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祖国の終焉に生きた一人の男の物語(7)

 ヴェルギリウスはついに暴れ狂う機械の神像の前に来た。

 周囲は炎の熱気が立ち込め、地上には鉄機兵や機械群、空には被験体の魔物や獣の姿をした機械たちが我が物顔で空を舞っている。

(まさに地獄のような──)

 ヴェルギリウスは感傷を振り払った。

 機械文明の楽園を作った民の行き着く先が機械仕掛けの地獄だと、そんなふざけた話を認めるわけにはいかない。

 その阿鼻叫喚の只中に君臨する《アルターロフ》がヴェルギリウスの方に振り向いた。

 かつて《アイレムア》の中で見たそれとは違う威容だった。

 あの時はただの悪趣味な人造の守護神であったが、炎と魔力に照らされた三対翼の機械の巨人はまるで異質な生物のようであった。

(奴の中に何かが巣くっているのか──それがこの災害の元凶か)

 ヴェルギリウスは怖じ気づくことなく、一歩ずつ近づき始める。

 《アルターロフ》を取り巻く機械たちは遠巻きにするだけだった。やはり直接、制御装置を持つ自分に危害を加えることはできないのだ。

「アルターロフ! 俺に従え! 俺を迎え入れろ!」

 ヴェルギリウスは命じた。

 父王たちの命令すら拒絶した《アルターロフ》がすんなり命令に従うとは思っていなかった。

 だが、拒絶するならば何度でも凍結を行使して、《アルターロフ》に対抗するつもりだった。

 やがて、《アルターロフ》の身体から一本の鋼のツタが伸びた。

 それはヴェルギリウスの前で止まると先端が丸まり、足場を作る。

「俺に乗れというのか」

 素直に命令に従ったとは思えないが、それでもヴェルギリウスはその足場に乗った。

 ツタがゆっくりと持ち上がり、ヴェルギリウスは《アルターロフ》の頭部へと運ばれる。

 彼の目の前に《アルターロフ》の顔の部分を覆う巨大な水晶殻が広がる。

 それが淡く光った。

 ヴェルギリウスは振り返った。

 そこには《アルターロフ》の視点からの街の姿が広がる。

 闇夜の下で炎に照らされる街は見渡す限り破壊され、つい先日までの光景の面影はない。

 そこにどれだけの人々が残っているかは分からないが、いまも機械から逃げ延びながら助けを待っているはずだ。

 ヴェルギリウスは決意を固めると《アルターロフ》と向き合うと、その水晶殻に手を触れた。

 その手が水面のように水晶殻を通り抜ける。

 この先がどうなるかは分からない。

 それでもエンシアの人々を助けるためにヴェルギリウスはその身を水晶殻へと躍らせるのだった。



(ここは──)

 目の前に暗黒の空間が広がっていた。

 ヴェルギリウスは無重力の中、無限に広がる暗黒空間の中心に浮かんでいた。

 周囲には真紅の薄光を背景に暗雲が流れる。

 自分を中心に巨大な暗雲が渦を描いているようだった。

 《アルターロフ》内部に乗り込んだヴェルギリウスが見たのは、まさに別世界の光景だった。

(奴が見せているのか)

 ヴェルギリウスの肉体は《アルターロフ》内部に取り込まれたはずだが、実際の肉体の感覚はない。

 おそらく、ヴェルギリウスの制御装置と連結した《アルターロフ》がこの仮想空間を見せているのだろう。

 そして、これが《アルターロフ》内部に顕現化した“闇”と繋がる内的空間でもあるのだ。

 ヴェルギリウスは足許の先にある光景に目を向ける。

 真紅の稲光を這わせながら渦巻く暗雲が一点の闇に吸い込まれていく。

 その闇は極微の極小でありながら、覗くだけで無限大の闇の領域に吸い込まれるような錯覚をしてしまう。

 ヴェルギリウスは気づいた。

 真紅の薄光は文明の存続を求める世界の人々の願いが魔力に変換されたもの。

 暗雲は仮想的な機械構造を模している。

 この真紅の薄光を背景に、闇の一点を中心に渦巻く暗雲そのものが《アルターロフ》を動かす未知の“制御装置”なのだ。

 占い師の言葉を思い出す。

 エンシア文明の存続を望む者たちが居る限り、その願いから《アルターロフ》は力を得続ける。

 ヴェルギリウスはようやく彼女の言葉を理解した。

 エンシア全土から集まるその力がこの仮想的な制御装置を構成しているのだ。

 ヴェルギリウスは暗雲に向かって手をかざし、権限凍結を試みる。

 ヴェルギリウスの手から真紅の稲光が放たれ、暗雲を貫く。

 暗雲がうごめき、その形を崩す。

 しかし、薄光から稲光が放たれ、暗雲は形を取り戻し、先ほどのは別の流れの渦巻く形となった。

(凍結される度に“形”を変えるのか──だったらずっと抑え続けてやる!)

 ヴェルギリウスは暗雲に稲光を放ち続けた。

 稲光は彼の持つ制御装置の力が可視化されたものだろう。

 稲光が暗雲を崩し、薄光が暗雲を修復していく。

 それが堂々巡りとなって繰り返される。

 それでも現実世界では《アルターロフ》の動きが止まっている実感があった。

 いくら形を変えようが封印を続けてこの異形の暴走を抑える。

 そうすれば一人でも多くの民を助けることが──

 だが、不意に暗雲から稲光が放たれ、ヴェルギリウスを貫く。

 同時に全身が金縛りにあったように身動きできなくなる。

(何だ──凍結権限が解除された!?)

 彼の手から放たれていた稲光が途絶えた。

 制御装置の持つ特殊能力が再び封印状態に戻っていた。

(何故だ──いや、これは!?)

 ヴェルギリウスは気づいた。

 暗雲──仮想空間の制御装置がヴェルギリウスの凍結権限を拒否していた。

(まさか、こんなことが……)

 ヴェルギリウスは唯一の切り札を封じられ、為す術がなくなる。

 しかし、《アルターロフ》も制御装置を持つヴェルギリウスにはこれ以上は手を出せないようだ。

(いや、まだだ! 自由にはさせんぞ!)

 ヴェルギリウスは意志の力で《アルターロフ》の制動を試み続ける。

 それに反応するように暗雲が揺らいだ。

 暗雲──幻影の制御装置の方が命令権は上なのだろう。しかし、あくまで仮想空間内に構築された幻影だ。本物の制御装置を持つヴェルギリウスの命令を完全に拒絶できないようだ。

 周囲の景色が消え、周りを無限の虚無が広がる。

 そして全身の感覚が次第に鈍くなっていくのを感じた。

 感覚の全てを遮断し、彼の精神を無限の虚無に封じようとしているようだ。

(俺を直接殺せないなら……俺の意志を奪おうというのか)

 無限の闇に溶けていくような恐怖に包まれながらもヴェルギリウスは意志を振り絞る。

(負けてたまるか……俺は……“借り物”じゃないぞ)

 一瞬でも気を緩めれば無限の時空に放り込まれ廃人になりそうなほどの絶対暗黒空間の中、

それでも挫けることのないヴェルギリウスはやがて手足の先に僅かに感覚が蘇る。

(一人だろうと……貴様に呑まれてたまるか。文明の歴史が……貴様の企みそのものだったとしても……それでもエンシアの未来まで……貴様の糧にされて……たまるか!)

 その瞬間、周囲に世界の光景が飛び込んでくる。

 とても奇妙な感覚だった。

 世界の隅々にまで自意識が拡大し、全ての光景を一人で同時に眺めているような感覚だった。

 様々な光景が彼の意識を通り過ぎていく。

 炎に包まれる都市──

 光線を吐き地上を一掃する“機竜”──

 廃墟を闊歩する兵器たち──

 解放されて無差別に襲いかかる被験体の魔物たち──

 破壊されていくエンシアを巡る膨大な力と意識が一体化したヴェルギリウスが目の当たりにするのはまさに終焉の地獄だった。

(俺は……世界を見ているのか)

 ヴェルギリウスは何となくだが理解した。

 自分は《アルターロフ》を通して世界を見ているのだ。

 めまぐるしく移り変わる景色の中、ヴェルギリウスの前に二つの光景が映る。

 一つは崩れゆく王宮に踏み留まった父王リカオーンの姿。

 もう一つは地下の避難施設で父の言葉を耳にするリーナの姿だった。

『生きながらに諦めては、何もできずに殺された臣民たちを冒涜するに等しい! 最後の王族として絶対に許されることではない!』

 二つの隔てた光景がヴェルギリウスの脳裏で一つの光景となって繋がり、モニター越しに最後の会話をする父娘の姿を見守る。

(父上も良いことを言うじゃないか……その言葉、俺も励みにさせてもらうよ)

 やがてリーナが《グノムス》に乗り込み、地下へと沈んでいく。

(リーナ……俺も良い兄だったか分からないが、この先に何があっても挫けるな……元気でな)

 ヴェルギリウスの意識が再び世界の情報に呑み込まれる。

 やがて、再び彼の前に映ったのはある山の姿だった。

 そこにはエレたちがいた。

 妻は娘を優しく抱き、トウやミューたちは二人を守るように周囲を警戒している。

『トウ、ミュー、この子を連れて貴女たちだけでも先に行って』

『ダメよ。エレ姉様が残るならわたしたちも残る』

『そうよ。ヴェル兄様を待つなら一緒に待つ!』

 エレたちの前に機械で改造された大型の翼竜が出現する。脱走した被験体の一体のようだ。

 翼竜はエレたちの姿に気づくと旋回して急降下する。

『ミュー! 姉様たちを守るよ!』

『ええ!』

 翼竜の口が開いて魔力の光線が吐き出されるが、ミューが手をかざすとそれは彼女たちの前で四散した。

 その隙を突いてトウが黒剣を抜くと翼竜の頭上に転移し、その脳天に黒剣を突き刺す。

 翼竜は大きく顎を開くと地上に落下し、近くの木をなぎ倒しながら墜落した。

 エレは泣きじゃくるナルダを庇うようにしながら守っていた。

(お前たち……もういい! 俺を待っていることはない! 少しでももっと安全な場所に逃げるんだ!)

 ヴェルギリウスは声を届けようとするが、やがて彼の意識を埋め尽くしていた世界の光景が光に包まれる。

(これ……は──!?)

 途端に今までに感じたことのない凄まじい反応を感じた。

 いや、反応などという生易しいものではない。気を緩めれば意識が吹き飛びそうに感じるほどだ。

(何が……いったい……)

 やがてヴェルギリウスの前に一つの光景が映る。

 それは巨大な光の柱だった。

 廃墟と化した街の中から空に向かって吹き出した巨大な光の柱が地上の全てを照らしている。

 それは感知する彼の精神が焼き切られそうになるほどの途方もない膨大な輝力そのものだった。

(──“神”!?)

 輝力を司り、“天使”たちを生み出す“光”の特異点存在──古代からの伝説で示唆され、研究からでも理論上、存在を予想されていたそれをエンシアは便宜上、“神”と呼称していた。

 ヴェルギリウスも当然、“神”など見たことはなかったが、目の前に広がる光の奔流がその“神”の奇蹟であると瞬時に察した。

 天に届いた光の柱が空の暗雲とぶつかり、眩しいほどの光が空を覆うように四散する。

 その光が雨のように降り注ぎ始めた。

 世界規模に拡大されたヴェルギリウスの感覚は光の雨が地上を襲う様を目の当たりにする。

 光は暴れる機械群を破壊し、建物を破壊する。

 そして災厄から逃げ惑っていたエンシアの人々にすらも光は降り注ぐ。

 人々は自分たちに向かって降りしきる光の雨に恐怖し、それに触れた者たちは跡形もなく蒸発するように消えていく。

(やめてくれッ!!)

 ヴェルギリウスは声にならない叫びをあげる。

 光は破壊されたエンシア国土をさらに洗い流すように降り注ぎ、触れたもの全てを消滅させていく。

 光が降り注ぐ度に守るべき国民たちの命も消滅していった。

(やめろおッ!! それが“神”のやることか!!)

 エンシア全土で消滅していく祖国と人々の姿が奔流となってヴェルギリウスの目の前を過ぎていく。

 そして、その奔流の一つの中にエレたちの姿があった。

 エレが降り注ぐ光の雨から娘を庇うように必死に逃げていた。

『姉様! 早く!』

 トウもミューも姉を庇いながら走り続けていた。

 魔力を自在に操る彼女たちといえども、この“神”のもたらす光の雨の前では逃げ惑うしかないのだ。

(やめろぉお!!)

 途端に全身の感覚が蘇った。

 いや、自分が大地に立ったような感覚だった。

(エレたちに手を出すな!)

 ヴェルギリウスは吼えた。

 途端に周囲の景色が変わった。

 伝わって来る衝撃と共に周囲に広がるのは先ほどエレたちと一緒に逃げていた山の麓から見た街の姿だ。

(これは……俺が《アルターロフ》を……?)

 地面を揺るがし、周囲の廃墟を破壊しながら《アルターロフ》は街の只中に出現していた。 そして《アルターロフ》の五感をヴェルギリウスは自身の五感として捉えていた。

 エレたちを助けたい願いが《アルターロフ》が動かしたのか。

 いや、まるで自分自身が《アルターロフ》になったような感覚だ。

(どっちでもいい! 今はあれから守らないと!)

 《アルターロフ》の鋼の三対翼が広がり、さらにそこから無数の鋼の枝が空を覆うように伸びる。さらに胴体からも無数のツタが伸びて少しでも地上を影で覆うとする。

 光の雨から少しでも地上を守ろうとする鋼の傘だ。

 光の雨に触れた鋼の部分が瞬時に蒸発する。

(グッ……ガアァアアッ!!)

 それは五感を共有するヴェルギリウスにも凄まじい激痛として伝わり、声にならない苦悶の声をあげる。

 降り注ぐ光の雨が《アルターロフ》の翼や全身を焼いていく。それでも鋼の翼は再生を繰り返し、光の雨を受け止めようとする。

 ヴェルギリウスにも全身に焼きごてを押し当てられるような激痛が襲い続けるが、それでも地上に残るエレたちや民のために耐え続ける。

(アルターロフ……俺に力を貸せ……あの“神”だけは……この暴挙だけは……何としても止めねばならん!)

 《アルターロフ》の全身の甲殻から真紅の光線が放たれた。

 光線は光の柱を撃ち、閃光が周囲に走るが、光の柱は揺るぐことなく“雨”を降らせ続ける。

(もっとだ! もっと出力を上げて──)

 だが《アルターロフ》の力が次第に落ちていくの伝わる。

(どうした!? 何が──)

 ヴェルギリウスは気づいた。

 この《アルターロフ》に力を与えていたエンシアの人々の願いが途絶え始めている。

 “神”の粛清によって消えていったのか。

 いや、それだけではない。

 人々がエンシアの存続を諦め、この光の奇蹟に救いの祈りを求め始めたのだ。

(待ってくれ! 俺に力を貸してくれ──)

 その間にもエンシアの存続を願った全世界の人々の祈りが光の雨に打たれて消滅していく。

 そして、その粛清の光も“神”に救いを求めた人々は避けていた。

 “神”はエンシアを捨てて自らに帰依を選んだ者を選別しているのだ。

 願いによって力を与える国民たちを滅ぼし、《アルターロフ》を弱体化させているのだ。

(頼む! エンシアを見捨てないでくれ! いま、ここで諦めたら本当に破滅が来てしまう!)

 “神”の狙いは何故か分かっていた。

 世界を“闇”に傾けていたエンシアの存在そのもの、文明とそれを担う者たちの完全な消滅なのだ。このまま《アルターロフ》が力を失えば、“神”は完全に地上を一掃しようとするだろう。

 だが、力を与えていたエンシア存続の願いは消え、《アルターロフ》の力も少しずつ弱体化していく。再生力が落ち、光の雨を受け続ける鋼の翼が少しずつ朽ちていく。

 “神”の奇蹟を目の当たりにしてもなおエンシアの存続を願う人々の祈りがヴェルギリウスを支えていたが、その祈りが走馬灯のように彼の前に映る。

 エンシア文明に貢献して生きてきた老人──

 文明を謳歌する中で幸せを求めた若者たち──

 未来の文明の姿を夢見ていた子供──

 老若男女を問わない無慈悲な粛清の光が彼らを消していく。

(やめろおぉおおッ!!)

 ヴェルギリウスはあらん限りの力で叫んだ。

 それは理不尽な“神”への憎しみであり、エンシアを見捨てた者たちへの怒りであり、犠牲になる民を前にした嘆きの叫びであった。

 その瞬間、目の前に闇が広げる。

 それは一切の光を否定した無限の暗黒。とてつもなく広大で、それでいて無限に遠い果てにあるような暗黒の存在そのもの。

 これが《アルターロフ》──いや、この機体を通して顕現した意志そのものなのだ。

 闇はヴェルギリウスに呼びかける。

 闇は求めていた。祖国を、民を、そして妻や妹たちを助けたいという彼の強い願いを糧に欲しているのだ。

(……いいだろう、力が必要なら俺を糧にすればいい! その代わり、力を貸せ! 奴を……あの“神”だけは何としても止めるんだ!)

 光の雨に焼かれていた《アルターロフ》の甲殻が真紅に輝くと、最後の力を振り絞るように鋼の翼を広げる。

 ヴェルギリウス自身のエンシアを守り抜きたいという強き願い──強き欲望を糧に《アルターロフ》が見せる“神”への最後の抵抗だ。

 少しでも地上に降り注ぐ光を受け止め、地上に残る人々を守るために──

 暗雲の空が少しずつ輝き始めた。

 輝きの中心にあるのは直視できないほどの目映い光点だ。

(まさか、このまま降臨するつもりか!?)

 人の姿のようにも一瞬、見えたが《アルターロフ》と同化したヴェルギリウスの視力でさえも実体を掴むことができない。

 だが、間違いなく“神”だ。地上に顕現しようとしているのだ。

 その荘厳なる輝きは、だがエンシアにとっては絶望と破滅の光であった。

 このまま“光”の特異点存在が《アルターロフ》と戦えば、その衝突によってこの世界が焦土と化す。

(──エレッ! みんな! 早く逃げるんだ! 早くッ!)

 ヴェルギリウスの前にエレたちの姿が映る。

 エレは光の雨から地上を守ろうとする《アルターロフ》の姿を凝視していた。

 やがて、その唇が言葉を紡ぐ。

『あなた……あなたなの!?』

 異形の機神に囚われたヴェルギリウスの声を彼女は感じ取ったようだ。

(分かるのかい!? 聞こえるのならうなずいてくれ!)

 エレが微かにうなずく。

(良かった! エレ、少しでも遠くに逃げるんだ! ここはもうすぐ“神”と《アルターロフ》の戦いになる!)

 ヴェルギリウスは叫んだ。

 光の雨が空中で止まった。

 空を、地上を、祖国の姿を光の粒子が埋め尽くす。

 やがて粒子が雪のように解けて周囲を光で侵食していく。

 その光に照らされた建物、倒れた人々、機械群、その全てが分解するように消滅した。

 “神”の降臨の先触れであるように地上が“光”の領域に塗り替えられ、そこにあったエンシアの姿を呑み込んでいく。

(エレ! 何をしているんだ!? 早く逃げるんだ!)

 だが、エレは逃げない。トウもミューもその場に踏み留まる。

(俺のことはいい! 俺は《アルターロフ》に力を与えるために同化した! もう後戻りできない! 待つんじゃない! 早く逃げるんだ!)

 そしてヴェルギリウスは一瞬、間を置いて告げた。

(……愛しているよ。だから、俺の前から逃げる姿を見せてくれ。“神”は俺が止めてみせる!)

 エレは地上を庇って光の雨に焼かれ続ける《アルターロフ》の姿を見つめ続ける。

 やがて、胸に抱いていた幼い娘を抱きしめるとその頬に口づけをする。

『ごめんね……もっと母親の心を学習したかったけど……お父様を置いてはいけないの。許してね』

 そして、エレは傍に立つトウとミューに娘を託す。

『この子を連れて逃げて。そして守って。お願いね』

 そう言うとエレの姿が消えた。

 転移したのだ。

(エレ、どこだ──!?)

 妻の姿を探したヴェルギリウスは再びエレの姿を見つける。

 それはヴェルギリウスの視界の中、《アルターロフ》の近くだった。

『──あぁあああ!?』

 エレが悲鳴をあげて地面に崩れる。

 その肌が焼けていた。

 周囲はすでに“神”の力が満ちていた。

 “闇”に近いエレにとってはそこは灼熱の地獄に等しいのだ。

(どうして、来たんだ!? 来るんじゃない! 逃げるんだ!)

 それでもエレは身体を焼かれながらも《アルターロフ》に少しでも近づこうとする。

 ヴェルギリウスは鋼のツタを伸ばした。侵食する“光”の力がツタをボロボロにしていくが、それでも彼女を覆うように掴むと《アルターロフ》内部へと引き込んだ。

 ヴェルギリウスの前にエレが姿を現すと、すぐに妻を抱えた。

 エレの肌は全身を焼かれるむごい有様だった。

 それでも真紅の瞳をヴェルギリウスに向ける。

(エレ! どうしてだ!? なぜ、ここに来た!? こんな無茶を!?)

(ごめんなさい……でも、私にも手伝わせてください)

(君にはナルダのことを頼んだはずだ!)

(あの子はトウとミューが逃がしてくれます……それまで、少しでも“神”の侵攻を食い止めないといけないのでしょう……あの子たちの未来を守るために……私の力も使ってください)

 エレは痛々しい顔で微笑を浮かべ、彼の胸に顔を埋めた。

(あなた一人だけ往かせません……最後まで……お供させてください)

 ヴェルギリウスは妻を強く抱きしめる。

(分かった。一緒に──往こう)

 周囲に光が満ちる。

 光の空間の只中でさらに輝く光点が地上に、《アルターロフ》に向かって近づいている。

 ヴェルギリウスはエレの手を握った。

 エレも彼の手を握り返す。

(“神”よ──俺たちの願いは決して滅ぼさせはしないぞ! エンシアを滅ぼそうというのなら、俺は悠久の時を生き存えてでもエンシアを甦らせる!)

 彼の願いに呼応するように《アルターロフ》──いや、エンシアの守護神たる“機神”が吼えた。



 そして、“神”と“機神”は衝突した。

 ヴェルギリウスとエレは互いに手を握り締めながら光の中に消えていく。

 特異点同士の衝突による破壊の嵐が地上を破壊していく。

 “神”の手で古代王国は滅びた。

 それでもエンシアの終焉に生きた一つの愛と誇りは滅びることのない“機神”の中で生き続けた。

 そして、時は流れ、彼らは世界を敵に回してでも失われたエンシアの人々を復活させようとしている。

 そう、ただ、それだけが彼らの愛であり、誇りなのだ。


 だから──



『違う! 呑み込まれてはダメ! 気づいて──エレナさん!!』


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