味不明なことを言い出す始末。

 明日が本番だというのに、紅とのチームワークが心配だ。

 優勝できるかな?

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