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希望はまだ、そこにある

 マークルフは夢を見ていた。

 それは古代王国末期、そこに生きた一人の男の半生だった。

 ヴェルギリウス=エンシヤリス──

 “機神”の化身としてこの世界に闇をもたらそうとする男は、かつて“機神”に立ち向かい、そして滅び行く祖国を守るために“神”に決死の抵抗を試みていた。


『“神”よ──俺たちの願いは決して滅ぼさせはしないぞ! エンシアを滅ぼそうというなら、俺は悠久の時を生き存えてでもエンシアを甦らせる!』


 “機神”と同化したヴェルギリウスと彼の妻エレが、降臨しようとする“神”に向かって吼える。

 これがあの男を動かす全ての願いなのか。

 そして妻エレも、その“妹”たちも彼のために動いていたのか。

 そして世界は“機神”は降臨した“神”が衝突し、光に包まれた。

 この時、エンシアは完全に滅び、“機神”は五百年後、時のフィルガス王が発掘するまで永き眠りに就くことになる。

 あの男の最後の願いは滅びることなく、“機神”を復活させ、滅ぼされたエンシアの人々をも復活させようとしていた。


『違う! 呑み込まれてはダメ! 気づいて──エレナさん!!』


 リーナの声だった。

 そして、彼の目の前に少女の姿が浮かぶ。

 リーナがマークルフに向かって静かに微笑む。

 まるで、来るのを待っているかのように──



「リーナッ!?」

 マークルフは飛び起きた。

 そして身体が反射的に身構える。

 だが、そこには“機神”も魔女も、ヴェルギリウスの幻影の姿もなかった。

 そこにいるのはエルマとマリエル、そして驚いているアードたちだけだった。

「……ここは……どこだ?」

 周囲と自分の様子を確かめるマークルフ。

 頭上を覆うのは機動要塞によって打ち上げられた空ではなく天幕だった。

 装着していたはずの鎧も外されていた。

「──男爵さんッ!?」

 天幕の入り口が開き、リファが飛び込んでくる。

「ようやくお目覚めよ。回復までに時間がかかったけどもう心配ないわ」

 エルマが言うと、リファは目から涙を浮かべて駆け寄った。

「男爵さん! 無事でよかったぁ」

 感極まったように喜び、その腕をマークルフの首に巻き付ける。

「おいおい、いきなり首を絞めるな……取りあえずは俺は無事だ。心配かけたな」

 マークルフは優しく彼女の腕を手で叩くと、自分から離れさせた。

「──閣下。目覚められるのをお待ちしてました」

 リファに続いてログも入って来た。

 静かな態度だが安堵の表情を浮かべていた。

「やはり、運命はまだ勇士を見捨ててはおらんようだな」

 傍に置いてあった診療機器の上にダロムが座っていた。

 マークルフは一同を見渡す。

「どうやら主要なメンツは揃っているわけだな。教えてくれ。あの戦いの後、何が起きているのか、洗いざらいだ」



「──ただ、この先、どうなるのかは分かりません。私の目にもこの先は読めないのです」

 仲間の天使ドラゴに話し終えたクーラは立ち上がった。

「運命の渦はその渦中にある者には見えません……私も当事者になりすぎたのかもしれません」

「世界がこうなった以上……この地上に居る者全てが当事者さ。先が見えないのなら……その方が希望が持てる」

 目に包帯を巻いたドラゴが答える。

「なあ……一つ、教えてくれないか? “神”は何故、俺たちを天使に選んだんだろうな」

「なぜ、そのような事を?」

「この有様だ。魔女の一人ぐらいは道連れにして死ぬつもりでいる。そう思うと、ふと考えてしまってな。何百年と生きているが分からなくてな。“神”に仕える一族の出のあんたはどう思っている?」

 クーラはしばし考える。

「……“神”が私たちを選んだのはエンシアの被害者だからかもしれません。時を越えても忘れる事のない“罪”の証として。同時に私たちにも問いかけているような気がします。時を越えて、いつ“罪”を赦すのかと──」

 ドラゴがクーラの方に目の見えない顔を向ける。

「赦されない絶望と、いつか赦されるかも知れない希望を天秤にかけて、それが揺らぐのを見ているわけか……そうかとは考えていたが、“神”というのは意地の悪いことを考えるもんだな」

「“闇”は人の欲望に応え、力を与えます。“光”はその欲望から育つ希望と絶望を見続けながら力を貸しています。それが世界の理です」

「だったら……“神”はこの絶望的な世界をどう見ているんだろうな?」

 クーラは闇に覆われる空を見た。

「“神”は自らは動かない“希望”の象徴です。“神”そのものに救いを求める者は動かない希望を絶望と捉えるでしょう。しかし、絶望に挑む者がいれば、“神”は見えざる運命の手でその者の背を押しているのです……ならば“神”はまだ、どこかに“希望”を残していると思っています。彼の者たちが諦めない限り──」



 ログたちから今までの経緯を説明されたマークルフは自分の胸に手を当てる。

「あの時、俺は魔女たちによって“心臓”を止められた。あのまま死んでいたはずだったが……どうやって俺は助かった?」

「リーナ姫が助けてくれたのかもしれません」

 マリエルが答えた。

「リーナが……?」

「ええ。“心臓”の活動記録を確認しました。確かに魔女たちの干渉によって“心臓”を強制的に停止させられていました。ですが、その直後に再起動をしています。魔女たちに気づかれない形で──それで男爵の命が助かったのです」

 マリエルが記録紙を取り出す。

「“心臓”が停止した後、外部から何かの力の干渉があったようです。それが“心臓”を再起動させたのは間違いありません」

「その何らかの干渉ってのは何だ?」

「……解明どころか、説明もできないのですが、あえて言うならば姫様の愛の力でしょうか」

 それを聞いたエルマが肩をすくめて手を広げる。

「あらぁ、珍しいわね。あなたがそんな浪漫あふれる単語で説明するなんてね」

「からかわないで。これは本気よ」

「どういうことだ、教えてくれ? リーナが俺を助けたのか?」

「他には思い浮かびません」

 マリエルが答える。

「前に教えていただきましたね。制御信号を展開すると、無意識の状態でいる姫様の身体と同調して勝手に動かせると──男爵と姫様の間には不可思議な繋がりがあるのは間違いない事実です。だったら、その逆もあり得ると思うのです。“鎧”である姫様が男爵の“心臓”に同調して再起動させた可能性も有り得ます」

「なるほどね。男爵と姫様には鎧と装着者としての見えない愛の絆があるって事か。ちょっと物騒な絆だけど美しい話ね」

 ふざけるようなエルマにマリエルが不本意な表情を浮かべる。

「一応、根拠はあるのよ。前に“再調整”で男爵が倒れた時のことを思い出して。正直言えばあの時、成功の確率は三割を切っていた。だけど予想していた以上に“心臓”が持ち堪えてくれて、それで男爵は助かった。後で記録を検証したけど、やっぱり“心臓”の動きには説明できない部分がいくつもあったわ──うちが思うのは、あの時、無事を祈っていた姫様が“心臓”に働きかけ“再調整”を助けていた。その時に“心臓”に干渉する力があると気づいていたんじゃないかと思うの」

 マークルフはまた胸に手を押し当てた。その奥で鼓動する“心臓”を意識する。

「そうだよ、間違いないよ! 絶対にお姉ちゃんが助けてくれたんだよ!」

 横に座るリファが声をかける。

「お姉ちゃんはきっと“機神”と戦っているんだよ。あたしは聞いたの。夢の中でお姉ちゃんがエレナさんを励ましている声を──」

「それはエンシア時代のヴェルギリウスの夢か」

 リファが驚く。

「どうして知ってるの、男爵さん!?」

「俺も同じような夢を見たんだ。その最後にリーナの声を聞いた」

「男爵さんも同じ夢を見ていたんだ。どういうことなの?」

「リーナが俺たちに何かを伝えるためだったのかもな」

 それを聞いたアードが周囲を気にする。

「男爵やリファちゃんに伝わっているってことは……ここに男爵たちがいるってヴェルギリウスたちも気づいているんじゃ……」

 ウンロクが相棒の背中を叩く。

「心配するな。気づいてたらとっくに男爵にとどめを刺しに来てるさ」

 マークルフは立ち上がった。

「男爵さん、大丈夫なの?」

「ああ、この状況でゆっくり眠ってもいられんしな」

 心配するリファに答えるとマークルフは入り口に向こうに広がる、闇に支配された景色を睨んだ。

「今の“機神”はエレナ=フィルディングを“勇士”とした戦乙女の武器化状態にあると見ていい。エレナ=フィルディングは“機神”に囚われているが、同時に“機神”に直結している状態だ。実体の制御装置を持ち、“勇士”としての立場にいるあいつが、ヴェルギリウスと“機神”の動きを抑え込んでいるとも考えられる」

「その根拠は?」

 エルマが尋ねる。

「ヴェルギリウスの夢から得た情報と推測さ。奴はかつて“機神”の暴走を止めるために機体に取り込まれて制御を試みていた。おそらく、今度はヴェルギリウスが取り込んだエレナ=フィルディングを完全に取り込もうとしていて、それをリーナが阻止しているのかもしれん」

 マークルフは天幕から外に出た。

 空はどこまでも闇に包まれていた。星の代わりに真紅の薄光がゆらめくように地上を照らしている。

 近くの岩に《戦乙女の槍》が立て掛けられていた。

 そして岩の上にカゴが置かれ、布が敷き詰められたその上に小さな妖精娘が眠っていた。

「閣下、グノムスが破壊されたと聞きました」

 ログが出てきて彼の隣に立つ。

 マークルフはうずくまるように眠っているプリムに目を落とした。

「……俺が破壊した」

 その言葉にログ、そして後ろにいたリファたちも声に出せないぐらいに驚く。

「すまない、プリム」

 マークルフは悔恨の表情を浮かべながら槍を睨む。

 黄金の槍は激動する戦いと世界の中、それでも何一つ変わらないまま輝き続けている。

 永き時を不変の姿で渡り歩いて来た槍の姿が彼に訴える。

 この槍に込めた多くの願いと約束を果たすまで、まだ終われないはずと──

 マークルフは槍を掴む。

 そして、彼と共にこの槍に誓いを込めたリーナの姿を思い出す。

(リーナ、グーの字──お前たちは俺を助けるためにあんな事をやったのか)

 そしてプリムを起こさないようにゆっくりと槍を執った。

 黄金の槍は闇に支配される地上で静かに輝き続ける。

 希望はまだ残っていると伝えるかのように──

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