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祖国の終焉に生きた一人の男の物語(4)

「待って下さい! この研究は将来にきっと必要とされる物です! もう少し時間をいただけませんか!?」

 とある研究所の所長室。

 そこに所長である男とヴェルギリウスが立っていた。

「そちらの事情は承知している。今までの研究を引き継ぐ時間が必要なのも分かっているが、期限は伸ばせない。これは技術庁の決定だ」

 ヴェルギリウスは書面を所長に突きつける。

 それは技術庁の長クレオス=エンシヤリスの命令書だ。

 所長もそれを見ると何も言えずに自分の席に座り、うなだれた。

 それも仕方ないだろう。今までの自分たちの研究が成果を出す前に全て凍結されてしまうのだ。

「期限後は技術庁から管理官が派遣される。今後はそちらで話をしてもらいたい」

 ヴェルギリウスはそれだけ告げると意気消沈する所長を残して退室した。



 ヴェルギリウスは照明の落とされた整備施設内を歩く。

 吹き抜けの通路の下に作業場が広がっているが、すでに作業は停止しており、人の姿はない。

 周囲には研究のために開発されていた機械が沈黙したまま並んでいた。

 今後の《アルターロフ》計画に注力するためとはいえ、これらが全て無駄となるのだ。

「……あ~あ、嫌な役を引き受けさせられたもんだ」

 護衛を下がらせた彼は、一人になったここで大きく愚痴をこぼす。

 彼は現在、技術庁の長クレオスの代理人としての仕事に従事していた。凍結が決定された研究を関係者たちに伝え、その調整をする役目だ。

 当然、ただ伝えるだけではすまない。大事な研究の凍結を宣告される技術者たちと対面し、その訴えを形だけでも聞かなければならないのだ。

 科学者ではない彼にしても、研究を奪われる技術者たちの姿を見るのは辛い。当然、食い下がる者も多かった。

 とはいえ、王国の命運を懸けた計画のための措置であり、その責任者として名を連ねる王子が直々に宣告するとすれば逆らうことはできない。そもそも、ヴェルギリウス自身は兄クレオスと違って科学者ではないため、どんなに研究の重要性を訴えられてもどうすることもできなかった。

 兄クレオスはそれを分かっていて、自分の代理としてヴェルギリウスにこの役目を命じたのだ。科学に門外漢の自分を壁役として、王家の権限を行使する駒にされたのだ。

「ヴェルギリウス様、ご用件はお済みなのですか」

 エレの声がした。

 整備施設の一角にスーツ姿の彼女が立っている。

 ヴェルギリウスに引き取られた彼女は彼の身の周りの世話を自らの役目としていたが、現在は私設秘書という形で仕事に同行することが多かった。

 世間の常識は疎い方だが、こと魔導科学に対しては広範囲の知識を要しており、今の科学者相手の仕事では彼女の助言はとてもありがたいものだった。

「また、そこにいたのか」

 ヴェルギリウスが近くの階段から下に降りて近づく。そして彼女の目の前にある整備棟を見上げた。

 整備棟に一体の鉄機兵が格納されていた。

 このエンシアでも希有な、魔力ではなく大地の霊力で駆動する鉄機兵だ。

 この研究所は大地の霊力を魔力の代わりに動力として利用するための研究をしていた。大地の霊力がエンシア文明の危機を招いているのなら、その大地の霊力自体を魔力の代替として使えないかという研究だった。

 この鉄機兵は現時点での研究の集大成らしい。

 鉄機兵がこちらを認識したのか、少しだけ首が動く。

 まだ整備が終わっていないらしく、他と違ってまだ起動しているようだ。

 エレはじっとその鉄機兵を見つめていた。

「その鉄機兵がずいぶんと気になるようだな」

 この研究施設には何回か来ているが、彼女は知らない間にここの鉄機兵の存在に気づき、機会がある度にここに足を運ぶことが多かった。

「エレ、こいつに何かあるのか?」

「ヴェルギリウス様、この子はこれからどうなるのですか?」

「そうだな。研究が凍結になる以上、こいつも役目を終えて不要になる。どこかに保管されるか、あるいは解体して部品を再利用かもな」

 エレが大層に驚く。

「……そうなんだね、グノムスちゃん。だから悲しそうな顔をしてたのね」

「グノムス……ちゃん?」

「はい。この子、《グノムス》という名前らしいので」

 ヴェルギリウスが首を捻る。

「どうかされましたか?」

「いや、君がこの鉄機兵をそこまで気にするとは思わなかった。何が気に入ったんだ?」

 エレが鉄機兵の顔を見る。

「何と言うべきか分かりませんが……この子とは話が合うんです」

「話が? 確か、こいつは会話機能はないはずだ」

「ええ。ですが、何となくこの子の伝えたいことが分かるんです」

 ヴェルギリウスも鉄機兵の顔を見るが、彼の目にはどうにもただの機械の顔にしか見えなかった。

「あの……ヴェルギリウス様?」

 エレが胸の前で両手を握り締める。

「この子を助けてあげることはできませんか?」

 ヴェルギリウスは意外な願いに驚く。

 エレは控えめであり、こちらから尋ねれば要望は言うが、自分から願い事をすることは今までなかった。彼も初めて見る反応だった。

「この子、とても優しい子なんです。棄てられるのが分かってて、それでも最後まで何かの役に立ちたいと願っているんです。どうか、ヴェルギリウス様のお力で、この子の廃棄だけでも止めてもらうことはできませんか?」

 ヴェルギリウスは腕を組んで悩む。

「こいつをか」

 エレが期待を込めた目でこちらを見つめている。

 この鉄機兵は霊力駆動だ。魔力を自在に操れるエレにしても、この鉄機兵のデータは読めないはずだ。

 それなのに彼女はこの鉄機兵と“会話”をしている。

 きっと、それは何となくなのだろう。だが、“心”を持たないはずの彼女がその“なんとなく”をできることが彼には驚きであった。

「うーむ、どうしたものか……」

 この機体は最新鋭の技術を投入しており、兵器としても転用可能な実験機だ。おいそれとどこかに譲り渡すこともできない。それに整備にも相応の維持費が必要となる。

「ダメ……ですか」

 エレがうつむく。ここまで悲しげな表情をするのも彼は初めて見た気がする。

「……いや、俺が何とかする」

 エレの表情が晴れやかになる。

「君の頼みだ。断れない。やってみよう」

 ヴェルギリウスは安心させるように答える。

 正直、彼にはただの鉄機兵にしか見えないが、エレにとっては放っておけない子なのだろう。

 彼女の中に萌芽するその思いを踏みにじりたくはなかったのだ。



「わあ、兄様、ありがとう!」

 離宮の庭で少女のはしゃぐ声が響き渡る。

 黄金の髪をしたドレス姿の少女が鉄機兵の頭に跨がり、それを見守るヴェルギリウスに満面の笑みを浮かべていた。

「おいおい、足丸出しで跨がるな。はしたないだろうが。いいか、お前も王女としての自覚を持ってだな──」

「兄様には言われたくないよーだ。ねえ、グーちゃん?」

 リーナが《グノムス》の頭に抱きつき、兄を見下ろす。

「……やれやれ、痛いところを突いてきやがる」

 ヴェルギリウスは苦笑するしかなかったが、ともかくプレゼントが気に入ってくれたことに安心していた。

「いいか、グノムス。今日からこの生意気な口をきく小娘がお前のご主人様だ。リーナ、お前も弟分だと思って可愛がってやれよ」

「うん!」

 リーナが鉄機兵の手を借りて地面に降りるとヴェルギリウスに駆けよって抱きついた。

「ねえ、兄様。今日はゆっくりできるの?」

「はは、悪いが俺も忙しくて、あんまり長居はできん。エンシア王族の一員としての自覚をもっていろいろお仕事しているのさ」

「ええ……去年の誕生祝いも来れなかったのに、今日もダメなの?」

「仕方ない。これもエンシア王族としての務めだ」

 残念がるリーナをヴェルギリウスは抱きかかえると《グノムス》の方に向けて降ろした。

「そういうわけだ。研究所勤めからいきなり子守への転職も大変だろうが頑張ってくれ。おっと、一つだけ俺が命令しておくが、こいつがワガママ言っても地面を潜って外へ遊びに連れて行くんじゃないぞ、いいな?」

「えーーッ、ダメだよ、兄様! 先に言ったらぁ!」

「甘いな。お前の考えていることはお見通しだ。じゃあな、頼むぜ」



 離宮から出発した王族専用の車。

「まったく淑女とは程遠いな。あれでは将来、あいつを嫁に貰う奴が苦労するぞ。兄として申し訳が立たん」

「でも、ヴェルギリウス様にお会いできてとても嬉しそうでしたわ」

 内装で囲まれたプライベート用の後部席にヴェルギリウスとエレが座っていた。

「あれで良かったか?」

「はい、グノムスも楽しそうでした。ありがとうございます、ヴェルギリウス様」

 隣に座るエレが頭を下げる。彼女も兄妹のやり取りを隠れて見ていたのだ。

「いや、礼を言うのはこっちだ。リーナにはいつも寂しい思いをさせてるからな。遊び相手ができて良かったと思っている。娘には甘い父上にも感謝しないとな」

 《グノムス》の処分を避けるためにヴェルギリウスが考えた案は妹姫リーナの護衛として徴用することだった。父王リカオーンに進言し、父王もそれを了承した。《グノムス》は護衛機としての改造を受け、十三歳になるリーナへの贈り物として渡されることになったのだ。

「国王様もリーナ様を大事にされているのですね」

 何気ないエレの言葉にヴェルギリウスは表情を引き締める。

「いくら親バカだとしても、兵器でもある鉄機兵なんて普通は贈り物にしないさ」

「では、どうして?」

「いま、この国が総力を挙げている《アルターロフ》計画──それがもし成功しなかった時の保険なのさ」

「……失敗するかもしれないのですか?」

「前代未聞の計画だ。どうなるか分からない。計画を推進する父上や俺たちは逃げるわけにいかないが、あいつだけでも守ることができればエンシアは王族を旗印に存続できる」

 ヴェルギリウスも《アルターロフ》計画については念入りに説明を受けていた。その意味は世界の再生・修復らしいが、どう見ても文明存続のために世界の理すらも制御しようという物で、あまりにも強引で未知数の部分も多い。

 計画が発表された当初は専門である科学者たちを中心に反対意見が噴出したが、それも現在は下火になっている。ただ、それも国家の総力を結集する計画に表立って反対できないというだけで危惧する者たちが消えたわけでもない。現在も反対派にいくつか不審な動きが見えるとかで政府も神経を尖らせている。

 ヴェルギリウスの手にエレの細い手が重ねられた。

「ヴェルギリウス様は私たちがお守りします」

「……エレ」

「私、トウ、ミューがこうして暮らせるのもヴェルギリウス様のおかげです。トウもミューも貴方様を兄のように思っていて、私もそれが嬉しく思います」

 エレの真紅の瞳がヴェルギリウスの青い瞳の前に広がる。

「だから、分かるのです。リーナ様だけが残ってもきっと辛く寂しい思いをされるでしょう。ヴェルギリウス様もリーナ様やこの国のために残らなければならないのです」

 彼女たちを引き取ってからすでに一年。

 あの当時と比べて、エレたちは感情を表現することが増えていた。これも高次インターフェースの学習機能によるのかは分からないが、彼にしてもとても好ましい傾向に思えた。

「たとえこの世界が危機に陥ろうと、私たちはどこまでも貴方様にお仕えし、この身に代えてお守りします。ですから、そんなお辛そうな顔は──」

 ヴェルギリウスは笑った。

「そんな顔をしてたか、すまなかったな──そうそう、グノムスはリーナの護衛になったが、君も好きな時に遊びに行ってもいいんだぜ」

「ですが、私の存在は公にはできないと──」

「リーナにはそのうち君たちのことを紹介しようと思っていた」

 エレが意外そうな顔をする。

「何故でございます? 世間体というものを考えれば、王族の傍に人造生命体“メディア”がいるのは知られるべきではないと思います。特に家族である妹様には──」

 ヴェルギリウスは微笑む。

「あいつはそんな奴じゃない。きっと君のことも気に入ってくれるさ。姉ができたと思って喜んでくれるかもな」

「ですが、私はただの──」

「君はまだ、俺が君を“道具”として見ていると考えているのか」

 ヴェルギリウスが真摯な眼差しを向けた。その姿にエレも口を閉ざす。

「……分かった。君に命令が必要というなら、これだけ命じよう。この世界の先がどうなるとしても君も、君の妹たちも生き延びるんだ。たとえ俺が世界と共に消えるとしてもな。俺は自分を守らせるための道具として君たちを引き取ったわけではない。君たちの幸せがこの世界にあってもいいと思ったからだ。だから、君たちは世界の道連れになるな」

 ヴェルギリウスはエレと向き合い、その両肩を掴む。

「いいね?」

 だが、エレは何も言わない。ただ、その代わりに目から涙を浮かべていた。

 それは彼も初めて見る彼女の涙だった。

「お、おい……泣くことはないだろう?」

 エレは黙っていた。何かに葛藤するような姿に、ヴェルギリウスはようやく自分の落ち度を悟った。

「すまない……嫌な命令だったんだな。分かった、今の命令は取り消そう」

「あ、ありがとうございます」

 エレはようやく口を開き、涙をぬぐう。

「命令はこうしよう……何があろうと俺の傍にいてくれ。これならいいか?」

 ヴェルギリウスはおもむろに彼女を抱きしめた。

「ヴェルギリウス様……」

「君の姿を見て教えられた。世界が暗くても君が笑えるのなら、この世界は自分が思っているよりも素晴らしいものだと……俺は君のいるこの世界のために力を尽くす。世界の先が分からないのに世間体を気にしても仕方ない。世界を救ってから考えればいいんだ。だから、少しこうさせてくれ……ああ、もちろん、嫌なら引っぱたいてくれてもいいんだぜ?」

 そして束の間、二人の姿は重なる。



 その後、エンシアは魔力変動とそれが引き起こす災害に苦しめられながらも、国力を結集してこの文明世界を救う人造の守護神とその御座である要塞の建造を急いだ。

 そして二年後の建国記念日──

 この日、エンシアの運命を背負って超弩級魔力炉──機械仕掛けの神たる《アルターロフ》が稼働した。

 そして、それが自分たちの運命を決めた日であることを人々はいずれ知ることになる。

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