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サンクチュアリ・ファンタジア3―光の祈りと闇の呪いと機械仕掛けの災厄と神に選ばれた傭兵―  作者: みなかけん
第四章 『もう貴方の戦乙女にはならない』
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エンシア滅亡の真実

 リーナは一人、通路を歩いていた。

(ここに――)

 彼女の脳裏に一人の青年の姿が浮かぶ。誰よりも気さくで優しかった彼女の兄の姿だ。

 やがて、どこかの部屋に出た。

 周囲が機械に覆われ、中央の床に円形の装置が設置されている。

 部屋が明るくなった。

 天井に設置された巨大なモニターが点灯していた。画面には映像はないが端に起動チェックのメッセージが流れている。

 そして中央の装置が起動した。

 その装置の上に浮かび上がるように人の幻影が浮かび上がる。この中央の装置は会議や説明の場で使われる立体映像装置のようだ。

 装置が映し出したのは闇の外套を纏う一人の人物だった。

『よく、ここまで来てくれたな』

 装置から声が鳴り響く。機械で合成された音声だが、その声はまぎれもなく彼女がよく知る者の声であった。

「……顔を見せてください」

 リーナは気丈を装い、声をかける。

 幻影の人物が顔を隠す外套をずらした。

 長い黒髪にリーナとよく似た碧い瞳を持つ若き青年――その穏やかな表情は彼女の記憶を揺り起こした。

『あまり驚かないか。彼から話を聞いていたか』

「……驚いています。ですが、本当に兄様なのですか?」

 兄の幻影が微笑む。

『肉体を持たない幻影が血の繋がる兄と名乗るのもおかしい話か。だが、お前がそう思ってくれるなら、きっと兄なのだろう』

 確かに装置が作り出した姿と声でしかない。それに当時と比べて物々しい雰囲気を纏っている。

 それでも、その振る舞いや言葉使いは彼女の記憶にある兄の姿そのものであった。



 マークルフの視界に機械に浮かぶ男の幻とリーナの姿が映像として映っていた。

 目で捉えた光景ではない。それに声も聞こえている。

「……機械に映る兄と戦乙女の妹が数百年の時を越えて再会か」

 マークルフはこちらを眺める魔女を睨み返す。

「その視界に映る光景は、我が主人が貴方の胸に埋め込まれた“心臓”の魔力を媒介に見せているもの。お身体に影響はありませんのでご安心ください」

 魔女が答える。どうやら同じ光景を魔女も見ているようだ。

「やはり、そういうことか。それで俺の前にだけ勝手に姿を見せていたって訳か」

「度々のご無礼は代わってお詫びしますわ。主人は貴方のことをどうやら気に入っているみたいでしてね」

「お兄様に気に入っていただけるなんて光栄だね」

「ええ。主人も貴方にならリーナ様を託しても良いそうです。ただ思いのほか跳ねっ返りなので苦労しても構わないなら、と言っておりましたわ」

 マークルフは口の端を吊り上げる。

「さすがお兄様だ、よく分かってらっしゃる……だが、あいつの跳ねっ返りは承知のうえさ。だからお兄様には安心して消えていただけたら最高なんだがね」

 外套の下で魔女の唇が笑みを作る。

「そう邪険にされては主人が気の毒ですわ。ぜひ話をお聞き下さい。そうすれば、あの人のお考えもご理解いただけると思いますわ」



 リーナは一歩、機械の前に詰め寄る。

「兄様は《アルターロフ》の暴走で亡くなったはず……何故、このようなお姿でここにいるのですか?」

『確かにわたしはあの時、人としては死んだ。だが、わたしの意思は消えていない。あれから数百年、この時が来るのを待ち続けていた』

「何故、“聖域”を混乱に陥れるような真似を!? 私の知る兄様はこのような事をされる人ではありませんでした!」

 戸惑いと疑問が彼女の語気を鋭くさせていく。

『それはお前がまだ何も知らないからだ』

 ヴェルギリウスが諭すように答える。

『リーナ、お前はエンシアの最期を知っているか?』

「もちろんです! 忘れる事はありません。あの日、《アルターロフ》を中心とする機械群の暴走によって国土は壊滅しました」

『そうだ、それは間違いない。そしてお前は父上の願いに従い、グノムスに乗って地下深くに逃げ延びた。それはわたしも分かっている……だが、その先の出来事を知っているか?』

 リーナは一瞬、言い淀む。

 地下に逃げた彼女はこの後の出来事を見ていない。この時代に残る伝承で聞いているだけだからだ。

「それはこの時代の人々に教わりました。“神”が出現し、《アルターロフ》の暴走を止めたと――しかし、“神”でも《アルターロフ》を破壊することができず、“聖域”を作り出してそこに封印――」

『違う』

 ヴェルギルウスがリーナの説明を遮るように言った。

「何が違うのですか?」

『確かに《アルターロフ》の暴走で王国は壊滅した。元々、エンシア文明そのものが《アルターロフ》――いや、“機神”を生み出すための儀式だったのだ。エンシアの歴史は“機神”を生み出すためのものと言っても過言ではない』

 そこまで言って幻影がリーナの反応を窺うが、彼女は動じることなく静かに立ち続ける。

『……気づいていたか』

「そうではないかと教えられていました」

『そうか、ならば話は早いな――文明に行き詰まりながら、それでも文明にしがみついた民の選択が“機神”を生み出し、その暴走が王国を壊滅させた。報いと言えばそれまでなのだろうが、お前はこれを運命だったと受け入れることができるか』

 リーナはしばらく迷うも頭を振った。

「……いいえ。たとえ、世界を歪めてでも文明を維持しようとしたエンシアの行いが悪だとしても、あの理不尽な惨劇を運命の一言で片付けたくありません」

 悔しい思いを吐露するリーナを前に、幻影も無念に満ちた眼差しを浮かべた。

『リーナ、今からわたしが言うことを心に刻んでくれ。これはエンシア王族として知らねばならない王国の真の悲劇だ』

 そしてヴェルギリウスが告げる。

『お前が逃げた後、確かに“神”が出現した。しかし《アルターロフ》の暴走を止めたのではない。逆だ。《アルターロフ》が“神”の暴挙を止めようとしたのだ』

 リーナは今までに聞いたことのない話に思わず動揺する。

「……どういうことなのですか?」

『お前の見た悲劇は確かに多くの犠牲を出した。だが、それでもまだ多くの国民は生き残っていたのだ――その生き残った国民を抹殺したのは他ならぬ“神”だ』



「何だと……」

 時を越えて再開した兄妹の姿を見ていたマークルフも、初めて聞くその話に動揺を隠せないでいた。

「主人――いえ、ヴェルギリウス様の仰る通りですわ。あの“神”の暴挙は私もあの方と一緒にこの目に焼き付けております」

 魔女エレが答えた。

「マークルフ=ユールヴィング殿。貴方は“戦乙女の狼犬”の名を背負い、リーナ様と共に“機神”の存在に誰よりも向き合ってきた御方。ですから貴方も知るべきなのです。あの人もそう考え、貴方もここに迎え入れられたのです」



『信じられないという顔だな。無理もないか。お前は今まで戦乙女として“神”に誘導されて戦って来たのだからな』

 幻影の兄の言葉と共に天井のモニターが起動した。

 それに地図が浮かび上がる。そしてそれを埋め尽くすような無数の光点も――

「これは……」

 リーナは地図がエンシアの広大な領土を示す物だと気づく。しかし、無数の紅い光点が何を示しているのかは分からなかった。

『あの日、“機神”へと覚醒した《アルターロフ》の活動記録だ。そして、その光点は《アルターロフ》を求めた民の姿だ』

 リーナはその言葉の意味がすぐには分からなかった。

『“闇”は求める者に力を与える。そして、“闇”もまた向けられた強い願いを力に変えて糧とする。この光点は全て、エンシアの未来を託した民たちの願いが魔力となって《アルターロフ》に送られた記録だ』

 リーナはかつてエルマから教わった事を思い出す。

 人の命そのものが力を生み出す性質があり、マークルフに埋め込まれた機械である“心臓”も彼の生命活動から生まれる魔力が動力になっていると――

『《アルターロフ》の管理機関がその暴走を止められなかったのもこれが理由だ。魔力の供給を絶っても民がエンシアを救う“神”としての覚醒を望み、力を与えていたのだ』

「信じられません! あれはエンシアを救う“神”なんかじゃない! エンシアを滅ぼした災厄です!」

 リーナはそこまで叫んで、思わず声を荒らげる自分に驚く。

 告げられた真相への戸惑いと、滅亡の忌まわしき記憶がそうさせてしまっていた。

『すまない……いきなりそう言われても戸惑うのが当たり前だな。説明しよう。あの日、《アルターロフ》が“闇”と接触して“機神”に覚醒した。そしてエンシア国土を襲撃して壊滅に追い込んだ。それはまぎれもなく事実だ』

 リーナは息を呑む。受け入れがたい動揺が喉を鷲づかみするかのようだった。

『だが、あれはエンシアを滅ぼすための行動ではなかった』

「そんな!? 私は見ました! 《アルターロフ》とそれが率いる機械兵器がエンシアの人々を襲い、国を破壊しました! そうです! 国民やお父様も――」

『“機神”はエンシアの民を滅ぼすために国を破壊したのではない。エンシアの民を救うためにエンシア文明を滅ぼしたのだ』

 リーナは愕然とする。

 災厄であるはずの“機神”が、エンシアの民を救おうとしたなど想像したことすらなかった。

『先程も言ったが、エンシア文明そのものが“機神”を生み出す儀式だった。だが、決してエンシアの民は利用されていたのではない。エンシアの永き繁栄を望む民の願いが“機神”を生み出したのだ。“闇”は望む者に力を与え、そして望む者から力を得る。“機神”とエンシア文明の関係はまさにそれであり、“機神”は間違いなくエンシアの民が望んだエンシアの守護神として覚醒した――いろいろな話を“神”は遠回しにお前に教えたかも知れないが、この話はお前に教えていなかったのではないか?』

「それでは何故、《アルターロフ》はエンシアを滅ぼしたのです!? エンシアを守ろうとした人々を皆殺しにしたのは他でもない――ッ」

『エンシア文明を滅ぼさなければ、守るべきエンシアの民が滅びたからだ』

 リーナの憤りをいさめるようにヴェルギリウスが答えた。

 確固たる意志を秘めた静かな声がリーナから反論の言葉を奪う。

『エンシアが“機神”を生みだし、地上が“闇”に傾き続けることを“神”は望んでいなかった。だから“神”は“機神”が誕生する前に地上に降臨し、エンシアを滅ぼすことを決めていた』

「“神”がエンシアを……」

 信じられずに戸惑うリーナの姿を見て、ヴェルギリウスは訝しむ表情を見せた。

『何がお前を戸惑わせる?』

「何が……?」

『忘れたのか。“神”もまたその性質に従って活動する“光”の特異点的存在でしかないことを――そう考えれば“神”がエンシアを滅ぼそうとするのも当然の話のはず。エンシアの人間であるお前にもそれは分かるはずだ。それとも、あれが“神”として崇められる世界に目覚め、その思想に感化されてしまったか』

 ヴェルギリウスの告げた“神”の正体はエンシアで定説となっていた話だ。エンシアは“神”を崇めず、ただの力の塊と見なされていた。

 王族であったリーナもその考えは例外ではなかった。しかし、今はこの時代に生きることで人々を導く存在としての“神”を認めていたことをあらためて自覚する。

 その点では兄が指摘した通りなのだろう。

『それとも……戦乙女として転生したお前はわたしの知るリーナではなくなったという事なのか?』

 ヴェルギリウスの瞳に疑念と悲哀が帯びる。

 時代を越えて再会した妹が“神”によって変質したことを疑い、そうしなければならないことを悲しく思っている――リーナにはそう思えた。

 そして、リーナもまた兄の幻影にそう思われることに喩えようもない悲しさを覚えた。

「……いいえ、私はリーナ=エンシヤリスです。たとえ戦乙女に生まれ変わっていたとしても、それは変わりません」

 リーナは答えた。

 ヴェルギリウスは己を恥じるように目を閉じる。

『そうか、すまなかった。“神”憎しのあまり、せっかく再会した妹まで疑ってしまうとはな……許してくれ』

 毅然としていた兄の幻影に一瞬、後悔の表情が浮かぶ。

 リーナは答えない。

 自分もまた幻影でしかない兄をどこかで疑っていた。

 しかし、その後悔の姿に昔の優しい兄の面影を見逃さなかった。

「もっと話を聞かせてください。兄様が何故、そのようなお姿でいるのか。どこまでご存じなのか、そしてこれからどうされたいのか――」

『そうだな。ならば、リーナ=エンシヤリスとして話を聞いて欲しい。そしてお前の思いを聞かせて欲しい。このような姿でいるが、それがヴェルギリウス=エンシヤリスとしての願いだ』

 そして兄の幻影は再び話し出す。

『エンシア末期は機械文明の影響によって世界の均衡は“闇”に傾いていた。だが、均衡を望む世界は“光”である“神”が干渉しやすい時にもなっていた。世界を統べていたエンシアにも“神”の信仰者たちは生きており、彼らは“神”降臨のための準備を密かに計画し、そして完成させていた』

 幻影がリーナを見据えた。

『そして、“神”の思惑を対極の存在である“闇”も知っていた。だから“機神”として覚醒した後、エンシア文明の破壊を選んだのだ。世界の均衡を“闇”に傾けている機械文明を破壊し、その均衡を元に戻せば“神”の降臨を阻止できたからだ……だが、遅かった。“光”側の信徒たちは“機神”を止めるために“神”を呼んだのだ。そして“神”は召喚され、エンシアの地に現れた。そして“神”は文明破壊から逃れた民を徹底的に抹殺したのだ』

 ヴェルギリウスの双眸が険しくなる。

 リーナには分かった。それは彼女も持ち、そしてそれ以上の理不尽への怒りだと――

『わたしは今も鮮明に覚えている。地上から噴き出した光の柱が天を貫き、世界を光が覆った。そしてそこから光の流星雨が地上に降り注いで人々をかき消していった……その時にエンシアの民は本当に抹殺されたのだ』

 抑えきれない怒りに兄の声は震えていた。

『民が滅ぼされた理由はもう分かるだろう。“機神”に力を与えていた民を滅ぼしてその力を削いでから“神”は“機神”と衝突した。そして“機神”は敗れて封印された――これが世界の歴史から消されたエンシア滅亡の真実だ』


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