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サンクチュアリ・ファンタジア3―光の祈りと闇の呪いと機械仕掛けの災厄と神に選ばれた傭兵―  作者: みなかけん
第四章 『もう貴方の戦乙女にはならない』
84/135

そして狼犬の牙と戦乙女の愛は闇に沈む

 “機神”とその周りの地表ごと空に浮かび上がる《アイレムア》──

 そして強化装甲《アルゴ=アバス》を纏ってそれを追うマークルフ──

 手にした槍に破壊の力を宿していくマークルフの前で、空飛ぶ地表に立つ《グノムス》もまたその身を闇の巨人へと変えて、マークルフに両腕の砲塔を向けていた。

 黄金の武器化が進む“機神”を守るように──

『私は──エンシアに戻ります』

 リーナが答えた。

『そして、その守護神である《アルターロフ》と共にエンシアの運命に従います』

「……どういうことなんだ?」

 その言葉に動揺を隠せないマークルフの前で《グノムス》の両腕に破壊の魔力が充填されていく。

「本当に……本気なのか!?」

 マークルフは“機神”に向かって叫ぶが返事はない。

 その間にも〈アトロポス・チャージ〉の出力は発動直前にまで達していた。

「グーの字! お前もこの威力は知っているはずだ!」

 《グノムス》はあくまでもリーナの命令に従うのか、制止の声も届くことなくマークルフに向けて砲撃の構えを崩さない。

 マークルフの手にする槍と鉄機兵の両腕の双方に凝縮された破壊の力が漲る。

「本当にやめろ! グノムス! このままだと俺は本当にてめえを破壊することになる! これは脅しでも何でもねえ! 分からないのか──リーナ!! 止めさせろ! こいつはお前にとって兄弟みたいな存在じゃないのか!」

 マークルフは訴えるがリーナは答えない。

 二つの破壊の力が干渉し、空気を震わせる。

「グノムス! やめてくれ! 俺はお前を破壊したくねえんだ! リーナ! お前もそうじゃないのか!?」

 撃たなければこちらが砲撃をまともに浴びる。

 しかし、撃てば激突する破壊の奔流で《グノムス》は間違いなく破壊される。

「お願いだ! グノムス!」

 マークルフとリーナが出逢い、そしてこれまでの戦いで常にこの鉄機兵は傍にいた。

 長い年月、リーナを守り続け、そして彼女と自分を出会わせた。その後も二人の戦いを常に手伝い、優しい心根の鉄機兵は他の者たちにも慕われていた。

 だが、マークルフの願いは届かず鉄機兵の両腕に全ての力が集約された。

「……この──」

 マークルフも槍を構えた。その全身が赤熱し、爆発的な推進力が解放された。

 《グノムス》が真紅の破壊光線を放つ。

「──馬鹿野郎があああああッ!!」

 マークルフは〈アトロポス・チャージ〉を発動した。



 その瞬間、闇に変わっていく空に真紅の閃光が爆発した。

「あれは──」

 遙か上空に浮かぶ機動要塞を包む閃光が、狼頭天使に抱えられたエルマたちの目を眩ませる。

 魔女たちから逃れ、機動要塞の上で行われているはずの“狼犬”と“機神”の戦いを確かめるために飛んでいた彼らが見たのは、その目を疑う光景であった。

「……グーちゃん!?」

 その光景を見たプリムが絶叫する。

 閃光に照らされた《アイレムア》から遠目に見えたもの。

 それは“機神”を巡って衝突する二つの閃光──

 真紅の槍となって突撃する《アルゴ=アバス》とそれを阻止するように光線を放つ《グノムス》の姿だった。

 しかし、槍の光は光線を押し返していく。

 同時に破壊の均衡が破れ、その余波が離れた場所に飛ぶエルマたちにも伝わって来る。

「まずい──逃げるぞ」

 ファウアンが光翼を翻す。

「まって! グーちゃんが──」

 だが、プリムの訴えをかき消すように暴発した破壊力がさらなる閃光と衝撃波を生み、周囲を破壊の嵐へと変えた。



 機動要塞を舞台に炸裂した破壊の力は、真紅の光となって周囲を染め、やがて消えた。

 “機神”は無事であった。

 そして現在も“機神”と同調しようとするリーナの力も健在であった。

 “狼犬”の撃った〈アトロポス・チャージ〉は《グノムス》の捨て身の攻撃によって破壊力を分散され、その槍は“機神”にまで届かなかった。

 しかし、その代償として《アイレムア》が破壊の余波をまともに浴び、その動力機関と構造そのものが深刻な被害を受けていた。

 要塞の外縁が崩壊を始め、上空へと進んでいた要塞自体が高度を下げ始める。

 そして瓦解する地表部分に居るはずの鉄機兵の姿はなかった。

(ごめん……ごめんなさい、グーちゃん)

 その様を見ていたリーナの意識はその目に涙を浮かべる。

『──リーナ』

 目の前にヴェルギリウスの姿が現れる。

『なぜ、グノムスを犠牲にするような真似をした?』

 リーナは涙をこらえつつ答える。

『やはり、私はエンシアを裏切れません……ですが、この地上の人々を裏切ったのも事実。もうリーナ=エンシヤリスにも戻れません。残された道はエンシアの守護神である《アルターロフ》と同化し、新たなエンシアの礎となる道だけです』

『……わたしはこれから“狼犬”の物語を終わらせる──良いのだな?』

 ヴェルギリウスが見つめるなか、リーナは静かにうなずいた。

『グノムスも犠牲にしました……もう後戻りはできません』

『彼に伝えることはあるか』

『……すでに伝えました。あの人の戦乙女にはもうならないと──』

 本当に一緒に戦ってきた“狼犬”を見捨てられるのか──

 ヴェルギリウスの瞳はそれを確かめるようにリーナの姿を見守っていたが、彼女の決心が固いのを見るとその指でリーナの目尻に浮かぶ涙をすくった。

『ありがとう……よく戻ってくれた、リーナ。お前はここで待っているがいい。最後の未練を断とう』

 兄の姿が消えた。

 一人、残されたリーナは祈るように静かに両手を握る。

 それは兄弟のように思っていた一体の心優しき巨人への謝罪──

 そして、一人の勇士に捧げる涙の祈りであった。



「グッ──」

 瓦礫の下から黄金の槍を手にした鎧武者が立ち上がった。

 “機神”に向けた〈アトロポス・チャージ〉は阻止され、マークルフは《アイレムア》の外縁に叩き付けられていた。

 周囲を見回すマークルフ。

 破壊の嵐が過ぎ去った後も一緒に打ち上げられた地面が要塞を覆っていたが、そこに鉄機兵の姿はなかった。

「グーの字……」

 さすがの《グノムス》も〈アトロポス・チャージ〉を正面から止めて無事にはすまなかったのだ。その姿が破壊の光に呑み込まれた事は自身の目で、そしてその手で確かめていた。

 マークルフは槍を支えに膝をつく。

 彼自身も破壊の衝撃を受けて少なからず負傷していた。

 その間にも地面に亀裂が走り、揺れが大きくなる。

「……リーナ! どういうことなんだ!?」

 マークルフは叫んだ。

 破壊の力の激突は《グノムス》を破壊し、《アイレムア》を崩壊に追い込んだが、肝心の“機神”は黄金化が止まらないまま健在であった。

 今も“機神”の一部が弾け、そこが黄金の装甲へと成り代わっていく。まるで機械のさなぎが黄金の成体へと脱皮するように──

「グーの字はお前の命令に従ってこうなったんだぞ!? 答えろ! いったい何を考えているんだ!?」

 空の景色が傾き出した。

 どこかで爆発が起こり、地表の一部が崩れて落下する。

 機動要塞の破壊が始まったのだ。このまま崩壊を繰り返し、地上に落下するのも時間も問題だろう。

 だが、それも意味はない。“聖域”離脱を阻止しても“聖域”そのものが闇へと変わろうとしているのだ。

 空は闇へと染まり、“機神”は黄金へと染まろうとしている。

 抗おうとするマークルフをあざ笑うように破滅の運命は目の前にその姿を見せようとしていた。

「マークルフ殿、これ以上のリーナ様への無礼は控えて頂きましょうか」

 マークルフの目の前に闇の外套を纏った魔女エレが姿を現す。

「リーナ様はエンシアへと戻られたのです。“神”の仕組んだ筋書きから抜け出し、新たなエンシアの礎となることを選ばれたのです」

「てめえ……ッ!」

 槍を構えてマークルフは立ち上がろうとする。

 しかし、その意に反するように纏った装甲が急激に重さを増し、その膝が再び地面につく。

「往生際は悪いみたいだけど、戦乙女に見捨てられたら“戦乙女の狼犬”もお終いね」

 振り返ったマークルフの前に黒剣の魔女トウが立つ。

「そうそう。これ以上は吼えるだけの負け犬よ。ヴェル兄様がせっかく評価してくれてたんだから、もう潔くしなさいな」

 さらに視界の端に魔女ミューが現れる。

 三人の魔女に包囲されたマークルフは懸命に立ち上がるが、纏った強化装甲の出力が停止寸前まで低下し、その動きを封じる。

「マークルフ殿、その鎧の力は我々が抑えています」

 エレが静かに告げる。

「辛うじて魔剣の対生成機関は起動していますが、もうまともには動けませんよ。魔力を操る我々の前ではどんなに強力な装甲も無力です」

 その間にも地割れは広がり、景色がゆっくりと降下を始めていた。

『──最後の通告はした』

 目の前にヴェルギリウスの幻影が現れる。

「てめえ……リーナに何をそそのかした!?」

 マークルフは槍を支えに詰め寄ろうとするが、足許の地面に亀裂が走ってその場に崩れ落ちる。

『妹は自らの意思でエンシアに戻ることを選んだ』

 ヴェルギリウスが答えた。

『グノムスも最後に王族の守護者として散った。可哀想なことをしたが、永き間の務めをよく果たしてくれた』

「勝手にリーナやグーの字のことを語るんじゃねえ!」

 立ち向かおうとするマークルフの意思とは裏腹に、鎧は出力低下を続けて動くことができない。

『勝手ではない。ならば何故、リーナは君に答えない。グノムスも何故、君に反抗した? それが全ての答えだ』

「うるせえッ!!」

 マークルフは槍を握ったまま、地を這うように幻影に詰め寄る。

 いや、幻影の後ろにそびえる“機神”へとその槍を向けようとしていた。

 その姿にヴェルギリウスは憐憫を込めた瞳を向ける。

「……なんだ、その目は?」

 あがき続けるマークルフは憤まんやるかたない表情で睨み返す。

「俺に少しでもその気があれば慈悲がないわけではない……そんな目をしやがってもな──」

『わたしの目が気に入らないか』

「ああ、目だけじゃなく、全部が気に入らないね……たとえ、てめえがリーナの兄で──」

 幻影の前に突きつけられた黄金の槍の先が震える。

「あいつが慕うほどによくできた兄貴だとしても──」

 再び足許が揺れ、地面に手をつく。それでもマークルフはまだ前に進もうとする。

「──それを差っ引いたとしても……俺はてめえが信用ならねえ!」

 幻影がマークルフの前へと近づく。

 そして懸命に持ち上げようとする槍に手を添えるような仕草をした。

『もう終わりにしよう。今まで妹を守ってくれたことには感謝している』

 幻影は背を向けた。

『エレ──彼を楽にしてやってくれ』

 傍に立っていたエレがうなずく。

「──ッ!?」

 マークルフは声にならない悲鳴をあげてその場にうずくまった。

「天使たちと手を組んだ理由──それは自分では私たちに絶対に勝てないと考えたからでしょう?」

 胸が締め付けられるような激痛に見舞われ、苦痛に顔を歪める。

「強化装甲を武器とし、そして機械の“心臓”で命を繋ぐ貴方様では──」

 マークルフを挟むようにトウとミューが手をかざしていた。

 二人がマークルフの胸に埋められた“心臓”に強制介入し、その機能を停止しようとしているのだ。

 “心臓”は強化装甲の制御装置であると同時に生命維持装置でもある。その停止は装着者の死を意味する。

 彼自身の生命力と意志が辛うじて二人の力に抵抗するが、それでも“心臓”の機能は低下し、エレの声が遠くなっていく。

 目の前も暗くなるが、それでもその視線は黄金に輝く“機神”の姿を捉えていた。

「……リーナ……なぜ……だ……?」

 エレがそれを遮るように立つ。

「リーナ様へのお別れは終わりましたか?」

 そしてその細い手をこちらに向けた。

「ここが“狼犬”の終幕です」

 エレの力が加わり、“心臓”が完全に停止した。

(──リー……ナ──)

 消失していく意識の中、マークルフが呼んだのは彼の戦乙女の名前だった。



 強化装甲の手から《戦乙女の槍》がこぼれ落ちる。

 唯一起動していた左腕の対生成機関も機能を停止し、媒介として光を放っていた魔剣もその輝きが消えていく。

 それがあたかも彼の命の光だったかのように、“狼犬”は糸が切れたように倒れ、そしてそのまま動かなくなった。

 大きな振動が起き、その場が崩れ始めた。

 そこにいたエレたちも空を飛んで宙へと逃れる。

 損壊に耐えられなくなった機動要塞の一角が崩壊し、地上へと落下していく。

 倒れたマークルフも鎧姿のままその崩壊に呑み込まれていく。

 トウとミューがエレの顔を見るが、エレは静かに首を横に振った。

「もう、いいわ。確実に“心臓”と息の根は止めた──せめて家宝の鎧を死に装束に“神”のいる冥府へと旅立ってもらいましょう。それよりも《アイレムア》はもう保たないわ。巻き込まれないように離れましょう」

 機動要塞も浮力を失い、舵を失いながら地上へと降下を始める。

 そこからこぼれ落ちる残骸と共にマークルフの姿は落下していく。

 全ての機能を停止させられ息絶えたマークルフは地上へと消えた。

 光は敗北し、世界は闇へと沈むのだ。



「……ウゥッ」

 ダロムが起き上がった。

 そこは地上だった。

 目の前にはファウアンが倒れ、その近くにはエルマとドラゴも倒れている。

「……無事か、ダロム?」

 ファウアンが顔を上げた。

「おぬしも無事か!?」

 機動要塞から放たれた破壊の余波に巻き込まれ、彼らは落下した。

 ファウアンが光翼で身を守り、破壊の余波と墜落の衝撃から守ってくれていたが、小柄なダロムはともかくエルマたちは負傷して動けないようだった。

「プリム!? プリムは!?」

「……止めるのも聞かずにどこかにいった……あの鉄機兵を探しているのかもしれん」

「なんだと!? す、すまん! ワシはあの子を探しにいくぞい!」

 ダロムはその場を離れて地中に潜るとプリムを探し始めた。

 幸い、時間が経過していなかったためか、霊力の痕跡が残っていた。

 それを追ったダロムはやがてプリムの気配を突き止める。

 慌ててそこまで駆けつけると地上へと姿を現す。

「──プリム!」

 妖精娘が背中を向けて立っていた。

 だが、ダロムの呼びかけにも返事はない。まるで耳に届いていないかのようだ。

「プリム……ッ!?」

 近づいたダロムはプリムが見ているものに気づいた。

 それは辛うじて原形を留めていた鋼の手だった。

 ダロムは咄嗟にプリムを振り返らせると、全ての光景から引き離すように手許に抱き寄せた。

 残酷な偶然なのか。

 それともあの手に残っていた微かな力を感じとってしまったのか。

 プリムは《グノムス》を探そうとして、変わり果てた姿を一人で見つけてしまったのだ。

「……じいじ……」

 茫然自失となったプリムの唇が震える。

「じいじ……グーちゃんを直して」

 プリムが懇願するように声を振り絞った。

「すまん……もうワシにも直せん」

「……ウソだ……じいじはなんでも直せるって言ってたじゃん……あねさんといっしょならグーちゃん直せるよ」

 涙を浮かべたプリムがダロムの服を掴む。

「無理なんじゃ……プリム……もう、グーの字は……消えたんじゃ」

「ウソだ! 消えてないもん! ちゃんと手がのこってるよ! ううん! ほかにもきっとどかにグーちゃんの部品がのこってるよ!」

 ダロムも知っていた。

 プリムがあの手に乗るのが誰よりも好きだったことに──

「きっとグーちゃん、早く直してって困ってるよ! だからさ! じいじ──ッ!」

「もう……誰にも直せん。あの手はもうお前を乗せることはできないんじゃよ」

 ダロムは強く抱きしめた。

「すまん……ここに連れてくるべきではなかった」

 プリムが腕の中で顔を埋めた。

「どうして……どうしてなの…………うぁああ、グーちゃーーん!! やだぁあッ! なんで!? なんで……なんでだよぉおッ!」

 闇に沈む荒野の只中で、小さな妖精娘の悲鳴が響き渡るのだった。



 世界は闇に沈もうとしている。

 空が暗闇の帳に覆われるなか、荒野の果て、瓦礫の中に一人の勇士が横たわる。

 鎧は沈黙し、その姿には微かな気配すらない。

 ただ、その傍らで地面に突き刺さった黄金の斧槍だけが、勇士の墓標のように彼の者を見守り続けていた。

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