気になるあの子
第二クォーター後のインターバルで、俺――神谷 藍人は友人の櫻井 紅輝に聞いてみた。
「なあ、今日紫記は? あいつが応援に来てないって珍しいな」
紫記はいつもなら、親しい友人である紅輝の応援に来ているはずだ。紅輝は男の俺でも憎たらしくなるくらい整った顔を、タオルで拭いながらぶすっと答えた。
「さあ。用事かなんかだろ」
ギャラリーには彼目当ての女生徒が多い。他校との練習試合ということもあって、うちの学園以外の女子も結構来ているようだ。キャーキャー言う声がうるさくて、顔を寄せないと話が聞き取りづらい。寄せたら寄せたで黄色い声が更に大きくなるから、それもどうかと思う。あの中には、俺目当ての女の子もいてくれると信じたい。
バスケ部が助っ人を頼むのは、何も弱いからではない。紅輝のプレーが上手いのは当然だが、彼が目立つということと、学園の宣伝も兼ねてのことだと思う。
紅輝のついでに俺が呼ばれる。以前から結構張り合っていたせいか、俺と紅輝は相性がいい。さっきもレイアップシュートを決めたばかりだ。
「何だ残念。紫記は一生懸命応援してくれるし、下手な女子より綺麗なのに」
俺は本心を口にした。
前から美形だとは思っていたけれど、紫色の瞳を見てますますそう考えるようになっていた。
「……なっ。藍人、まさかお前!」
途端に紅輝が慌て出す。
不思議なことにこの男は、幼なじみである友人のことになると冷静ではいられないらしい。橙也なんか面白がって、いつもそれをネタにしている。「紅輝が片っ端から告白を断るのは、紫記を見慣れているからかもな」とか何とか。
「ないないない。いくら綺麗でも、野郎は無理だな」
スポーツドリンクを片手に、俺は苦笑した。俺だって全くモテないわけではないし、さすがに男に手は出さない。だが、紅輝の顔色は晴れない。ここまでくると、心配性を通り越して何かあるんじゃないかと疑ってしまう。偶然紫記の瞳を見たあの時も……
「紅輝こそ。どうして紫記にこだわる?」
「は? 俺がいつ――」
彼が怒ったように俺を見る。
「気づいていないと思ったのか? 客席を探して試合に集中してなかっただろ。いつもの精彩を欠いていた」
「まさか。そういうお前こそ、女子を気にしていたようだが?」
「ああ、あれ。お前のクラスの子かな? 何だっけ、転校生。つまらないのか、試合の途中で出て行った。得点してるのに変だなって思って」
応援に来る女子は、大体紅輝が目当てだ。それ以外の男子を見に来る子もいるにはいる。けれど、紅輝がシュートを決めた瞬間に出て行くというのは覚えがなかったため、かなり印象に残ったのだ。
「集中してないのはどっちだ? 藍人、もし負けたらおごれよ」
「お前こそ。紫記がいないからってがっかりするなよ?」
俺も紅輝に言い返した。
半分本気で半分冗談。
俺達は助っ人として周囲の期待に応えなくてはならない。何より俺は、スポーツくらいはこの男に負けたくない。後半、彼より一本でも多くシュートを入れようと心に決めた。
連携プレーに凡ミスが出たものの、試合内容はまずまず。バスケ部のキャプテンが意地を見せて3ポイントシュートを決めたこともあって、点差は開いていた。紅輝は俺と張り合う気はないらしく、後は控えの選手と交代しようと決めたみたいだ。
紫記がやって来たのは、試合終了間近のそんな時。状況を見た彼は、こちらに向かって手を振った。隣には、蒼士と例の転校生がいる。
「ったく。遅いぞ」
呟いた紅輝の口元が微かに笑っている。
親友が登場したことにより、どうやら交代する気をなくしたようだ。わかった、というように軽く頷く紅輝。そんな彼をじっと見ている紫記。あれ? この二人って――
紫記が紅輝に向かって嬉しそうに笑いかけたのを、俺は見逃さなかった。と、同時に胸がざわついた。
いやいやいや、それはないだろ。
紫記が可愛く見えるなんて、どうかしている。こいつらも単に仲が良いだけで、別にそんな関係じゃないだろうし。
「どうした、藍人。ボーっとすんな」
「なっ。お前、誰のせいだと」
急にやる気を出した紅輝が、さっきまでとは格段に違う動きを見せ始めた。交代しようとしていたのが、嘘みたいだ。ノッてきた彼にはついて行くのがやっとだ。紅輝は相手選手の間をぬって素早いドリブルで攻めていく。
「くそっ、負けるか」
俺は敵陣のゴール近くに回り込んだ。
パスが欲しいが、彼はシュートを自分で打つ気だろうな。相手チームも必死なため、紅輝一人に三人もマークがついている。俺には一人。完璧に負けている気がする。
「藍人!」
「うわっ」
自分で得点するのは無理だと判断したようだ。素早いパスが回ってくる。一人くらいなら余裕でかわせるから、俺は当然シュートを決めた。
「よっしゃあ」
思わず声を出した俺に対して、紅輝は涼しい顔をしている。来たばかりの親友にいい所を見せるより、彼は確実に点を取る方を選んだ。熱くなっても冷静な状況判断ができる、こういう所は尊敬できる。俺達のプレーをきっと紫記も評価してくれるだろう。
見上げると、自分の席で嬉しそうに手を叩いている彼の姿が見えた。隣の蒼士は俺達が活躍しているというのに無表情だ。転校生に至っては俺達を見てもいない。
ちょっと待て。
転校生の方が女の子らしくて可愛いのに、俺はなぜ真っ先に紫記の姿を探したんだ――?
「まだ終わっていない。どうした、まさか疲れたのか?」
紅輝にバカにされたために意識をコートに戻す。けれど結局、彼が3ポイントを決めたところで試合終了となってしまった。この男はいつだって、自分の見せ場をわかっている。サラッとこなしてしまう所が妙に腹立たしい。
「ま、こんなもんだろ」
「相手が気の毒だな」
勝った瞬間、大騒ぎをする生徒達に向かって拳を突き上げる紅輝。その仕草はいつも通り。なのになぜ俺は、それが紫記に向けてのものだと思ってしまったんだろう?
笑った紫記が一瞬、可愛く見えてしまったから?
いやいや、無いだろ。
いくら可愛くても男は嫌だ。
自分にはそっちの趣味はないと信じたい。
それなのにどうかしている。
紫の瞳が、頭から離れないなんて。
「やばいやばいやばい。断じて俺は違う」
頭を振る俺に、紅輝が声をかけた。
「どうした藍人、ブツブツ言って。顔も赤いぞ。そんなに走ったか?」
俺が彼の親友のことばかり考えていると知ったら、この男は何と言うだろうか? バカにするか鼻で笑うか、それともさっきみたいに動揺するのか。
「悪りぃ、朝から体育で疲れたみたいだ。シャワールーム、先に行っとくわ」
紅輝の肩を拳で押して背を向ける。
だってどうかしている。
このままここにいたら、俺は紫記を変な目で見てしまいそうだ。




