プロローグ
新連載です。
お手柔らかに……(^。^)
「キャーッ、紅輝様~素敵ーーっ」
「黄司くーん、こっち向いて~~!」
「蒼士様~~、カッコいいー」
「好き~紫記様ー、クールで素敵~」
今日もここ、『私立 彩虹学園』の中庭には、黄色い歓声が飛んでいる。朝早くから髪のセットやメイクに精を出し、男子寮から校舎までの道を埋め尽くす女生徒達の努力には、頭が下がる思いだ。
この学園は高等部からの共学で、赤レンガの校舎や意匠を凝らしたホールは、世界で名を轟かせている建築家がデザインしたものだという。敷地内には乗馬ができる馬場があり、噴水付きの緑の庭園や温室なんかもある。各界の御曹司や御令嬢らが通ういわゆる金持ち学校だ。
学園独自のカリキュラムはセレブ達に好評で、講師も一流である。レベルもそうだが、入学金や授業料がバカ高いことでも有名だ。大学部も近くにあり、男女とも全寮制。校則はそこまで厳しくないけれど、金持ちには金持ちなりの独自のルールやしきたりがある。一日一回お茶の時間を設けるだとか、長者番付でより上位の家の者に従えだとか。
そんな大勢いる金持ちの中でも特に目立っているのが、紅輝、蒼士、黄司の櫻井三兄弟。彼らは泣く子も黙る『櫻井 財閥』の御曹司で、母方の祖母がイギリス人。そのため、いずれもすこぶるイケメンだ。
当然、学園の女生徒達が放っておくはずがなく、毎朝ただ登校するだけでこうして大騒ぎになる。けれど彼らも慣れたもので、長男の紅輝を先頭に、双子で次男の蒼士、三男の黄司はいつものように平然と進んでいく。
ところが今日は、勝手が違った。ふわふわボブの可愛らしい女の子が、意を決したように前に進み出る。
「紅輝様。あの、これ。昨日家庭科で作ったクッキーです。お口に合えば嬉しいのですけれど」
見ればその子は、紅輝――私は紅と呼んでいる――に可愛くラッピングしたものを差し出している。
「ありがとう。大切にいただくよ」
そう言って紅がその子に向かって柔らかく微笑むと、一部の女子から悲鳴が上がった。
でも紅、嘘をつくな、嘘を。甘い物が苦手なくせに。後で処分するよう言われるのは、どうせ私だ。
クッキーを渡したその子を皮切りに、我も我もと女子が群がる。そのうちの一人は、蒼士――蒼にお菓子と一緒に手紙を渡しているようだ。
「あの、蒼士様。これ、読んで下さい」
「悪いが受け取れない。気持ちだけいただいておく」
紅に対して蒼はバッサリ、にこりともしない。ただ、この前と違って一言付け加えられたことは大いに評価しよう。
「黄司君。あの、これ。ぬいぐるみが好きだって聞いて……」
一つ年下でこの春入学したばかりの末っ子の黄司――黄もプレゼントをもらっている。
「うわぁ、可愛い。ありがとう。大事にするね!」
また受け取ったか……。置く所がないからって実家の倉庫にしまうくせに。押し込められたクマやウサギのぬいぐるみが可哀想だ。それらをしまうのは、どうせ私の仕事だ。
「紫記様、お慕いしております。一日だけでいいんです。どうか彼女にして下さい」
うるうるした目の大人しそうな女の子から声を掛けられた。あちゃー、困ったな。櫻井家でない私にまで来るなんて。巻き込まれないよう、普段からクールに振る舞っているのに。最近は積極的な女子が多過ぎる。
紅はニヤニヤしながら私の顔を見るし、蒼は考え込むような表情でこちらを観察している。黄に至っては、私の答えに興味深々だという様子を隠そうともしていない。
私――紫記はため息をつくと、目の前のセミロングの美少女に向き直った。わざと冷たく聞こえるよう、感情を込めずに言葉を発する。
「今後も学園で顔を合わせる仲だ。たとえ一日だろうと、互いに気まずくなるのは避けたい。すまない」
ごめんね。でも、付き合うのは絶対に無理だから。
「いえ、私ごときが図々しくすみません」
「どうして? 君は十分魅力的だよ」
あ……目の前で倒れた。
別に変なことは言ってないと思うんだけど。
立ち止まったままの紅が口に手を当て、面白そうに笑っている。蒼は苦笑し、黄も肩を竦めた。
この答えじゃだめだったのか? だけど正体をバラせない以上、他の断り方を咄嗟に思いつかなかった。いくら彼女が可愛くても、受け入れられない理由がある。
だって私――紫記は男装しているとはいえ、れっきとした女の子なんだから。




