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サンクチュアリ・ファンタジア3―光の祈りと闇の呪いと機械仕掛けの災厄と神に選ばれた傭兵―  作者: みなかけん
第四章 『もう貴方の戦乙女にはならない』
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この世界と胸によみがえるエンシアの幻影

『まだ信じられないという顔だな』

 リーナはうつむく。

『これを見るがいい』

 頭上のモニターが画像を映しだした。

 その映像のリーナは息を呑む。

 そこには廃墟が映し出されていた。暗雲と炎に包まれた無惨な光景だが、彼女の中の記憶にあるかつての故郷の姿だった。

「これは……」

 そこには人々が映っていた。廃墟の中で怯え、身を寄り添い合うエンシアの民たちの姿だ。 画面が光に包まれた。

 空が閃光に覆われ、そして、そこから光の雨が降り注ぐ。

 それは狙っていたかのように逃げ惑う人々を襲った。光が弾け、その光の中で人々が次々と消滅していく。その中には幼い子供の姿もあった。

「やめてッ!」

 あの日の光景が甦り、リーナは顔を背けて叫んでいた。

『辛い光景を見せてすまない。だが、これは遺跡に残されていた記録だ』



 マークルフの目にも光の粛清ともいうべき惨劇が映っていた。

 その光景にマークルフは歯を噛みしめる。

「半信半疑という顔ですわね」

 魔女エレが口を開く。

「ですが、あれは作り物ではありませんよ。あれが確かな光景であることは同じエンシアの人間であるリーナ様ならお分かりになるでしょう」

「どこで撮りやがった? “機神”に破壊され、“神”に粛清される真っ最中にこんなもん撮る余裕なんてどこにある?」

「あれは“機神”が目の当たりにした光景ですわ。先程もご覧になったはず? ここには《アルターロフ》から転送された活動記録が残っておりましてね。“神”が歴史から消そうと思ってもそうはいきませんわ。時を越えてでも事実は伝えられなければなりません。そう思いませんか?」

 マークルフはあらためて周囲の計器に包まれた部屋を見渡す。

「……ここはいったい何の遺跡だ?」

 素顔を隠す魔女が口だけの笑みを浮かべる。

「いずれ分かりますわ」



 リーナは顔を上げた。

「……兄様はなぜ、そのような姿でここにいらっしゃるですか?」

 祖国滅亡の真実を受け止めきれない彼女はそう尋ねるのがやっとだった。

『わたしがここにこうして存在している理由は話せば長くなる。ただ、いま教えるとするならかつてのわたしは“神”の暴挙を目の当たりし……“機神”と同化することを選び、そして敗北した』

「《アルターロフ》と同化──」

『そうだ。“機神”は“聖域”に封じられ、わたしも力を失って眠っていた。しかし、ようやく復活できる時が来た。そして、ヴェルギリウス=エンシヤリスとしての意思は変わっていない』

 リーナは静かに耳を傾けていたが、やがてその碧い瞳が幻影に向けられる。

「兄様のお考えが分かりません。お分かりのはずです……あの異形たちの出現でどれだけの人々が犠牲になり、今も恐怖に怯えているか──私の知る兄様はそんな事をされる方ではありませんでした」

 幻影の碧き瞳がリーナの視線を受け止める。

『ならば今ここにいるのはお前が知らない兄だ。わたしは誓ったのだ。あの“神”の粛清によって消えた民の姿を見て──わたしは民を救うとな。それがどんな手段であろうと、たとえお前に非難されようとな』

「民を救う……ですが、エンシアはもう──」

『確かにエンシアは滅びた。文明は“機神”の手によって破壊された。そして民もその存在を抹消された──“光”の特異点存在である“神”によってな。だから、今度はわたしが“闇”の特異点存在である“機神”の力によって彼らを救出するのだ。リーナ、お前が見た民は今からでも助け出すことができるとしたら、どうする?』

 リーナが目を見開く。

「どうやって……五百年も前に滅びた民を助けるなんて……」

『確かに彼らは“神”に粛清され、時も過ぎた。過去の歴史を覆すことなどできない。だが、同時に時の流れからも彼らの存在は切り離された。わたしは消される寸前の彼らをすくい上げ、その全ての民をこの時代に召喚する』

 兄の告げた目的にリーナは愕然とするしかなかった。余りにも自分の想像を超えた計画だったからだ。

「この時代に召喚なんて、そんなことが──」

『できる。特異点自体には時の流れが存在しない。今の“機神”とエンシア時代の“機神”の内部にある“闇”は同じなのだ。過去を変えることはできないが、時を超えて過去の事象に干渉することはできる。わたしは“機神”の力が満ちるのを待ち、過去を変えない方法で消された彼らをこの時代に救出するつもりだ。そうだな……“神”によって世界という基盤から払い落とされた駒を全て手で受け止め、この時代の世界に置き直すと思えばいい』

 リーナは兄の話を必死に理解しようとした。

 過去は変えられないが現在から先は決まっていない。過去に滅ぼされ、現在までの歴史に何も影響を及ぼさない民たちを現在に召喚できれば、過去の歴史を変えないまま現在に復活させることができるという事なのだろう。

『リーナ、お前もエンシア王族の一人として民を救いたいと思うはずだ。これは絵空事ではない。今からでもエンシアの民の多くを助けることができるのだ』

 ヴェルギリウスの幻影がリーナに向かって手を伸ばす。

『わたしに力を貸して欲しい。どうか戻って来てくれ。“神”に操られた戦乙女リーナではなく、エンシア王女であり、わたしの妹であるリーナ=エンシヤリスに戻ってくれ。“神”はお前を戦乙女にしたが、どの生き方を選ぶかはお前自身に委ねている。それが“神”自身の特性であるが、自分の意思で選ばせることで“神”の思惑に従わせる狡猾な手段でもある』

 リーナは向けられた幻影の手を見つける。

『お前自身の意思で“神”の用意した筋書きを外れることもできるのだ。わたしはあの“狼犬”も見捨てるつもりはない。強化装甲で酷使された彼の肉体も復活させるエンシアの知識とわたしの力があれば助けることができる。お前も彼がこのまま“神”の描いた筋書きのままに倒れていくのを見たくはないはずだ』

 リーナの前に目の前で倒れたマークルフの姿が浮かぶ。

 幻影の手に思い出の兄の優しい手が重なる。

 王宮の奥で暮らしていた彼女にとって兄は誰よりも優しく、飄々としていても常に賢明でいろいろと教えてくれた人であった。彼女が手を差し出せば必ずその手を握ってくれていた。

 その兄がいま、自分に手を差し出している。

 リーナの手が微かに震える。

『返事を聞かせてくれ。容易に言えないことも分かっている。しかし、それでも出さなければいけない答えだ』

 大公の言葉がよぎる。

 真実は答えではない。真実を知った時こそ真の答えを求められると──

「わたしは──」

 口を開こうとした彼女の右腕が突如、幻影に向かって突き出された。

 手は幻影をすり抜けるが、それでも翻意を示すかのようにその喉を鷲づかみにする。

 リーナ自身がその行動に驚く。

 それは自分の意思ではなかったからだ。



 マークルフの腕が突き出されていた。

 その腕は強化装甲の制御信号である魔力の紋章に包まれている。

 その手の先には何もなかったが、マークルフには幻影の姿が見えていた。

「てめえ、黙って聞いていれば勝手なことばかり言いやがって! 聞こえているんだろう! 返事をしやがれ!」

 “鎧”であるリーナと装着者であるマークルフには不思議な繋がりがある。

 マークルフが展開する制御信号に同調させることで、リーナの意思が逆らわない限りは自分と同じ動きをさせることができるのだ。

「てめえが言うエンシアの民救済が何を意味するか分かっていて言ってるのか、答えろッ!」



『てめえが言うエンシアの民救済が何を意味するか分かっていて言ってのか、答えろッ!』

 リーナの耳にマークルフの声が響き渡る。

 それは頭上の音声装置から聞こえていた。同時に自分の腕を動かしたのが彼だと気づく。

『分かっている』

 リーナに手を伸ばされたまま、ヴェルギリウスの幻影が答えた。

『何人だ!? てめえが救うつもりの民は何人にいる!? 何千か!? 何万か!? 何十万か!? 何百万か!? 世界を支配していたエンシアの生き残りがどれだけの数になるか分からねえと思っているのか!?』

 マークルフの声が矢継ぎ早に飛ぶが、ヴェルギリウスはそれを静かに受け止める。

『数の問題ではない。わたしは“神”の犠牲になった一人一人を救うつもりだ』

『はぐらかすな! 古代王国の人間だろうと住む場所と飯が要るのは変わりねえ! それだけの人間を受け入れる余力がこの世界にあると思って言っているのか!?』

 リーナは敢えて右手を彼の同調に委ねていた。その手がさらに幻影へと掴みかかるように伸ばされる。

『ヴェルギリウス=エンシヤリス! てめえがやろうとしてるのはこの時代への侵略戦争以外の何物でもねえ!』

『言ったはずだ。分かっているとな』

 ヴェルギリウスが静かに答える。その声は覚悟を示すように冷たく、そして厳かであった。

 リーナはその姿に思わず手を引っ込め、後ずさる。

「本当に……兄様は……」

『そうだ。わたしは民の破滅の運命を回避するためなら、どんな道でも選ぶ。だが、この時代の人間とエンシアの民の戦いは避けられないだろう。多くの血も流れる。その返り血に染まるわたしが世界を導くには相応しくない……リーナ、その役目はお前にやってほしい』

 ヴェルギリウスが静かにリーナを見た。

『民を救うための汚れ役はてめえが全て背負い、リーナにその後を任せるという訳かよ』

『リーナだけではない。君にもリーナを助けてほしい。わたしはこの世界に新たなエンシアを導くつもりだ。確かに君の言う通り、綺麗事ではない時代を超えた侵略戦争になる。わたしの願いはその戦いをわたしが起こし、わたしが終わらせ、そしてその後は君とリーナに託す。君たちがこの時代とエンシア両者の代表として王と王妃になり、新たな世界の礎になってもらいたいのだ』

『ふざけるなッ!!』

 マークルフの怒声が響き渡る。

『俺がてめえの傀儡になるとでも思っているのか!』

『君を傀儡にしようとは微塵も思っていない! エンシアの民がこの時代に生き延びる姿さえ見届けることができたら、わたしは消えても構わない!』

 ヴェルギリウスも語気を強める。

「兄様! 本当にそんな事をお考えならどうかお止め下さい!」

 リーナも叫ぶ。今でも胸に抱く故国の姿がこの世界に刃を向けるなどとても想像できず、そして受け入れることはできなかった。

『そうだ! てめえの都合で世界が血に染まってもいいって言うのか!』

 ヴェルギリウスの表情が鋭く変わった。それは思い出の中では見たことのない表情であった。

『わたしはエンシア王族だ! エンシアの民を救うためにこの世界が血に染まるしかないというなら、わたしは自ら望んでそれを為そう! それが王族の使命だ!』

 幻影が手を振りかざした。

 部屋が急に暗くなり、やがて周囲が炎と残骸に包まれた景色に変わった。

 この部屋自体に映像が映し出されたようだ。

 それはリーナにとって見覚えのなるエンシアの都の変わり果てた姿である。

 周囲には生き残った人々がいた。

 先程と同じ映像だ。しかし、映像の只中にいると自分があの日のエンシアの惨劇に立っているように思えた。

 そして空が光に包まれ、そこから光の雨が降り注ぐ。その雨は光線となって人々を包んでいき──

「いやああッーー!!」

 リーナはその場にうずくまって叫んでいた。

『……マークルフ=ユールヴィング。君に今のリーナの悲鳴が伝わったか? この惨劇の記録が君にどこまで実感できる? だがリーナには見えたはずだ。あの狂光の向こうにいる“神”を名乗る破壊者の姿と、それに絶望した民の姿を。今の悲鳴こそがエンシア王族としての叫びだ。そうだろう、リーナ?』

 リーナが恐る恐る顔を上げる。

 周囲はもう元の機械に包まれた部屋に戻り、中央の装置に兄の幻影だけが浮かんでいた。

『マークルフ=ユールヴィング。君が“機神”の存在によって運命を狂わされる人々を救うために全てを懸けて戦ってきたのだろう。わたしも同じだ。わたしも“神”に滅ぼされたエンシアの民を救うために全てを懸ける』

 そして兄の幻影は床に崩れたままのリーナを見る。

『リーナ、わたしは後戻りするつもりはない。ただ、ここに来た“狼犬”の覚悟も説得できないのは理解しているつもりだ。だから、お前が彼を止めるんだ。お前がこちらに戻ってくればその時点で彼の戦いは終わる』

 リーナは床に手をついて身体を起こそうとするが、どうすれば良いのか分からずに立ち上がることができない。

「兄様……わたしは……」

『彼を裏切れないのも分かっている。だが、それはエンシアの民を裏切ることになる』

 諭すように、そして決断を促すように兄の幻影は告げる。

『生きながらに諦めては、何もできずに殺された臣民たちを冒涜するに等しい。最後の王族として、それは絶対に許されることではない』

 兄の言葉を聞いたリーナはハッとして拳を握り締める。それは最後の父王との会話で心に刻んでいた言葉であった。

『父上がお前に残した言葉なのだろう。わたしはあの時、“機神”に囚われていて何もできなかったが、お前が脱出する姿だけは確かめようとその様子は見ていた』

 兄が遠くを見るように目を細めるが、やがてその手をリーナに差し出した。

『戻ってくるんだ。父上のためにも──』

「……わたしは──」

 リーナは口を震わせる。

 兄の姿に父王の姿が重なって見えた。

 確かに多忙であり会う機会などめったになく、良き王ではなかったと言っていたが、それでもリーナの前では兄と同じように優しい父親であった。

『それに“狼犬”を神の定めた運命のまま死なせたくないはずだ。“狼犬”に戦わせる運命をもたらしているのは“神”に選ばれたお前だ。お前も彼を死ぬまで戦わせる戦乙女にはなりたくないはずだ』

 幻影でしかないその手にすがれば過去の自分に戻れるような錯覚が、懊悩となって彼女の全身を震わせる。

「わたしは……」

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