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私がヒロイン? いいえ、攻略されない攻略対象です  作者: きゃる
第2章 それぞれの想い
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独り占めしたくて

 何日か前、化学準備室で備品の片付けを手伝っていた時に、私――櫻井 蒼士は声をかけられた。


「小テスト、一組の長谷川君だけが受けてないみたい。でも、彼は普段の成績もいいから見逃しちゃおうかなぁ。どう思う?」


 化学の教師は若い女性なので、男子に人気がある。本人もそのことはよくわかっているようで、甘えたような喋り方をする。

苦手な人種だが、専門分野である化学の知識は豊富だ。学ぶところもあるかと思い、時々手伝っている。けれど、恋人からの連絡待ちなのかしょっちゅう携帯電話を気にしている。その姿は尊敬できないため、そろそろ限界が近い。


「生徒に聞くことではないでしょう。ただ、一人だけ特別扱いするのもどうかと」

「もう、相変わらず堅いわねぇ。ぷんぷんっ」


 そう言って頬をふくらませている。

 何がしたいんだ?

 本人が可愛いと思っている仕草も、興味のない他人から見ればバカみたいに見える。けれど口に出すのは失礼にあたるので、そのままにしておく。


「テストを別に用意して、受けさせればいいでしょう。それなら予め答えもわからず、公平なのでは?」


 そう提案してみた。真面目な紫は特待生である自分に誇りを持っている。ズルをしたり、一人だけ贔屓(ひいき)をされていると思われるような行為は望まないはずだ。


「えぇ~~。テスト作るのって意外に面倒くさいんだよぉ? 今はネットから引っ張ってきて問題作れるけど、前回ので使っちゃったし」


 大丈夫なのか? という言葉が喉元まで出かかった。だが、おかげでいいことを思いついた。


「でしたら代わりましょうか。小テスト用の問題を作ればいいんですよね?」

「え、いいの! だったらお願いね。今日デートだから、仕事が増えると困るのよね~」


 何だそれは。

 実験中不在だったことといい、適当な態度といい目に余るものがある。だが、扱いやすいのも事実だ。もう少しだけ様子を見てもいいかもしれない。


「その代わり、監督と採点も任せてもらいますね。終わったらここにお持ちしますので」

「本当? 櫻井君、天使! あ、でもごめんね。先生年上の彼氏いるから」

「その点は全く心配ありませんので、ご安心を」


 冗談じゃない。

 イラっとしてしまう相手に好意なんて持てるわけがない。まあ、この先生の軽口は今に始まったことではない。何で人気があるのかわからないが、こういうのを可愛いと思う輩もいるのだろう。


 私の想い人は女性であることを武器にせず潔い。何事にも一生懸命取り組むし、思いやりがある。鈍感なのが玉にキズだが……

 テストはとびきり難しくしよう。すぐには解けないように。その方が、君を長く独占できるから。私は早々にいなくなった教師の代わりに、彼女のためのテストを作った。




 そして今日――

 放課後バスケットボールの試合があるというのは、藍人から聞いていた。バスケ部は性懲りもなく、また紅や藍人に助っ人を頼むのだろう。一時期私も誘われたが、さすがに断った。五人中三人が助っ人というのも、部としてはかなり情けない。試合には交代で出すのだろうが、なるべく自前で(まかな)って欲しい。


 紫がいつものように紅の応援に行くと思ったので、わざと声をかけた。ただでさえ紅は同じクラスなのをいいことに、彼女といる時間が多い。父との約束を守る気があるのかどうか甚だ疑問だ。

だったら私も。寮では無理でも放課後くらいは、紫と過ごしたい。


 渡した問題を見てしきりに首を傾げる紫を、可愛いと思う。わざと難しくしたのだ。解けなくて当たり前だが、そんなことは無論おくびにも出さない。

 本を読むふりをして、彼女を観察している。一生懸命解こうとしている彼女の姿勢が好ましい。伏せられたまつ毛と、口元に当てられた白い手、考え込む仕草を美しいと思う。二人だけの貴重な時間をくれた教師に、少しは感謝しないとな。


頭を抱える彼女に教えてあげる。肩が触れ合うくらい近くで。


「うーん、わかったけどすごく難しい。専門的な知識がなきゃ絶対に解けないよね。蒼、これ本当に小テスト?」


 散々唸った後で、紫が疑問を口にした。ある程度わかるように説明もしたが、さすがにバレたか。だけど当然、しらを切り通す。


「何か問題でも?」

「いや、問題だらけだよ。何だか一人だけ取り残された気分」


 大丈夫。大学でも滅多に出ない難問だ。一人でこれが解けるようになれば、大学くらいは楽に入れる。


「頑張れ。あと少しで終わるから」


 投げ出さずによく頑張っていると思う。紫が自分で解答を導き出せるよう助言だけに留めているから、余計に大変だろう。悩む姿が可愛くて、思わず頭を撫でた。同じ黒髪だが、彼女の方が艶のあるストレートだ。




 二人だけの時間を楽しんでいたのに、思わぬ形で邪魔が入った。


「もうお帰りになったかと思っていました。こんな所にいらしたんですね?」


 戸口に立っていたのは、紫と同じクラスの転校生。化学の実験で失敗した張本人だ。けれど、紫――紫記は彼女に目をかけているらしく、邪険に扱わない。いや、冷たくしようとしているのだが、生来の優しさでいつも失敗しているように思う。転校生の方もどうやら、紫に懐いているようだ。


「何だ、後にしてくれ」


 つい不機嫌な声が出てしまった。

 見ればわかるだろう? 

 今はテスト中だが。


「ええっと、じゃあ後は自分の教室に戻って一人で解くから。ごめん、ありがと」


 ちょっと待て。紫、なぜお前が遠慮をする? 出て行くなら転校生の方だろう。


「あと少しだろ。諦めるのか?」

「いや、そんなわけでは……」


 転校生が来て以来、紫の調子がおかしくなったと考えるのは気のせいだろうか? 面倒を見ているようで、時々辛そうな表情をする。


「じゃあ、終わるまでお待ちしてますね」

「蒼、僕はもういいから」


 紫は転校生と約束をしていたのだろうか。紅を応援するために?

 ――行かせない。せめてあと少し一緒にいたい。首を振り、ダメだという意思表示をする。

 

「ええっと。終わったら体育館に呼びに行くから、それまで応援しといてあげて」


 やはりそうか。

 どうやら一緒に応援しようと約束していたみたいだ。ところが、私の意図を見抜いたのか、隣のクラスの転校生も教室から出て行く気配がない。まさか、紫の男装した姿である紫記を狙っているのではないだろうな? すごく邪魔だし厄介だ。

 頼むから、遠慮してくれ。

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