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一族の呪縛

 夜も更ける中、マークルフはログとエルマを連れて館に帰還した。

 玄関をくぐると、広間ではリーナとマリーサが待っていた。

「よお、リーナ。起きてたのか」

 マークルフはまるで寄り道でもして帰ったかのように陽気に手を挙げる。

「お帰りなさいませ。外が騒がしかったせいか、つい目が覚めてしまって、ここで時間を潰しておりました」

「そいつは悪かったな。見ての通り、何事もなく悪さをするネズミ共は退治してやった。安心して眠ってくれ。不安なら特別に添い寝してやってもいいぜ」

「また目測を誤られても困りますから結構ですわ」

 冗句を言うマークルフに連られるようにリーナも笑みを浮かべる。

「そいつは残念だ。リーナ、俺はログたちと後片付けが残っている。先に休んでてくれ」

「承知しました。マークルフ様も根を詰めないで下さいね」

 リーナがお休みの挨拶をして自分の部屋に戻って行くと、マリーサがマークルフの上着を預かる。

「姫様、心配されてましたよ。爆発騒ぎがここまで伝わってましたので──」

 マリーサがそっと呟くと、マークルフは苦笑する。

「やれやれ、過保護な戦乙女様だ」

「心配されるうちが何とかですよ。それに男爵に付き合っていると心配にもなりますって」

 エルマがからかうが、すぐに後ろを振り向く。

 マークルフたちも振り向くと、そこには護衛の騎士たちを連れた大公バルネスが立っていた。

「あら、大公様。お久しぶりです」

「さっきマリエルたちにも会った。エルマも相変わらずじゃな」

 大公が騎士たちを下がらせて近づく。

 マークルフは腕を組んだ。

「後ろから覗き見てたのか、爺さん」

「若い二人の前に老いぼれがしゃしゃり出ても邪魔になるだけじゃからな」

「余計な縁談を持ち込んでおいて、気の利いたような台詞は言われたくないね」

「ともかくじゃ。これからどうするか、話をしておかねばなるまい」

 マークルフはログとエルマを見る。

「そうだな。人も揃っていることだ。マリエルも呼んでくれ。俺の部屋で話をする」



「あの刺客の狙いは爺さんと俺。それにエルマ。当然、エレナ=フィルディングも狙いには入っているだろうな」

 執務室の自分の机に足を投げだして座るマークルフが言った。

 ログが脇に控え、大公とエルマ、マリエルが部屋の真ん中にある応接用の長椅子に座っていた。

「何故、エルマまで狙った?」

 大公が尋ねる。

「もしかしたら、姉さんの力が欲しかったのかもしれません」

 マリエルが答えた。

「最近、こちらの機材調達の流れを調べているような節があったのです。《アルゴ=アバス》の修復をしていることに向こうも気づいているのかも知れません」

「あの鎧の修復を邪魔しようとした、と?」

「それもあるかも知れません。ですが、おそらくは古代鎧を修復できるほどの技術が姉さんにあると考え、連行しようとしたのではと考えています」

「何故じゃ?」

 エルマが面白くなさそうに肩をすくめる。

「要するにあのバカの身代わりとして、うちを利用しようと企んだっていうのがマリエルの考えなんですよ」

「あのバカ……司祭長と手を組んでいた元同僚のオレフという科学者の事か?」

 マリエルがうなずく。

「そうです、大公様。あの人は司祭長ウルシュガルが持っていた“機神”の制御装置の複製に成功しています。そしてフィルディング側は現在、多くの制御装置を失い、こちらで確認している制御装置の保持者はエレナ姫のみ。しかもその姫はこちら側に渡ろうとしている。向こうは制御装置保持者を巡る争いになるのは必至のはずです」

 大公が手にした杖を胸元に寄せる。

「なるほど。古代鎧を修復できるほどのエルマにその制御装置の複製を作らせようと考えるのもあり得る話か」

 エルマがこれ見よがしにため息をついた。

「迷惑な話よね。あの鎧が修復できるのも親切な妖精さんたちが手伝ってくれているから出来るわけで、うち一人の力じゃないってのにね」

「勘違いで狙われるのには同情するとしてじゃ。エルマ、現在のおぬしたちならそれができるのか?」

 大公の目が鋭くなる。それができるか否かで、“機神”を巡る戦いに大きな影響を与える可能性が出て来るのだ。

「やってみないと分かりませんね」

 エルマはあっさりと答えた。

「生体に埋め込む型の制御装置は仕組みがとても複雑なんです。例え、妖精さんたちが手伝ってくれるとしても、まずは絶対条件として本物の制御装置を入手して解析しないと──」

 大公と科学者姉妹のやり取りを聞いていたマークルフが机から足を降ろす。

「そうなると、エレナ=フィルディングが狙われているという意味も違ってくる」

 マークルフは椅子から立ち上がり、大公たちの前に立った。

「主導権争いとしての身柄争奪だけじゃなく、その胸に埋め込まれた制御装置自体を狙われているかも知れないって事だ」

「最長老の孫娘である彼女も命を狙われると?」

 ログが尋ねる。

「エルマを拉致して研究させようとするなら、その可能性はある。それに、あの姫も相当に気が強えからな。操り人形として使うにはあれほど不向きな女もいねえぜ」

「最長老が今回の縁組を画策し、閣下にあの姫を託そうとするのもそれを危惧して──」

「最長老が何を考えているかはこちらが関知することじゃねえ。問題はフィルディング側に性懲りもなく悪巧みする奴が居るってことだ」

「刺客を差し向けた奴は誰と思っておる?」

 大公が尋ねた。

「……西の国ヤルライノの“辺境伯“アレッソス=バッソス」

 マークルフは答えた。

 一同に驚く様子はない。その名は彼らも知っていたからだ。

「司祭長ウルシュガルが言及していたという制御装置の保持資格者たちの一人ですね」

 マリエルが言った。彼らの名は司祭長と対峙した際にエルマが聞いていたものだ。

「下位とはいえ、上位がことごとく潰れた現在、そいつらがフィルディングに残った大物だ」

「そして、その中でも機工技術を持つ土地を持つのは辺境伯アレッソスのみじゃからな」

 マークルフの言葉に大公も続く。

「爺さんもやはり調べていたか」

 マークルフは腕を組んで窓の外に広がる夜の闇を睨む。

「爺さん。エレナ=フィルディングは安全な場所に居るんだな」

「信用のできる相手に頼んでおる。追手の側も一筋縄ではいくまい」

「誰だ? その信用のできる相手ってのは?」

「坊主なら誰に頼む?」

 大公が軽く笑う。

「儂とて傭兵にはいろいろとツテがあるからな。依頼に忠実で、エレナ嬢も信用する傭兵ぐらい知っておる」

 それを聞いたマークルフは肩をすくめる。

「……あいつか。こいつはまた高くつきそう相手に頼みやがったな」



 ある屋敷に一人の老人が逗留していた。

 その顔に長い髭とシワを、そして全身に齢を刻んだ車椅子の老人だ。

 “聖域”内で権勢をふるう名門フィルディング一族の中、その影で一族の繁栄の為に暗躍してきたその老人は一族の中で最長老と呼ばれていた。

「入りなされ」

 最長老ユーレルンが入室を許可すると扉が開いた。

「失礼する」

 入ってきたのは貴族の礼装をした一人の青年だ。

 齢は二十代半ば。細い目と顎の無精髭が特徴的な優男風のいでたちだ。

「夜更けにわざわざ来訪されるとは、よほどの事情がおありのようだ」

 ユーレルンが自ら車椅子を動かし、来訪者と向かい合う。

「回りくどい挨拶はやめてもらいたい。こちらも老と直接話せる機会を逃すことができなかった。どうしても問い質したいことがあるのだ」

「何かな? 護衛は下がらせてある。遠慮なくおっしゃるがいい、アレッソス=バッソス卿」

 アレッソスと呼ばれた男は近くにあったテーブルに苛立ちをぶつけるように手をついた。

「何故です!? 何故エレナ嬢をよりにもよって、あの“狼犬”に渡そうとする!?」

 アレッソスの語気が急に強まり、ユーレルンを詰め寄る。

「これはわたしだけではない! フィルディングに連なる多くの者たちの疑問でもある! 是が非にもお答えいただく!」

 迫るアレッソスの姿を車椅子のユーレルンは静かに見つめていた。

「知らないとお思いか! 現在、“聖域”の決壊が少しずつ進んでいることは我々も掴んでいる。“聖域”の働きが崩壊すれば“機神”の封印も解放される。“機神”を支配下に置くフィルディング一族が真に支配者となれる日がやがて来るのですぞ! それなのに、“機神”を唯一支配できるエレナ嬢を手放すなど、しかもその相手が我らの仇敵ユールヴィングなど、どう考えても理解に苦しみます! 返答如何ではこれは一族への背信とも受け取られる事態ですぞ!」

 ユーレルンが目を細める。顔のシワが更に深くなった。

「……天下を取り損ねたの、アレッソス卿」

 ユーレルンが静かに答えた。

「そなたも“機神”の制御装置を継承する立場の一人じゃった。その使命をきちんと果たしていれば、時が巡って“機神”の力はそなたの物じゃったかも知れん。儂もそれを認めたじゃろうて」

 アレッソスは言葉に詰まる。

 彼は受け継いだ制御装置を身体に埋めていなかった。しかも先の司祭長ウルシュガルの反乱で、厳重に保管していたはずの制御装置を司祭長の手の者にまんまと破壊されてしまっていた。

「無論、言い分はあるじゃろう。自分の番が回ってくるかも怪しい下位の制御装置じゃ。命を賭けて身体に埋めるのは割に合わないと──しかし、その危険を冒す事自体が“機神”と一族の運命を背負う支配者としての試練そのものとなる。現にそなたがその身を以て制御装置を預かっておれば、ウルシュガルの前にエレナが──いや、一族そのものが危機に陥る事もなかったやも知れぬ」

 淡々と答えるユーレルン。その表情も言葉遣いも穏やかだ。しかし、それが最長老の宣告を氷柱のように鋭くさせ、アレッソスの喉元に突き付けていた。

「それから逃れた者に一族の命運は託せぬの。エレナも渡すことはできぬ」

 沈黙がその場を支配する。

 やがて、アレッソスの右手が握り締められ、屈辱に堪えるように震えた。

「……貴方とて、自分ではなく孫娘のエレナ姫に制御装置を埋め込ませているではありませんか?」

 ユーレルンは大きく息を吸い、そして静かに息を吐き出す。

「本音を出したの」

 ユーレルンは膝の上で両手を組んだ。

「確かに儂は制御装置を自分には使わなかったが、断じて命が惜しかったからではない」

 ユーレルンの声が鋭さを帯びる。

「儂はあくまで一族の裏方としての生き方を選んだ。むしろ、いつでも不要になれば始末される立場でなければ務まらない役目よ。そういう者が制御装置を埋め込むべきではないし、それこそが役目を果たす証明でもあったのだよ。あの娘に制御装置を埋め込ませたのは一族がヒュールフォン=フィルディングを中心として“機神”を活用すると決めた時、その暴走を止めるための安全装置を用意しておく必要があったからだよ。先の知れた老いぼれでなければ儂自らが埋め込んでいた」

 アレッソスは静かに聞いていたが、その顔に納得するような表情はない。

「その言葉は信じましょう……ですが! あのユールヴィングにエレナ嬢を渡したのは何故です! 我らフィルディングを仇敵とするあの者にエレナ嬢が渡る事こそ、最も危険な行為ではありませんか!」

 糾弾するようなアレッソスの視線をユーレルンは何事もないかのように見つめ返す。

「仇敵というのならば、そなたは“戦乙女の狼犬”について知っているという事かね? 儂は先代の頃から“狼犬”と相対してきた。一族の誰よりも“狼犬”を天敵と認めておる。故に答えよう。あの若き“狼犬”は“機神”の魔性に取り憑かれる男ではない」

「いまの“狼犬”は若造に過ぎない! エレナ嬢を傍に置かせれば、いつ豹変するかも分かりませんぞ!」

「その時はエレナ自身があの“狼犬”を刺すじゃろうて」

 ユーレルンは悠然と答える。

「ユールヴィングに身を託す事を最終的に選んだのはエレナの意志じゃよ。若き“狼犬”と共に戦い、その目で見定めた上でな。もし、その目が狂っていたのなら、自らが責任を果たすとも断言した。あの娘も儂にただ従ったわけではないんじゃよ」

 ユーレルンは車椅子を動かし、アレッソスに背を向けた。

「認めねばならんのだよ……長年に渡る“狼犬”との戦いで一族は多くを失った。敗北を認め、そこから立て直す段階に来ておるのだ」

「たった一人の若造に偉大なるフィルディングが敗北するなどあり得ないことだ! 例え最長老たる貴方だろうと、それを決める権利はない!」

 アレッソスが叫び、外套を翻した。

「……撃つつもりかね」

 ユーレルンは振り返らなかったが、撃鉄を落とす音でアレッソスが銃を持っていることに気づいていた。

「最長老。一族の為に多くの貢献をされた貴方を撃ちたくはない。しかし、これはわたしだけではなく、一族の中の多くの者の意志でもある。これ以上、一族の不利益になる事をされるのならば──」

「撃つならば撃ちたまえ」

 ユーレルンは命を狙われる状況にあっても取り乱す素振りは一切見せなかった。

「言うたであろう。儂もまた不要になれば始末される立場じゃと。命を惜しむつもりはさらさらないわ。しかし、儂を殺す代償は背負ってもらうぞ。多くの重鎮たちを失い、基盤の崩れかけた一族の舵取りじゃ」

 ユーレルンは背中を向けたまま続ける。

「儂がエレナをユールヴィングに託したのはフィルディング一族のため、それに何の偽りもない。エレナを一族内に留めておけば、一族はあの娘を奪い合って瓦解してしまうじゃろう。そなたにあの娘を託したとして、そなたはあの娘を守りながら一族を束ねる要になれるかね?」

 アレッソスは答えない。ただ、葛藤していることはその沈黙が伝えている。

「もし、儂の代わりに自分が舵取りできると自負するならば返事は要らない。黙って撃ちたまえ。もし、まだその時ではないと思うなら、いまは銃を隠したまえ。儂は背中を向けて何も見ておらなかった。それで済む」

 壁に掛けられた機械時計の針だけが静かに鳴る。

 やがて、外套が翻る音がした。

 ユーレルンは車椅子を反転させる。

「一族の調整役として儂がこの年まで生き永らえることが出来た理由。少しは理解してもらえたかね」

「……失礼する」

 アレッソスは背中を向けていたが、そう言い残して部屋を出て行った。



 残されたユーレルンは昔にある若者と交わした会話を思い出していた。

 相手は傍流の出自だったが優れた才覚の片鱗を見せていた。ユーレルンは彼に目を付け、一族のために働くことを持ちかけたが、その若者は逆に最長老に一族のあり方への疑問をぶつけた。

 その若者は“機神”の力を背景とする一族の権力基盤に疑問をぶつけ、こう告げたのだ。

「……どのような力もその力を巡る欲望や争いは止められない。いずれそれは一族自体に破滅となって降りかかる」

 後に司祭長と呼ばれる地位まで登り詰めたかつての若者の言葉をユーレルンは口にしていた。


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