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私がヒロイン? いいえ、攻略されない攻略対象です  作者: きゃる
第1章 友人という名のお世話役
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紫記の失敗1

 慌てて教室に戻ると、窓の近くに人だかりができている。何だか揉めているようだ。まさか――

 よく見れば、橙也が手の平をこちらに向けて降参のポーズをしている。詰め寄っているのが蒼だ。


「ごめんごめん、もうしないから」

「お前の勝手な行動のせいで、何度講師の怒りを買ったと思う? 世界的に有名な方だ。頼んで指導に来ていただいているのに。それをお前はっ」


 ああ、良かった。

 私のことで怒っているのではなさそうだ。

 過剰に反応したのは紅だけだった。

 まったく。おかげで碧先生にも笑われてしまったし。


「怒っているのはそのことじゃないだろう? ああ、ちょうど良かった。紫記ちゃん、お帰り~」


 飄々とした感じで話す橙也が私に目を向け、ひらひらと手を振った。今は選択授業の時間なので、うちのクラスに彼らがいる。というより、授業はどうした授業は。なぜ誰も、大人しく席についていないの? 眼鏡に手を添え蒼が、私達に言った。


「戻ったか。紅も、遅かったな」

「ああ、ごめん。心配かけた。さっきちょっとめまいがして……」


 おでこを手で触りながら私も答えた。

 保健室に行く回数が多いので、一応紫記は『貧血気味で病弱』という扱いにしてもらっている。昔、私が病気がちだったのは本当だ。今は規則正しい生活を送っているので元気。でも、それだと保健室を使うことができなくなるので、いつも『病気』を口実にしている。


「平気なのか? こいつに触られて具合が悪くなったんだろう。自習になったし、休んでもいいんだぞ」


 蒼、気持ちはありがたいけど、腕を組んで威張って言うことでもないよね? それに、頬にキスをされたくらいで本当に具合が悪くなったりはしない。ただ驚いただけ。それを言うなら、さっきの紅の態度の方が……


「大丈夫だ、きちんと消毒もしてきた」


 その紅が余計な発言をする。

 でも待って。めまいで消毒って、おかしいから!

 

「ごめんね、紫記ちゃん。俺の魅力にクラッときちゃったんだよね?」

「キャーッ」

 なぜか一部の女子が大喜び。

 何でだ?


「お前っっ」


 蒼が激怒し、橙也のシャツを掴む。

 ここまで怒るってことは、ダンスの講師が橙也がふざけていたせいで、辞めるって言いだしたのかな?


「ほら、橙也。冗談はもうやめろ。僕も本気で怒るぞ」


 私はため息をつきながら言った。

 このままでは収拾がつかない。


「蒼も、橙也のからかいを真に受けてどうする?」

「紫記……」


 蒼が眉を寄せた。そこまでダンスの授業に思い入れがあるとは知らなかった。世話役としてきちんと覚えておこう。


「気はすんだか? どうせ自習だ。お前ら、自分の教室に戻れ」


 紅が隣のクラスの生徒を追い払おうとしている。

 まあ、自習だから当然か。紅のファンの女子達はきゃあきゃあ言いながら騒いでいる。

 でも、あれ?

 私はあることに気がついた。

 そういえば、桃華は?


 見渡すけれど彼女の姿が見えない。

 桃華は紅のことが好きなはずなのに、ここにはいないようだ。もしかして、休み時間に彼を探して見失ってしまったとか? 紅は私と保健室にいた。違う所を探しても見つかるはずはない。

 転校してきたばかりの桃華だ。

 どこかで迷っている可能性だってある。

 私は近くにいた藍人に聞いてみることにした。


「ねえ藍人、うちのクラスの花澤桃華さんを見なかった?」

「花澤さん? どんな子?」


 あれ、おかしいな。

 藍人もまだヒロインから目が離せない、という段階ではないらしい。桃華の魅力にクラッときてはいないようだ。

 

「栗色の柔らかそうな巻髪で、大きな目の可愛い子」

「紫記はあんな子がタイプなんだ」


 藍人が笑う。

 爽やかな好青年を絵に描いたような笑い方だ。

 

「違う。担任から面倒を見ろと言われていたのに……忘れてた」

「そうか。まあ、どっちでもいいけど。だけど、彼女はダンスの授業後まだ帰ってきていないんじゃないか? 少なくとも俺は、この教室で見た記憶がない」


 何てこったい。

 桃華の護衛役をしようと思っていた自分が聞いて呆れる。早く見つけてこなくっちゃ。まさか、別の女子に呼び出されていたり、トラブルに巻き込まれているとかじゃあないよね?

 自習だということもあって、私はすぐに桃華を探すことにした。




 ホールの周囲には誰もいない。

 念のため、中に入って呼びかけてみたけれど応答はなかった。ホールはガランとしていて、人はいないようだ。

 

「教室に戻ってないってことは、自習だって知らないはずなのに……。どこに行ったんだろう?」


 ヒロインが、自分から授業をサボろうとするとは思えない。ダンスのレッスンはとっくに終わっていて、クラスの女の子達は戻っていた。だったら桃華だけどこへ行ったの?

 私は学園の広い敷地を、彼女の姿を求めて走り回った。

 

 噴水近くの花壇に近付いた時、風に揺れる柔らかそうな栗色の髪が見えたような気がした。きっと桃華だ! すぐ近くには金色の髪の生徒がいる。あれは……黄!

 長く一緒にいたしお世話をしているから、彼のことならすぐにわかる。

 ――待てよ、噴水に花壇!?

 心にひっかかるものを感じた。

 じゃあ今はひょっとして、ゲームで出てきた桃華と黄司の出会いイベントの真っ最中じゃあ。 

 私は思わずしゃがんで隠れた。

 授業中に起こるとは知らなかった。

 というより二人とも、こんな所で堂々とサボっているのはどうかと思う。うちのクラスはたまたま自習だったけど、黄のクラスは違うはず。世話役として、彼のことは見過ごせない。あとから注意しなくっちゃ。


「どうすればいいのかしら? このままでは可哀想だし」

「でも、今の僕らじゃどうすることもできないよね」


 やっぱり……

 あの声は桃華と黄だ。

 ゲームの通りに「手折られた花が悲しい。何とか元に戻せないか」と二人で話し合っているところみたいだ。


「紫記、いったいどうした……黄! お前こんな所で何してる、授業中だろ?」

「うわ……だめ、紅!」


 後からやってきた紅が弟の姿に気づいたらしく、すぐに声をかけてしまう。攻略対象が別の攻略対象の出会いの邪魔をするなんて、聞いたことがない。


「兄さん! それに、ゆ……紫記?」

「紫記様!」


 私の姿を認めた桃華が、嬉しそうに走ってくる。その胸には、手折られたチューリップ……ではなく、灰色の小さな物体を抱えている。


「うわっっ」


 灰色の物体は私の姿を見るなり、なぜかこちらに飛び移ってきた。私は咄嗟に手を出した。よく見れば、それは子猫だった。元々は白い毛並みだったのだろうけれど、汚れたせいかところどころがくすんで灰色になっている。

 私は実は猫が好き。

 子猫を顔の前に抱え上げると、デレッとしながら言葉をかけた。


「こんなところでどうした? お前、なんて可愛いんだ」

「ニャア」


 私に答えてくれたようで、すごく嬉しい。

 けれど、周りはシンとしている。


「紫記……様?」


 立ち尽くし、私を凝視する桃華。

 不愛想な紫記の満面の笑みを見たせいで、ビックリしているのだろう。

 あれ? でもこの場面、何だか知っているような。

 気づいた私は青ざめた。

 しまった、これって――



 ()()()()()のときめきイベントだ。

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