もう貴方の戦乙女にはならない(1)
エルマの眼前は壮絶な光景が広がっていた。
突如、空から“機竜”が飛来し、地上を攻撃したの後、それが“機神”へ自らぶつかって行ったのだ。
それによって周囲は噴煙に覆われ、暗雲がさらに陰りを増す。
(やられたわ……あれが魔女たちの隠していた手札なのね)
エルマは彼女らしからぬ焦りに表情を歪める。
突然の“機竜”出現にも驚かされたが、何よりも驚いていたのは彼女が探していた物の実在と、それを悪用される危惧が現実になってしまった事だ。
それとは司祭長ウルシュガルが発見した古代エンシアの国防兵器“機竜”の管制装置だ。
古代エンシアの国防兵器“機竜”の管制装置の一つであるそれが、エンシア時代に大都市があったブランダルク近辺の遺跡に眠っていたという。
司祭長は管制装置を手中にし、それを用いて“機竜”を“聖域”まで召喚したのが先のブランダルク騒乱全ての発端であった。
オレフの残した話と資料からその存在を知ったエルマたちはフィルアネス国王の協力を得て司祭長の拠点をくまなく探したのだが、それを発見することはできなかった。
司祭長かオレフが破棄したか、どこかまだ別の場所に隠されているのか。それも分からぬままだったが、《アルゴ=アバス》修復もあり探索はフィルアネス国王側で継続していた。
ブランダルクの遺跡を襲撃する天使たちによって破壊されていれば良いという不謹慎な考えもあったが、最悪なことに魔女たちが先に回収していたのだ。
あれを使い、広い世界のどこかを漂流していた“機竜”を発見して支配下に置いていたのだろう。
(でも、魔女たちでもそう簡単に操作できる代物とも思えない……どうやって?)
オレフの残した資料にも管制装置の詳細が示されていた。厳重な安全機構が施されており、物理的鍵と生体情報を含めた認証を通過した者しか操作する権限はない。魔力を操る魔女といえどもこの安全機構を突破するのは至難のはずなのだ。
次々に疑問がよぎるが、それを遮るようにエルマの耳に怨嗟の咆哮が響き渡った。
それは異形の咆哮、しかも複数だった。
地表が広範囲にわたって崩壊していた。
空から降ってきた破壊の閃光はその場にいた天使たちを巻き込み、周囲に大きな陥没を生み出している。
「クッ……」
その身を覆っていた“光翼”が消え、そこに少女天使クーラの姿が現れる。
クーラが顔を上げると周囲は砂塵が舞っていた。
「……大丈夫か?」
クーラに肩を貸して起き上がらせたのは狼頭天使ファウアンだ。
「ファウアン、あなたは……」
「改造されている分、他の連中よりは頑丈らしい」
ファウアンは古代エンシアの改造兵で生身のクーラたちよりも頑強である。それでも装甲の至る箇所が焦げ、傷も刻まれている。決して無事な状態ではない。
「他の二人は──」
「ドラゴの方が怪我が酷い。別の場所に隠した。シグは……分からん」
予期せぬ強襲だった。
空から現れたのは“機竜”だった。
高速で降下する“機竜”から放たれた破壊光線にその場にいた天使たちは巻き込まれた。
クーラは全身に纏う輝力によって辛うじて耐えたが、間に合わなければ消滅の可能性もありうる破壊力だった。
「──へえ、中級クラスとはいえ、“機竜”の攻撃に耐えるなんてさすがは天使様ね」
背後に魔女トウが立っていた。
その場に一緒にいたはずだが天使たちとは違って全くの無傷だ。
魔女にとって魔力の攻撃を凌ぐのは簡単なのだろう。だから自分を巻き込む形で天使たちに不意討ちを行えたのだ。
「だけど、さすがに堪えてはいるようね。これで形勢逆転ってところかしら? ねえ、姉様?」
魔女トウが空に向かって言った。
振り向いたクーラたちが見たのは砂塵の空に浮かぶ、一人の女の姿だった。
一番下の魔女と同じ服装をしていたが、金の髪と紅い瞳を持ち、その気配も全くの別人だった。
「あなたが最後の魔女エレ──」
「ええ。娘の未来を憂いた父親の愛情というものに感謝しないといけませんね。おかげで厄介な天使たちを一網打尽にできましたわ」
「……何のことです?」
「それは秘密にしておきましょう。ですが、素晴らしいと思いません? 誰にも知られることなき愛情が残した物、それが世界の命運を左右するなんて──」
「ふざけたことをいう女だ」
ファウアンが拳を握る。
そのクーラたちの前に突然、一体の影が着地した。
魔女が召喚したらしいそれは猿顔の獣人だった。
獣人が吼えた。
その身体が膨れあがるように巨大化していく。身の丈が数倍となり、体毛も伸び、全身がはち切れんばかりに筋肉が発達した。
獣人が恐るべき人型の魔獣へと変化していた。
「……被験体を進化させるのが貴女の能力みたいですね」
クーラが静かに魔女エレを見上げる。
「この子には可哀想なことをしました。いろいろと教えてくれたのに“狼犬”に殺されてしまいましてね。せめて、私の手で仮初めの命を与えて甦らせました」
「物は言い様だな。魔力を生命力の代わりに吹き込んで操り人形にしただけではないか」
ファウアンがクーラを庇うように巨大獣人の前に立つ。
「クーラ、ここは俺が食い止める。そちらはドラゴと一緒に行け。こうなれば“要”を使って“神”を呼ぶしかない。あの女科学者も反対はしまい」
だが、その背後に魔女トウが回り込む。
「逃げるつもり? そうはいかなくてよ。ここで終わらせてもらうわ」
魔女二人の挟まれた天使たちは満身創痍の身体で身構えた。
そこに複数の異形の咆哮が響き渡る。
「──クーラ」
「ええ、これは……“狼犬”側もまずいかもしれません」
“聖域”中の人々にその咆哮が響き渡った。
今までに異形の咆哮を聞いていた人々も、今回の重なり合う咆哮にはいつもと違う何かがると気づき、その身を震わせる。
耳を塞ごうとしても咆哮が鳴り響く中、男の言葉が聞こえた。
『我が名はヴェルギリウス=エンシヤリス──闇の神たる《アルターロフ》の化身にして、エンシアを復活させる者である』
クレドガル王城──
城内は現在、混乱を極めていた。
王妃が突然に姿を消し、その捜索の最中に異形の咆哮が轟いたのだ。
そして、城内にいる重臣たちは聞いていた。
狂おしい咆哮の中でもはっきりと聞こえる男の声を──
『これより世界は闇に沈むであろう。闇の神の名を唱えよ。闇の力を求めよ。その望みを闇に捧げよ。さすれば汝は闇に受け入れられる。闇を選びし未来にその道が示されるであろう』
重臣たちが玉座に向く。
そこには失意にうなだれる若き国王ナルダークの姿があった。
最愛の王妃が失踪し、焦燥を隠せない国王に重臣たちが不安な表情を見せる。
その中で一人、国王に近づく者があった。
大公バルネスだ。
「陛下! しっかりなさいませ!」
バルネスが杖を離し、国王の両肩にその手を置いた。
「……バルネス老」
「クレドガルの運命はこの双肩にかかっているのです! 王妃殿下の身を案じるお気持ちは痛いほど分かりますが、陛下が揺らげばこの国が揺らぐのです。どうか、お気を確かに──」
国王は両手で自分の顔を押さえ、やがて立ち上がった。
「申し訳ない、バルネス老。無様な姿を見せてしまった……この先、混乱が予想される。警備をより厳重にせよ」
国王の命令に混乱していた重臣たちも自らを奮い立たせ、ようやく動き出す。
『──ただし、その望みが闇に抗うことなら命を捧げよ』
脳裏での男の声が続く。
バルネスは宙を睨む。
(光の“神”よ、汝が娘である戦乙女とその勇士に加護を──ルーヴェン、あの子たちに力を貸してやってくれ、頼む)
クレドガル王国の郊外。
大公バルネスの別荘の屋上にリファが立っていた。
その先にあるのはマークルフたちが戦っているはずの荒野だ。
どんよりとした荒野の空は砂塵に覆われ、日の光を覆っていた。
肉眼では詳しい状況は分からないが、何か巨大なものが空から飛来して光を放ったのをリファは目撃していた。
そして、地面を揺るがす衝撃が微かにだがここまで伝わっていた。
壮絶な戦いの予感の中、さらなる追い打ちのように異形の咆哮と男の声がリファにも届いていた。
『その望みを決めよ。そして祈りを捧げよ』
「うるさい! だまれ!」
男の声に抗うようにリファは空に向かって叫ぶ。
だが、咆哮と男の声はそれを無視するように続く。
『闇が汝らとの間にある全てを蹂躙するまでの時、それが汝らに許されし命乞い以外の祈りの時間だ』
それは闇に恭順するか、それとも抗って命を落とすか、どちらかを選べという選択の声であった。
リファは両手を握り合わせた。
願うのはもちろん闇にではない。
闇に抗う戦乙女とその勇士たちの無事であった。
『闇が汝らとの間にある全てを蹂躙するまでの時、それが汝らに許されし命乞い以外の祈りの時間だ』
マークルフの眼前でヴェルギリウスの幻影が全世界に向けて告げた。
その周囲でおぞましい声をあげていた六体の異形がその咆哮を続ける。
恐怖をもって聞く者全ての奥底になる望みを見透かし、引き出そうとするかのようだった。
異形の咆哮が止まった。
そして、ヴェルギリウスがその碧い瞳でこちらを捉える。
『今のはリーナ、お前にも聞こえたはずだ』
「……リーナ」
マークルフが確かめる。
『はい、兄様の声は確かに私にも届きました』
“鎧”のリンクを通してリーナの声が聞こえた。
異形たちの四体が崖から跳躍し、マークルフを遠巻きにするように着地する。
『マークルフ=ユールヴィング、そしてリーナ。君たちの望みを言うがいい』
両脇に二体の異形を従えるヴェルギリウスが言った。
マークルフは“狼犬”の象徴たる黄金の斧槍を構える。
「てめえにくれてやる命はねえ。それだけだ」
『最後まで抗う道を選ぶのが望みか──リーナ、彼の命はお前がもらうつもりか』
ヴェルギリウスの碧い瞳がマークルフの視線を介してリーナを見ているようだった。
『それがお前の望みか?』
幻影の兄の問いかけに鎧との同調に乱れが生じる。それはそのままリーナの動揺でもあった。
『エレナ=フィルディングはすでにこちらの手に渡った。何を考えていようと、もはや君たちに勝ち目はない』
マークルフは驚くが、相手に悟られないように仮面の下で歯を噛みしめる。
『“狼犬”よ、無駄に命を削る抵抗はやめて槍を置きたまえ。リーナ、お前もこちらに戻るんだ。君たちが新たなエンシアの王と王妃になる望みはまだ諦めていない。わたしも最善の道を与えることはできないが、それでも最悪の道を選ぶ必要はない』
鎧との同調が揺らいでいた。
『わたしも妹と妹が選んだ者を“神”の描いた筋書きのままに死なせたくはない。どんな辛い選択も死ぬよりはいい。リーナ、お前が彼を護ってやればいい。わたしも兄としてお前たち二人の幸せだけは守ってやりたいと思っているのだ』
ヴェルギリウスが説得を続ける。
リーナは沈黙を続けていた。
鎧の同調は揺らいだままだ。鎧を解けばそこで戦いは終わる。
全てはリーナの決断に委ねられた形だ。
『選ぶしかないのだ。彼を死ぬまで戦わせる死神となるか、それともエンシア王女リーナ戻って神の仕掛けた運命の──これは!?』
幻影が乱れた。
そして別の娘の声がマークルフの脳裏に伝わる。
『──聞こえるか──“狼犬”』
「エレナ=フィルディングか!? どこにいる!?」
『──“機神”の内部──だ』
エレナの声が伝わる度に幻影の姿が乱れる。
『わたしの妨害を──』
幻影の姿が消える。
『──聞け! “機神”は──制御装置を持つ者を直接、殺せない──奴も私を捕まえておくことしかできん──やれ! このままでも手を貸せる! 私ごとで構わない! “機神”を破壊しろ!』
エレナの声が消えた。
マークルフは推進装置を開放し、両腕の手甲から一対の湾曲刃を展開する。
「リーナ! ここでやらなければ全てが水の泡となるんだ!」
そして異形の包囲から飛んで逃れようとするが、その四肢に鋼のツタが絡み付く。
異形たちがツタを引いてマークルフの動きを封じようとする。
幻影が再び姿を現す。
『リーナ! 死神となって最後まで彼を戦わせるつもりか!?』
マークルフは左腕の湾曲刃を腕に絡みつくツタに引っ掛け、強引に引き裂いた。自由になっった左腕で他のツタを切り離した。
「俺の命は気にするな! 全てを終わらせることができれば俺は──」
『黙れ、狼犬!』
ヴェルギリウスが初めて感情を露わにするように叫んだ。
マークルフも思わず動きを止める。
『君がリーナを犠牲に“機神”破壊を目論んでいることは分かっている! 君こそ我が妹を死に追いやろうとする死神だ!』




