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サンクチュアリ・ファンタジア3―光の祈りと闇の呪いと機械仕掛けの災厄と神に選ばれた傭兵―  作者: みなかけん
第四章 『もう貴方の戦乙女にはならない』
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世界は“狼犬”を待っている

「“要”の回収は可能です」

 一晩かけて“要”の分析を行ったエルマがマークルフたちに報告を行う。

「動かせるのか?」

 マークルフの問いにエルマはうなずく。

「直接は掴めませんが、霊力を用いた干渉によって移動は可能です。ふわふわ浮かぶ羽根に息を吹きかけるような感じになるでしょうか。グノムスならできると思います」

「よく調べてくれた。これならこっちも動きやすくなる。しかし、“要”を動かして“聖域”に影響は出ないのか?」

「出るでしょう。“聖域”はこの小さな穴から流れ続ける膨大な水が巨大な湖を形成しているような物です。その穴を塞ぐのですから当然、湖面は下がります。予測される影響は──“聖域”の中心部の不安定化でしょうね。“要”から漏れ出る霊力は複雑な経路で“聖域”全体を巡り、最終的に中心部に集まっています。最も大きく影響を受けるのは中心部でしょう」

「中心部といえば“機神”が放置されておるクレドガル王国ではないか? “機神”が動き出すかもしれんぞい?」

 ダロムも危惧するように疑問をぶつける。

「いや、これでいい」

 皆の危惧を払拭するようにマークルフは告げた。

「オレフが“聖域”に穴を開けたのは俺たちに“機神”と戦わせるためだ。その時を早めたと思えばいい」

 世界に危機が忍び寄る現在、元凶となる“機神”の破壊を急がなければならない。

 ブランダルクの戦いによって得た“機神”を破壊するための手がかり。その前提となる条件は“聖域”が不安定な状態である事だ。

 “要”の回収によって“機神”のいる地はいずれ不安定な状態になるなら、それは“機神”の蠢動を招くが、同時にそれを破壊するための機会でもあるのだ。

「それができるなら、あのオレフとやらが“聖域”を決壊させる必要はなかったんじゃないか?」

 ダロムが訊ねる。

「そうは上手くいきませんでしてね。あいつがある程度、外郭を決壊させて“聖域”の流れにさざ波を立てたからこそあいつも“要”の位置を測定できたとも言えますので。その後まで“聖域”の決壊を大きくした考えは分かりませんが、何でそうしたのか死人には訊けませんしね。あいつにしてみれば自分は自分の計画を貫くから、副産物として発見した“要”はこちらで有効利用しろって事なんでしょうか?」

 エルマは肩をすくめる。オレフと並ぶ彼女を以てしてもそれ以上は分からないようだった。



 クレドガル王国の王城──

 その玉座の間に国の重鎮たちが集まっていた。

「ユールヴィング卿はどうされているのだ?」

 重臣の一人が口火を開く。

 玉座には若き国王ナルダーク。その両脇には列席する重臣たち。

 そして玉座の前には大公バルネスがいた。

 今回の会議は不穏な空気に包まれつつある情勢にどう対応するか、その対策を立てるためのものであった。

 しかし現在、忍び寄る危機はただの戦いではない。“機神”に酷似した“異形”たちの暗躍を始めとする人ならざる存在への脅威である。

 必然的に彼らの疑問はバルネス大公にぶつけられていた。

「ユールヴィング男爵は現在、起こりうる危機に備えて戦いの準備を急いでおります」

 大公バルネスが国王に向かって答える。

「その起こりうる危機とは何なのだ!? 知ってることは教えて頂きたい!」

「そうです! すでにあの“機神”に似た異形が各地に現れて人々を襲撃していると報告が集まっているのだ!」

「それだけではない! 古代機械が動き出して暴れているという情報もある! まるで古代王国の終焉と同じようだ!」

「そうだ! ユールヴィング卿は何をしておるのだ! “機神”と戦うのが“戦乙女の狼犬”の名を持つ者の役目ではないのか!」

 家臣たちが次々に口を開く。

 苛立ちと焦りが込められた彼らの発言は不安と恐怖の裏返しである。

 全ての人々の心に轟くあの怨嗟の咆哮は、ここ一月近くの間にすでに十回を越えていた。そして人々を襲撃する異形、あるいは古代機械の噂が世間にも広がり出している。

 否が応にも聞くことになる怨嗟の咆哮だけでも人々は不安を覚えていたが、襲撃の噂も伝わりだすにつれて明確な恐怖となっていた。

 そして咆哮の間隔は恐怖に震える鼓動のように徐々に狭まりつつある。

 すでに一部では暴動が発生したとの噂もあり、各国政府も対応が急がれていたが、その国を背負う彼らも未曾有負の脅威に恐怖しているのは一緒なのだ。

「静粛に!」

 国王が告げると謁見の間は静まりかえった。

「……バルネス大公、皆の不安も当然です。何が起きるのか知っている限りでいいので教えてもらいたい。そして、我らに何ができることがあれば遠慮なく言ってもらいたい」

 バルネス大公は周囲の重臣たちの表情を横目で見てとると国王に向かって答える。

「残念ながら詳しいことはまだ分かりません。しかし、迫る異変の元凶が“機神”にあることは明白。故にユールヴィング卿は“機神”との戦いに出る準備をしております」

「あの“機神”と戦うつもりなのですか? 永きに渡って誰も破壊できなかったあの機械仕掛けの怪物を倒す術が見つかったというのですか?」

 国王の問いにバルネスは静かにうなずいた。

 周囲が騒然となる。

 この“聖域”は“神”ですら破壊できなかった“機神”を封印するために作られた事は全ての住人たちが知っている。

 その“機神”を破壊できるとするならば、それは“聖域”の成り立ちと歴史の意味を覆す偉業となるだろう。

「この先、何が起きるのか。それは分かりません。しかし、この世界の命運を決める大きな戦いになるのは間違いございません。ユールヴィング男爵もこれが自分にとっての最後の戦いになるかも知れないとも言っております」

「それは死ぬ覚悟の戦いという事ですか?」

 家臣の一人が質問した。

「当然、そのつもりでしょう。しかし、これからの戦いは勝っても負けても最後の戦いになるという意味──“狼犬”と“機神”の最終決戦になると見ております」

 その言葉にさらに周囲は騒然となるが、国王は手を挙げてそれを鎮めると自ら訊ねる。

 国王は悩むような表情を浮かべる。

「ならば、この都からの避難を急がねばならないという事ですか?」

「はい。王妃殿下も臨月が近づいており、無理に動かせないのは承知しておりますが、急がねばなりません。この世界を蝕む機械仕掛けの運命と決別し、新たな世界に御子をお迎えすることが我らが為すべきことと思います」

 決断を迫るようにバルネスは若き国王に頭を下げる。

 国王はしばし悩んだ後、国王は立ち上がった。

「……周辺都市へ受け入れ準備を急ぐように触れを出せ。これより、我々はユールヴィング卿の戦いに備えて市民の避難を優先する」

 国王の決断を聞き、重臣たちは動き出した。

 その足取りは“狼犬”への期待と共に重々しい雰囲気を醸し出していた。

 彼らも予感しているのだろう。

 古代より続く“聖域”の物語に終わりが近づいているかも知れないと──



 会合が終わった後、大公バルネスは国王の控え室に赴く。

 そこには国王と王妃の姿もあった。

 王妃はすでにお腹も大きく、椅子に座っていたが、大公の姿を見て静かに頭を下げる。

「王妃殿下にはご心配ばかりおかけして申し訳ない。現在、ユールヴィング男爵がこの事態に対処するために動いているところ。もう少しご辛抱下され」

「いえ、バルネス老。頭を下げるのはこちらの方です」

 国王が答えた。

「老とユールヴィング卿にはいつも大変な負担ばかり背負わせてしまっている。本当ならわたしも国王としてもっと尽力するべきなのですが……」

「お気遣いは無用。臣下として王国と“聖域”の危機に動くは当然。それにこの戦いは“機神”との戦い。“狼犬”の名を掲げる者たちにとって避けられない戦い──いえ、待ちわびていた戦いなのです。この老いぼれではできる事は限られますが、若き“狼犬”は必ずや最後まで戦い通して見せるでしょう」

 大公の言葉を聞き、王妃が顔を伏せた。その顔を隠すように両手で覆う。

 咄嗟に国王は最愛の妻の肩に手を回した。

「大丈夫かい? 気分が優れないのかい?」

「……いえ、感謝しているのです。大公様やユールヴィング男爵様のご尽力がとても有り難くて──」

 普段、物静かで感情も表に出さないシスティア王妃が声を震わせていた。

「いまも怖いのです……あのおぞましい異形の声が……」

 王妃は嗚咽交じりに声を絞り出す。

「私には本当に愛せる家族は今まで居ませんでした……ですが陛下に見初められ、こうして御子も授かり幸せでございます……ですが、あの耳を塞いでも聞こえてくる恐ろしい声が……この子に障るのではないかと……あの声の主がここに来て襲って来るのではないかと……怖くて……怖くて……」

「大丈夫だ。僕たちの子はそんなに弱くはない。わたしも皆も負けるつもりはない。君はただこの子が元気に産まれて来れるようにその身を大事にすれば良いんだ」

 そして国王は女官たちを呼ぶと王妃を奥に連れて休ませるように命じた。

 バルネスはその姿を見送る。付き人が増えているのはいよいよ出産を迎えるための準備が始まっているのだと実感させた。

「……取り乱したところを見せてしまいました。システィアもかなり心労が重なり、それがまた自分を追い詰めているようでして──」

「無理もありますまい。初めての御子です。王国にとっても待望のお世継ぎであり、何より最愛の夫との間にもうけた大事な命。その期待と重責に加えてこの異変です。どれ程のご心痛か察して余り有ります」

 国王も妻を案ずる姿を見せ、そしてバルネスに頭を下げる。

 それは主君ではなく妻と我が子を守ろうとする若者の姿であった。

「どうかお願いします。どうか、生まれてくるあの子に未来を──」

「無論ですじゃ。この世界の未来を“機神”に潰させたりはしません。それが我が友たる“狼犬”ルーヴェン=ユールヴィングの願いであり、私と若き“狼犬”の願いそのものでもありますからな」



「そう、その調子よ」

 エルマが《グノムス》に指示する。鉄機兵も胸の搭乗口を開き、周囲の地面には霊力の淡い光が宿っている。

 “要”を《グノムス》の内部に格納する作業が続いていた。

 エルマが《グノムス》に接続した端末を操作し、それを見ながら鉄機兵にデータを送っているらしい。それを元に《グノムス》は霊力操作をしながら慎重に“要”の移動を試みていた。

「まだ、時間はかかりそうか?」

 エルマの後ろで、自分の目では見えない世界の命運をかけた作業をマークルフは見守る。

「そうですね。慣れるまでの時間が必要でしょうか。慣れてしまえば早いんですけどね」

「慣れればもっと扱いやすくなるか」

「……もしかして、この“要”を兵器として利用する方法をお考えですか?」

 考えを見抜いていたのか、エルマが振り向いて尋ねる。

「ああ。“聖域”全体を消し飛ばすほどの力を凝縮した霊力の塊だ。これを“機神”への武器に使うことができないかと思ってな」

「面白い考えですが、どうするんです?」

「そうだな……グーの字が回収できるならここは一つ、奴に犠牲になってもらって“機神”に特攻とかな──」

 エルマはマークルフの背後を見てニッコリと微笑む。

「男爵、後ろでリーナ姫とプリムちゃんがすさまじい形相で見てらっしゃいますよ。ご覧になります?」

 マークルフは視線を後ろに向けようとするが、本能的に感じた危険に顔を硬直させる。

「人の顔を見れないような事はおっしゃらない方がいいですわ。それに今の技術では“要”を動かすだけで限界ですね。利用は無理です。分割する事もできないし、任意に力を引き出す術もありません」

「最後の手段で爆発させるとかもできないのか」

「それも不可能です。ついでに言えば“闇”の特異点と直結した“機神”を純粋な破壊力だけで消滅させようとしたら──理論的にはこの世界を消滅させるのと同じぐらいの熱量が必要です。“要”の力を全て破壊力に変えられたとしても、地上がきれいさっぱりになるだけで“機神”だけは残っちゃうでしょうね」

「肝心の粗大ゴミが残るだけか」

「そういうことなので、うちらは世界の法則を利用した裏技で勝負に出るしかないわけです」

「……そうは上手くいかないもんだな」

 ため息をつくマークルフの横にリーナが立つ。

「マークルフ様、世の中、そんなに上手い手段なんてないものですわ」

「そうかも知れねえが、下手な手段しか浮かばねえってのも冴えねえ話だ」

 リーナは微笑む。

「幸いにも私たちには“機神”と戦う手段が見つかったのです。その手段が上手くいくように最善を尽くすべきですわ」

 マークルフは横から向けられる彼女の眼差しを見て、その瞳に吸い込まれそうになる。

 出会った頃の純粋さに加え、今はそれに強さを見い出すようになっていた。

 それは自分の運命に挑み、そして受け入れる覚悟をした者の揺らぐことのない美しき強さだった。

「……どうかされましたか?」

「いや、うちの姫様もずいぶんと頼もしい台詞をおっしゃるようになったと思ってな」

「どこかの誰か様にさんざん付き合わされてはイヤでもそうなりますわ」

「俺が苦労ばかりさせたみたいじゃねえか?」

「ええ。“狼犬”のお芝居ってそんな筋書きばかりでしたわ」

「あいにく“狼犬”芝居は主演女優が一番大変な役なんでな。ま、悪い男に引き抜かれたと思って諦めな」

「まあ」

 リーナはわざとらしく驚くが、やがて二人は互いに苦笑する。

「あら、良い雰囲気で。男爵、もう少し逢瀬の時間をご所望でしたら、作業をゆっくりにしても構いませんよ?」

 エルマが茶化すように言うが、マークルフはすぐに頭を振った。

「いや。急いでくれ。戦乙女様の言う通り、俺たちは最善を尽くすだけだ」

 マークルフは厳しい目を向ける。

「世界の命運を賭けた戦い、“聖域”中の観客が待っているんだ」

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