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燻る火種

「バルネス閣下! ご無事ですか!?」

 《グノムス》が消えた後、大公護衛の騎士が二人、駆けつけた。

 庭に開いた爆発の穴に驚いたようだが、すぐに大公を護衛するようにに立つ。

「駆けつけるのが遅れ、申し訳ありません!」

「儂は無事じゃ。それより刺客たちはどうした?」

「二人、斬り伏せましたが他は逃げられました」

 大公の問いに騎士たちが答えると、マークルフは地面に倒れた刺客を見下ろす。

「こいつに俺たちを狙わせるための陽動か」

 マークルフは周囲を見渡す。

 周囲からは爆発騒ぎに飛び起きた周囲の住人たちが野次馬となって集まっていた。

「てめえら! 見世物じゃねえぞ! 怪我したくなければ帰って寝てろ!」

 マークルフが自ら前に出て住人たちに向かって叫ぶ。

「あんな爆発で寝むれるわけないじゃないですか、男爵!」

「酒場を壊されたら困るわぁ」

「こっちは若様探しでクタクタなんですぜ! 頼みますよ!」

 住人たちからも好き放題な言い分が返ってくるが、マークルフは涼しい顔で聞き流す。

「金で領主を売ろうとした報いってやつだ! 明日は寝不足でも働いて、税金分だけは稼げよ!」

「ひでぇ!」

「泣き言言うな! 税を上げないだけ良心的な領主と思え!」

 マークルフは不敵な笑みで答えると、酒場へと引き返してカンテラの前で手を何度も翳していく。灯りの明滅が見張り塔で城下を監視している部下たちへの信号となる。

「爺さん、ここに居な。これだけ野次馬が集まれば刺客も手出しはできねえだろうしな」

「おぬしはどうする?」

「領主を狙ってきた刺客どもを逃がすわけにいかねえからな。きっちり追い込むぜ」

「気をつけろ。どこから狙って来るか分からんぞ」

「安心しろ。隠れて動く道なら地下道から子供の秘密基地まで頭に叩き込んでいるさ」



 城下街全体に傭兵部隊〈オニキス=ブラッド〉が展開し、刺客たちの捜索が始まっていた。

 その間にも城の敷地内にある研究施設ではマリエルたちが徹夜で作業に集中していた。

「二人とも。どう?」

 白衣を羽織ったマリエルが作業台を挟んで向き合う二人の白衣の男たちに訊ねる。

 一人は巨漢だが気弱そうな男。もう一人は小太りの小柄な男。

 研究所員であるアードとウンロクだ。

「……やはり、点火装置に魔力を込めた水晶を利用してますね」

 アードが答えた。

 作業台には《グノムス》が運んで来た刺客の銃が分解されて置かれていた。

「反動の少なさと発砲までの時間損失を抑えた方式──なかなか贅沢なブツを使った連中ですぜ。貴族だってそうそう持たねえ代物だ」

 ウンロクが目に付けた単眼鏡で弾倉部を見ながら答える。

 マリエルが腕を組んだ。

「それだけ力のある相手からの刺客なんでしょうね。こちらには強化装甲の装着者に、希代の剣士もいる。それを相手にするからには確実に狙える武器を──ってところかしらね」

「やはり、フィルディングの連中っすかね?」

「それはうちらが詮索することじゃないわ。これの対策を考えるのが先よ」

 マリエルは銃に組み込まれていた点火装置を見つめる。

 引き金を叩くと魔力の込められた水晶を割り、放出した魔力を装置が調整しながら熱に変換。実際に銃内の火薬に発火させる機構だ。非常に高価な仕組みだが狙いをブレさせず、誤動作もまず考えられない。

「どうします、所長代理?」

「……姉さんたちにこの事を知らせて。ついでにあの資料を使わせてもらうともね」

 マリエルは整備室の隅で待機している《グノムス》へと振り向く。

「グノムス、少し大掛かりになるけど一仕事お願いできる?」



「なに、あんた。もう疲れたの?」

 城下街の外れを荷車を牽く何者かが歩いていた。

 頭に兜帽を被り、生地の厚い服装で身を包んでいた女性だ。

 荷車の上には布をかぶせた薪の山が積まれており、その上に乗っていた猫が鳴いた。

「うちも少し休みましょうかね」

 やがて、女性は荷車を止めると自分もその上に座った。首にかけた布巾で汗を拭きながら、水筒の水を飲む。

 猫のニャー(命名フィー)が地面に降りると女性の足許でじゃれていたが、やがて何かに気づいて荷車の下に隠れた。

 入れ替わるように夜の影に紛れるように黒装束の男が現れる。

「エルマ博士ですね」

「人違いじゃない?」

 女性は軽く返事をするが、男は懐から銃を取りだして彼女に向ける。

「……分かってるなら、わざわざ訊ねることないでしょう?」

「天才的な科学者が真夜中にきこりの真似事をしているとは思ってもいませんでしたので念のため──」

「身体を動かした方がいい考えが浮かぶのよ。夜の方が涼しいしね」

「噂通り、少し変わり者だな」

 エルマは腕を組んで立ち上がった。

「それで? 撃たないわけ?」

 エルマは銃口を向ける刺客に臆することなく向かい合う。

「なるほど。うちは生け捕りにしろって事なのね」

「無駄口は開かないでもらおう。一緒に来ていただく」

「お断りよ」

 エルマが腕を離すと、その手にはいつの間にか小銃を持っており、刺客と同じように銃口を突きつける。

「……貴様」

「銃を持っているのはそっちだけじゃないのよ。そっちはうちを簡単に殺せないってことよね?」

 エルマは刺客に銃を向けながら離れようとする。

「止まれ」

 しかし、その背後から別の刺客が現れ、彼女の背後に銃を向けていた。

「……一人じゃないわけね」

「大人しくしてもらう。そちらも無駄に怪我はしたくはないはずだ」

 エルマは肩をすくめると銃を手放した。床に落ちた銃を刺客があさっての方に蹴飛ばした。

「せめて教えてくれないかしら? どうしてうちを連れて行くつもり?」

 刺客たちは答えない。一人が手を挙げると幌馬車が近づいてきた。

「連れて行くなら、もう少し乗り心地が良さそうなのを頼みたいわね」

 エルマが愚痴をこぼすが、馬車から現れた一人と御者が降りてきてエルマに近づく。一人が縄を持っており、それで彼女を拘束するつもりだろう。

 エルマは周囲を見渡した。

「……これで全員みたいよ、副長さん」

 エルマの言葉と同時に傍にあった荷車から薪がこぼれ落ち、刺客の一人が苦悶の表情を浮かべる。

 荷台に積んであった薪の隙間から刀身が伸び、近くにいた刺客の一人を貫いていた。小剣を突き立てたまま刺客は倒れる。

 もう一人の刺客が慌てて荷車に向けて引き金を引いた。

「なッ──!?」

 銃が火を噴いて爆発した。

 同時に薪の山が崩れ、そこからログが現れる。腰の剣を抜いたログが一刀のもとに怯んだ刺客を斬り伏せる。

 エルマはその隙に荷台の後ろに隠れた。

「貴様は!?」

「〈オニキス=ブラッド〉副長ログ」

 ログが剣を両手で握る。

 残った刺客の一人が小剣を抜き、御者の方が後ろに退きながら銃を抜いた。

 ログは構わず、一気に間合いを詰める。

 躊躇していた銃持ちの御者がログの迫力に抗うように引き金を引くが、今度は不発に終わった。

 その隙にログの剣が閃き、刺客二人が同時に倒れる。それぞれ武器を持つ腕と足を斬りつけられ、行動不能に陥っていた。

「さすが副長さんね。いつ見てもいい立ち回りだわ」

 エルマが荷車後ろから顔を出して声をかける。

「マリエルの方で銃を無効化してくれたからな。しかし、どうやったのだ?」

「グノムスに地下の霊力の流れを少し変えさせました。この領内の“聖域”の働きを一時的に乱したんですよ」

 エルマは答えた。

「刺客の銃は魔力を利用した点火装置を使用しているそうです。だから“聖域”の働きが微妙に狂えば、点火装置も微妙に狂う。点火の仕方がずれると火薬への伝達も狂い、銃が暴発か不発の可能性も高まるわけです。もっとも、刺客たちの持つ銃が全てそれとは限りませんし、普通に弾が出る可能性も残ってましたけどね」

「……なるほど、わたしも運が良かったということか」

 ログが珍しく苦笑する。

「しかし、そのような手段をすぐに用意できたものだな」

 エルマは馬車の下からニャーを引っ張り出すと胸に抱えた。

「実は前からこの領内の霊力の流れは測定して資料にしてましてね。マリエルはそれを使ったそうですわ。こんな使い方をするとは思ってませんでしたけどね」

「別の事に使うつもりだったのか?」

 ログが問うとエルマがニャーの頭を撫でる。

「いつ、ここで男爵が“黄金の鎧の勇士”となっても大丈夫なようにと思いましてね。ここもいつ“”聖域”の働きが崩れるかは分かりませんし、それへの備えってところですね」

 マークルフの最大の武器であるリーナの“鎧”化には強度の均衡状態──安定した“聖域”の環境が不可欠なのだ。

「……“聖域”の決壊は近いのか」

「時期は分かりませんが外縁地域では霊力の変動が確認されています。あのオレフのバカがやらかした“聖域”の破壊はもう止められません。いずれ大きな影響が“聖域”全体に現れるはずです」

 ログが目を伏せるが、やがて刺客に刺さっていた小剣を左手で引き抜く。

「副長さん?」

「隠れていろ」

 ログが告げると二刀流の構えを執る。

 同時に剣を持った黒外套の男たちが現れ、ログたちと黙って対峙する。

「何者だ?」

 荷車の後ろに隠れるエルマを庇いながらログが問いただすが、黒外套の剣士たちはログを襲う気配は見せない。その間に別の者が倒れた刺客に止めを刺していく。狙いは刺客たちの息の根を止めるだけのようだ。

「副長! 加勢しますぜ!」

 傭兵たちが現れて、黒外套の男たちの行く手を阻む。街を捜索していた部下たちだ。

「気をつけろ。手練れだ」

 ログの警告に頷きながら傭兵たちが黒外套たちを包囲する。黒外套たちも剣を向けるが、倍以上の数の傭兵たちに剣を突き付けられていた。

「そこまでだ」

 そのまま乱戦になると思われたが、その声がログたちの動きを止める。

 現れたのは黄金の槍を手にし、部下の傭兵たちを引き連れたマークルフだった。



「隊長!? どうして止めるんで!?」

 傭兵たちが戸惑って訊ねるが、マークルフは構わず黒外套の男たちの前に進み出た。

「どうだい、そこのあんた。寄ってたかって剣を突きつけられる気分は?」

 マークルフは黒外套の一人を指で差す。

「あんたの顔は見覚えがある。ブランダルクでエレナ=フィルディングを護衛していた騎士の一人だな」

 名指しされた男が他の仲間を手で制する。

「……覚えておられたか」

 名指しされた男が外套をずらすと、マークルフの前に自ら膝をつく。

「俺は同業者とフィルディング側の顔は忘れない主義だ。特にブランダルクの一件では大怪我で動けないのに剣を突きつけられたり、割とひでえ目に遭ったしな」

 マークルフも手を挙げて部下たちを下がらせる。

「他所にいた刺客たちも何者かに始末されてたと報告があった。誰が悪さをしたかは教えられないが、内輪揉めはそちらで処理するってことか」

「……顔を知られている私が来たということでお察しいただきたい」

「そちらなりに縁談先への配慮はしてくれているというわけか」

 マークルフは背を向けた。

「消えてくれ。俺は本来、フィルディングの関係者を領地に入れることもしたくねえんだ。口封じなら、ついでに遺体もそっちで始末してくれ」

 そう告げたマークルフは部下たちに撤収の合図を送った。

 傭兵たちもフィルディング側の騎士たちを警戒していたが、マークルフに従って撤収を開始する。

「……一つだけ答えてもらおうか」

 刺客の亡骸を回収を命じた黒外套の騎士にマークルフは訊ねる。

「揉め事の種は事前に潰し、火消しをする姿すら表には出さないように慎重に事を運ぶ──それが祖父様たちから聞いたフィルディングの最長老ユーレルンの人物評だった」

 膝をついたままの騎士は何も答えない。

「しかし、手駒のあんたらが俺たちの前に出てくる時点で今回の件は最長老も一族側を御しきれていない……そう考えていいんだな」

 騎士の表情は変わらなかったが、否定するような素振りはなかった。

 マークルフは槍を支えにその場にしゃがみ込み、騎士にだけ聞こえるように訊く。

「最長老はいったい何を考えている? まさかあの姫を嫁がせれば俺が味方になるとでも思っているのか?」

「……ユーレルン様のご意向は分かりません。全ての段取りはバルネス大公様に委ねられていますので──」

 マークルフは立ち上がった。

「やっぱ老人同士の結託はロクなもんじゃねえな。そう思わねえか、騎士さんよ」



 やがて騎士たちは撤退した。

 これでひとまずは騒動も片づいた事になる。

「……フィルディングは確かに揺れているようですね」

 マークルフの脇に控えるログが言った。

「最長老は一族の調整役に徹していたはず。しかし、今回の件について内輪揉めを出すということは調整が難航しているか──」

「──あるいは今回ばかりは最長老が強引に出たのかもしれんな」

 マークルフは言葉を引き継ぐ。

「ま、そうなるわな。“機神”の手綱を握るエレナ=フィルディングを一族側から引き離すだけでなく、天敵である“狼犬”に渡そうとするんだ。どんなに上手い交渉役でも調整なんて無理だ」

 マークルフはエルマの方を見る。

「それと、エルマも狙って来るというマリエルの読みも当たったな」

「あの子は悪だくみには勘が鋭いですからね」

 エルマが荷車に座りながら答えた。

 刺客が人手を分け、マークルフと大公以外にも何かを狙っていると判明した時、その狙いがエルマだと考えたのがマリエルだ。そのためにログをわざわざ忍ばせ、囮を兼ねたエルマに同行させていたのだ。

「狙いが俺と大公だけでなく、エルマも含まれていた。当然、エレナ=フィルディングも狙っているだろう。そして特殊な銃を扱うだけの機工技術を持ち、最長老とも事を構えるだけの大物とすれば──」

 マークルフは今回の刺客が誰の差し金か、確証はないが目星を付けていた。

「燻っていた奴が余計な野心を抱いたというところか」

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