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サンクチュアリ・ファンタジア3―光の祈りと闇の呪いと機械仕掛けの災厄と神に選ばれた傭兵―  作者: みなかけん
第四章 『もう貴方の戦乙女にはならない』
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魔女“エレ”の正体

 マークルフの瞳にも兄の幻影の前に崩れ落ちるリーナが映っていた。

 幻影が差し伸べる手を見つめる彼女の姿に、マークルフは《戦乙女の槍》を握り締めた。

「どこに向かうつもりですか?」

 魔女エレの声と共に隣にいた猿顔の被験体が跳躍する。動き出そうとしたマークルフの行く手を遮るように着地した。

「主人とリーナ様はまだお話の最中ですわ。もう少しお待ち下さいな」

 魔女も立ち上がり、ゆっくりと階段を下り始める。

「それとも焦っているのですか?」

 外套の下で魔女の唇が笑みを作る。

「このままリーナ様が主人の許に戻ってしまうのでないか? 自分よりもエンシアを選ぶのではないかと?」

 マークルフは歯ぎしりしながら槍を構える。

「よろしいじゃないですか。リーナ様は主人の妹君であり、エンシア王族の生き残り。祖国と家族の許に戻るのは誰にも責められない。そうは思いませんか?」

 魔女が獣人の後ろに立った。

「貴方とリーナ様は連理の枝。ならば貴方が一番にリーナ様の選択を認めるべきではありませんか?」

 マークルフは獣人と魔女の姿を交互に睨む。

 獣人はブランダルクでも戦ったことがある。同じ程度と考えれば《グノムス》に任せればいい。

 問題は力が未知数の魔女だ。今の状態ではまともに戦うのはあまりに不利だ。

 マークルフは自身の“心臓”に蓄えられた魔力量を確認する。“心臓”の予備魔力を使えば一瞬だけだが身体能力を飛躍的に向上できる。

「――腕力を強化させ、私が何かをする前にその槍で投げ貫くという算段ですか?」

 マークルフの眉間に一瞬、深くシワが刻まれる。

「フフ、図星みたいですわね。でも、困りますわ。この身体は借りているだけでしてね」

 魔女が盾にしていたはずの獣人の横をすり抜けて前に出る。

 マークルフは警戒しながらも槍を逆手に持ち変えた。

 見抜かれているとはいえ、仕掛けるのは今しかない。

 だが、何かの予感がそれを押し止めていた。

「貴方にここに居てもらったのは、ただ待ってもらうためではありません。貴方を試すためでもあります」

 魔女が顔を隠す外套に手をかける。

「薄々お気づきかもしれませんが、貴方のその覚悟で私を貫けますか?」

 そして外套をずらした。

 魔女の素顔を見たマークルフは息を呑む。

 魔女が外套の下に隠れた自分の腹に手を当てた。

「その槍でこの身体を――」

 外套の下から露わになったのは、クレドガル王妃システィアの挑発するような笑みであった。



「わたしは……」

 リーナはそう呟いたまま、その場にうなだれる。

『まだ、答えを出せないか』

 兄の幻影は手を下ろす。

『そうか……一緒に戦うことを選べるほどの人たちと出会えたのだな。この時代でお前は良き出逢いができたのだな』

 兄の幻影は呟く。その姿には責める様子はなかった。

 天井のモニターに別室の映像が映った。

 そこにはマークルフと外套をずらした魔女エレの姿がある。

 そして魔女の素顔を見たリーナは驚きに目を見開いた。

「なぜ、王妃様が――」

『それはエレが説明してくれるだろう』

 ヴェルギリウスが画面に映るマークルフと魔女の姿を静かに見つめる。

『お前一人だけの戦いではないのなら、彼の答えも聞かねばならないな』



 マークルフは正体を現した魔女を睨む。

「……なぜ、システィア王妃がここにいる?」

「今頃、王宮は大騒ぎでしょうね」

 王妃が薄く微笑む。

 全身を覆う外套は身籠もった身体を隠す為のもの。他の魔女たちを動かし、自らはなかなか表に出なかった理由も納得できた。

 だが、今の表情や言動は王宮で謁見した時の王妃とは別人だ。

「借り物と言ったな。てめえが乗っ取っているわけか、魔女――」

 マークルフはそれでも槍を構え続ける。

「ただ、納得はできたぜ。アレッソス=バッソスの件もてめえが仕組んだ冤罪って訳か」

「彼が一番、“機神”の力を強く求めていましたからね。だからお手伝いしましたわ。追い詰められ、貴方に謀殺され、彼は望むように最初の覚醒を果たしてくれましたわ」

「ここまで来たら洗いざらい喋ってもらうぜ。あの異形は一体なんだ?」

「あれは“機神”の力を望んだ者が行き着いた姿と思ってくださいな。“機神”を神として認識し、なおかつ自分の全てを引き替えにしてでもその力を強く求める魂――それに応え、“機神”が力と姿を分け与えた姿ですわ」

「見た目通りの“機神”の分身という訳か」

「現れるまでに何百年も時間がかかりました。何しろ、エンシア崩壊後はまだ人々は“機神”ではなく《アルターロフ》という機械の認識が強かったですからね。長い年月で人々の意識が《アルターロフ》から“機神”へと変わり、その力を欲する者が現れるのをずっと待っておりました」

 王妃――いや、魔女が答えた。

「でも最初の一体が現れれば後はそれが呼び水になります。原型があれば同じようになるのは簡単。異形の“声”はそれを世界の人々に混乱と恐怖を伴う形で伝えていきます。それに気づいた者たちが同じように“機神”の救いと力を求めていくことでしょう。現に異形はその数を増しています。いずれ、この“聖域”は異形たちによって制圧されるでしょう」

 闇の外套を纏い、待望の時を迎えた魔女はまるで“機神”に仕える巫女のようであった。

「だったら、この期に及んでわざわざ身重の王妃の身体を使わず、自分の本体で出てきたらどうだ?」

「そうできれば良いのですが、あいにく私はあの人と同様、実体を失っておりましてね。こうして借り物の身体を使って相手をするしかないのです」

「よりによってその借り物に王妃の身を使うとは不敬極まりないな。俺がクレドガルの貴族に列席する身と知ってて選んだか。魔女だけあって卑劣な手を使ってきやがる」

 マークルフは悔しさを示すように槍を握る手に力を込めた。

 システィア――いや、王妃の身を利用する魔女エレが見透かすように微笑む。

「芝居がお上手ですわね。手をこまねいているように装ってすでに手は考えているのでしょう。妹のミューを捕まえた時みたいに《グノムス》の中に閉じ込めて、私の力を遮断してしまえば良いと思っているんじゃありませんか? 顔にそう出ているわ、グノムスちゃん?」

 王妃の顔をした魔女が《グノムス》を見て微笑む。

 マークルフは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。

「まさか、こいつの顔色が分かるとはな。できるのはリーナと小さなお友だちだけだと思ってたぜ」

「私もグノムスのお友だちですわ。この子は素直で優しい子ですもの」

「チッ、鉄面皮のくせに顔に出すぎだ」

 マークルフが《グノムス》の腹を空いた手で叩くと、槍を構え直す。

「仕方ねえ。手の内がバレたとしてもやるしかねえ。猿はともかく、王妃様の身体に手荒な真似はしたくねえんだがな」

「そうですわね。私も無理はしたくありませんわ。それにたとえ、私をグノムスの中に捕らえたとしてもミューの時のようにはいきませんしね。お互いに無駄な戦いは控えましょう」

 マークルフの敵意に反応するように殺気立つ猿の獣人だが、魔女はそれをなだめるように手で制した。

「あの魔女のようにはいかない……どういう意味だ?」

「私の役目を知ればお分かりになりますわ」

「だったら、もったいぶらずに教えやがれ」

「私の目的はこのお腹の中にいるあの人を守り、この地に誕生させることですわ」

 マークルフは怪訝そうに眉をひそめる。

「……あの人?」

「私があの人と呼ぶのは我が主人、ヴェルギリウス様以外におりませんわ」

 王妃の顔に魔女の微笑が浮かぶ。

 マークルフの頭の中で謎だった部分が埋まり、その表情を驚愕に変えた。

「まさか――!?」

「ええ。主人が“機神”の現人神としてこの世界に顕現するための器がこの子ですわ」

 マークルフは驚くまま、槍の先を外套の下にある下腹部へと向けた。

「さすがですわね。この話を聞いてとっさに妊婦のお腹に槍を向けられるなんて――」

 魔女は賞賛とも皮肉とも受け取れる笑みで言った。

「このお腹の子が主人ヴェルギリウス=エンシヤリスの新たな本体。私が母体を乗っ取ることができるのもこの子を通してですわ。王妃のお腹に主人の転生体がいる限り、私を切り離すことはできません」

 そして魔女はゆっくりとマークルフに近づく。

「異形によって人々はこぞって“機神”の力を求めるようになるでしょう。それが“機神”の糧となり、さらなる異形を生む。そして“機神”に必要な力が満ちる時、あの人が“機神”の化身として転生するのです。そして、この時代に戦いを挑み、エンシアの人々を破滅の運命からすくい上げるのです」

「……それだけ聞くと、あくまでこの時代の人間は“機神”の餌代わりでしかないように聞こえるな」

「主人のお話は聞いたはず。“機神”はあくまでエンシアの守護神ですわ」

 そして魔女はマークルフの目の前に立つ。

「これで私たちの目的は話しました。今度は貴方の答えを聞く番です」

「俺に何を答えさせたい?」

「主人が賭けをしたがっています。それにのってくださいますか?」

 マークルフは顔をしかめる。

「何を賭けるつもりだ?」

「この戦いの勝利と信念です」

 魔女がさらに一歩、槍の届く範囲に踏み込んだ。

 王妃の顔が挑発するように冷笑を浮かべる。

「何を考えてやがる?」

「このお腹の子が主人の転生先だと説明しました。私もその子を通して得た力で憑依しているだけ。つまり、ここで槍を一思いに突けばそれで貴方は勝てるかもしれませんよ?」

 マークルフは魔女に槍を突きつけた。

 両者の背後に立つ《グノムス》と猿獣人も、その姿を見守り続ける。

「……俺が王妃とその子供を犠牲にできるかどうか、それを試そうってのか? それでてめえ達の計画は阻止できるのか?」

「さあ、どうでしょう? 王妃とその子を犠牲にすれば、もしかしたら世界を救えるかもしれない。それぐらいじゃないと賭けにはなりませんわ。さあ、どうします?」



「マークルフ様……」

 リーナは頭上のモニターを見つめたまま呟く。

 画面にはマークルフと魔女の対峙する姿が映っていた。

 槍を構えたままのマークルフと、その前に自らを無防備にさらす魔女。

 そのまま突き出せば魔女を貫ける状況で、マークルフの表情は明らかに焦るような表情を見せていた。

『リーナ、見ているがいい。これはわたしと彼の賭けだ』

 ヴェルギリウスはどこか別の場所を睨むようにしながら言う。

「兄様、何故このような事を――」

『わたしもできることなら、お前を今まで守ってくれていた彼を葬りたくはない。だが、言葉や力では彼は止まりはしないだろう。ならば彼を突き動かす覚悟そのものに問おうと思う。彼を止めるには彼自身に自分の覚悟をへし折らせる他にない』

 リーナはその場から駆け出そうとしたが、通路へ続く扉が静かに閉まった。

『ここにいるんだ。そして彼の選択をその目で見るんだ。彼があのまま槍を刺せばわたしの復活先は無くなる。ただし、それは王妃とそのお腹の子の命が代償となる――世界のために一人の母子を犠牲にできるかどうかをな』



 魔女が無抵抗を示すように両手を広げた。

 その外套で覆われていた膨らんだ下腹部が強調される。

「これで世界の危機を止められるかも知れないのですよ?」

 マークルフは槍を向けたまま止まる。

 形相が葛藤に歪むが、その双眸は魔女の姿を捉えたまま凝視していた。

 魔女がどこまで本当のことを言っているかは分からないが、ヴェルギリウスの復活先であることが嘘とは思えない。

 クレドガル王家は古代エンシア王族の血を受け継ぐと伝えられている。その王家の血を受け継ぐ胎児が古代エンシア王子の復活先とするなら全ての筋が通るのだ。

「どうしました? 私は逃げも隠れもしませんよ」

 王城で拝謁した際の王妃の姿が次々に脳裏によぎった。

 王妃となりながら世継ぎをなかなか身ごもれず、辛い境遇にあった事も知っている。

 ようやく最愛の夫である国王の子を身ごもった時の、控えめで、しかし慈しむような笑みも覚えている。

 そして、この子を平和な世界に迎え入れたいという母としての切なる願いを、マークルフはその耳で聞いている。

「何をお考えですか? 主人、私、リーナ様、そして世界の運命も全て貴方の決断に委ねて差し上げますわ。ご心配なく。王妃の意識は眠ったままです。ここで殺されても何も気づかないまま冥府に旅立てますわ。まだ見ぬ我が子を連れてね」

 これでヴェルギリウスたちの計画を阻止できる確かな保証もない。それも含めてその手を汚せるのかを向こうは試している。

 マークルフの葛藤が槍にも伝わり、その刃先が震えた。

「王妃の姿で見られてはやりにくいですか? では、これでよろしいでしょうか?」

 魔女が外套を被って、目を閉じた。

「さあ、お見せくださいな。“戦乙女の狼犬”の意地と覚悟のほどを――」

 震える手が槍を振り上げる。

「……うぁああああああッ!!」

 マークルフの絶叫が周囲に響き渡った。

 だが、突きつけられた槍は床へと落ちる。

 魔女が目を開けた時には、槍から手を離したマークルフは両膝から崩れ落ちていた。



『……やはり、彼には無理だったようだな』

 リーナはモニターの向こうで崩れ落ちるマークルフの姿に息を呑む。

『彼は信念に戦い、未来を望む人間と見た』

 ヴェルギリウスの幻影はこの結果が分かっていたかのように告げる。

『彼は信念を支えに戦い、相手の信念も含めてどんな相手とも戦える強い若者だ。だが――いや、だからこそ、信念と未来をこれから育むもうとする新たな命だけは手にかけられない。それがたとえ、わたしの転生先となる命だとしてもな』

 ヴェルギリウスがもう一度、手を差し出す。

『リーナ、もう一度言う。わたしの許に戻れ。お前がエンシアに戻れば彼も戦いから解放される。そして、あらためて彼の傍にいてやればいい』

 リーナはマークルフの姿を見つめていたが、やがて答えた。

「……兄様はマークルフ様のことを少しだけ見誤っています」

『どういう事だ?』

「あの人は兄様がおっしゃる通りの人です。でも、おとなしく相手の用意した分の悪い賭けにのっかるような人ではありません。賭けるのは常に自分が用意した賭けです」



 失意に崩れ落ちたマークルフを魔女が見下ろす。

「主人はこうなると予想していました。強固な信念を支えにするが故に、負けるとしてもその信念は捨てられないとね」

 マークルフはうつむいたまま、その場から動かない。

「でも、私は貴方の姿を無様とは思いませんわ。結果としては賢明なご判断でしたわ」

 魔女は微笑んだ。隣にいた獣人が床に落ちた黄金の槍を拾い上げようとする。

「たとえ、ここで王妃たちの命を奪ったとしても、その命が無駄に失われていただけですからね」

 マークルフの背中が震えた。

「あら、泣いているのですか? でも仕方ないですわね。いいですわ、気の済むまでここで泣いても――」

 魔女の言葉が途切れる。

 泣いているのではなく、込み上げるような笑い声が聞こえたからだ。

「いま、無駄って言ったな?」

 マークルフが顔を上げる。そこには不敵な表情が浮かんでいた。

「それだ――その言葉が欲しかったんだ。無駄ってことはお腹の子がいなくてもヴェルギリウスは消えない。つまり、ヴェルギリウスが消えてもお腹の子が残る可能性は高いということだ!」

 マークルフの手が獣人が拾い上げた槍を掴み、そして叫んだ。

「見つけたぞ! エレナ=フィルディング! そのお腹の子が奴の本体だ!!」

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