もう貴方の戦乙女にはならない(2)
『君の狙いを言おうか? “機神”を道具と見なすフィルディングの娘にリーナを“武器”として選ばせ、戦乙女の力を用いて“機神”そのものを戦乙女の武器と化すことだ。そうすればブランダルクで実証した方法によって“機神”破壊も可能となる』
ヴェルギリウスが怒りの形相をマークルフに突きつける。
『だが、それはリーナを犠牲にする方法に他ならない!』
ヴェルギリウスの両脇に控えていた異形たちも跳び、マークルフの近くに着地した。
『兄として、わたしがそれを許すと思っているのか!』
マークルフを包囲するように計六体の異形が身構える。
「……俺は――」
マークルフは自分が動揺していることに戸惑っていた。
リーナを犠牲にしなければならない事にはずっと葛藤していた。それでも後戻りできないと覚悟を決め、リーナがその運命に殉じる覚悟であることも受け入れていた。
そう、二人で決めた道のはずだった。
だが自分以外に――いや、自分以上にリーナに近しい肉親であるヴェルギリウスの糾弾はその決意に楔を打つかのようであり、胸が抉られる思いだった。
『マークルフ様!』
リーナの叫びに我に返ったマークルフは飛びかかった異形の蹴りをまともに受けて吹き飛ばされた。
地面を転がるマークルフの頭上から異形達たちが飛びかかった。
マークルフはスラスターを展開し、そこから飛び上がって異形たちから逃れる。
だが、別の一体が逃がすまいとしがみつく。
「クソッ!」
マークルフはしがみついた異形の喉元に腕を回し、強引に引き剥がしながら降下。そのまま地面に叩きつけ、さらに異形の顔面にも肘を叩き落とす。
しがみついた異形の手は離れたが、隙を突いて別の異形がマークルフの顔を蹴り跳ばした。
「チッ!」
弾き飛ばされつつも身を翻して体勢を立て直したマークルフは、追いすがる異形たちを槍を振るって牽制する。
孤立する黄金の鎧を、異形たちが再び包囲した。
『マークルフ様――』
リーナの声がする。
「……謝らなくていい。確かに俺は兄貴の言う通り、ろくでもない死神だ」
マークルフは顔を伏せながら答える。
確かにどんな形であろうと、ヴェルギリウスにとって自分は妹を犠牲にしようとする“死神”なのだ。
『――いいえ、死神なのは私の方なのです。取り乱してすみませんでした』
鎧の同調は元に戻っていた。
マークルフは《戦乙女の槍》を構える。
「ともかく、今はこの場をしのぐのが先だ!」
「ウンロクさん、そっちは!?」
「いやあ、見つからねえ――クソッ、あいつら人の頭の中で喚きやがって、邪魔で仕方ねえ」
アードとウンロクの二人はマリエルが隠れていた崖に来ていた。
崖は崩れており、二人は頭の中に響く咆哮と男の声に邪魔されながらも、ここに隠れていたはずのマリエルを探していた。
「アードッ!」
頭上から岩が崩れ落ちる。
だが、身構えた二人の前に《グノムス》が地面から出現し、岩を身体で受け止めた。
その両腕には力なく腕を垂らしたマリエルを抱えている。
「所長代理!?」
「生きてるのか!?」
二人は駆け寄るとマリエルの息があるのを確認する。全身に怪我をしているが、特に命に関わるような酷い怪我は見当たらなかった。
「救援が間に合ってくれたようだな。グーの字、感謝するぜ」
「ほんと、いっつも良い時に来てくれるっすね、グノムス――」
「よし、アード。先に姐さん代理を連れてここから逃げろ」
「ウンロクさん、どうするんです?」
「姐さんに合図を送るさ。何だかんだで一番心配してるのは姐さんだからな。それにこうなった以上、《アルゴ=アバス》を早く掘り起こさなきゃいけねえしな。そっちは俺が引き受ける」
「だけど……大丈夫っすか?」
「だから、てめえに先に逃げろって言ってるのさ。俺に代理を背負って逃げろってのか? そういう力仕事は図体デカい方が適任だろ」
「――埋まった鎧はワシが探すわい」
二人の足許に小さな老妖精が現れていた。
「埋もれた物を探すならワシの方が適任じゃ。ワシがグーの字を手伝う。そっちは合図だけ送って逃げろ。ここも巻き込まれん保証はないぞい」
「ダロムさん、手伝いに来てくれてたんすか?」
「どうせ、ここまでこき使われてきたからの。最後まで付き合ってやるわい」
「ありがてえ。恩に着るぜ」
「プリムも手伝う!」
ダロムの背後の地面からプリムが頭だけ出して言った。
「こりゃ! 危ないから地上には出てくるなと言ったはずじゃぞい!?」
「グーちゃんだって危ないのに頑張ってるんだよ。プリムだって何かお手伝いさせて!」
「ええい、仕方ない。言い争ってる場合じゃないしの。埋もれた鎧と魔剣を回収するんじゃ!」
「うん、分かった! グーちゃん、がんばるよ!」
エルマは荒野をじっと見つめていた。
噴煙も少しは晴れ、荒野の中心に陣取る“機神”の姿が垣間見えた。
“機竜”が衝突したはずの“機神”は元の姿に戻っている。
“機竜”の捕食をすでに完了しているようだ。高出力の魔力炉を持つ“機竜”を取り込むことで膨大な魔力を取り込んだはずだ。いつ活動を開始してもおかしくはない。
(だけど、あの“機竜”の魔力だけでは“聖域”の外に抜け出るには足りないはず……どう出てくるつもり?)
戦いの趨勢を見守り続けるエルマだったが、視界の端で何かが光るのを見た。
それは手鏡を用いた光信号だ。マリエルを探索に向かったアードたちからの合図だった。
合図の内容を読み取り、エルマは安堵する。
(良かった、あの子は生きているのね……これでいいわ。ありがとう、二人とも――)
エルマは心の中で部下二人を労う。この曇天では光の信号を使うのは苦労するだろうに、わざわざマリエルの無事を教えてくれたのだ。
だが、不意に背後の気配に気づいて振り返る。
そこには森人の天使ドラゴが立っていた。
「女……貴様が隠した“要”の場所を教えろ」
ドラゴが満身創痍の身で詰め寄る。
「……状況は思わしくないようね」
「さっきの“声”を聞いただろ? 《アルターロフ》も活動を始めた。俺たちの側も被害は大きい。もう猶予はない……“要”を使って“神”を呼び、“聖域”を修復するしかない……手を貸す約束は果たした! “要”はどこだ? 教えろ!」
「男爵は?」
「生きているさ。奴の反応は感じる。だが、それも時間の問題だ。異形の群れと戦わされている。はっきりいって勝ち目はないぞ」
エルマは黙ったまま荒野の方を横目で見る。
「……“聖域”の“要”はグノムスに隠させたわ」
「あの鉄機兵か!? 貴様が場所を握ってるんじゃなかったのか?」
「隠した場所が頭にあると、どんな手段で口を割らされるか分からないじゃない? だから、うちはあえて場所は知らないようにしてたわ。順に説明するわ。《グノムス》に隠させた場所はあの子に組み込んだ測量計で記録してるわ。うちが使っている符号でね。そして、それを妖精族のお爺ちゃんが使う故郷の文字で翻訳化してもらったわ」
「ファウアンが言っていた妖精族か?」
「ええ。符号はうちにしか読めない。妖精族の文字は地下世界独自のものだから解読できるのも妖精族のお爺ちゃんぐらいしかいない。つまり、誰かが欠ける度にだんだんと“要”は手に入りにくくなる仕組みね」
「クソッ、まどろっこしい真似をしやがって!」
「悪いわね。でも、こっちだって貴方たちを無条件で信じるほどお人好しじゃないの。こうしておけばそちら側が出し抜いて“要”を横取りしにくくなるし、逆にうちらを守らせる理由もできるって訳よ。そうも言ってられない状況みたいだけどね」
「エセ科学者風情が――」
ドラゴが凄むが、エルマは涼しい顔で受け流す。
「状況が不利になったら“要”の場所について教えるとは言ったけど、うちがその場所を知っているとは言ったつもりはないわよ。古代エンシアによっぽど恨みがあるのか、科学者はお嫌いのようだけど――似ても焼いてもこれだけしか出ないわね」
天使と科学者は睨み合うが、やがて天使が舌打ちした。
「ここに居るのは意味があってと思ってたが、貴様、その程度の情報を伝えるためにわざわざ危険なこの場所にいたのか?」
「うちはただ、ここで“狼犬”と“機神”の最後の対決を見物したいと思っただけよ。危険しかないけどタダで見られるのよ? 見過ごす手はないじゃない?」
「貴様、本当に高みの見物のためにここにいたのか……?」
ドラゴが半信半疑の顔を浮かべる。
「まあ、目立ったところで陣取っていた方が囮として手伝うくらいできるじゃない? それにね、“機神”と戦うための手段と方法を用意するだけしておいて、自分だけ安全なところで待ってるなんて性に合わないのよ。せめて、この目で“機神”が破壊されるのを見届けたいじゃない?」
「ふざけるな! そもそもの元凶は《アルターロフ》を作りだした貴様ら、科学者連中だろうが!」
「――だからよ」
激昂するドラゴに気後れすることなく、エルマは答える。
「確かにあれは科学者の遺してしまった罪よ。だから、科学者の端くれとしてその責任を全うしたいだけ。あれを破壊しない限り、科学者は罪を償う資格すらない」
「ふん! 死んで償うというのか」
「違うわ。“機神”破壊の役目はいま、ここで、できる者が果たせばいい。その後の償い、科学の功罪と是非は後の人たちでやってくれればいいわ」
エルマはマリエルと部下二人のいるであろう場所をチラリと見やる。
「それをお願いできる子たちが生き残ってくれれば、うちの役目は終わりよ。どうするの? “要”を手にするならこっちを手伝ってもらうわよ」
「俺に指図するつもりか!」
「あんた、いちいちうるさいわね。タダとは言わないわ。男爵が自分の命をオマケにつけたと言ってたけど、そのついでにうちの命もつけてあげるわ」
ドラゴは疑わしい顔で見る。
「簡単に言うなよ。俺は女といえども容赦はせんぞ」
「天使に紳士な振る舞いは求めてないわよ。それに、うちも標的には入れてるんじゃないの? エンシア科学を敵視する天使さんたちが、うちの持つ知識や技術を放置する理由はないはずよ。違う?」
天使はしばらく黙っていたが、やがて静かに鼻を鳴らした。
「……いいだろう。手を貸してやる」
「あら、思ったより話が早いわね」
「腹を括った女と言い争っても時間の無駄だからな」
「いいわ。男爵たちの戦いは邪魔しないでもらうわ。それが不首尾に終わった時はそっちの願い通り、“要”を使って“神”様の奇蹟とやらを起こせばいいわ」
プリムたちが集めた《アルゴ=アバス》とシグの魔剣を収納し、《グノムス》が胸の装甲を閉じた。
「グーの字、頼んだぞい。勇士が鎧を必要としているはずじゃ。一刻も早く届けてやってくれ!」
「グーちゃん! 気をつけてね! 危なくなったらすぐに逃げてね!」
プリムは鉄機兵の肩に乗って声をかける。
鉄機兵の顔が肩に乗る小さな妖精娘の方を向いた。
「……グーちゃん?」
妖精娘の表情に戸惑いが浮かぶが、《グノムス》の巨体が地中へ沈んでいく。
「プリム! 邪魔をしちゃいかんぞい! そっちもすぐに避難するんじゃ!」
プリムは慌てて機体から飛び降りた。
そして地面に着地した妖精娘と地面に沈む鉄機兵の視線が合う。
「――帰ってくるんだよ! 待ってるからね、グーちゃん!」
プリムの声を聞きながら《グノムス》は姿を消した。
「さあ、ワシらに手伝えるのはここまでじゃ。この先はグーの字に任せよう」
この場を離れようとしたダロムだが、プリムはその場に留まっていた。
「プリム? どうした?」
「じいじ、グーちゃん……帰ってくるよね?」
プリムは《グノムス》の消えた地面を見ながら呟く。
「どうしたんじゃ? 大丈夫じゃよ。確かに危険なところに行くがアイツだってバカじゃないからの。勇士たちを助けて、ちゃんと戻って来るわい」
ダロムがプリムの肩に手を置くが、その肩は震えていた。
「プリム……?」
「……グーちゃん、さっきプリムにお別れいったようにみえたの。ちがうよね? ちゃんと帰ってくるよね?」




