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サンクチュアリ・ファンタジア3―光の祈りと闇の呪いと機械仕掛けの災厄と神に選ばれた傭兵―  作者: みなかけん
第四章 『もう貴方の戦乙女にはならない』
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もう貴方の戦乙女にはならない(4)

 巨大な猿獣人の巨碗が空を薙ぎ払った。

 その鈎爪が狼頭の天使の目の前を掠める。

 振り切った腕をファウアンは輝く掌で掴むと、それをギリギリと握り締めた。

 獣人の手首が砕けるが、それもかまわずに腕を振り回してファウアンを振り解く。

 ファウアンが着地すると巨大化した獣人はその壁となって立ちはだかる。

 獣人の全身が傷ついていたが、それでも動きが鈍ることなく威嚇の声をあげた。

 ファウアンが空に浮かぶ魔女を睨む。

(奴が魔力で操っている限り、ちょっとやそっとでは動きを止めんということか)

 獣人が掴みかかる。

 ファウアンは光翼を広げると、それで身を守るようにしながら跳躍した。

「うおぁおおおッ!」

 気合いの声と輝く右掌が獣人の胸を貫く。

 獣人は声にならない苦悶の表情を浮かべた。

 獣人にめり込んだ掌が獣人の内部を一瞬で把握する。

 ファウアンは自分の予想が的中したのを確かめると、さらにもう一方の左掌を獣人の腹部に突き立てる。

 冷静だった魔女エレの表情が一瞬、変わった。

 あれほど傷つけられても動きを鈍らせなかった獣人が二撃で糸の切れた人形のように事切れる。

 獣人は古代エンシア時代に改造された“被験体”だ。内部には機械処理を施された部分があり、ファウアンは魔女の力で生体部分が強大化したとしても機械部分まではそうはいかないと予想していた。そしてその通り、巨大化した生体と機械部分は魔力で強引に繋げているだけだった。

 輝力を纏った掌は強引に繋げた急所だけを断ち切っていた。

 それによって獣人の身体は機能不全を起こしたのだ。

 倒れる獣人から手を引き抜いたファウアンだが、その背後で黒剣を構えた魔女がクーラに襲いかかっていた。

 クーラは光翼で自らの身体を隠すが、黒剣の魔力がそれを弾き飛ばした。

 クーラが体勢を崩し、そこを魔女の剣が狙う。

「クッ!」

 ファウアンがその間に割って入り、魔女の剣を左腕で受け止める。腕は鋼の装甲で包まれていたが魔女の剣はそれをも斬り裂くように刃をめり込ませていく。

 ファウアンはクーラを脇に抱えると光翼を広げてそれで魔女を弾き飛ばす。

 魔女トウが離れ、ファウアンもクーラを抱えたまま間合いをとった。

「クーラ、大丈夫か?」

「……はい、でも……このままでは共倒れに……」

 クーラはすでに戦える状態ではなかった。天使とはいえその力が尽きれば年相応の体力しかないのだ。

「あらら、姉様の飼ってたお猿ちゃんが倒されちゃったか。ま、そっちも占い天使さんがもうご退場みたいだけどね」

 トウが黒剣を手に近づく。

「狼頭さんもなかなか仲間思いね。一人ならまだ逃げる余裕はあるっていうのにさ。そのお嬢ちゃんを守るためにわたしと姉様を相手にするつもり?」

 その時、地面が大きく揺れ始めた。

 揺れは止むことなく、さらに激しくなるが、魔女は驚く素振りは見せない。

「猶予はないようだな」

 ファウアンはクーラを抱えたまま、片手でゆっくりと掌を広げていく。

 改造体である全身だが、“機竜”の攻撃と獣人との戦いによって各部を損傷していた。このまま魔女二体を相手にするのは死を意味するだろう。

「……ファウアン、わたしのことは……」

「そうはいかん。どうにも昔から小娘相手に助け、助けられの因縁があるみたいでな。仮にもあんたには解放してもらった恩がある」

「へえ、天使って性格悪そうなのが多かったけど、あんたは比較的まともな方なのね」

 魔女が剣を構えた。

「いいわ。その意地がどこまで続くか見てあげるわ」



 地中を《グノムス》が潜行していた。

 内部にリーナを乗せ、目指すは“機神”が居る場所だ。

 リーナは地上を見上げる。

 そこではマークルフと兄が率いる異形たちが戦っているはずだ。

(マークルフ様、頑張って。もう少し……もう少しで全てが終わります)

 安否を憂うリーナを突如、揺れが襲う。

「どうしたの、グーちゃん?」

 内部は外部からの揺れに左右されない機能が搭載されているはずだが、それでも抑えきれないほどの異変が始まっているのかもしれない。

「兄様、いったい何を……」

 脳裏に優しかった兄の姿がよぎる。そして在りし日のエンシアの姿も──

 その兄が故郷の人々を救うためにここまでの事をしようとしている。

 そして、自分はそれを止めようとしている。

 エンシアの希望を託されたはずの自分が──

 リーナは頭を振った。

「グーちゃん、急いで」

 リーナは目を閉じる。

 これが戦乙女としての最後の使命となるだろう。

(いいえ、終わらせるのよ……この世界を揺るがすエンシアの亡霊は、消えなければならないのよ)



 エルマは近くの岩に腰掛けていた。

 その近くでは苛立ちを隠せない森人天使ドラゴが立つ。

「いつまで待つ気だ!?」

「妖精さんたちが来るまでよ。地中にいると連絡取れないしね。向こうが無事なら定期的に様子を確認するようになってるわ。もう少し待ちなさいよ」

 ドラゴが拳を握り締める。

「ねえ、天使さん? あなたたちは“要”を手にしてどうやって“神”様を喚ぶつもり?」

「聞いてどうする?」

「単純に興味本位よ。“要”を見つけてあげたんだから、それぐらい教えてくれてもいいんじゃない?」

「邪魔をするつもりじゃないだろうな?」

「しないわよ。男爵たちが敗れたら、それしか道がないもの。知らない方がうっかり邪魔しちゃう場合もなくはないわ」

「口の減らない女だ」

 ドラゴは鼻を鳴らすが、やがて口を開く。

「クーラが“神”を喚ぶ役目を担っている」

「あの少女の天使さん?」

「遙か昔から“神”に仕え、“神”を喚ぶ役目を担う巫女の一族がいる。クーラはその一族の後継者だ」

「なるほど。見た目が若いわりに天使たちの頭目ぽかったけど、そういう事情があるのね」

「俺や他の奴らは構わん。だが、クーラだけは倒される訳にいかないんだ。だから早くしろと言っている!」

 ドラゴが宝石の瞳で凄むが、エルマは意に介さず逆に瞳を見つめ返す。

「あんたも命は懸けてるのね。文献で調べたことがあるわ。森人の瞳とか手足の爪は高精度の魔力の媒体となる宝石で、高度な魔導機械を作る時の材料にも使われたって……エンシア文明を憎む理由ってそういうこと?」

 ドラゴが目を背ける。

「ふん、貴様もあの時代の集落を見れば嫌でも分かっただろうさ。光と手足の自由を奪われた者たちが住人の大半で、俺のような五体満足の方が珍しかった。貴様の読んだ文献とやらには載っているか知らないが、エンシアには同胞から切り取った手足を培養して爪を量産する施設すらあったさ……俺が天使になった時にぶっ壊してやったがな」

 その時、足許が揺れ始めた。それは次第に大きくなり地響きへと変わっていく。

「何だ、これは──」

「分からないわ。でも何かが始まったみたいね」

 揺れは止まらず、岩から立ち上がったエルマは膝をつく。

「おおッ、無事か、姐さん!」

 地中からダロムとプリムが飛び出てきた。

「待ってたわ。その前にこの地震は何か分かる?」

「よく分からんが、普通の地震じゃないの。地下に何かでかいもんがいてそれが悪さを──」

 答えるダロムをドラゴが掴んで持ち上げた。

「おい! “要”をどこに隠した! 早く教えろ!」

「何じゃ、いきなり! 耳元で怒鳴り立てるな!」

 怒鳴り合う二人をよそにエルマが“機神”の姿が見える方向を凝視する。

「喧嘩している場合じゃないわよ。あれは──」



 地上に《グノムス》が出現した。

 胸の装甲が開き、そこからリーナは出ようとする。

 激しい揺れが続くが、《グノムス》が両手を差し出し、それに抱えられる形でリーナは着地する。

 揺れる地面にリーナは思わず膝をつく。

「ありがとう……ここから逃げて、プリムちゃんたちの所に戻ってあげて。きっと心配してるわ」

 リーナはおぼつかない足で立ち上がると《グノムス》にしがみついた。

「今まで一緒にいてくれて、ありがとう……大好きよ、グーちゃん」

 エンシア崩壊の時からずっと自分を守り続けてくれた鉄機兵に別れを告げる。

 揺れがさらに激しくなり、周囲に亀裂が入り始める。

「行って! 巻き込まれるわ!」

 リーナは離れると地面に腰をつきながらも叫んだ。

 鉄機兵は動こうとしない。

「どうしたの!? 行きなさい! これは最後の命令よ!」

 リーナが叫ぶと《グノムス》の姿が沈み始めた。

「そう、それでいいの……元気でね」

 鉄機兵の姿が消えた。

 リーナは意を決すると目の前にそびえ立つ“機神”に向き合う。

 立つ事もできない揺れの中、リーナは鳴動に負けないぐらいの声で張り叫ぶ。

「エレナさん! 約束の時が来ました! お願いします!」

 “機神”に囚われているというエレナ=フィルディングからの返事はない。

 だが、リーナの全身が輝き始める。

 新たに選ぶ“勇士”の意思に戦乙女の力が反応しているのだ。

 リーナが荒野の方を振り向く。

 そこでは彼女が本当に守りたかった若者がこの時を待ちながら戦っているはずだ。

(勝ってくださいね……マークルフ様)

 リーナの姿が光へと変わっていく。

「エレナさん! 私が貴女の“武器”になりますッ!!」

 リーナの姿が無数の光の粒子へと分解し、それが舞い上がるように“機神”の周囲に渦巻き始めた。



 地面が崩れ、“機神”の姿が浮上していく。

 地割れを押し退けて現れたのは巨大な建造物であった。

 “機神”の真下から現れた建造物はさらに浮上し、やがて地表からその全容を現していく。

 それは半円の機械要塞だ。

 ほぼ半壊しており、現存する部分も損壊が酷かったが、それでも機能は生きているのか魔力の輝きを各所に灯しながら、その威容を地上にいる者たちに見せつける。

 真紅の輝きを散りばめた要塞は“機神”をその上に乗せたままさらに浮上していく。

 その魔力は“機神”から供給されているようだ。

「何だ……あれは……」

 人工の魔星とも言える機械要塞の姿を見上げ、マークルフは言葉を失っていた。

 要塞からこぼれ落ちた瓦礫が地上に滝のようにこぼれ落ちる。

 轟音と地響きと噴煙に包まれる中、それに影響されることなくヴェルギリウスの幻影は映り続ける。

 そして幻影は告げた。

『エンシアはかつて、この機械の台座に君臨する機械仕掛けの神に全ての運命を託した……あれこそが闇の神の台座──《アイレムア》だ』



 地を割り、“機神”を乗せたまま浮上する機械要塞。

 その姿にエルマは愕然としていた。

「バカな! あれは過去に地上に落下して破壊されたはず……」

 ドラゴも真紅の瞳を見開く。

「うちも資料でしか知らないけど……」

 エルマがダロムを見る。

「……間違いないぞい。ワシも遠くからしか見たことなかったが、あれほどの機械要塞は一度見たら忘れん」

 プリムだけが何がなんだか分からず、三人の姿を見回す。

「ね、ねえ、じいじ? あのおっきな機械のお星様みたいなのって何なの?」

 所々から真紅の魔力を放つ凶星のごとき要塞を前に、ダロムが答える。

「あれはかつて“機神”を搭載し、古代王国の空に君臨した機械要塞……《アイレムア》じゃ」

 エルマは浮上を続ける機械要塞を見続ける。

「何がどうなっているのかは分からないけど……何が起こってもおかしくない状況だから疑問は後回しにするわ。それよりも妖精さん、あの機械要塞はどこまで浮上できるか分かる?」

「要塞を動かし続ける魔力次第じゃな。しかし、先ほど“機竜”を一匹喰らっておるからの……まずいかもしれん。このままでは空から“聖域”の効果範囲を超えるかもしれん」

 ドラゴの手の中でダロムが困ったように腕を組む。

 それは“聖域”の力で封じられていた“機神”の完全復活を意味した。

「呑気に考えている場合か! 妖精! “要”を隠した場所を早く教えろ!」

「うるさい! いちいち叫ぶな! そもそも勇士たちの戦いを見届けたらの約束であろうが!」

「そんな悠長なことを言っていられるか! このまま“機神”が復活されたら手遅れになるんだぞ!」

 ドラゴがダロムを握り締めようとするが、その手が震え、ダロムがそこからこぼれ落ちた。

「な……どうなっている?」

「ワシは信心深いからな。天使様がそんな者に手荒なまねをしてはいかんぞい」

「き……貴様……」

 エルマがダロムを拾い上げた。

「以前にも狼頭の天使さんが妖精さんに手を出そうとしてそうなったのよね。天使さんならあんまりバチ当たりな行動は控えることね」

「女、これも貴様の計算のうちか!?」

「ほんと、見かけは優雅なくせにうるさいわね」

 エルマもうんざりするようにため息をつくが、機械要塞の方を見て言う。

「そちらの言い分も分かっているわ。“要”は渡す……男爵がダメだった時の保険だけは用意しておかないとね」



 マークルフは浮上する機械要塞を見上げ続ける。

「《アイレムア》──あれは“機神”もろとも落下して消滅したはずだ」

『確かにあれは地上に落下した。だが地表に激突する直前、“機神”は持ちうる力の全てを解放し、《アイレムア》を自らの手で消滅させた』

 幻影が告げる。

「“機神”自ら……まさか、こいつも過去から召喚したっていうのか!?」

『その通りだ。先ほど特異点によって消滅させられたものは特異点の力で召喚できると教えただろう。これがその証左の一つだ。“機神”自らの手で消滅させたものを“機神”自身が召喚したのだ』

「……嘘だろ? あんな物をこっそり召喚して隠していたっていうのかよ」

『君は自分の目で見たものを疑うのかね? 知らなかっただろうが“神”が“聖域”を造るために大地を動かした際、そのしわ寄せとして地下に巨大な地下空洞がいくつもできていた。その一つが“機神”の眠る荒野の地下にもあってね。そこに《アイレムア》を召喚して隠していた』

「そうか……あの遺跡が《アイレムア》だったってわけか。えらく年季の入った遺跡だったがな」

『現在が変わらないように誰も干渉しなかった地下に喚んだが、さすがにあの巨大な物は二百年以上前の世界に喚ぶのが限界だった。もっとも年季は入ってしまったが舞台装置としては十分だ。主役である“機神”復活の舞台としてはな』

 マークルフは浮上を続ける機械要塞をその目で捉え続ける。

 このまま浮上を許しては“聖域”の効果範囲を超える。それはかつて“機竜”と戦うために遙か上空を飛んだマークルフが一番、理解していた。

 その目が新たな異変を捉える。

 要塞と共に浮上を続ける“機神”の周囲に光の粒子が取り巻き始めていた。

 “機神”と干渉するように火花が飛び散り、雷に打たれたように“機神”の表面が爆ぜていく。

「リーナッ!」

 マークルフは思わず叫んでいた。

 彼女が戦乙女の力を解放し、自らの“機神”化を始めようとしていた。

 “機神”の周囲に火花が奔り、その一部が黄金のように輝き出す。

 しかし、“鎧”の時と違ってあまりにも変身が遅い。浮上を続ける“機神”を光の粒子が渦巻く奔流になって追い続けるが、“機神”の存在があまりに大きいのか、武器化が成功するのかどうかすら分からない状況だ。

 マークルフは推進装置を全開にして浮上しようとするが、異形たちが鋼のツタを一斉に放ちその全身を拘束する。

「邪魔をするな!」

 マークルフの左腕が輝き、絡んでいた鋼のツタが切れる。そして左腕の刃で他のツタを切り裂くとそのまま異形たちを振り切って上昇を始める。

『──君はこのままリーナを犠牲にして、“機神”を破壊しようというのか』

 機械要塞を追って飛ぶ中、空にヴェルギリウスの幻影が浮かぶ。

 マークルフは葛藤に一瞬、目を閉じるが、すぐに目を見開く。

「そう思うのなら恨めばいいさ! リーナにそれを選ばせた俺と──」

 マークルフは槍で目の前の幻影を薙ぐ。

「──そこまで追い込んだてめえ自身をな!」

 槍に手応えはなかったが幻影の姿は消えた。

 マークルフは機械要塞を追う。

 機械要塞の起動に全ての力を注いでいるのか、“機神”は動かない。

 光の粒子が鋼の神体を侵食しようとするがまだ全体の一割にも満たない。

 勇士となるエレナ=フィルディングの力が足りないのか、それとも“機神”自身が抵抗しているのか。いずれにしろ滞っているのは確かだ。

(頑張れ、リーナ……頑張ってくれ!)

 “機神”そのものを戦乙女の武器と化し、その戦乙女の武器を特殊な状況に追い込んで破壊する。

 エルマたちが考案し、オレフが実証したその方法は最後には存在が強い方が勝つ。

 だから、“機神”を破壊するためには不安定な“聖域”下でリーナが“機神”化し、存在自体が不安定なままで最後の勝負に挑まなければならない。

 もし、“聖域”を抜け出すまでに“機神”の変化が完了しなければ“機神”はより安定した形で戦乙女の武器化し、マークルフ側に完全に勝ち目がなくなるのだ。

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