幼なじみ1
学園で紫記と名乗る私――長谷川 紫は、中性的な容貌をしている。前下がりのショートボブの黒髪に白い肌、スッキリした顔のパーツは女性にしてははっきりしていて男性にしては線が細い。大きいけれど目尻の上がった猫のような目は、両親からはきついとよく言われる。
背が高く手足が長い体型は、良く言えばモデル体型で、悪く言えば女性らしい丸みがない。そのせいで小さい頃は「男女」とからかわれていた。
私の三人の幼なじみ達は、それでも「可愛いよ」「綺麗だよ」と褒めていい気分にしてくれた。それが、この学園の理事長の息子である櫻井三兄弟だ。
長男の紅輝と次男の蒼士は双子で、私と同じく高校二年生。確か、四月生まれの十七歳。三男の黄司は一つ下の学年でもうすぐ十六歳になる。
櫻井財閥総帥の父親はもちろんのこと、彼ら自身もお金持ちだという噂だ。紅輝はホテル事業、蒼士は教育事業、黄司は飲食業の自社株を大量に保有しているらしい。全国や海外で多岐に渡る事業を展開している『櫻井 財閥』。もし本当なら、一部の株とはいえその財産と影響力は計り知れないものがある。
更にクオーターの彼らは、三人揃って『超』がつくくらいのイケメンだ。類まれなる美貌の彼らに、そんじょそこらの金持ち息子が敵うわけがない。
ちなみに、紅輝は赤茶けた肩にかかる長さの髪で、瞳は淡い茶色の俺様系。蒼士はアシンメトリーな髪型で、サラサラした黒髪に瞳は青の知的系。黄司はふわっとした金髪で、瞳はこげ茶で目の大きな可愛い系だ。
容姿にも財産にもスポーツや芸術、勉強の才能にも恵まれている彼ら。天は二物どころか五物ぐらいは平気で与えているような気がする。
そんな彼らの隣に住んでいる、幼なじみの私は当然お金持ち……だった。悲しいことに過去形だけど。
引っ越した当初は確かに潤っていた。
うちは両親が立ち上げたアパレルメーカーで、オリジナルブランドは爆発的な人気を誇り、売り上げも多かった。けれど、見栄っ張りな父が都内の一等地に無理して自宅を構えてしまったのだ。
事業が上手くいっているうちはそれでも良かった。当時は使用人もたくさんいて、歳の離れた兄は「坊ちゃま」、私は「お嬢様」と呼ばれていたし。
ところが、私が中学一年の時に父が投資に失敗した。そのせいで、事業も段々傾いていく。
すっかり没落してしまった我が家。最後はいよいよ夜逃げをするか、路頭に迷うしかないと、覚悟を決めたある日。
我が家に救世主が現れた。
それがお隣の櫻井財閥の総帥、櫻井 黒江だった。
櫻井黒江――三兄弟のお父さんは、我が家の負債を全額綺麗に清算してくれた。父の会社を傘下に入れ、多額の資金援助をして一流ブランドに育て上げた。
その際、ブランド名の『ヴィオレット』とロゴはそのまま残し、社員も誰一人解雇しなかった。それどころか、デザイナーの母と営業の父まで会社に残してくれたのだ。しかも何と役員という好待遇で!
櫻井家のお陰で借金がなくなった私達。弁護士を目指す兄も難を逃れた。
『櫻井家の方角に足を向けて寝るな』は、我が家の家訓でもある。
ただし、我が家は抵当に入っていたため、売却を余儀なくされた。引っ越し準備をしていたところ、隣の父――櫻井のおじ様がやって来て、こう言った。
「紫ちゃん、息子達の世話役にならない?」
家のことは心配しなくていいと言う。
そのかわりに、私を三兄弟の世話役として雇いたいのだそうだ。
これ以上櫻井家に迷惑をかけるわけにはいかない。当然、うちの両親も断るかと思っていた。
ところが二人は大賛成。
娘の私をあっさり売り渡した!?
だけど、都内の一等地にある家一軒と私のバイト代では割が合わない。せめて三人が少しでも快適に過ごせるように、頑張ろうと決めた。けれど三兄弟との関係は、その日を境に変わってしまったように思う。
「肩が凝ったからマッサージしにすぐ来い」
「急に読みたくなった雑誌があるから、買ってきてほしい」
「外に来ていく服のコーディネートをよろしくね」
自分でできるはずの大したことのない用事が多いので、時々文句を言いたくなる。だけど、ぐっと我慢。だって、恩人のおじ様に彼らの面倒を見ると約束したのだ。まあ、あまりにも酷い時は直訴するつもりだけれど。
でも、我が幼なじみ達は人前では大人しく、普段は猫を被っている。彼らがワガママを言うのは使用人か私の前でだけ。それがとっても嬉しい……なんて、そんなわけあるかい!
イケメンでお金持ちだからって、何をしても許されるとは思わないでよ? 私はあなた達に雇われたわけじゃないんだから。
蛇やカエルくらいじゃあもう驚かない。嘘泣きや仮病、急な家出にも対応できる。コロコロ変わる恋人と一緒にいたいなら、お好きにどうぞ。ただし門限だけは守るようにね?
我ながら、すっかり世話役が板について来たと思う。まったく。これでも小さい頃は、三人とも素直で可愛かったのにな。