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闇を止められなかった者の運命

(──お姉ちゃん!?)

 リファは驚いて目を覚ます。

 毛布に包まるように寝ていたリファは周囲を見回す。

 ここはある洞窟の中だ。

 身を隠す程度の洞窟だが、焚き火がなければ周囲が分からないほどに暗い。

 洞窟の外は夜の闇に包まれていた。

 いや、本当に夜なのかどうかも分からない。

 急に空が暗くなってから、ずっとこの状態が続いている。

 今が昼なのか夜なのかも分かりにくくなっていた。

「起きたかい?」

 洞窟の外で焚き火の番をしていたウォーレンが声をかける。

 ウォーレンだけではない。周囲では傭兵たちが暗闇に紛れるように休んでいた。

「少しは眠れたかい? えらく思い詰めた顔をしてるが──」

 リファは毛布から抜け出ると外の空気を吸う。

 風で身体が冷えるほどに全身に汗をかいていた。

「……副長さんは男爵さんを見つけられたの?」

「いや、まだだ」

 焚き火に照らされるウォーレン自身も思い詰めた表情を浮かべていた。

 リファは王都の方角を見つめる。

 “戦乙女の狼犬”と“機神”の戦いによって、世界は闇の地へと変貌していた。

 空は闇に支配され、時折見える真紅の極光だけが空を照らしている。

 地上では“機神”に似た異形たちの活動がさらに活発化したのか、人々を襲いながら、心を握り潰すような咆哮が今まで以上に頻度を増して世界に響き渡るようになっていた。

「休めたのならもう少し、ここから離れよう。ここもまだ安全とはいえないしな」

 ウォーレンが立ち上がる。

 光を失い、恐怖に包まれた地上に挟まれ、すでに人々の間では混乱が始まっているらしい。

 王都は“狼犬”と“機神”の戦いに備えて多くの住人が避難していたが、それでも各地で暴動が起きているそうだ。

 国王のお膝元でさえ、そうなのだ。他の地ではさらに人々は混乱しているだろう。

「あたしは大丈夫だよ。あたしにも何かを手伝わせて」

「気持ちだけは受け取っておくが、先がどうなるか分からん。特に若い娘はな。だから大公様はあんたを連れて撤退するように俺たちに命令したんだ」

 彼女も大公の屋敷で遠くからだが男爵たちの決戦を見ていた。

 浮遊要塞が浮上し、“聖域”は闇に包まれた。

 要塞の中心に立つ“機神”は黄金化し、その後、浮遊要塞で凄まじい閃光が起こった。

 詳細は分からない。

 しかし、それによって要塞は崩落し、どこかへと落下しつつ姿を消した。

 そして男爵の消息も途絶えた。

 男爵だけではない。他の仲間たちもまだ戻って来ないのだ。

 そして、あの男の声が聞こえたのだ。


『“聖域”の住人たちよ、聞くがいい! “神”の差し向けた“狼犬”は“戦乙女”の加護を失い、我らの前に敗北して散った! 戦乙女だった娘リーナ=エンシヤリスは“神”の支配から脱し、祖国の礎として兄たる我が元に戻ったのだ。“神”の差し向けた運命は潰えた。これよりエンシアの復活が始まるのだ』


 世界中の人々にヴェルギリウスの声は響き渡っただろう。

 戦いを見ていない人々も、世界の異変を前にすれば“狼犬”の敗北を認めるだろう。

 “機神”を倒すはずだった“狼犬”の敗北が世界に喧伝されたのだ。

 そして戦乙女の離反は、彼女を知っている者たちをさらに愕然とさせた。

 リファもまた、それを聞いて膝から崩れ落ちそうになったのは今もはっきりと覚えている。

 その後、大公はリファたちを王都から脱出させた。

 大公自身は世界の危機と王妃の安否で憔悴しきった若き国王を支えるために王都に留まった。

 いや、もしかしたら国と心中する覚悟なのかもしれない。

 ウォーレンが肩をポンと叩いた。

「行こう。まだ隊長が死んだとは決まってねえさ。大公様もログ副長もまだ希望は捨ててはいねえ。俺だってそうだ。あの隊長がそう簡単にくたばるなんて思えなくてな」

 だが、それを聞いた近くの傭兵の男が立ち上がる。

「なあ、ウォーレンさん……リーナ姫は本当に俺たちを裏切ったのか?」

 それをきっかけに他の傭兵たちも次々と声をあげる。

「だってよ! あの人は元々、エンシアの人間だったんだろ!」

「結局、自分の祖国の方を選んだんじゃないのか!?」

「信じたくねえけどよ……あの人なら、きっと俺たちよりも祖国の人々を復活させる方を選んでもおかしくねえしな」

 部下たちの声にウォーレンも返す言葉はない。

 彼らも少なからずリーナのことは知っている。

 彼女が亡き故国の無念を背負い、そのために男爵の戦いに力を貸していたことも知っている。

 だからこそ、敵がそのエンシアだと知った時、リーナが向こうに戻る選択をするだろうことをどこかで認め、だからこそ裏切られたことを嘆いているのだ。

「俺は許せねえよ! 俺たちはいいんだ! だけどよ、隊長を裏切ったのだけは絶対に許せねえ! 何が戦乙女だよ! ただの死神じゃないか!」

 死神──その言葉を聞いたリファは自分でも抑えの効かない激昂にかられ、その傭兵に思いっきり体当たりする。

 不意は突かれた傭兵はよろめいて尻餅をつき、ウォーレンが慌ててリファの腕を掴んで止める。

 他の傭兵たちも突然の行動に虚を突かれていた。

「誰が死神よ!! お姉ちゃんがどれだけ苦しんでいたか知っているの、あんた!」

 リファが叫ぶ。

「お姉ちゃんはずっと男爵さんの力になりたくて一緒に戦ってきたの! そのお姉ちゃんが自分が男爵さんを死に追いやる死神かもしれないって悩んでた気持ち、あんたに分かるの!?」

 突き飛ばされた傭兵も立ち上がる。

「だったら、なんで隊長一人だけ負けたんだ! そんなに隊長が大事なら最後まで一緒に戦ってくれてたはずだろ!」

 リファはその反論に拳を握りしめる。

「……前にお姉ちゃんに教えてもらったことがあるの。戦乙女が黄金の武具に変わるのは中途半端な気持ちじゃ無理なの。二度と後戻りできない覚悟が必要なの。お姉ちゃんは男爵さんのために何度も“鎧”に変身してたけど、お姉ちゃんはずっと“鎧”のままになる覚悟をしていたんだよ」

 リファの目から涙が浮かぶ。

「そんなお姉ちゃんが男爵さんを裏切ったなんて、あたしは絶対に信じない! お姉ちゃんはきっとまだ戦ってるんだよ! さっきだって──」

「さっきって、どういうことだ?」

 ウォーレンが尋ねる。

「……夢を見たの」

「夢?」

「うん。あれはヴェルギリウス=エンシヤリスから見た古代王国の終焉だったと思う」

 リファの言葉に傭兵たちは半信半疑の目を向ける。

「でも、あれは夢じゃない! きっと現実にあったことなんだと思う! それに最後にリーナお姉ちゃんの声が聞こえたんだよ! エレナさんに何かを伝えようとしていた! お姉ちゃんもエレナさんもきっと、まだ戦ってるんだよ!」

 力説するリファの背にウォーレンは手を添えた。

「分かった。俺は信じるぜ。あんたは不思議な力があるからな。もしかしたら、姫様かエレナ=フィルディングのどちらかがそれを見せて、あんたに何かを伝えたかったのかもしれん」

 そして、ウォーレンは傭兵たちの顔を見回す。

「お前たちだって“黄金の鎧の勇士”に助けられた経験はあるはずだ。だったら、騙されたつもりで姫様を信じてみようぜ。代わりに隊長だけ疑っとけ。隊長も毎度、死んだと思わせといて本当に死んでた試しがないからな」

 傭兵たちも互いに顔を向け合う。

「俺たちは“狼犬”の傭兵を演じていればいい。姫様が裏切っているか、隊長が生きているのかどうかは関係ねえ。世界は姫様が戦乙女で、隊長が“機神”を倒す勇士であることしか求めていねえんだ。誰を信じるかどうかなんて今は考えるな! 俺たちが“狼犬”の物語を信じたい世間を騙し通せばいい! 貰っている給金分は騙し通せ! それが“狼犬”の旗を掲げる者の心意気じゃねえか!」

 活を入れる古傭兵の姿に仲間の傭兵たちはしばらく沈黙していたが、やがて一人、一人立ち上がっていく。

「……でもよ、給金分だけじゃ割に合わねえよなぁ」

「じゃあ、後で隊長に直談判してみろよ」

「冗談じゃねえ。いつぞや、お見合いの件で隊長を追いかけ回しちまったからな。ああ、やるんじゃなかった」

 何だかんだで立ち上がる傭兵たち。

 彼らもきっと、心の底では“狼犬”の物語がまだ終わっていないと信じていたいのだろう。

 リファがウォーレンの方に振り向く。

「ありがとう、ウォーレンさん」

「なあに、年季の差だけさ。それにあんたにあそこまで言われたら、嘆いてばかりもいられんさ。ともかく、副長が隊長を探し出してくれるのを待とう……全てはそれからだ」



 暗天の下、影に覆われた荒野の只中。

 そこに淡い光が浮かぶ。

 それは少女だった。齢十代前半の少女が淡い光を纏い、まるで影に浮かぶ幽鬼のようにそこに佇む。

 少女の行く先に強化装甲を纏った勇士が仰向けに倒れていた。

 その鎧は機能を停止し、装着者自身の生気も感じられない。

 世界の命運を背負い、そして散っていった勇士の変わり果てた姿だった。

「……我々は敗れたのですね」

 痛む身体を庇いながらクーラは“狼犬”に近づく。

 広い荒野に倒れるはたった一人。

 しかし、この者の敗北は全ての敗北を意味していた。

「“聖域”も闇に呑まれ、希望は潰えた」

 クーラは自らの運命を言い聞かせるように静かに呟いた。

 そして“狼犬”の傍らに突き立つ黄金の槍に目を向ける。

「──やれやれ。世界は“機神”に支配され、闇の千年王国でも始まるわけか」

 クーラが振り向く。

 そこには“監視者”が立っていた。やはり全身を負傷していた。

「生きていたのですか」

「死にかけたがな」

 “監視者”はクーラの横を通り過ぎると、倒れた“狼犬”の前で膝をついた。

「“機神”と“狼犬”の戦いもこれで幕引きか……戦乙女に離反されて散るとは哀れな最期だ」

「見ていたのですか?」

 クーラが淡々と訊ねる。

「なぜ最後まで戦わなかったと言いたいのか? 残念だが“機竜”に襲撃された時点で敗北は避けられなかったよ。知っているだろう? 俺は“機神”の破壊よりも自分が生き残ることが優先だと──」

 “監視者”は強化装甲の左腕に手を伸ばす。それにはシグの魔剣が装着されていたが、“監視者”はその柄を掴んで静かに引き抜く。

「それを持って行くのですか?」

「元は俺の剣だからな。槍はそちらに任せる」

 “監視者”はかつての自分の名を冠した魔剣を手にして立ち上がる。

「これからどうするのですか?」

「そうだな。この世界の運命でも監視するさ」

 そう言って“監視者”は姿を消した。

 クーラには分かっていた。

 “監視者”の本当の願いは世界が救われるに値するか否か、ただそれだけを見ながら生き続けること。

 あの剣と離れながら、しかし、あの剣と共に──

 クーラは再び槍に目を向ける。

 槍はかつての主の墓標のように地面に突き立っていた。

「そうですね、せめて貴女だけでも連れていきましょう」

 クーラはかつて戦乙女が身を変えたという黄金の斧槍に手を伸ばした。

 だが、その槍に指が触れた瞬間、クーラは啓示を受けたように身を強張らせる。

「……まさか」

 五百年を生き続けたクーラが見た目の年相応の表情を浮かべながら驚いていた。

 運命を視る一族の出自である彼女にとっても、それは全く思いがけない再会だったのだ。

「そうだったのですね……それが自分で選ばれた運命だったのですね」

 それだけこの槍から伝わる存在は彼女にとって特別で、ずっと心の奧にあり続けた存在だったのだ。

「先生──」

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