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槍が導く運命(1)

 担架に乗せられたマークルフは他の者たちにも支えられつつ運ばれていく。

 ログは少女天使の方に振り返った。

「一つ訊きたい。鎧に装着されていた黄金の剣を知らないか。この槍と同じく戦乙女の武具の一つだ」

「貴方がたがシグの魔剣と呼ぶ、あの戦乙女の武具ですね」

 天使が答えた。

「あの剣は“監視者”が持って行きました」

「“監視者”──そちらの仲間の一人だったな」

「はい。あの剣が必要なのですか?」

 ログは闇に包まれた空を見る。

「再び閣下が“機神”と戦う時には必要になるかもしれない。わたしもそのためにあの剣を持ち出した」

「もし、あの剣が必要として……彼が素直に渡してくれるかどうかは分かりません」

 天使が少し難しい表情を浮かべる。

「彼は“機神”との戦いよりも、あの剣の方が大事だからです。今になって私にもそれが読み取れました」

 天使の目がログの持つ《戦乙女の槍》に向けられる。

 それがどのような意味を持つかは分からないが、悠久の時を生きる天使の瞳に微かに感情の揺れが見えた。

「天使はエンシアの文明を否定しているはず。その象徴である“機神”破壊よりも魔剣にこだわる理由があるのか?」

「彼はエンシア滅亡後の時代に“天使”に選ばれました。エンシアの非道を知る私たちとは少しだけ考えが異なるのでしょう。それに魔剣は彼にとって特別な物なのです」

 天使は少し考えた素振りを見せ、そして答えた。

「彼の本当の名前だけ伝えておきましょう。彼の名はシグです」

 その名にログは驚く。

「そうです。魔剣に冠する勇士の名こそ彼の本当の名です。彼こそがあの剣の真の主なのです」

 天使がその場から立ち去る。

「これ以上は私からも言えません。ですが、貴方があの魔剣を再び手にするつもりなら──彼との対決は避けられないつもりでいてください」

 そして天使は姿を消した。



 ウォーレン率いる撤退組は王都から離れた渓谷の下に天幕を連ね、そこを拠点としていた。

 マークルフの捜索に向かった副長ログたちの帰りを待つためだ。

 そこには戦線を離脱して戻っていたマリエルとアードたちも居た。

「……世界はどうなってしまうんですかねえ、ウンロクさん」

 天幕の外でアードは暗闇の続く空を見上げながら言った。

「さあな。こうなったら、なるようにしかならねえだろうよ」

 ウンロクも隣で岩に座っていた。

「所長代理のケガも快方に向かってますけど……所長は無事でいてくれますかね」

「姐さんが死ぬようじゃ、世の中はお終いよ」

「答えになってないっすよ、ウンロクさん」

「俺に答えを求めんじゃねえよ」

 やがて二人は気配に気づいて振り向く。

 天幕から額と腕に包帯を巻いたマリエルが出て来た。

「所長代理、休んでなくていいですか?」

「悠長に休んでいられないわ。この状況、どうなっているのか、黙って見ている訳にはいかないでしょう?」

 アードたちの前には複数の計測機が設置されていた。手を尽くしてあるだけ用意した物だ。

 こうして闇の世界と化した“聖域”の現状を少しでも解析するデータを集めていた。

「いやあ、観測できる限り、この地上は霊力の影響が消え去り、魔力強度が跳ね上がったままですぜ。魔力を気にせずに機械を動かせるのは有り難い限りですがね」

 ウンロクが肩をすくめる。

「姐さん代理の予測通り、“聖域”の“要”が闇に汚染されて魔力一色に塗り替えられたってのは間違いないでしょうぜ……こうなると“機神”がいつ暴れてもおかしくはないわけでさあ」

「“機神”はどうなってるんでしょうか?」

 アードがマリエルに尋ねる。

「分からないわ。でも、リーナ姫が“機神”と同化して戦乙女の武器化をしているとするなら──“機神”は破壊不可能な黄金の“機神”に変貌しているかもしれない」

「それじゃあ、もし男爵や所長が無事に戻ってこれたとしても、破壊する方法がもうないってことじゃないですか」

「あくまで最悪の想定よ。うちらは途中で離脱して、あの戦いの結末の詳細までは見ていないわ。分からないなら、とりあえずはできる限りのことはするだけ。今はこの異変について少しでも──」

 マリエルが怪我の痛みに顔をしかめる。

「休んでください。こっちは僕らで引き受けます」

「そうですぜ。姐さんが戻って来るまでは俺らもやるだけやりますから」

「……分かったわ。お願いね」

 そう言ってマリエルは天幕の中に戻った。

「さすがは所長代理。この状況でも冷静ですね」

「そうでもないさ。姐さんたちが戻らずに一番心配しているのは姐さん代理だよ」

「分かってますよ。それでも冷静に努めているのはすごいって言っただけっす」

 しばらく機械の番をしていた二人だが、やがて遠方の方で見張りの持つ炎が揺れるのが分かった。

 そして向こうから声が聞こえた。

「副長たちが戻って来たぞ! 隊長も一緒だ! 生きてるぞ! 誰か手を貸せ!」

 二人は慌てて立ち上がると天幕の方に向いた。

「所長──!」

「姐さん──!」

「二人とも! すぐに点検装置の準備をして! 男爵の容体を確認してくるわ! 強化装甲の解除準備も忘れないでよ!」

 二人が呼び終わる前にマリエルは天幕から飛び出ると、怪我の痛みを忘れたかのように駆け出していた。

「──代理」

 二人はそろって口を動かすと呆然とするが、すぐに気を取り直すと装置の準備に動き出した。



「男爵さん!?」

 副長たちの帰還を知ったリファは表に飛び出す。

 傭兵たちが運ぶ担架に乗せられた鎧姿のマークルフに気づくと、リファはそこに割って入る。

「男爵さん! 聞こえる!? 男爵さん!」

 全く反応のないマークルフにリファは鎧にすがりついて声をかけ続ける。

 そのリファの腕を誰かが掴む。

 ログだ。

 その間に担架はリファたちを離れ運ばれていく。

「副長さん、男爵さんは──」

「命は助かっています。詳しい容体はこれからマリエルたちに診てもらいます」

 担架は奧に用意した天幕に運ばれていく。そこにはマリエルたちが待ち構えていた。

「リーナお姉ちゃんたちは──」

「エルマたちは無事のようです。姫様の安否についてはまだ分かりません。おそらく“機神”に囚われたままのはず。ただ、わたしは姫様が閣下を生かしてくれたのだと信じています」

 ログの姿を見てリファも黙ってうなずく。

 彼女も“狼犬”と“戦乙女”の絆を誰よりも信じる者の一人だった。



 別の場所──

 周囲から隠れた洞の中に一人の森人が寝かされていた。

 両目と両手足に包帯をされ、それもまた血に滲んでいる。

「できる限りの止血はしました。具合はいかがですか?」

 傍らに座る少女天使クーラが濡らした手拭いで森人の額に浮かぶ汗を拭く。

「……生きているだけ有り難いと思うべきだな」

 ドラゴは答えた。苦痛に顔を歪めているが、声はしっかりしていた。

「……貴方の目と指ですが、残念ながらこれ以上の治療は望めません」

「分かっている……なんせ貴重な素材だからな」

 森人の持つ宝石の両目と爪は極めて高純度の魔力媒介物質である。

 そのために森人という種はエンシアの時代に狩られ、ほぼ全滅した。

 そして、先の戦いでもその性質を利用され、“要”のある場所を魔女に辿られていた。

 その奸計は同行した人間の女科学者が気づいたが、結局は“要”は奪われ、彼の両目と手足は魔女の力によって破壊されたのだ。

「魔女に踊らされ、利用された失態の代償としては……まだ軽い方だと思っておくさ」

 包帯で目を隠されたドラゴが苦笑する。

 クーラが唇をつむる。

 天使の力である程度は補うことができるとしても、光を失い、手足の自由を奪われたことはあまりにも大きい代償であった。

「……ところでファウアンは? さっきまで近くで気配がしていたが?」

「あの女科学者を仲間の所に送りに行きました。かの“狼犬”はまだ生きています。あるいは再起を図れるかもしれません」

 ドラゴの包帯を巻いた左手がクーラの膝に触れた。

「……教えてくれないか? 顔には出さないがエンシアの存在を一番、否定していたあんたが何故、あの“狼犬”に肩入れする気になった?」

「聞いてどうするのですか?」

 ドラゴの唇が微かに微笑む。

「俺も一緒に戦う理由にしたい。できれば、だがな」

「ですが──」

「……光と手足の自由を奪われたまま、このまま延々と生き存えろというのか? あいにくだが、俺もウェドもエンシアとその残党と戦い続けるために“天使”になったんだ。せめて、この命を引き換えにしてでも魔女どもに一矢報いたい」

 ドラゴが痛みに顔を歪める。

「……だから、聞かせてくれ。奴はウェドの仇だが……ウェドならきっと、あんたに味方しただろう。あいつはあんたを姉のように慕っていたからな」

 クーラが目を伏せる。

「分かりました。きっと、私もウェドと同じ気持ちなのかもしれません。私もあの人の味方をしたくなったのです」

「あの人?」

「遙か昔、私の師であり、家族のように慕っていた人です」


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