光と闇の決戦(3)
エレナの目の前で魔女が倒れた。
彼女は遺跡から脱出した後、《グノムス》によってここまで連れて来られていた。
エレナは“機神”の姿を睨む。
そして幻影の男の反応を探る。
エレナの制御装置には他の制御装置を感知する能力があり、同じような能力を持つ幻影の男の反応も感知できることが分かっていた。
幻影の男の反応はなかった。相手に行使した凍結も解除されておらず有効のままだ。確かに男の力を封じ続けている。
これなら“機神”の制御を通して作戦通りに動けるだろう。
彼女の役目は“門番”を使って《アルゴ=アバス》を“狼犬”に転送し、ここから見える“機神”を己が使役する“武器”として認識し、操る事であった。
マリエルが銃を手に崖の上へと続く道を駆け上がってきた。そして倒れている末妹の魔女を見つける。
「やったのですか?」
「ええ、一応は……」
エレナが答えるが、その表情は警戒したままだ。
「何か気になることが?」
「確かに魔女の支配した手応えはありました。ですが前回とは様子が違う気がするのです」
エレナは脇に倒れる護身用の機械獣を崖下へと足で押す。機械獣は機能を停止したまま崖から転げ落ちていった。
「前もこの魔女を支配しました。その時は全く別の記憶を持っているかのように振る舞っていました。このように気を失って倒れる事はなかったはず」
“機神”の力を制御できるエレナには魔女が完全に無力化していることは分かっていた。例えれば糸が切れた人形のようだ。
だが、それだけに無気味でもあった。
「……銃を借ります」
エレナがマリエルの手から銃を受け取り、その銃口を倒れたままの魔女に向けた。
魔女トウは地を駆ける。
少女天使クーラの仕掛ける光陣の範囲内から逃れるためだ。
だが、その先に唐突に一人の男が姿を現す。
鎖帷子を頭から被ったその男は腰の鞘から剣を抜いた。
魔女と男、黒剣と剣が交差する。
魔女の髪が一房舞い、男の袖が切れた。
魔女は踏み留まり、剣を水平に構える。
男も振り返り、剣を魔女に向けた。
「……天使様も結構、えげつない不意討ちをするわね。今のはちょっと危なかったわ」
魔女トウは口だけで笑うが、帷子と襟巻きで隠れた顔が魔女の後ろを見る。
『言われているぞ』
「貴様にだけは言われたくないな」
魔女の後ろに森人の天使が立っていた。
さらに地面に光陣が浮かび、魔女をその範囲内に捉える。
頭上には天使クーラが澱んだ空を背に光の翼を広げていた。
「もう一体の魔女も動きを止めたようだ。どうやら、“狼犬”たちの方でやったようだな」
魔女の逃げ道を塞ぐように狼頭天使ファウアンが立つ。
地上を三体、頭上を一体の天使たちに包囲され、魔女トウは完全に逃げ道を失っていた。
「ここまでにしましょう。エンシアの生み出した人形よ」
クーラが宣告し、魔女を包囲する天使たちが剣、枝針、拳を構えた。
「副長! 王妃様がお目覚めになりました!」
ログの許に護衛の一人が慌てて駆け込んで来た。
報告を受けてログが後方に設営していた天幕へと急ぐ。
天幕の前に給仕たちに囲まれた王妃が姿を現した。
ログがその場に跪き、部下たちもそれに倣った。
「王妃殿下、まずはご無事でなりよりでございました」
「ユールヴィング卿に仕えるログ副長……ですね。私はいったい、ここで何を──」
王妃は戸惑いの表情を浮かべる。王城で休んでいた後の記憶がないことは途中で報告を受けていた。
「子細は後にご説明致します。ですが、まずはここから一刻も早く避難をお願いします」
「ユールヴィング卿はどうされているのですか?」
「我が主は“機神”の戦いに向かっております。戦いがいつ始まるかもしれません。ここも離れていますが巻き込まれない保証はございません。どうか、お急ぎください」
その言葉で王妃も現状をある程度は理解したのか、それ以上は聞かずに頷く。
「一つだけお聞かせ下さい。これから副長殿はどうされるのですか?」
「本来ならば私自ら殿下の護衛をするべき所ですが、主の手助けをするためここを離れるわけには参りません。お許し下さい」
「手助け……?」
「今は詳しくは説明できませんが、我が主を戦わせるために必要となるとだけ申し上げます」
「つまり、副長殿もこの戦いの力となられるのですね……分かりました、私もご武運をお祈り致します」
感謝を示し、深く頭を下げるログに王妃を労おうとするのか近づく。
「──ッ!?」
だが、二人の間の地面に亀裂が入り、それがログの足許まで伸びる。
ログは慌ててその場を飛び退き、剣の柄を握った。
「グノムス!?」
王妃との間に立つように《グノムス》が地面から姿を現した。
王妃の前に傭兵たちが集まる中、《グノムス》は王妃と向かい合う。
「何をしている!? ここを離れたのではなかったのか!? 下がれ!」
ログが命じるが《グノムス》はそれを無視する。
王妃はしばらく驚く素振りを見せていたが、鉄機兵がずっと対峙を続けるとやがて顔を伏せた。その肩が微かに揺れだした。
「──へぇ、わたしが誰だか分かるんだ」
王妃の姿に周囲の護衛たちも訝しむ表情を見せる。
「あなたを少し見くびっていたみたいね。姉様もあなたを信じ過ぎて裏をかかれたってところかしら。やっぱり、優しそうな顔の下でいろいろと隠し事しているってわけね」
豹変した王妃の姿にログが剣を鞘から引く。鋭い刃がその場の緊迫した空気を映すように鞘から姿を現す。
「でも、見直してあげるわ」
王妃が顔を上げた。口許が釣り上がり、挑発するような笑みが浮かんだ。
「──ズングリムックリちゃん」
エレナが倒れたままの魔女に向かって銃口を向けた。
「エレナ姫……」
「これからが正念場。後顧の憂いは排除しておく必要があります」
エレナが引き金に指をかける。
その瞬間、銃がその手から姿を消した。
「なッ──!?」
エレナたちが振り向く。
“門番”が勝手に動き出していた。
すでに“門番”がエレナの支配を離れていた。銃を転移されたのもこの“門番”の仕業だ。 “門番”の腕がマリエルを振り払い、彼女は崖から転げ落ちる。
「まさか、奴が──!?」
エレナはヴェルギリウスの反応を探知しようとするが、その彼女の喉を細い手が掴んだ。
目の前に魔女が立っていた。
エレナは必死にその手を振り解こうとするが、華奢な腕に見合わぬ力で外すことができない。
「……心を持たない我々に、ずいぶんと心無いことをされますわ」
魔女が呟く。その双眸が紅く輝いていた。
魔女の気配が先程と違っていた。姿は変わらないのに別人のような感覚だ。
(いったい、どういう……いや、今は──)
エレナは魔女の支配を試みるが、彼女の前に闇の外套を翻す幻影が現れた。
「き……さま……」
喉を締め上げられ、声が出せないままエレナは幻の男に手をかざす。
だが、先程の同じように男の力を凍結することができなかった。
『君の力はもう通用しない』
幻影が告げた。
『わたしの力を“機神”の制御装置と見なした君の判断は正しい。だが、わたしが“一つ”の制御装置と思ったのならそれは誤算だ』
エレナは気づく。先程とは男の力が僅かに異なっていた。男を制御装置に例えるなら別の制御装置に変わっていたようであった。
『わたしは自分の力を組み換える事ができる。君もわたしを別の制御装置と判定しているはずだ』
(そうか……別の装置となることで……凍結からすり抜けたのか)
『その通り』
声にならないエレナの声に幻影の男は答えた。
『そして君は二度、わたしの力を凍結している。つまり、君は現実には存在しないわたしをそれぞれ、制御装置として認めたのだ』
エレナはさらに驚愕する。
幻影から複数の制御装置の反応を感知していた。
最初に封じた男の力、先程封じた男の力、そして目の前の幻影と、それぞれの力のパターンを別個の制御装置として認識してしまっているのだ。
だが、前の二つはすでに凍結し、封じているはずなのだ。
『“複製”ではない。一度、消して作り直した。だから連動して凍結されることもなく、凍結そのものも無効化している。しかし、君の制御装置はそれを制御装置と認めたままだ』
エレナは凍結を試みるが、その権限が発動しなかった。
『君の制御装置は特別で他の制御装置の権限を凍結する機能を持つ。だが、その強力な権限も他の制御装置を持つ者の承認がなければ発動できない。君にも分かっただろう。複数の制御装置を持つに等しいわたしを封じるためには、わたし自身の承認が必要になった。君はもうわたしを封じることはできない』
エレナの足許に“門番”が展開した転移陣が浮かぶ。
(全てはそちらの計算……通りだった……のか)
『君の制御装置の性質はわたしの方がよく知っている。エンシア時代、それを所有していたのはわたしだ』
「……いったい……何が……」
不意を突かれて崖から転げ落ちたマリエルは砂埃まみれの身体を起こして崖の上を確かめる。
エレナが魔女に片手で首を締め上げられていた。
そして次の瞬間、“門番”と彼女の姿が消える。
「エレナ姫!?」
一人残された魔女が崖下のマリエルを見下ろした。
その黒髪が少しずつ金の髪に変化していく。髪だけではない。体格も変わっているようだ。急激に手足が伸びる。
「……あなたは……」
変貌する魔女に向かってマリエルが口を開く。すでに別人としか思えなかった。
魔女が完全に姿が変わる。
黄金の長い髪が風になびいた。身体も少女から大人のそれへと急激に成長し、少し窮屈になった制服風の衣装が身体の線を強調する。
その顔も別人に変化していた。美しい顔立ちを形作る紅き双眸がマリエルを見据える。
感情を抑えるような冷静な表情を浮かべた魔女はマリエルの問いに答えた。
「──“エレ”」




