もう貴方の戦乙女にはならない(3)
異形の放つ拳を黄金の籠手が受け止めた。
マークルフはヴェルギリウスの差し向ける異形たちを相手に戦いを続ける。
(せめて〈アトロポス・チャージ〉さえ使えれば──)
この異形たちを一網打尽にするにはそれしかないが、“聖域”の作用が不安定な状況では“鎧”の出力が不足して使用は不可能だ。
異形の手から鋼のツタが伸びてマークルフの左腕に絡み付く。
マークルフは槍でツタを切り離すが、その隙を突いた別の異形が蹴りつけ、マークルフを吹き飛ばす。
地面に叩き付けられたマークルフは槍を支えに立ち上がる。
すでに仮面の中で息が上がり始めていた。
「クソ……こんなところで!」
『マークルフ様……一度撤退をしませんか』
リーナが彼の身を案じるように言った。
「バカを言うな。ここまできて逃げるわけにはいかねえ」
包囲する異形たちの位置を確認しながらマークルフは答える。
『ですが、このまま戦い続けても──』
「この機会を逃したら次がないんだ。どうしたんだ!? いつものリーナはそんな弱気なことは言わなかったはずだぞ」
『ですが──』
「くどい! 俺よりも敵に集中しろ!」
『──』
「どうした!? リーナ!?」
『バカアッ!』
反応がなくて訝しむマークルフの耳につんざかんばかりの声が飛ぶ。
容赦なく襲い来る異形たちの攻撃を躱し続けるマークルフに向かってリーナが叫び続ける。
『だったら見せてください! マークルフ様にあと何年残っているのかを!』
「リーナ……」
リーナが言ったのは装着者の残り耐用年数を測定する機能だ。現在もリーナにはそれを見せないようにマークルフ側でその機能を切っていた。
『この戦いだけで何年削ってしまうおつもりですか!? 私は──私はこのまま命が尽きるのを見るために一緒に戦ってるわけじゃないんです!』
声だけで彼女の姿は見えない。だが、その涙声だけで悲痛な彼女の姿がマークルフの脳裏をよぎる。
地面から鋼のツタが伸び、鎧の左脚に絡みついた。
それに引っ張られてマークルフは宙を舞う。
マークルフは左腕の刃でツタを断ち切るが勢いよく地面に叩きつけられる。
そこに異形たちが群がるように次々と飛び乗った。
モニターに異形たちの顔が群がり、槍と鎧を押さえつける。そして異形の一体が拷問のように顔を何度も踏みつけていく。
戦乙女の武具である“鎧”はこの程度では傷つかないが、連動する装着者には負荷は伝わり続ける。
モニター内で装着者への負荷が危険限度に近づく警報音が鳴った。
『お願いです、マークルフ様! このままでは──』
リーナが懇願するように言う。
『武装を解くんだ、リーナ』
ヴェルギリウスの声がした。
『勝負はすでに見えている。このまま無駄死にで終わりたくはないだろう?』
「勝負を……勝手に決めんじゃねえ」
マークルフは異形たちを押し退けようとするが力押しでは撥ね退けることができない。
後がない状況だったが、その中で背中を何かが叩くような衝撃が伝わる。
地面から伝わる振動だった。
それは合図だった。
「来てくれたか──リーナ、もう少し、お前に俺の命を預けさせてくれ」
マークルフはリーナにそう伝えるとヴェルギリウスに聞こえるように声をあげる。
「……どうやら、あんたは妹思いのお兄様のようだな」
その気ならもっと熾烈な攻撃をさせることができるはずだ。それをしないのは“鎧”をいつ解除するか分からないリーナを気遣っているからだろう。
「やれ!」
マークルフの合図と同字に周囲に地柱が出現し、取り囲んでいた異形たちを引き離す。
同時にマークルフは左腕に輝く“盾”を出現させ、目の前の異形を弾くとスラスター噴かしてその場から跳んだ。
「グーの字! 用意しろ!」
異形たちを引き離したマークルフが叫びながら地面に着地する。
その足許が崩れ、黄金の鎧が地中へと呑み込まれていった。
マークルフを逃した異形たちが消えた地面を取り囲むと鋼のツタを地面に打ち込もうとする。
『待て』
ヴェルギリウスの幻影が異形たちの目に映り、攻撃を止めさせる。
地中でもしリーナが元に戻っていたら傷つける恐れがあるからだ。
『わたしがこう考えると踏んで地中に逃げたか──グノムス! お前の仕業だろう。お前もエンシアの鉄機兵ならばこれ以上の抵抗は止めてわたしとリーナのために動け。これ以上の反抗はお前といえども看過できんぞ』
地面が崩れ、地中に消えたマークルフは《グノムス》が立つ小さな空洞に落下していた。
鉄機兵の地形操作で一時的に作り上げた空洞だ。
マークルフは“鎧”を解除する。黄金の装甲は光の粒子と化し、それが収束するとリーナの姿に戻った。
“鎧”の支えを失ったマークルフは思わず膝をつき、リーナが慌てて支える。
「マークルフ様!?」
「大丈夫だ──グーの字!」
《グノムス》の胸の装甲が開く。そこには鋼の強化装甲の部品と一振りの剣が詰め込まれていた。
「マークルフ様、マリエルさんは──」
「安心しろ、マリエルは生きてるようだ」
マークルフは安置されていたシグの魔剣を手にする。その柄の部分には彼女の生存を示す合図である紐が結びつけられていた。誰かが救援に入ったのだろう。
マークルフはリーナに魔剣を渡すが、そのまま手を止めるマークルフを見てリーナが声をかけようとする。
マークルフはリーナを抱きしめた。
「マークルフ様──」
「……俺は──」
リーナはマークルフの首に自分の腕を回した。
「ここまで一緒に戦わせてくれたこと、感謝しています。もう少しです。もう少しで先代様やマークルフ様の見たがっていた未来が見られます。私もそれを見せてください」
リーナが唇を重ねるとゆっくりと離れた。
マークルフは黄金の髪の下で輝く碧い瞳を見つめる。
「どうしました?」
「……久々だ。リーナの姿に見惚れてしまったのはな。最初に出会った時、俺の前に戦乙女が来てくれたんだと柄にもなく考えたもんだ」
手を伸ばせば捕まえられる場所にまだ彼女はいる。出逢いから今までの思い出が脳裏に渦巻き、それがマークルフの覚悟を揺るがそうとする。
リーナが微笑み、《戦乙女の槍》を握るマークルフの手に自分の手を重ねた。
その温もりが力強さを増した。
「もう貴方の戦乙女にはなりませんよ。貴方の魂を連れていくために一緒に戦って来たんじゃありませんから。さあ、“戦乙女の狼犬”の物語を私たちで終わらせるんですよね? 行きましょう」
「……ああ。そうだな」
マークルフは振り返ると《グノムス》と向き合う。
その全身に魔力の制御信号が展開し、強化鎧がそれに呼応して起動を開始した。
「──リーナ、俺を導いてくれ」
「──はい。最後まで」
“機神”が陣取る荒野の裾野に立っていたログは革手袋に包まれた自身の左手を見る。
(ついにこの時が来たか)
ログが手袋を取る。その手の甲に刻まれ盾の紋章が淡く輝いていた。
(シグの魔剣よ、どうか、戦乙女の勇士に加護を──)
待ち構える異形たちの前で地面が砕け、そこから鎧武者が出現した。
着地した鎧武者に向かって異形たちが鋼のツタを放ち、その両腕を絡み取った。
「うぉおおおおッ!」
異形の咆哮に負けない雄叫びをあげると鎧武者の左腕が輝き、鋼のツタを蒸発させた。
そして右腕に絡まるツタを掴むと繋がっている異形ごと別の異形に向かって振り投げた。
異形同士がぶつかり合って跳ね飛ばされ、入れ替わるようにヴェルギリウスの幻影が出現する。
『着替えたのか……リーナはどこだ?』
「……あいつはこの大舞台の最後を飾るための着替えの準備に入った。この物語の主演女優、最後の大着替えだ。もう少し俺たちで舞台を温めようぜ。なあ、お兄様?」
マークルフは不敵に答える。
新生《アルゴ=アバス》を纏ったマークルフが槍を手に、ヴェルギリウスの幻影と向かい合う。
『その鎧──改修型か』
左腕の手甲に鞘の機能が追加され、そこに黄金の刀身を持つ一振りの剣が差されていた。
剣はその刀身をさらに輝かせるように目映い光を放っている。
鋼のツタはこの剣が放つ光を浴びて消滅していた。
『戦乙女の武具を触媒とする対生成機関か』
鎧の新機能を一目で見抜いたヴェルギリウスが警戒の表情を浮かべる。
新生《アルゴ=アバス》──《アルゴ=アバス・アダマス》はこの戦いを想定して改修された物だ。最大の改修点は左腕に追加された対生成機関だ。これに光の武具であるシグの魔剣を装着することで闇の魔力の生成を可能とした物で、剣から放たれる余剰の輝力と同じだけの魔力が強化鎧に装填されている。これによって不安定な“聖域”内であっても強力な出力を発揮することを可能とする。
『この時代でそれほどの代物を見ることになるとはな。エンシアの時代でもここまでの物を作るのは難しかっただろう。これは素直に驚くしかないな』
マークルフは手にした槍を幻影に向けた。
「驚くことはないさ。俺たちは“機神”を滅ぼすためなら何でもする……エンシア復興を大義名分にしているから、それ以上の可能性に目を向けるのを忘れるのさ」
『なるほど、そうかも知れんな。だが、わたしもエンシアの同胞たちの未来を取り戻すためにここにいる。“神”によって奪われたそれこそが、わたしの求める可能性だ。たとえ、世界にそれ以上の可能性があるとしてもだ』
ヴェルギリウスの碧い瞳が見開く。
『いいだろう。こちらも見せてやろう。この時代では見ることのなかったエンシア時代の代物をな』
その言葉が合図かのように地面が鳴動を始めた。
この荒野全体を揺るがすように揺れは激しくなっていく。
「何をする気だ、てめえ!」
『こちらも準備はしていてね。君の言い方を借りるなら──エンシア復活を飾る舞台装置というものだ』
全てが揺れるなか、ヴェルギリウスの幻影だけが揺れることなくマークルフを見据えていた。
互いに背を預け合い、身構える狼頭天使と少女天使。
二人を追い詰めているのは魔女エレが操る猿顔の獣人と妹魔女トウだ。
狼頭天使の装甲には幾つもの鈎爪の傷が刻まれ、少女天使の“機竜”の攻撃による負傷がたたり、円陣を発動するのもままならない状態だ。
空に浮くエレは地上で行われる戦いを眺めていたが、やがて地面が大きく揺れ出した。
(ついに動くつもりなのね、あなた)
そしてエレは地上に立つ魔女トウに念話を送る。
(このまま天使たちを追い詰めて。ただし、すぐに殺してはダメよ)
(分かってる。あの森人の天使を泳がせるのでしょう?)
エレは地下の遺跡にいる魔女ミューにも声を送る。
(ミュー、聞いてるわね。監視は任せるわ)
王妃システィアの身体を預けたミューは地下遺跡にいた。そこにはブランダルクから回収した“機竜”の管制装置があり、王妃のみが権限を持つ管制装置の操作を委ねていたのだ。
(天使も“聖域”の“要”がどうしても欲しいはず。お願いね)
(分かったわ、大姉様)
エレは“機神”の方を向く。
“光”には勇士を守り、そして導く戦乙女がいる。
ならば対極である“闇”にもまた闇の勇士たる者を守る者がいてもいい。
人の欲望によって造られた彼女たちは、それ故に“闇”を導く“魔女”としての役割を自らに課していた。
(いいわね、二人とも。全てはあの人のために──)




