祖国の終焉に生きた一人の男の物語(1)
天使たちと組んだマークルフはリーナと共に暗躍するリーナの兄ヴェルギリウスと対決する。
“神”に滅ぼされた祖国の民救済を願うヴェルギリウスは古代の要塞アイレムアと共に“機神”覚醒を果たそうとするが、リーナは“機神”を破壊するためにエレナ=フィルディングの力を借りて“機神”との同調を開始する。
だが、天使たちは魔女に敗北し、“機神”破壊に必要な“聖域”が“闇”の領域へと変貌を始める。
マークルフはリーナの“武器”化を止めようとするがそれを妨げたのは、リーナの命令に従う《グノムス》であった。
マークルフと《グノムス》の激突で要塞アイレムアは墜落を始めるが、《グノムス》は破壊の閃光に消え、リーナも彼の訴えに答えることなく離反する。
そして彼も現れた魔女たちによって強化装甲と命を支える“心臓”を停止させられる。
息絶えた彼は地上へ横たわり、いつもその手にあった黄金の槍がその墓標のように地面へ突き刺さる。
“狼犬”は古代王国の亡霊の前に敗北したのだった。
魔導王国エンシア──
魔力を動力とする機械を発明した先祖たちが興し、その文明の発展と共に世界を統一した王朝の名前である。
尖塔のような建物が並び、道路や空には魔力駆動の自動車や飛空艇が行き来している。
多くの人々が行き交い、その頭上で街頭モニターがその日の出来事を表示する。
長き歴史は文明を頂点に押し上げ、全ての民は魔力と叡智の恩恵を受けながら日々を過ごしていた。
その華やかな表通りから離れた裏通り。
建物の隙間を縫うような細い路地を一人の男が歩いていた。
長い黒髪に色ガラスの眼鏡をかけた青年はやがて立ち止まる。
目の前には小さな天幕のような小屋があった。
その入り口には『占います』の看板が立て掛けられていた。
「……ほお、こんなところで占い屋とは珍しいな」
青年は独り呟くと天幕を潜り抜けて中に入る。
中は薄暗かった。
水晶の飾り、星座の図面、幻獣と乙女を題材にしたタペストリーなど、用途のよく分からないが雰囲気を生み出すのには役立っている小道具があちこちに飾られている。
「ようこそ、お待ちしておりました」
その中で机に座る一人の女性が青年を迎える。
長い布の被り物をし、顔の半分も薄布で隠している占い師らしき女性は若く、その目鼻立ちも整っており、理知的な印象がした。
「……どうぞ」
横から占い師と似たような格好をした一人の女の子が椅子を持って差し出した。
「ああ、ありがとう」
青年が出された椅子に座ると少女は奧へと引っ込んでいった。
「こんな占い屋があったなんてな。知らなかったぜ」
「でしたら、これもご縁と思ってご贔屓いただけたら幸いですわ」
占い師は和やかに答える。
「お水です、どうぞ」
奧から先程の少女が器を持ってやって来ると青年に差し出す。
「ああ、これは気が利くな。ありがとう」
少女は頭を下げるとまた奧へと下がっていった。
「……あの子はあんたの妹さんかい?」
青年が占い師に尋ねる。
「そう見えますか?」
「何となくな」
「あの子は私の弟子ですわ。もっとも小さな頃に引き取っているので親代わりみたいなものです」
「なるほど。あんたは良いお姉さんそうだな」
「お客様も良いお兄様みたいですわね」
占い師が微笑む。
「ほう、何でそう思う?」
「この子を妹と見る人は、だいたい同じように妹さんをお持ちでしたから」
青年は苦笑した。
「なるほど、人を見る目のある美しい占い師さんか。良い場所を見つけたな」
「お世辞がお上手で。下手な占いはできませんわね」
「いやいや、占いに手心を加えられても面白くない。そこは手加減なく占ってくれ」
「それでは何を占いましょうか?」
「いやあ……実は珍しいと思って顔を突っ込んだだけで大した事は考えてなかったんだよな」
青年は困ったように笑うが、やがて机に頬杖をつく。
「差し迫った悩みがないこともなくてな」
「何でございましょう?」
「実はその妹の誕生日の贈り物を考えているんだが、どういうのが良いのか分からなくてな」
「妹様はおいくつになりますので?」
「今度、十二歳になる。歳が離れていてな、あの年頃だと何を喜ぶのかどうも分からなくてな。考えて歩いているうちにここが目に留まったって訳だ」
「でしたら、こちらなんかいかがですか?」
占い師が机の下から水晶の腕輪を取り出して青年に見せる。
「天然の水晶から作った一点物ですわ。派手にならず妹様の年齢ならお似合いと思いますが?」
「……あんた、けっこう商売熱心だな」
「あらら、お気に召しませんか。残念ですわ」
占い師は和やかに微笑みながら腕輪を収めた。
「ですが、そうやってお悩みになるということは、妹様に良い物を自分なりに探されようと思われての事。それを大事にしてご自分で選ばれれば何であってもきっと妹様は喜んでくださいますわ。商売熱心な占い師にうさんくさい腕輪を掴まれそうになったって話だけでもきっと喜んで聞いてくださいますわよ」
青年は腕を組んで思わず笑っていた。
「なるほど、その通りかもな。仕方ない、楽はせずにもうしばらく悩んでみるか」
「お力になれて何より。これぐらいでしたら初めてのお客様ということもありますし、お代は結構ですわ」
「いやいや、これだけで帰るのも味気ないな。それに占い師さんも気に入った。もう一つ、占ってもらえないか」
「かしこまりました。何を占いましょうか?」
青年は宙を見つめる。
「そうだな。この国の未来を占ってくれないか」
「承知しました」
占い師は机の下から再び水晶の腕輪を取り出すと、それを両手でとって目の前にかざし、熱心にそれを見つける。
机の隅に置かれた蝋燭の火を受けて水晶が気持ち、輝いたような気がした。
「……それって占いの道具でもあるのか」
「ええ。占いに興味をお持ちの年頃の娘さんにピッタリだと思いますわ」
青年は渋い顔をするが、やがて占い師は静かに両手を降ろして腕輪を机に置いた。
「……この国はいずれ終わりを迎えますわ」
占い師は静かに答えた。
「おいおい、また物騒なことを言うもんだな」
「少し疑り深い方なら『そりゃいつかは終わるだろう』って言われます。そうでないという事はお客様も内心ではそれを心配されているのではありませんか?」
「……確かにそれが笑い話ではない時代が来ているのかもしれんな」
心の片隅にあった危惧を見透かされたようで、青年は苦笑する。
「終わりのない繁栄はないと言うが、この国が行き詰まっているのは感じるんだ。世間はまだそこまでではないが、俺の調べられる限りでは──」
青年はそこで言葉を切った。
「おっと、今のは聞き流してくれ。それで、何がこの国に終わりをもたらそうとしているんだ?」
「それは運命としか申し上げられません。ですが、その運命を呼び寄せるのは間違いなくこの国に生きる者たちです」
「国民たちはこの国を栄えさえ、維持するための努力は怠っていないはずだ。確かに犯罪がないといえば嘘になるがな」
「お客様はこの国と人々を愛していらっしゃるのですね」
「おいおい、俺はそんなお世辞言われるような人間じゃない。この国に生きる者としての最低限の務めは果たしているつもりなだけさ」
「いいえ、最低限のことを当たり前にされる事はご立派ですわ」
占い師が目を閉じる。
「国民に罪はないのかも知れません。ですが『借り物の力』でしかないこの文明に囚われる限り、運命は避けられないでしょう」
「先人たちが見いだし、築き上げ、そして現在に至るまで発展させた文明が『借り物』でしかないと言うのか?」
「ならば、お客様は明日からこの文明の一切の恩恵を受けずに生活することができますか?」
「それは……まあ、難しいかな」
青年は言いよどむ。
「『借り物の力』というのは誰かから与えられたり、特権として最初から備わっているものを指すのではございません。その力を捨てられなくなった時こそ、その力におのれを委ねる『借り物』の存在となり、『借り物の力』となるのです」
「つまりだ。この国は文明を捨てない限り、『借り物の力』である文明に滅ぼされるって言いたいのかい?」
青年そう言って首をひねる。
「しかし、それってよく考えれば当たり前の話だよな。今、この国が抱える問題はつまり文明の維持の問題だからな。そりゃ文明を捨てれば問題は解決だ」
「おっしゃる通りです。当たり前の事が当たり前にできないからこそ『運命』という言葉があり、運命という言葉を使って当たり前の事をもっともらしく言う占い師という職業があるのですわ」
占い師の微笑みに青年は思わず笑った。
「ハハッ、確かに占い師さんの言う通りだ。いやあ、面白い話が聞けた。ここに来て良かったよ。ありがとう」
青年は懐から紙幣を取り出して机に置いた。
「あら、少しお待ちくださいな。クーラ、お釣りを用意──」
「釣りはいい」
青年は手で制すと、机に置いてあった腕輪を掴む。
「面白い話とこの腕輪のお代だ。余ったらその可愛らしいお弟子さんに何か買ってあげてくれ」
「ありがとうございます」
占い師は頭を下げる。
「妹様を大事にして差し上げてください、優しいお兄様。これから先は何が起きるか分からない時代ですから──」
「占い師さんがそんなことを言うかい?」
「占い師にだって分かることは微々たるもの。またお越しいただければもう少しは分かるかもしれませんわ」
青年は笑った。
「そうだな。気が向いたらまた来るよ。じゃあな」
都心の道路を自動車が行き交う。
その中を一台の高級車が走っていた。
「どちらに行かれたかと思いましたよ」
運転席で車を操作する白髪交じりの執事が話しかける。
「すまんな。どこか歩いていたらあいつへの贈り物が浮かぶかと思ってな」
後部座席でくつろぐ青年が答える。
「それで何か良いものを見つけられましたか?」
「面白い話は聞けたよ。贈り物も一応、用意できた」
後部座席に座る青年──エンシア王国第四王子ヴェルギリウス=エンシヤリスは窓の外を眺めながら言った。
「リーナ様、お喜びになるでしょうね」
「だったら良いけどな。まったく、いつまでたっても子供っぽさが抜けなくて困ってるんだ。今日も誕生祝いに必ず来てくれってダダをこねられてな。もう十二歳だぞ?」
ヴェルギリウスは小さくため息を吐く。
「兄妹仲が睦まじいのは宜しい事ではございませんか」
「まあ、俺とあいつは母親も一緒だしな。母上も亡くなり、歳も離れているとはいえ俺が一番近い相手だとすれば仕方ないのかもしれないな。しかし、あの調子では先が思いやられるな。嫁ぎ先が決まって自覚が出れば少しはしっかりしてくれるのだろうか?」
「なかなか、お相手はお決まりにはならないみたいですね。もっとも殿下もリーナ様のことは言えない立場とは思いますが?」
「俺はいいんだよ。どうせ、王位とは遠い風来坊だ。兄上たちの立場をかき乱す必要もない。
それよりもリーナさ。今は王宮も難題が山積みで政略結婚の相手探しは後回しだしな。父上にしても末娘はどうにも可愛いらしくて手放すのが乗り気でない。まったくリーナには甘いもんだ」
「失礼ながら、リーナ様に甘いのは殿下も同じとお見受けしましたが?」
執事がバックミラーを通してヴェルギリウスの隣の席を見る。
そこには妹の為に用意した誕生祝いの贈り物が山と積まれていた。
「ああ、ま、こんだけ用意すれば一つぐらい気に入った物があると思ってな」
「どんなお顔をされるか楽しみでございますな」
車はヴェルギリウスの妹リーナの暮らす離宮へと向かっていた。
だが、不意に上空を影がよぎった。
「何だ──?」
車窓から空を見上げたヴェルギリウスは空を覆う飛空艇の船底が頭上を横切っていくのに気づく。
飛空艇は急激に高度を落とし、やがて市街地の郊外へと落下した。
その瞬間、凄まじい衝撃と地響きが襲う。
車は急停止し、周囲からも同じように急ブレーキの音が立て続けに沸き上がった。
「で、殿下──お怪我は!?」
「大丈夫だ──それよりも何があった!?」
ヴェルギリウスは車から飛び出した。
すでに他の者たちも車から降りて外の様子を確かめている。
高層建築物の間で黒き噴煙が広がっていた。
そして車から警報が鳴り響く。
『緊急事態警報です。飛空艇の墜落事故が発生しました。繰り返します、緊急事態警報です。飛空艇の墜落事故が発生しました──』
遠くに見える街頭モニターも緊急放送へと切り替わっていた。
『飛空艇の墜落事故が発生した模様です──詳細は不明ですが二次災害の可能性がありますので近隣におられる方は速やかに避難を──』
ヴェルギリウスは車内に戻った。
車内では執事がどこかと無線でやり取りしていた。
「殿下、飛行客船が動力機関不全で墜落したようです。すでに軍が動き出しています。もうじき周辺が封鎖されるかもしれません」
『──たった今、魔力変動警報が発令されました。警報レベル四です。手持ちの魔力使用機器はすぐに動力をお切り下さい。市民の皆様へのご協力をお願い致します。この放送も該当地区ではもうすぐ緊急放送以外は停止します。今のうちに必要な準備を──』
外では新たな警報が発令されていた。
警報レベル四は想定される魔力変動の中で二番目に深刻なものだ。人命に関わる物と緊急指定レベル以上の装置以外は安全のために全ての停止を要請される事態だ。
「あれほどの客船なら魔力変動に対する非常動力を備えていたんじゃないのか」
「魔力変動がかつてないもので、予備動力への切り替えが上手くいかなかったようです……想定を越えた事態としか申し上げられません」
「くそッ……」
ヴェルギリウスは拳を握る。
エンシアは深刻な問題に直面していた。魔力を利用した機械文明で発達したエンシアであったが、繁栄に比例して急激に増加した魔力の使用が世界の力の均衡を乱していた。“闇”に傾く均衡を元に戻そうと魔力に干渉する大地の霊力が機械の誤動作を引き起こし、人々の生活に様々な影響を及ぼしていた。
科学者たちも影響を排除・軽減するための処置を講じているが、魔力を利用する限り、その魔力に直接及ぶ生活基盤への影響を排除する事ができないでいた。
そして彼の目の前でまた一つ、悲惨な事故が発生したのだ。
「殿下、車もしばらくは動かせません。軍に緊急無線を出して迎えを──」
「いや、いい……今は救助活動が優先だ。邪魔になる」
「かしこまりました。しかし、救助部隊も二次災害を避けるためにすぐには動けないかもしれません」
外は騒然とする人々以外は思いのほか静かだ。
街頭の灯りや装置も警報に従って沈黙している。
本来ならすぐに聞こえるはずの救急車両のサイレンなどもまだ聞こえない。
救助部隊の装備も全てが魔力で動いており、魔力変動の影響は避けられない。安全を確認できるまでは救援もままならない状態だ。
「残念ながら、あの様子では乗客の生存は厳しいでしょうな」
執事も意気消沈しながら呟く。
ヴェルギリウスは窓から空に広がる黒い噴煙を睨んでいたが、やがて車から降りた。
「留守番を頼むぜ」
「殿下!? いったいどちらへ!?」
「あの現場へ行く! 一刻を争う事態だ! 俺にだって何か手伝えることがあるかもしれん。後は頼んだ!」
そう言うとヴェルギリウスは執事の制止を振り切り、止まる車両の間をすり抜けながら道路を飛び出していた。
『この国はいずれ終わりを迎えますわ』
あの占い師の言葉が彼を急き立てる。
エンシアの民は魔導機械の恩恵なしでは生きられない。魔力の変動によって引き起こされた非常事態を前にして動けない人々の姿が、それを如実に示していた。
ヴェルギリウスは走る。
機械を動かせないなら、人の力でどうにかするしかない。
執事も言ったように事故は絶望的であり、自分が行っても無駄かもしれないが、それでもじっとしている訳にはいかなかった。
機械文明の頂点に立つエンシヤリス王族の一人が、機械が頼りにならない非常時の人手として走る。
父王も兄王子たちもこの難局を打開する方法を模索しているが、まだ結論は出ないでいた。
エンシア文明が行き詰まりつつあるのを感じずにはいられない。
それでもヴェルギリウスは抗うように走り続けた。
祖国を導く王族の一員として、そのような破滅の運命など決して認める訳にはいかないのだ。




