祖国の終焉に生きた一人の男の物語(6)
振り向く限り、そこは地獄と化していた。
燃えさかる炎、破壊された建物、倒れる人々、そしてその地を蹂躙する機械たち──
突然の、そして余りにも変わり果てた街の姿にヴェルギリウスは膝から崩れ落ちる。
「……何故だ……なぜ……こんな……?」
愕然として膝を折るヴェルギリウス。
その彼の前に工事用の鉄巨人が姿を現す。鉄巨人はヴェルギリウスの姿に気づくと近くの車を踏み潰しながら近づいて来る。
ヴェルギリウスは咄嗟に立ち上がると逃げ出した。
「わあぁあっ!?」
「助けてぇえッ!!」
人々の悲鳴と破壊の音が周囲で巻き起こる。
逃げるヴェルギリウスの前にも警備機械や工事機械が闊歩し、目につく物全ての掃討を繰り返している。
ヴェルギリウスは暴走する機械から逃れるように無我夢中に走る。
人々の悲鳴を背に何もできずに逃げる自分が悔しくて仕方なかった。
頭上を一瞬、影が覆った。
見上げたヴェルギリウスは驚愕する。
それは“機竜”だった。軍の統制下にあり、市街地では見ることのない国防兵器が飛来していた。
「……“機竜”までが……」
その“機竜”が顎を開き、“魔咆”を照射した。破壊の閃光は地上の建物の中へと着弾し、周囲の建物が蒸発。そしてその余波が衝撃となってさらに周囲の建物を吹き飛ばしていく。
ヴェルギリウスの前にも衝撃の渦が建物を破壊しながら迫って来る。
(すまない、みんな──)
何も考える間もなくヴェルギリウスは目を閉じた。
「よかった……間に合った」
その声にヴェルギリウスが目を開くと、目の前にトウとミューがいた。
「ヴェル兄! 無事!?」
「兄様、ケガはない?」
「お前たち!? 無事だったか!?」
周囲は茂みと木に包まれていた。
振り返ると先ほどまで居た街が眼下に広がっていた。
「ここは……?」
「わたしとミューでここまで転移させたの」
黒煙に包まれ、半ば廃墟と化している市街地に言葉を失う。
どうやら市街地を俯瞰できる郊外の山林に立っているようだ。
「あなた!」
目の前にエレがいた。その胸に眠っているらしいナルダを抱えたまま彼に駆け寄る。
「よかった、君も無事だったか……屋敷はどうなった? 君たち以外には──」
エレはうつむき、すがるように彼の胸に顔を埋める。
「ごめんなさい、あなた……急に機械兵たちが襲撃して……私たちもナルダを助けてここまで逃げるのが精一杯だった……」
屋敷の人々の運命を察してヴェルギリウスは胸が締めつけられるが、それでも彼はエレの背中を優しくさする。
「泣かなくていい……君とナルダだけでも無事でいてくれたのがせめてもの幸いだ」
そしてゆっくりと離すと、黒い炎を上げる街を見つめる。
「……突然、機械群が暴れ始めた。《アイレムア》に深刻な支障が発生したという放送が入った直後だ……これは《アルターロフ》の仕業なのか、エレ?」
エレは眠ったままのナルダを抱きながら頷いた。
「はい。私たちには分かりました。《アルターロフ》の内部で“闇”の領域に繋がる特異点が発生し、《アルターロフ》はその闇の力と同化し、別の存在へと変異したのです」
突拍子もない話だが、間違いはないだろう。
“闇”の領域への接触の危険は反対派が唱えていたし、何よりもエレたちは魔力について極めて高い感性を持っているのだ。
「なぜだ……なぜ、このような事に──」
「分かりませんが……機械群を支配して、エンシア全てを破壊しようとしているようです」
ヴェルギリウスは拳を握るしかなかった。
エンシアの繁栄を守るために生み出された人造の守護神が、このエンシアそのものを破壊しようとしている。
彼も王族として《アルターロフ》計画を推進した一人だ。
この惨劇は自分の責任でもあるのだ。
「……破壊はエンシア全てで起きているんだな。軍は動いているのか?」
「軍の無線を傍受しようとしたけど、世界中の回線が断線されていってるみたいでよく分からないの……でも、対抗できる戦力が集められなくて絶望的なのは確かだと思う」
ミューも失意の表情で答える。
突如、ヴェルギリウスの端末に緊急の知らせが入った。慌てて端末の回線を開く。
『ヴェルギリウス、わたしの声が聞こえるか』
それは兄クレオスからだった。
「兄上! 無事か!? どこに居るんだ!?」
『技術庁の地下にある避難施設だ──これは独自の緊急回線を使っているが、それも潰されるのは時間の問題だろう。いつまで話せるか分からない』
「──父上は!? リーナは!?」
『父上は王宮に詰めて陣頭指揮に立っている。リーナも父上が地下施設へ避難させている。いざとなれば《グノムス》が地下深くへ避難させる』
ヴェルギリウスも動揺を隠せなかった。
リーナの避難はエンシアが最悪の事態に突入した時に決められていたことだ。
そう、事態はすでに存亡の機に突入していることになるのだ。
「兄上! 俺も城へ行く!」
『いや、お前は来るな。いざとなればお前の持つ監視者の制御装置が切り札となるかもしれん』
「俺の?」
『すでに父上や兄上たち、上位の制御装置が元凶となる《アルターロフ》に制動命令を出しているが受け付けなかった』
「《アルターロフ》は制御装置の命令に逆らえないんじゃなかったのか?」
『無論、そのための制御装置だ。だが、どうやら《アルターロフ》側に未知の制御装置らしき物の反応を突き止めた。それが《アルターロフ》を動かしている』
「いや、待ってくれ。最上位の制御装置は父上が所持しているはずだ。それ以上の制御装置なんてないはずだ!」
『ああ、我らも製造した覚えはない。しかし、事実だ。《アルターロフ》内にある制御装置が父上たちの制御装置よりも上位の権限を擁していて、こちらの命令を拒絶している』
ヴェルギリウスは戸惑うしかなかった。
『それならばお前の持つ監視者の制御装置がまだ有効かもしれん。父上たちもお前に権限凍結能力の許可を与えるつもりだ。他の制御装置所持者にも伝達は出している。いいか、現存する制御装置保持者の承認が出ればお前は他の制御装置の権限を凍結できる。その能力を使って《アルターロフ》の暴走を止めるんだ……もはや、それしか方法は──』
通信の向こうで何かが崩れる音がし始めた。
『──どうやら、ここまでのようだ。我らもまた、文明のもたらした“退廃”のツケを払う時が来たのかもしれんが……いいか、容易く払うんじゃないぞ。せめてお前だけでも踏み倒して──』
一瞬、爆発のような音がして兄の声が途絶えた。
「兄上ッ!」
ヴェルギリウスは叫ぶが、すでに通信回線も不通になっていた。
沈黙した端末を握り締めたヴェルギリウスはやがて、それから手を離す。
地面に落ちた端末を見たエレたちが不安げな顔で彼を見つめた。
「あなた……」
「教えてくれ。《アルターロフ》はどうなっている?」
ヴェルギリウスの振り絞るような声にエレたちが顔を背ける。
「エレ、教えてくれ。奴はいま、どうなっている?」
「──《アイレムア》と共に地上に落下しました。最後の破壊措置だと思いますが……《アルターロフ》は健在です」
最後の手段であった《アイレムア》諸共の地上落下ですら機能停止すらできない。
もはや《アルターロフ》を物理的に破壊する方法はないと考えるべきだろう。
「……場所は分かるか?」
だが、エレはそれには答えようとしない。
ヴェルギリウスは妻の肩に手を置いた。
「頼む、教えてくれ」
「……場所を知ってどうするおつもりなのですか?」
「今の兄上との会話は君たちにも聞こえただろう? 俺も王族の一員としての務めは果たす」
「ヴェル兄様!? 《アルターロフ》のところに行くつもり!? ダメ! 危険すぎる!」
ミューが割って入るが、ヴェルギリウスはもう片方の手でミューの肩も掴む。
「トウ、君もこっちに来るんだ」
トウもエレとミューの間に立つ。
ヴェルギリウスは三姉妹たちを抱きしめるように引き寄せた。
「よく聞いてくれ──俺をできる限りでいい。《アルターロフ》の居る場所まで転移させてくれ。それが終わったら君たちはどこか遠く、破壊の及ばない場所まで逃げるんだ」
「ヴェル兄! わたしも一緒に行くよ! 一人で行ったら機械たちに──」
「いや、俺なら大丈夫だ」
トウの言葉を遮り、ヴェルギリウスは三人を励ますように微笑む。
「よく考えれば機械群は俺を狙わなかった……《アルターロフ》は制御装置を持つ者に危害を加えられないように設計されている。もし、俺に危害を加えられなかったとすれば、奴は暴走したとはいえシステムの制約に支配されたままだ。つまり、俺の力が奴に通用する可能性は残っている」
「それでもお一人で行くなんて危険です! 私たちも一緒に行きます!」
エレが言うが、ヴェルギリウスは彼女の胸に抱かれた愛娘の頬に手を触れる。
「前に言ったことを覚えているかい? 俺が君たちを引き取ったのは、君たちの幸せがこの世界にあっても良いと思ったからだ。俺はこれから君たちとエンシアの人々を守るために自分でできる事をやる。君たちは世界の道連れになるな──これは命令だ。今度ばかりは命令違反は認めないからな」
ヴェルギリウスは彼女たちから離れる。
「さあ、頼む。この事態に立ち向かっている国民たちの為にも一刻を争うんだ」
トウとミューがエレの方を見る。
エレは身を切るように目を固く閉じていた。
「エレ、ナルダを頼む。君と出会えて俺は幸せ者だ。その世界を守るために戦えることを王族の使命以上に誇りに思っている」
ヴェルギリウスたちが見守る中、エレの肩が震える。
それでもやがて腕に抱いたナルダが目を開けたのに気づくと、幼い娘の顔をヴェルギリウスに向ける。
「……お父様が大事なお仕事にいくわ。ちゃんとお見送りしましょうね」
エレが涙交じりの声で告げた。
ヴェルギリウスは妻と娘たちに微笑む。
「あなた、魔力の干渉が強くて、どこまで《アルターロフ》の近くに送れるか分からないけど……気をつけて」
エレが娘を抱いたまま手をかざした。
トウとミューも苦渋の表情を浮かべながらもそれに倣う。
「たとえ俺に何があろうと、君たちは仲良しの姉妹でいてくれ……じゃあな。行ってくるよ」
別れは告げなかった。
自分と妻たちの間ではもう、それだけで十分だった。
“魔女”ではない、最愛の家族なのだから──
空は暗雲に包まれていた。
日は落ち、闇の帳が空を覆っている。
しかし、地上から燃え上がる炎、闊歩する機械群の魔力の輝きが暗雲すらも照らしていた。
ヴェルギリウスは廃墟と化した街の中を走る。
周囲は炎と噴煙に包まれ、そこかしこで鉄機兵や警備システムなどが闊歩し、手当たり次第に破壊行為を行っている。
予想通りに直接、危害を加えられなかったとしても間接的に破壊行為に巻き込まれる危険があり、先を行くのは慎重を要した。
そして、ついに彼は災厄の元凶の姿を捉えた。
倒壊する建物。
その向こうから三対の鋼翼を広げた異形の巨体が姿を現す。
破壊の炎を背景に空に向かって鋼のツタを張り巡らせ、全身に貼り付く水晶質の甲殻が破壊の炎よりも紅い凶光を放っている。
ヴェルギリウスは《アルターロフ》を睨み付けると、封印していた監視者の制御装置の能力を解放する。すでに他の制御装置を持つ者全ての承認は揃っていた。
炎を背に《アルターロフ》の巨躯が動き、その顔に当たる甲殻部分がヴェルギリウスの方を向く。
向こうもこちらに気づいたのだろうか。
ヴェルギリウスは怖じることなく、その場に立つ。いま、彼こそがエンシアに残された最後の希望なのだ。
彼は遙か先にいる《アルターロフ》に手をかざした。
確かに兄クレオスの残した言葉通り、《アルターロフ》内部に制御装置の反応を感じる。それに向かって手を向ける。
「その権限を凍結する!」
その手が握り締められ、《アルターロフ》内の未知の制御装置へと干渉する。
運命をかけた一瞬だった。
ヴェルギリウスは息を呑む。
やがて、《アルターロフ》の全身の甲殻から真紅の光が消えた。その内部にある未知も制御装置も凍結し、その反応が消える。
周囲の機械も動きを止めた。
「……やった」
ヴェルギリウスは歓喜に叫びそうになるが、すぐにそれは絶望に変わる。
甲殻に再び真紅の光が灯った。
内部に新たな制御装置の反応が確認され、その命令に従うように《アルターロフ》が活動を再開した。
「そんな……」
ヴェルギリウスには分かっていた。新たに反応した制御装置は先ほどとは“違う”物だった。《アルターロフ》の中で凍結した物とは別の制御装置が出現したのだ。
「その権限を凍結する!」
ヴェルギリウスは新たな制御装置も凍結を試みる。
再び《アルターロフ》から真紅の光が消え、活動を停止する。
しかし、またしても《アルターロフ》内部で新たな制御装置が発生し、化け物はまたしても息を吹き返した。
「どういうことなんだ……」
「貴方の力でも、もうあれは止められません」
女の声がしてヴェルギリウスは振り向く。
瓦礫の山の向こうに一人の女性が立っていた。それはかつて見た占い師の女性だった。
「あんた! 生きていたのか!? いや、どうしてここにいる!?」
「以前、お会いした時に貴方様からは運命の強さを感じました。それが何を意味するかは私でも読めませんでしたが……こうして再会したのも運命なのかもしれませんね」
占い師は周囲の惨劇にも動じない超然とした態度でヴェルギリウスに近づく。
「あれを動かしているのは文明を必要とした人々の願いが具現化したものです。いくら貴方がそれを無効化しても、それは形を変えて復活するのみです……この世界にエンシア文明を必要とする人々が残る限り、奴は力を得続けるでしょう」
「だったら、どうすればいいんだ!? 何か良い案でも占ってくれるのか!? あるんだったらいくらでも従ってやる!」
ヴェルギリウスは詰め寄るが、占い師はその横を通り過ぎ、立ち止まった。
「……逃げてください」
占い師は告げた。
「逃げろだと!? そんな占いがあるか!? 俺は奴を止めるために──」
「これは占いではありません。神託とでも思ってください」
占い師は振り向き、彼を見る。
「引き返し、安全な場所を探して隠れてください。今ならまだ間に合います」
「間に合うって──この惨状を見ろ! 何が間に合うっていうんだ!? 早く止めないと逃げている民たちまでが手遅れになるんだ!」
必死に声を荒らげるヴェルギリウスに対し、薄布ごしの占い師の表情は愁いを帯びているがあくまで冷静だ。
「ですが、貴方の持つ特別な力でもあの化け物は止められない。他に手段があるのですか?」
そう言われたヴェルギリウスは《アルターロフ》を睨む。
「……ある。俺自身が奴のシステムと直結し、強制制動することだ」
ヴェルギリウスは制御装置を胸に埋め込んだ時に、非常時における最後の制御方法を教えられていた。
「あんたの話を信じるなら、ここで凍結を繰り返しても形を変えて奴を動かす力は復活するってことだろ。それならば俺が奴と同調して、その力とやらを直接、抑え続けてやる。変える隙すら与えず封じ続ければ奴を止められるんじゃないのか?」
占い師は答えないが明確な否定もしない。
「否定はしないってことは、それだけでも希望があるということだ。あんたが何者か知らないが、あんたこそ早く逃げるべきだ。あのお弟子さんも怖がっているかもしれないしな。一緒にいてあげな」
「お待ちください」
占い師の手がヴェルギリウスの腕を掴んだ。
「行ってはいけません。ここから先に行ってしまったら、貴方は後戻りができなくなります」
「覚悟の上さ。それがあの化け物を生み出してしまったエンシアの王族としての最後の務め……いいや、せめてもの罪滅ぼしだ」
「あれはもう止められません。これからさらなる戦いが始まります。それに巻き込まれる前に貴方だけでも残した人たちのところに──」
引き止めようとする占い師の腕をヴェルギリウスは強引に振り払う。
その弾みに占い師の被り物が落ちる。神秘的な美しい素顔に亜麻色の髪が広がった。
「……すまない。だが、行かせてくれ。俺が後戻りできないとしても、残った者が戻れる場所ぐらいは守らないといけないんだ」
ヴェルギリウスは被り物を拾って埃を払うと、それを占い師に差し出す。
「俺は昔から贈り物を考えるのが苦手でな。妻や娘や妹たちと毎度、その度に頭を悩ませてさ……でもよ、あいつを止められればそれこそとびっきりの贈り物になると思わないか? なあ、占い師さん?」
占い師は諦めたように被り物を受け取り、頭に被り直す。
「ものはついでだ。最後に占ってくれないか? 俺は奴を止めらるかどうか」
「……あの化け物はやがて止められるでしょう」
「そうか、ああ、ありがとよ。じゃあな、あんたも逃げろよ」
ヴェルギリウスは《アルターロフ》に向かってひたすら駆け出していた。
そうだ。
この文明が『借り物』で、それに依存したエンシアが滅びるとしても──
この時代に生きる民の命も意思も本物なのだ。
それだけは、こんな理不尽な運命のために奪われる訳にはいかないのだ。




