槍が導く運命(2)
無言のまま帰還したマークルフは現在、マリエルたちによって容体の確認作業が行われていた。
部隊もより警備を厳重にし、その指揮を執るログもマリエルたちがいる天幕の近くで様子を見守っていた。
「あの、副長さん」
ログの横から、リファが遠慮がちに声をかける。
彼女は預かった《戦乙女の槍》を抱えながら近くの岩に座っていた。この少女も近くでマークルフの無事を祈っていた。
「もし、“機神”を倒すことができたら副長さんはどうするんですか?」
リファからの意外な質問だったが、思えば同じブランダルクを故郷に持つ二人がこうして面と向かって話す機会は今までなかったことだ。
「……わたしは“狼犬の懐刀”としての役目を果たすだけ。後のことはその時に考えることにしています」
「あ、あの、気を悪くしたらごめんなさい。もしかしたら……どこかに行っちゃうつもりなんですか」
ログがリファの方に顔を向ける。
「“狼犬の懐刀”の役目が終わったら、男爵さんと同じように表舞台から消えていっちゃうつもりなんですか」
誰かから聞いたのだろうか。真摯に耳を傾ける姿を見ると、曖昧な返答はできそうになかった。
「そうかもしれません。“最後の騎士”はもう消えました。後は副長ログとしての役割を果たすことができれば、亡き騎士団の同志たちとの約束は果たせると考えています」
リファは手にする黄金の槍に目を落とし、顔を上げた。
「あの、これはいつか伝えてくれってお兄ちゃんから預かってた伝言なんですけど──もし、その気があったらブランダルクはいつでも副長さんのことを待っているって言ってました」
「フィルアネス陛下がですか?」
「別に騎士に戻れとかじゃなくって、傭兵としてでもいいからって。“龍聖”のセイルナックさんも副長さんなら大歓迎って言ってました」
リファは立ち上がってログに近づく。
「騎士団の人たちも、リーデさんもきっと、副長さんが自分の幸せを考えてもいいと思ってくれてますよ、きっと!」
リーデとはリファの世話役であった騎士団長リーデンアーズの娘アデルのことだ。
騎士団長はログが師と仰いだ人物であり、そしてアデルは彼がこの手で倒した娘であった。
「リーデさんはあんな形でいなくなってしまったけど、でも、ブランダルクがお兄ちゃんたちの手で立ち直ってくれることで喜んでくれていると思います。きっと、副長さんにももう過去は忘れて自分自身のことを考えてくれって、そう思ってくれていると思います。リーデさんは本当はそういう優しい人なんです──」
リファは慌てて下がると頭を下げた。
「あ、すみません、勝手に言い過ぎました」
「いえ、お気遣い感謝します。もしブランダルクに戻られたら、陛下や“龍聖”たちに感謝していたとお伝えしてください」
ログは彼なりに穏やかな顔を浮かべる。
「それにアデルさんが貴女の言うように、本当は穏やかで優しい方だったのも知っています。あの人を変えてしまったのは……きっと、わたしです」
ログはリファから視線を外すように空を見上げる。
「……早く会いに行きたいなんて考えたらダメですよ」
ログがハッとしてリファの方を振り返った。
黄金の槍を持つ少女が案じるような顔を浮かべている。
その姿に一瞬、かつて神女の化身として戦ったアデルの姿が重なって見えた。
「神女様は自分の本当の名前も残さずに、国の未来を願って消えたってお兄ちゃんから教わりました。そして、副長さんもその神女の姿にそっくりだって言ってました……いつか、アウレウスに戻ってくださいね」
ログは目を細める。
だが、すぐに険しい表情になり、腰の柄に手を掛けながら空を見上げた。
そこに光翼を広げる何者かが浮かんでいた。
「お待たせしました、副長!」
空に浮かんでいたのは光翼を広げる狼頭天使、声を掛けたのはその脇に担がれたエルマだった。
天使がログの前に降り立つとエルマを離した。
気づいた見張りたちが駆けつけようとしたが、ログが手で制すると持ち場に戻らせた。
「副長、遅くなりました。男爵は──」
「奧の天幕だ。すでにマリエルたちが作業に入っている」
「分かりました。うちもすぐに手伝います」
そう言ったエルマは傍に立つリファにも目配せすると天幕へと早足で向かっていった。
「もう二人、連れて来ている」
そう言って狼頭天使が握っていた手を開く。
その掌には妖精族の二人がいた。
プリムは寝ており、ダロムがそれを抱いていた。
「おう、リファちゃんもおったか。すまんがプリムを預かってくれんかの。ワシも勇士の方で手伝いをさせてもらうのでな」
リファが両手を差し出すと、ダロムがプリムを抱えたまま、その上に飛び乗った。
「プリムちゃん、どうかしたの? 泣き疲れたみたいな顔してるけど?」
眠っているプリムには泣いた跡があった。
「……グーの字が破壊されたんじゃ」
リファもログも驚く。特にリファは声をあげようになるが、眠っているプリムを気遣い、何とか声を呑み込む。
「……そんな、どうして?」
「詳しいことは後で話す。ともかく、今はその子を休ませてやってくれ。ずっと泣き続けておってな。そっとしておいてやって欲しいんじゃ。すまんが頼むぞい」
そう言ってダロムもエルマの後を追って走って行った。
「グノムスちゃん……いなくなったんだね」
リファも涙を浮かべながらプリムを大事に抱える。
ログも鉄機兵の姿を思い浮かべた。
この地上に現れた《グノムス》は主人であるリーナとマークルフを引き合わせ、そしてそれからは“狼犬”の戦いにも常に協力してくれていた。
特に脳裏に浮かぶのはリーナ姫と鉄機兵が一緒にいる姿だ。この時代に馴染むまで苦労していたリーナ姫もこの鉄機兵の前ではとても自然な笑顔を浮かべていた。
それだけ姫にとって大事な家族だった。
そして、ログにとっても共に戦い抜いてきた仲間の死であった。
「“狼犬”の副官よ」
様子を見守っていた狼頭天使が口を開く。
「その〈ガラテア〉には感知できないような対策はしてあるのか? “聖域”が力を失い、魔女たちも制限なく力を振るえるからな。その娘の存在を探知される恐れはある」
リファが顔を強張らせる。彼女は天使たちにブランダルクを攻撃された経緯があるからか、天使たちに不信感を抱いていた。
「それはこちらも気をつけている。マリエルが魔力の漏洩を防ぐ腕輪をさせているし、機械の使用も出力を抑えている。そちらは大丈夫なのか?」
「幸いというべきか、身を隠しやすくなっている。闇の魔力が強くなった影響で魔女の反応も強くなり、向こうに探知される前に気づくことができるからな。ただ、あの戦いから魔女の気配を感じなくなっている。だからこうして荷物を急いで届けられた訳だ」
「魔女は動いていないという事か?」
「おそらくな。落ちていく要塞と共に姿を消してから動きが見られん。異形が代わりに暴れているせいか、それとも向こうにも何かあったのか──」
天使は光翼を広げると空に浮かぶ。
「ともかく今は“狼犬”の覚醒を待とう……運命はまだ希望を否定してはいないようだ」
狼頭の視線がリファの掌に包まれたプリムに向けられる。
その双眸が一瞬、悲しみに揺れたように見えたが、その瞳は姿と共に一瞬で消えた。
少女天使クーラは森人天使ドラゴに自分の身の上話を聞かせていた。
「クーラの師……確か、同じ一族の女性に師事していたと聞いたことがあったな」
「はい。私は人間だった時、その女性を先生と呼び、共に暮らしていました。同じ一族のあの人を私は母や姉のように思っていました」
クーラは目の前で横たわるドラゴにそう答えた。
“神”に仕え、運命を視る力を持っていた一族のクーラは、同じ一族の有力者であったその女性の後継者として育てられたのだ。
「だが、それはエンシア時代の話だ。その先生の話が今になってあんたの口から出てきたのは何故だ?」
「その人に再会したからです。“狼犬”が持っていた黄金の槍──あれこそが、その先生の化身だったのです」
目に巻いた包帯越しにドラゴの表情が驚愕に歪む。
「あの槍に触れた時、それに秘められた運命を視ました。先生の選んだ運命も──」
そして、クーラは語る。
「エンシアの末期、一族は“機神”の誕生を予見していました。それは世界の法則が綻び、地上に混乱と破滅をもたらす運命そのものでした。最悪、世界は人の世界でなくなる事も予想されました。それを阻止するために一族は“神”を召喚する事に決めたのです」
「先生とやらも……それに加わったのか」
「はい。先生は“神”を喚ぶ儀式の中心人物の一人として選ばれたのです。そして、“機神”を止めるために“神”を喚んだのです」
クーラの瞳が宙を見つめる。かつて古代に起きた破滅の運命を見据えるように──
「その結果、“神”と“機神”の戦いが起こり、エンシアは滅びました。古代王国と運命を共にした多くの人々の命と共に──」
「その時のことは……全てを消滅させた光の雨のことは覚えている。あの後のことは俺もウェドを連れて避難していて、よくは知らないがな」
「世界にとっては最悪の破滅を回避するための正しい選択でした。道を踏み外していた古代王国の終焉も必然だったと思っています。でも──あれから先生は変わってしまいました」
「世界に破壊をもたらした己の所業に堪えきれなかったのか?」
クーラはうなずいた。
「多くは語ってくれませんでしたが、そうだったのでしょう。一度だけ、私を抱きしめて泣いていた姿を覚えています──『わたしたちは運命を視る一族。だったら、破滅の運命を待つ前にもっと何かできなかったのだろうか……妹思いの優しいお兄さん一人すら止められなかった自分に、こうして人を慈しむ資格があるのだろうか』──そんな事を言っていました」
「きっと……その先生は聡明過ぎたんだな」
「エンシア終焉後の荒廃した世界は先生にとって地獄の光景だったのかもしれません。それから、しばらくして先生は姿を消しました。私は後を追って捜したかったのですが、一人の娘が荒廃した地上を探し回ることなど出来ませんでした。そんな時、“神”の啓示があったのです」
「そして天使になったのか」
「“神”は先生の跡を継ぎ、後々の世界でその役目を果たすことを約束として私を天使に覚醒させました。先生を捜す力が欲しかった願いを汲んだのかは分かりませんでしたが、私は天使となって世界各地を捜しました」
「それで会えたのか?」
クーラは頭を振る。
「先生を捜しながら、荒廃した世界を見ました。エンシアの支配を離れた魔物や機械が脅威となり、そして人々が文明の残滓を奪い合って争う世界でした。きっと先生はこの世界を見て自分を責め続けているのではないか──いえ、この世界に生き残り続けられたのか、ずっと心配しながら捜し続けました」
クーラが静かに目を閉じる。
「でも、人の寿命が尽きる長い時が過ぎても見つからず、私もその時に諦めたのです。私がエンシアの存在を許せなかったのは、自分たちの欲望を満たすために発展させた文明のために、残された世界と先生があれほど苦しまなければならなかったのかという思いからです」
「……意外と感情的な理由だったんだな」
「呆れましたか?」
「いいや。超然として神に仕える一族の役目を淡々と果たすよりは、その方が自然だと思う。俺もウェドもエンシア憎しで天使になった訳だしな」
ドラゴにしては珍しく気遣うような微笑を浮かべていた。
「それなのに、長い時を過ぎた現在になって、思いがけない形でようやく再会できたわけだ。あの槍がそうだったとはな」
「先生が選んだ運命は償いだったのです。私を残して姿を消した先生は荒廃した世界の中で自らの行いへの償いを求めていました。そして、全ての元凶である“機神”が滅びていないことを知ると、“機神”と戦う運命に身を捧げたのです」
「それがあの槍になることだったのか」
「先生は自らの力で世界の運命の先を垣間見て、そして希望を抱きました。長い時の果てに“機神”が蘇るものの、それに立ち向かった勇士の手で倒される運命を視たのです。先生は残された自分の全てをその運命の実現のために注ぎました」
ドラゴは痛みを押してゆっくりと身体を起こした。
「無理をしては──」
「……いいんだ。寝ながら聞いている話でもない。続けてくれ」
「──先生は勇士の手に黄金の槍が握られているのを視ていました。戦乙女の武具らしきそれこそが未来の勇士を導く物だと確信した先生はその手がかりを捜し続けました。ですが、その手がかりは何一つ見つかりませんでした。いえ、その時には存在していなかった武器だと考えたのです。いつか現れるだろう武器──ですが、未来にそれが確実に誕生するのかは分かりませんでした。先生は失望していました。運命が不確定なものなのは先生自身が一番分かっていましたから──」
ドラゴはしばらく考えるが、やがて答えた。
「そうか。確実にその“槍”を見つけられる方法を先生は選択したのか」
「そうです。ある時、“神”の啓示が先生にも下ったのです。“神”は先生の決意を知っていたのでしょう。先生を戦乙女に転生させたのです」
クーラは答えた。
「戦乙女に生まれ変わった先生は自らをあの槍に変えたのです。いつか現れる未来の勇士を導く戦乙女として。槍として存在し続ければ、いつかその手に槍を握る勇士が現れてくれると願いながら──そして“槍”は悠久の時を渡り歩きました。様々な者の手に渡り、伝説を残し、やがて勇士の運命に辿り着くまで待ち続けました。そして、ようやくこの時代であの“狼犬”の手に握られたのです」
クーラが膝の上で両手を握り締めた。
「“槍”は勇士と共に“機神”と戦い、償いを果たす時を望んでいます──私はその手伝いをしたいのです。あの時、先生を救えなかった“クーラ”がまだ、私の中には残っているのです」




