小さな友達への最後の願い
リファが自分の天幕に戻る。
そこにはダロムがいた。
リファが口だけ動かすが、ダロムは頭を振る。
天幕の隅にカゴが置かれ、中に敷き詰められた毛布の中にプリムがいた。
しかし、小さな妖精娘は起きてはいるはずだが、こちらに背を向けたままだ。
「ちょっと、お邪魔するわね」
そこにエルマが入って来た。
「エルマさん、何かあったんですか?」
「プリムちゃんに話があるの。どうしても確かめたいことがあってね」
エルマが名を出すが、聞こえているはずの本人は黙ったままでいる。
「おい、プリムや」
「いいの。そのままで聞いて。プリムちゃん、あなた、グノムスから何かを預かってはいない? きっと何かを預かっているはずなのよ。とても大事なものをね」
その言葉にようやくプリムが振り向いた。
「回りくどいわね。はっきり言いましょう。グノムスから“要”を預かっているはずなのよ」
その台詞にダロムとリファも驚く。
「うちらが見つけた“要”は半分だけだったのよ。もう半分はグノムスが隠し持っていた。それが現在、どこにあるかとすれば――あなたが持っているはずなのよ」
プリムも戸惑いの表情を浮かべる。
「グノムスが大事な“要”を託すとすれば同じ能力を持ち、一番に仲の良かったプリムちゃんしかいないのよ。どう?」
プリムも考えているようだが、心当たりがないのか何も答えない。
「そうじゃ、プリムや」
ダロムが言った。
「プリムや、いつか、グーの字から“要”の操り方を見せられていたはずじゃろう。やってみせてくれんか?」
プリムもダロムの言葉に従い、両手を掲げた。
プリムが試行錯誤するように悩んでいたが、やがてプリムと横で見ていたダロムの表情が驚愕に変わった。
「妖精さん、当たり?」
「うむ……間違いない、“要”じゃ」
リファやエルマには見えないが、妖精族の二人にはプリムの両手の間に“要”が見えているようだった。
「ありがとう、プリムちゃん。これで男爵に最後の反撃のきっかけを与えられるかもしれないわ」
「最後の反撃とは、どうするつもりじゃ?」
エルマが答えようとした瞬間、プリムが脱兎のごとく逃げ出した。
「おい、プリムや!?」
エルマたちの足許をすり抜け、外に出たプリムは外の闇に紛れるように消えてしまった。
「プリムちゃんがいなくなった!?」
天幕の外で待っていたマリエルの声が周囲に響き渡る。
「いやあ、ごめんなさいね。男爵の名を出したら急に消えちゃってさ」
エルマが頭をかく。
「でも仕方ないよ……男爵さんがグノムスちゃんを破壊しちゃたんだよね」
リファもプリムの気持ちは分かるのか、やるせない表情をする。
「ともかく捕まえないと話にならないっすよ!」
アードが話に加わる。
「せっかく見つけ出した希望なんですから!」
「そうですぜ。こうなったら俺たちの手で!」
アードが樽に水を入れ、ウンロクがガラス瓶をどこかから持ってきた。
「捕まえるのはこれで問題ねえ。あとはおびき寄せる罠を――グハッ!?」
アードの頭にマリエルの回し蹴りが、ウンロクの顔面にダロムの跳躍頭突きが炸裂した。
「そんなことしてプリムちゃんが協力してくれるわけないでしょうがッ!」
「ワシのプリムをどうする気じゃ!?」
「で、ですが所長代理……」
「ともかく手分けして探すのよ。一人で勝手に遠くまでいったら危ないわ――さっさといけッ! 見つけたら報告するのよ!」
「へ、へい!」
マリエルの命令でアードたちが一目散に探しに行く。マリエルも別の方角に探しに向かった。
エルマがリファの方を見るとその表情が引きつっていた。
「どうしたの?」
「……ううん、マリエルさんの教育方針ってきついなぁって」
エルマは笑った。
「あれが教育方針なんてわけないじゃない。ただの八つ当たりよ」
唖然とするリファを尻目にエルマが腕を組む。
「やはり、グノムスの件もあって、男爵に協力してほしいって言っても難しいかしらね」
「それはあたしも分かる。でも世界の存亡がかかっているし――」
「そうね。何とかしないと……でも、簡単にはいかないでしょうね。すでに、あの子の幸せだった世界は破壊されてしまったんだもの」
「ワシが話をしてみよう」
二人の足許で話を聞いていたダロムが言った。
「お願いできる?」
「話だけならな。ワシにもこの地上に連れてきてしまった責任があるしの」
拠点の近くにある小さな岩の上に小さな妖精娘が座っていた。
「ここにいたか」
その背後に立ったダロムは声をかける。
「じいじ!?」
「驚くことはあるまい。プリムの気配ぐらいワシはすぐに辿れるからの。他には誰も来ておらん。逃げることはないぞい」
プリムがすぐに背中を向けた。
「まったく世話をかけおる……どうして逃げた?」
ダロムは尋ねるが答えは返ってこない。
「やはり、グーの字を破壊した勇士たちを助けたくないか」
これにも答えは返らなかったが、プリムの背中が震えたのは見逃さなかった。
「確かにあいつはかわいそうな奴だったかもしれんの……プリムと一緒に地下世界に行けないことも最初から分かっておったしの」
ダロムは告げた。
「……どうして?」
プリムがようやく背中越しに口を開いた。
「グーちゃんはプリムと一緒に地下世界に行きたくなかったの?」
「行きたかったと思うぞい。じゃが、行けない理由も分かっておった。あいつは賢くて優しい奴じゃったからな」
「どうして!? どうして行けなかったの!?」
プリムが振り向いた。その目は今も泣き腫れていた。
「プリムは若いからよく知らないだろうが、妖精族はエンシア時代に実験台として苦しめられてきた時代があった。今も妖精族の中にはエンシアを恨む者たちは多い」
ダロムはプリムの隣に座る。
「おまえの母親マキュアもエンシアの実験台になった一人じゃった」
「ママも!?」
「ああ。マキュアはおまえも知るファウアンが助けてくれたがな。他の仲間たちはあのまま帰らなかった。ワシがエンシアの技術を盗んで奴らに抵抗しようとした理由、少しは分かってくれるかの」
ダロムが遠い目をしながら語りかける。
「グーの字はその犠牲になった妖精族の能力を研究して作られたエンシアの遺産じゃ。あいつが妖精族の里に受け入れられるなんて絶対にあるまい。それは誰よりもグーの字が一番に分かっておった。今だから言うがワシが最初、プリムがグーの字と仲よくなるのに反対だったのもそういう理由があったからじゃ」
プリムはうつむく。
今まで自分が知らなかった妖精族の歴史の重さに戸惑っているようだった。
「……グーの字はな、最初から“神”様に与えられた使命を果たし、リーナ姫と勇士のために消えることを自分の役目と決めておったんじゃろう。だから、姫と一緒になって勇士を騙してでも窮地から救おうとしたのだと思う。勇士だってあいつを破壊したかったはずがあるまい?」
「“神”様がグーちゃんに命令したの!?」
プリムが顔をあげるが、ダロムはその肩を抱き寄せた。
「“神”様は犠牲を強いることはせん。実はな、戦乙女となる前のリーナ姫は一度、死んでおったんじゃ」
「ひめ様が?」
「前にグーの字の修理をする時に動作記録を見たことがある。長く地下で眠る間に休眠装置に故障が発生しての。リーナ姫の命が危なくなって急いで地上に出ようとしたようだ。だが間に合わなかったようでな。リーナ姫はグーの字の中で息を引き取った」
ダロムは何も喋らないが常に周りを見守り続けていた鉄巨人の姿を思い浮かべる。
「グーの字はそのままリーナ姫の亡骸を百年以上も守り続けていたようじゃが、きっとすごく悲しんで、ずっと途方にくれておったのじゃろう……“神”様が接触したのはその時じゃ」
ダロムは一息おく。
「ここからはワシの推測になるがな――グーの字は“神”様と約束したのじゃ。リーナ姫を戦乙女に転生させて助けてもらうための条件として、“神”様の頼みを引き受けたのじゃろうて。だから“要”の半分を隠し持っておった。いつか必要になる時に備えてな」
プリムはダロムの腕の中で静かに耳を傾けていた。
「よく聞きなさい。プリムはそのグーの字から“要”を託された。それが何のためか、よーく考えるのじゃ」
ダロムはあやすようにプリムの肩を優しく叩いた。
「ワシも強制や命令はせん。自分で考えなさい。それが友達としてグーの字にしてやれる全てじゃよ」
プリムはずっと黙っていた。
「……このまま何もしなかったら、グーちゃんは怒るかな?」
「怒りはせんじゃろうて。グーの字はプリムには優しかったからな」
プリムがダロムの膝に顔を埋める。
「グーちゃん……幸せだったのかな」
「そうだと思うぞい。リーナ姫に拾われ、この地上の人たちやプリムとも仲よくなれたんじゃ。
そうでなければ世界を救うための手がかりを託しはすまい」
「世界が暗いままだと……グーちゃん、悲しいかな?」
「そうかもしれんし、プリムが泣いているのを一番、悲しんでいるのかもしれんな」
プリムはそれからずっとダロムの膝の上でうずくまっていた。
『シャアアギャアアアアアッ!!』
突如、心に直接つんざくような悲鳴が聞こえた。
ダロムは慌ててプリムを抱き寄せる。
「じいじ……」
「また異形が一体、誕生してしまったようじゃの」
恐ろしい咆哮は消えたが、その響きが脳裏に刻まれる。
闇の領域に変わった“聖域”内の人々全てがこの声を聞き、そして、絶望に沈む者がさらに増えることだろう。
「……グーちゃんはこの声が聞こえると、いつもはげましてくれたの」
プリムが呟く。
「何じゃと!? グーの字はあの“声”が聞こえていたのか?」
「うん。あの怖い声がするとね、すぐに手の中に入れてくれて守ってくれたの……『だいじょうぶだよ』って――」
そう言ってプリムがまた思い出してしまったのか、ダロムの肩に泣き顔を押しつけた。
あの“声”は心を持つ者にしか聞こえない。
機械である《グノムス》には聞こえていないはずであった。
プリムの思い違いかもしれない。だが、ダロムはその言葉を信じることにした。
「きっとプリムが怖がる姿を見るのが辛かったんじゃな。あいつは機械じゃったが、友達が怖がってたら守ろうとしたぐらい優しい『心』を持っておったのじゃ……その心でプリムとお別れしてでも自分の役目を果たすことを選んだのじゃよ。グーの字は戦乙女にも、勇士にも自分の願いを叶えてほしかったんじゃよ」
「……プリムの願いはかなえてくれなかったよ」
ずっと一緒に居たかったのだろう。プリムがその思いを吐き出すように言った。
「許してやっておくれ。大事な“要”を託したのはきっと、自分が消えてもプリムを信じて見守っていると、そう伝えたかったのだと思うぞい」
プリムは泣き出し、ぎゅっとダロムの服を握り締めた。
ダロムはしばらくそのままにしていた。
やがて、プリムの泣く声が止まった。
「じいじ……あたし、やる」
しがみついていたプリムが離れ、闇の空を見上げた。
「あたし、グーちゃんの代わりになる……グーちゃんが願っていたこと、プリムが代わりにかなえる!」
世界を絶望に落とそうとする悪意に立ち向かうようにプリムが叫んだ。
「グーちゃん、プリムもがんばるからね! 安心してみててね!」
無理をしながら気丈な姿をしていることはダロムにも分かった。
だが、心の底から優しかった鉄機兵に感謝していた。
あの巨人は“要”よりも何よりも大事な希望を、小さな友達に遺してくれたのだ。
マークルフは自分の天幕でプリムが戻ってきた報告をエルマから受けていた。
その報告にマークルフは安堵していた。
この手で小さな妖精娘の大事な友を奪ってしまったのは事実だ。
たとえ自分を許してくれないにしても、立ち直ってくれるならこれほど嬉しいことはなかった。
「男爵、腹は括れましたか?」
そのマークルフの背中にエルマが軽い調子で尋ねる。
しかし、それは再び“機神”と戦えるのかという真剣な問いでもあった。
「副長さんはもう少し男爵を休ませてやってくれって言ってましたけどね。こっちも時間の都合があるのでどうしても聞いておきたくて」
ログから話を聞いて察したのだろう。
マークルフは目の前に立て掛けている《戦乙女の槍》を見つめた。
「……やるしかねえ。あいつとグーの字が捨て身で仕掛けた芝居に命を拾われたんだ。それから逃げるわけにいかないじゃねえか」
「貴方に賭けていいのですね? それを聞いて安心しました。これでこっちも心置きなく動けます」
「あの“要”を使ってどうするつもりだ?」
「天使たちの協力が不可欠になりますけどね――“聖域”を修復します」




