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私がヒロイン? いいえ、攻略されない攻略対象です  作者: きゃる
第2章 それぞれの想い
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僕のゆかりちゃん

 僕の名前は黄司。

 彩虹学園高等部の一年生だ。

生徒会長に頼まれた兄さん達がティールームに行くことは知っていた。紫ちゃんが遠慮をして同席しないことも。だから放課後の今、僕は大好きな紫ちゃんを探している。

 学園の生徒会は、生徒会長や副会長など五人のメンバーで構成されている。双子の兄である紅輝と蒼士を推す声も多かったようだけど、彼らは辞退した。


「理事長が櫻井なのに、権力が集中することは望ましくない」

「協力するから我々を気にせず、自由に頑張って欲しい」


 確かそんな理由で断っていたと思う。

 でも実際は、理事長が紅輝で蒼士が補佐で学園を運営している。そのことは学園長や一部の理事しか知らず、表向きの理事長は父となっている。だから、彼らは生徒の代表には絶対になり得ない。けれどそのせいか、生徒会の人気が体育祭を前に下降気味なんだとか。


 今日のお茶会では、生徒会長が演説をするらしい。客寄せのために兄達も呼ばれた。「協力するから」と言った手前、断るわけにはいかなかったようだ。僕も誘われたけど、もちろん断った。紫ちゃんと二人だけで過ごすなら、今がチャンスだからだ。

 紫ちゃんの男装した姿――紫記もそれなりに人気があるから、当然女子に声をかけられる。でも紫ちゃんはその度にビクッとして、困った顔をする。だからきっと今日もお茶会には参加しないと思っていたら、その通りだった。


 学園内にあるティールームに兄達が入るのを確認した僕は、その足で紫ちゃんの教室に向かった。彼女はちょうど廊下にいたので、上手く捕まえられて良かった。

 いつものように、わざと甘えて抱き着く。僕を見ながら紫ちゃんは、何だかいろいろ考えているみたいだ。男同士でおかしくないかだとか、人が大勢いるのにこの体勢はちょっと……とか、どうせそんなことだろう。

でも、好きなんだからいいでしょう? ただでさえ僕は、一つ下で教室も離れている。兄さん達にとられないためには、積極的になるしかない。


「じゃあ、ゆかりちゃんを見に行かない?」


 彼女が断るはずもないことを知っていて、旧校舎に誘った。僕達はあの中で可愛い子猫を飼っているから。いつもは紫ちゃんを誘ったら、もれなく橙也さんか花澤さんとかいう女の子がついてくる。今日は珍しく、二人共近くにいないみたいだ。良かった。


「わかった。花澤さんを探してくるよ」

「えー、せっかくだから二人だけで行こうよ!」


僕は不満を口にした。

 誘っているのは紫ちゃんだけなのに、どうして別の人を連れて行こうとするの? だけど何やら考えた末、紫ちゃんは僕に賛成してくれた。だったら気が変わらないうちに、急いで行こうよ。生徒会長が長く演説すればいいけれど、短かったら兄達が邪魔しに来るかもしれないから。




 木造でところどころくもの巣が張っている割には、旧校舎の保存状態は非常にいい。ステンドグラスを通して射し込む陽の光が中を照らして、とても綺麗だ。まだ小さな頃、僕らは母に連れられてここに来たことがある。ここでかくれんぼをしたのは、いい思い出だ。そのため紅輝は、ここを取り壊す気はないのだろう。まあ維持費の関係で、学園の経営が赤字になったら考えるかもしれないけれど。今のところ経営は順調だと聞いている。


「ゆかりー、いるんでしょう? どこー」


 入ってすぐ、紫ちゃんが猫の『ゆかり』を呼んでいる。自分の名前を大きな声で言うなんて、本当に可愛い。彼女は別の名前にしたかったみたいだけど、僕と橙也さんが『ゆかり』がいいと主張した。花澤さんはそれに便乗した形だ。

 花澤さんは、どうやら男装した紫ちゃん――紫記が好きらしい。猫の名前にも『紫』が入っている方が良いと思ったみたいだ。ゆかりは彼女の本名なのに。紫記が実は女性だと知ったら、どんな顔をするのかな? 教えてあげたい気もするけれど、それだと紫ちゃんに迷惑がかかる。僕らのせいで男装させる形になったとはいえ、紫ちゃんはバレたら潔く退学を選んでしまいそうだ。それは嫌だから、紫記が女の子であることは僕らだけの秘密だ。


「ニャア」


 可愛く鳴きながら子猫が出てきた。

 猫の『ゆかり』は見つけた時は震えていたが、最近は寝床を離れて散歩をするようになっていた。せっかくだから外に出してあげたいけれど、学園で個人的にペットを飼うことは禁止だ。理事長も知っていることとはいえ、規則は規則。バレないように上手く可愛がるしかない。


「なんて可愛いの!」


 言いながら紫ちゃんが子猫を抱き上げた。可愛いのは嬉しそうに笑う彼女の方だけど、自分ではわかっていないよね? ゴロゴロ甘えた声を出す猫のゆかりが羨ましい。あいつもオスだし、自分が彼女の特別だってわかっていると思う。


「ねぇ紫ちゃん。そろそろご飯をあげようよー」


 こっちを向いて欲しくて、僕は言ってみる。猫と張り合うつもりはないけれど、何だかちょっと面白くない。


「ねぇってばー」


 言いながら、紫ちゃんの服の袖をわざとらしく引っ張った。上目遣いで見つめれば、彼女は大抵言うことを聞いてくれる。


「そうだね。せっかく黄が持って来てくれたんだもんね」

「うん。ちょっと待って、今出すから」


 疑うことを知らない素直な彼女は、さっきの僕の言葉を信じている。子猫のご飯なんて作るの面倒だし、事前に頼んでおかないと用意できないんだよ? 生のマグロを焼いてすり潰したものと、かぼちゃのスープ、子牛のテリーヌは人間のものとは違ってほとんど味がない。しかも少しずつしか食べない割に、調理は非常に手間がかかるのだ。


「すごいご馳走! さすがは黄だね」

「そうかな。これくらい普通だよ?」


 子猫のゆかりのためのご飯を見て、目を丸くする紫ちゃん。頼んでおいて良かったと僕は嬉しくなる。

幼い頃からずっと、紫ちゃんは小さなことでも僕を褒めてくれた。何でもできる双子の兄と比べられることが多かった僕は、たびたび劣等感に(さいな)まれた。そんな僕を唯一認めてくれていたのが彼女だ。


しっかりしてると思われたくて、ある日僕は小学校に迎えに来たという見知らぬ男に名前を言った。その途端、誘拐されそうになってしまった。怖くてただ泣いていた僕を必死で助けてくれたのは、紫ちゃん。そのために、彼女の頭には一生消えることのない傷が残ってしまった。


『見えない場所だし大したことないよ』


 後から笑ってくれたけど、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。ごめんね、もう二度と傷つけさせないから――

そんな気持ちが好きに変わるまで、時間はかからなかった。残念ながらそれは、兄達も同じだったようだ。


「見て、一生懸命食べてて可愛いね」

「ゆかりはいつだって可愛いよ」


 わざと彼女にくっついて、想いを口にする。兄さん達に譲るつもりはないから。僕より一年も長く一緒にいたのに、二人はまだ好きだと伝えてないみたいだ。父との約束なんて、はなから守るつもりはない。今ここで告白したら、紫ちゃんは何て言うのかな?


「だよねー。食べちゃいたいくらい可愛い」

「うん、僕もそう思う」


僕が可愛いと思うのは、違う紫だって言ったらびっくりする? ご飯を食べ終わった子猫に頬ずりする紫ちゃん。そんな子猫が羨ましくて僕も彼女に身を寄せる。


「ねぇ僕も。ついでに撫でて」

「へ? べ、別にいいけど」


頭を撫でてくれた紫ちゃんの手を取ると、猫のようにペロッと舐めた。今日はこの辺でいいかな? いきなりだと、警戒されてしまうもんね。


「こ、こ、これってヒロインとのイベント~!?」


 目を丸くして意味不明なことを言う紫ちゃん。

 ――変なの。でもこれくらい、優しい紫ちゃんなら、もちろん許してくれるよね?

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