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祖国の終焉に生きた一人の男の物語(5)

「……どう見ても趣味が悪いよなぁ」

 ヴェルギリウスはソファに座りながら、自室のスクリーンに映り出される映像を見ていた。

「へえ、これが《アルターロフ》なんだ」

 ソファの背にもたれるトウが後ろからヴェルギリウスに声をかける。

 映像には円形の水晶質の甲殻と鋼のツタが絡み合うような異形の巨人を映していた。

「ああ、こいつが現在、働いてエンシアを支えているのさ」

 天井部の窓が開放されたドームの中に鎮座する上半身だけの鋼の巨人。その背から生えた三対の鋼の翼が広がり、さらにその先から無数に枝分かれするように鋼の糸が伸び、ドームの壁を越えて空にまで伸びている。

 あの枝分かれした先の一つ一つがエンシア全土の魔力が不安定な地域に魔力を送信しているのだ。

「何を見てるの? ヴェル兄様?」

 扉が開いて一人の黒髪の少女が入って来る。

 少女はどこかの学生服らしい服装をしていた。

「ミュー、どうしたのよ、その服?」

「これ? ちょっと自分で作ってみたの。どう、似合う?」

 ミューがどこかのモデル雑誌にあるようなポーズをする。

「ああ、かわいいな。よく似合うぞ」

 ヴェルギリウスはとりあえず褒めてみたが、ミューはどうやらその褒め言葉が気に入らないのか、少し口を尖らせつつヴェルギリウスの隣に座る。

 この三年の間にトウもミューも成長していた。普通の人間よりは成長が早いのか、最初は十歳前後だった二人も現在ではトウが二十歳前後、ミューも十五・六歳ぐらいの見た目になっていた。

「わあ、何これ? これが《アルターロフ》なんだ」

 ミューが露骨に変な顔をしているが、これが一般の素直な反応だろう。

「これどこで撮ったの?」

「この前、アイレムアで手術を受けた時さ。本格運用前の試験の時のものさ」

「ふーん……あんまり好きになれないかなぁ」

「正直だな。だが、それが普通だよな。これも性能を最大限に追求した末の機能美というやつらしいが、同じように無気味に思っている国民も多いらしくてな。わざわざ国民に機能美と安全性を説明して回る役を任された」

「大変だね、ヴェル兄様も。それで兄様は機能美って分かるの?」

「さっぱりだ」

 ヴェルギリウスが両手を広げて苦笑すると、トウもミューもつられて笑った。

「あら、皆で集まってたのね」

 奧の部屋の扉が開き、そこからエレが出てきた。

「ナルダは寝たのか」

「ええ。あら、またその映像を見てたのですか、あなた?」

「機能美を理解できない人間の苦労と思ってくれ」

 ヴェルギリウスはエレとの間に一人の娘をもうけていた。被験体との間に生まれた王族の子など当然、公にはできなかったが、それでもヴェルギリウスにとっては何よりも代え難い大事な家族であった。

「無理しないでくださいね。手術をしてまだ間もないのですから──」

「こっちは平気さ。どのみち、俺の出番はないだろうけどな」

 ヴェルギリウスは《アルターロフ》に命令する権限を持つ制御装置の一つを埋め込む手術を受けていた。

 彼に埋め込まれた制御装置は監視役の制御装置と呼ばれ、他の制御装置を持つ者たちの総意を得ることで別の制御装置の権限を凍結する機能を有する。普段は使われることはないが非常時には大きな力を持つため、王族の一員であり政治的には中立に近いヴェルギリウスがその所持者に選ばれていた。

 ヴェルギリウスは揃った三姉妹の姿を微笑ましく眺める。

「どうかしましたか、あなた?」

「いや。このまま何事もなければいいと思ってな」

 《アルターロフ》が稼働を始めて三ヶ月。ここまでこぎつけるのに王国内でも紆余曲折したが、現在も《アルターロフ》は安定稼働を続けており、魔力変動による被災も目に見えて減少しつつある。このまま運用データを蓄積すれば、王国を悩ませる魔力変動もほぼ抑えることができるという目算だった。

「大丈夫。何があってもわたしが兄様たちを守ってみせるわ」

 ミューが立ち上がって胸を張る。

「そんなヒラヒラな服装でヴェル兄たちを守れるの、ミュー?」

 トウがいつの間にか手にしていた細身の黒剣でミューのスカートをめくると、ミューが慌てて払いのける。

「めくるな! だいたい、トウ姉様はがさつ過ぎるのよ。もう少しはお洒落してみたらどうなのよ」

 トウの服装はシャツに丈の短いズボンという、よくいえば実用的な服装だった。

「トウ、その剣はどこから出したんだ?」

「これ? 自分で作ったの」

 トウが剣を振ると刀身が縮み、その手の中で黒い石みたいになった。

「あら、魔力で分子増殖したり、構造を組み換える金属で出来ているのね。へえ、トウが作ったのね。よく出来ているわ」

 エレに褒められ、トウが鼻を高くする。

「ちょっと待て」

 ヴェルギリウスが嫌な予感にかられて顔を押さえる。

「それは高位“機竜”の装甲や《アルターロフ》にも使われている特殊金属のはずだ。製法は機密のはずだ。そんな代物をどうやって作った?」

「え、ああ、それは……あはは、ちょっと王宮の機械からデータを盗み見しちゃった」

 トウが照れ隠しするように笑う。

「笑ってすませるんじゃない! 普通に機密を盗み出す重罪だぞ」

 ヴェルギリウスに叱られ、トウが落胆する。

「あーらら、怒られた」

 ミューがからかうように肩をすくめるが、ヴェルギリウスはミューにも厳しい顔を向ける。

「そっちもだ! なんだ、その派手過ぎる下着は!? 自作とか言ってたが、どこでそんな物を見た!?」

「ええ!? やだ、ヴェル兄様、しっかり見てたの!?」

「見えたんだからしょうがない。いいか、二人とも、好き勝手に何でも作るんじゃない。君たちには優れた力があるが、それは好き勝手やるためにあるんじゃない。俺はそんな力に頼らなくても暮らしていけるようになって欲しいんだ」

 ヴェルギリウスに叱らせ、トウとミューもシュンとする。

「持って生まれた力に頼って生きていては自分自身がその力の『借り物』になってしまうんだ。このことをしっかりと──」

「許してあげてください、あなた。二人とも悪気はないんです」

 エレが横から声をかける。

「トウは剣を使って強くなりたいんです。だから、自分の力を利用できる武器が欲しかったんですよ」

「剣を?」

「ええ。以前にあなたが言っていたじゃないですか。この《アルターロフ》計画が失敗したら現在の機械文明は終わる。そうなったら剣の時代になるかもしれないって──」

「……そうだったか?」

「ええ。トウはそうなった時にあなたや私を守るために剣術を覚えているんですよ」

 トウはうなずく。

「ミューにしてもそうですよ。私がナルダにかかりっきりになったり、リーナ様にも忙しくて会いにいけなくてあなたがたまに寂しそうな顔をしてるのを見て、自分が慰めるんだって努力してくれてたんですよ」

「そ、そうなのか?」

 ミューもうなずく。

「それに私たちも勝手に子供を作っているじゃありませんか。ね?」

 ヴェルギリウスは自分の一番痛いところを突かれ、思わず腕を組んでうつむく。

「……うん、まあ、その機密泥棒とか、慰める努力の方向性がちょっと違うんじゃないかって気がするが……し、仕方ない。今回は大目に見よう」

 トウとミューが喜んで手を合わせる。

 ヴェルギリウスは軽くため息をつくが、それでも内心は笑っていた。

 エレが彼の隣に座って手を重ね、笑みを浮かべた。まるで彼が内心で笑っているのに気づいているようだ。

 ヴェルギリウスもエレに向かって微笑む。

 そう、彼は願っていた。

 世界は人造の神に頼った綱渡り状態だが、この平和と幸せがいつまでも続いてくれることを──



 その日、ヴェルギリウスは市街にある巨大な多目的ホールで講演を行った。

講演には多くの市民が集まり、ヴェルギリウスが訴える《アルターロフ》計画の成功と必要性について耳を傾けていた。

「──お疲れ様でした、殿下」

 執事が車の運転をしながら後部座席に座るヴェルギリウスに言った。

「本当に疲れたぜ。まさか、あれほど人が集まるとはな」

 王族の一人が直々に講演に出る珍しさがあるとはいえ、参加した市民の数は予想を超える規模だった。

 それだけ市民は《アルターロフ》に支えられる未来について関心が強かったのだろう。

「殿下はご自分で思われるよりも国民から親しまれているのです。王族でも一番に若い王子で人となりも堅苦しくない。なにより三年前の事故で危険を顧みずに自ら救助活動に出た英雄ですからね」

「皮肉はよしてくれ。あの時、俺は結局、何もできなかった。それは居合わせたお前が一番に分かっているだろう」

 世間ではいつの間にか、ヴェルギリウスが飛空艇の事故で市民に紛れて救助活動に参加したという噂が流れていた。彼自身はやんわりとそれを否定しているのだが、噂というものは否定して消えるようなものでもなかった。

「どうにも騙しているようで居心地が悪いな」

「殿下が救助活動をするために車を飛び出したのは事実ですからね。私は別に嘘だとは思っておりませんよ」

 ヴェルギリウスは車窓の外を眺める。

 この辺は三年以上前、魔力変動で飛空艇落下の大惨事が起きた場所なのだ。

 現在はその痕跡はなく、区画整理をされて再開発が行われ、講演をした多目的ホールもその一つだ。

 かつての災害で救助活動に身を挺した若き王子が、災害から復興した跡地で講演をする──確かに話題性としては十分だろう。どこがそんな御膳立てをしたかは分からないが、《アルターロフ》計画の支持向上を目論んだことは間違いないだろう。

「──すまない、この近くで停めてくれないか」

「どうかされましたか?」

「いや、ちょっと寄ってみたいところがあってな」



 ヴェルギリウスは車から降り、かつての記憶を頼りに路地裏の道を進む。

 そして、かつて足を運んだ場所についたが、そこは真新しい舗装された道路と建物の姿があった。

 ヴェルギリウスは引き返して表通りに戻ると、車の外では執事が待っていた。

「何か、探されていたのですか?」

「ああ、昔、ここに占い屋がいてな。丁度、それを思い出して会いに行ったんだが、もういなかった」

「この辺も再開発が進んでますからね。しかし、占いとは意外ですね」

「あの占い師は話が面白かったんだ。また話をしたくなってな」

 ヴェルギリウスは空を見上げる。

 あの空の向こうには機動要塞が浮遊し、そこで管理される《アルターロフ》がエンシア全土の文明を支えているのだ。

「……もう一度、この国の未来について占って欲しかったんだがな」

 あの占い師なら今の現状を何と言ったのだろうか。

 その時、携帯端末の通信が鳴った。

 端末に表示される相手がエレだと知ると、ヴェルギリウスは慌てて通信を開く。

「エレか?」

『あなた!? 聞こえる!?』

「──どうした!? 何かあったのか!?」

 世間に身を潜めて生きる彼女は普段、ここに通信してくることはなく、通信の音声もいつになく切迫していた。

『早くそこから逃げて! 街の中はだめ! どこか、何もない場所へ──』

「落ち着くんだ、エレ! ここには何も起こっていない。大丈夫だ。分かるように説明してくれ」

『わたしには分かるの! お願い! もうすぐ……ああ……早く! “闇”が……《アルターロフ》を通してここに──この世界に来るッ!』

 エレの伝えたいことがこちらには分からなかったが、何か恐ろしいことが起きようとしているのは決して嘘ではなさそうだ。

「分かった。ともかく、すぐに戻る! 君も気をつけ──」

 通信が途絶えた。こちらからかけ直そうとするが通信回線自体が機能していない。

 そして、エレの危惧を証明するかのようにけたたましい非常警報が市街に流れ始めた。

 周囲の人々も騒然とし始める。

 近くの巨大ビジョンの映像が切り替わり、報道官の姿が映る。

『政府より緊急避難命令が発令されました。現在、《アイレムア》の機能に大規模な障害が発生しています。近くの機器類に何らかの異常が発生する可能性があります。すみやかに近くの機器類から──』

 だが、そのビジョンも急に消えた。

 警報のサイレンだけが無気味に街に響き渡り、市民の混乱の声がさらに拍車をかける。

「いったい、何が……とにかく、すぐに車を──」

 執事に車を出させようと振り向いたヴェルギリウスは目の前の光景に言葉を失う。

 執事が頭から血を流し、ゆっくりと地面に倒れた。

 その頭上には回転翼で浮遊する小型機械の姿があった。自律式の無人警備機で今日行われた講演で使用されていた物だ。

「なぜ、ここに……勝手に動いているのか……」

 警備機は鎮圧用に装備されている機銃を展開し、銃口をこちらに向けていた。

 警備機がさらに発砲を始めた。

 ヴェルギリウスは死を覚悟し、思わず目を閉じる。

「きゃあぁあああッ!?」

「ああっ!?」

 阿鼻叫喚の悲鳴が沸き上がり、周囲の建物のガラスが割れる音も響き渡った。

 やがて頭上を回転翼の音が通り過ぎる。

 ヴェルギリウスは恐る恐る顔を上げ、そして目の前に広がる光景に驚愕した。

 先ほどまで賑わっていた表通りは血に染まり、人々が物言わぬ姿で倒れていた。

 周囲の建物も機銃を無差別に打ち込まれて無惨な姿に変わっている。

「これは……」

 ここだけではない。街のあちこちで黒い煙が立ち昇っている。

 さらに空に定期運航する飛行艇の姿があった。非常事態に緊急着陸を試みようとするが、それに向かって警備機が突進、その船体で爆発し飛空艇も傾きながら地上に落下する。

 そして建物の向こうで爆発と噴煙をあげた。

 彼の脳裏で三年前の事故が甦る。

 ヴェルギリウスは唇を噛みしめる。

 いや、事故ではない。

 明らかに機械群は明確な意思をもって破壊活動を行っている。

 もはや魔力変動による災害ですらもこの比ではない。

 ヴェルギリウス──いや、エンシアの人々全てが直感していた。

 世界の終焉が始まったのだと──

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