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サンクチュアリ・ファンタジア3―光の祈りと闇の呪いと機械仕掛けの災厄と神に選ばれた傭兵―  作者: みなかけん
第四章 『もう貴方の戦乙女にはならない』
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“神”が隠せしもの

 マークルフが城を出立してから約二週間──

 “聖域”南西部に位置する山岳地の中にある台地にその姿があった。

 同行しているのはリーナとエルマ、そして《グノムス》と二人の妖精の姿だ。

 頂きであるなだらかな丘は頭上に澄んだ空、崖下に地上を見下ろせる壮観な景色の場所に、彼らは“要”を求めてやって来ていた。

「エルマ、ここに本当に“聖域”の“要”とやらが眠っているんだな」

「オレフに騙されてなければですけどね」

 エルマは地面にあぐらをかいて座り、《グノムス》とコードで繋がった端末を操作していた。《グノムス》の持つ演算能力と動力を利用した計算器であるらしい。

 オレフの残した情報ではここに“要”が存在するらしい。エルマは現在、ここの霊力の流れを解析しながら“要”の正確な位置の測定を試みていた。

 マークルフは腕を組んで周囲を見渡す。

 周囲はまばらに草が生えた荒れ地であり、崖の向こうから地上を俯瞰できる以外は鳥や小動物の姿がちらほらと見えるだけだ。

「……こんな何もない場所に“要”があるのか」

 マークルフはどうにも拍子抜けするような顔をする。

「あら、風光明媚な場所じゃございませんか。お暇でしたら姫様と一緒にお散歩なんていかがです? それとも魔物とかが待ち受けていた方が良かったですか?」

 エルマが端末を相手にしながら答える。

「いや、そういう訳じゃないんだがな。“聖域”の“要”が隠されているっていうから、何かこう罠とか守護者とか、そういうもんが居るかも知れないから気合いを入れて頑張りましょうねってリーナさんがな──」

「私は別に何も言っておりませんが?」

 隣にいたリーナが冷静に答える。

「男爵のご期待に添えなくて残念ですが、“要”とはいわば砂漠の中の小石みたいなもの。これみよがしに小石を守ってたらそれが怪しいってバレちゃうじゃないですか」

「そう言われてみればそうだな。たとえ天使や魔女たちが砂漠を見通す目を持っていても、その中からどれが目当ての小石か分からないから今まで見つけられなかったって事か」

 エルマが端末を操る手を止めた。

「……見つけたかも知れませんわ。グノムス、ついて来てちょうだい」

 エルマは立ち上がると一人、何も無い場所を端末を手に歩く。コードで繋がれた《グノムス》もそれに会わせて一歩一歩ついて歩く。

 エルマは端末と目の前の景色を交互に比べていたが、やがて止まった。

「あそこですよ」

 マークルフは指し示した場所を睨むが、殺風景な景色の一部分にしか見えなかった。

「……よく分からねえ」

「でしょうね。普通に肉眼では認識できない大きさの空間ですからねえ──グノムス、少しだけ周辺の土地に霊力干渉をお願い。それで“要”が観測しやすくなるわ」

 命令を受けて《グノムス》を中心に周囲の土地が淡く光る。

 しかし、マークルフの目には何も変わった点は見えない。

 その頭の上に妖精族の二人がよじ登る。

「あ、見て、じいじ! 何かあるよ!」

「おお! えらくちっこいが……これが“要”というやつか!」

「グーちゃん、ほら、あそこ。わかる?」

 プリムが《グノムス》に教えるように小さな指を向ける。

「グーちゃんも見えるよね! すごいね! フワフワしてきれい!」

 何も反応を示さないが《グノムス》も見えるようであり、妖精娘にはそれが分かるらしい。

「……リーナ、お前には見えるか?」

「……いいえ。私もさっぱりです」

 どうやら目に見えるのは妖精族二人と《グノムス》だけらしい。

「“要”はいわば大地の霊力が凝縮された空間ですからね。霊力と親和性の高い妖精族、同じ能力を持つ《グノムス》には分かるんでしょう。ま、そう思って一緒に来てもらったんですけどね。確認も取れましたし、これで“要”発見としましょうか」

 エルマは端末を操作しながら答えた。

「本当にそこに“要”とやらがあるのか? この数百年にわたって“聖域”を支えてきた途方もない霊力の塊なんだろ?」

 マークルフにはそよぐ風しか感じる事ができず、そのようなとてつもない存在が目の前にあると実感できない。

「観測しなければ外部からの干渉もできないぐらい極小の空間でもありますからね。でも、間違いないでしょう。この周辺の霊力の流れはとても複雑です。一見、単調な流れですが、詳しく解析するほど巨大な迷路が姿を見せるような感じで、どこが最奥かをなかなか予測させてくれませんでした。ここが“聖域”内でも最も構造が複雑な場所──まさに“神”が隠していた途方もない地下迷宮ですよ」

 エルマが珍しく感嘆するように呟いた。

 科学者たちが長きに渡って謎としてきた秘密をこの瞬間、突き止めたのだ。彼女にしても感慨深い何かがあるのだろう。

「なるほど……その迷宮に隠されたお宝を探し当てた歴史的瞬間に、俺たちは立ち会えたって訳だ」

 マークルフは大仰に驚く姿を見せるが、すぐに首を傾げる。

「しかし、見えないってのもあるが、こう──歴史的発見だ、やったぜって感じがしねえな」

「発見なんてのはそんなもんですよ。何か見つけて、検証して、どうにも否定する根拠がないなあ、じゃあ発見でいいよねって感じでしてね」

「発見した科学者にそう言われると返す言葉もねえが……地味だな」

「こういうのは周りが盛り上げてなんぼですからねえ。プリムちゃん、男爵が物足りないみたいだから拍手してあげて」

「いいよ。ほら、みんなも! はくしゅ~!」

 プリムが拍手する。それに合わせるようにリーナとダロムも遠慮がちに一緒に拍手する。《グノムス》もプリムに頼まれては断れないのか、鋼の手を打ち合わせる動作をする。

「……もういい。子供のお遊戯会みたいでかえって虚しくなる」

 まばらな拍手を前にマークルフは嘆息する。

「それで、エルマ。こいつをどうこう出来るもんか」

「それはこれから調べます。もうしばらく時間を下さいな」



 空は夜の帳に包まれていた。

 マークルフは焚き火の番をしていた。目の前ではリーナが毛布に包まって眠っており、プリムもその懐に潜り込んで一緒に眠っている。

 エルマはあれからずっと《グノムス》を従えて“要”の性質を解析する作業を続けていた。

 ここに来るまでの間にあの異形の“咆哮”を何度も聞いていた。

 同じ異形が何度も吼えているのか、それとも咆哮の度に新たな異形が世界のどこかに出現しているのか。いずれにしてもその度に世界に危機が現出し始めているという事だ。

 そのためにエルマも解析を急いでくれているが、それでも夜を徹しての作業が見込まれるという。

「なあ、妖精のじっちゃんよ」

 マークルフは近くの石に座るダロムに話しかける。

「何じゃ?」

「プリムが言っていたが、あんたは“神”様の事を良く知っているらしいな」

「ま、他の者よりはな。地中深くに住まわれる“神”様はワシら大地の妖精族にとっては身近な存在じゃ。とはいえ、妖精族でもあの方と直接、対面したことはないぞい。この世界で例えるなら雲の上におわすような存在じゃからな」

「……前からどうも怪しいと思ってたんだが、本当は“神”様に会ったことあるんじゃねえのか?」

 疑いの目を向けるとダロムが立ち上がって反論する。

「ワシが嘘をついてるというのか!? あの方は妖精族にお告げという形で声をかけて下さるが、気安く会いに行ける存在ではない! ワシも何度か“神”様にお声がけしてもらっただけじゃ! お告げを聞けただけで妖精族では名誉勲章ものなんじゃぞい!」

「ああ、分かった。つまり、あんたも“神”様の正体についてはよく知らないという事なんだな」

「しかし、そんなことを訊いて何のつもりじゃ?」

 マークルフは毛布に半分埋まったリーナの寝顔を見つめる。

「今度の戦い、黒幕がリーナの兄貴と知ってから考えていたのさ。“神”がリーナを戦乙女に選んだのは、たまたま地中で眠っていただけじゃなく、その因縁もあったからじゃないかってな」

「おぬしはそれを“神”様に訊いてみたいのか?」

「そりゃ、選ばれた理由ってのは知りたいもんだろ? やれば喜ぶような子供のお使いじゃねえんだしよ」

「……何故、彼女が戦乙女に選ばれたのかは“神”様にしか分からん。運命だったのかも知れんし、あるいは偶然だったのかもしれん。ただ一つ言えるとすれば──」

 マークルフはダロムを見る。

「その意味をどう捉えるかを、“神”様は地上の者たちに委ねておられる。ただ教えただけでは伝わらず、自分で気づかなければ価値のない意味も多いからの」

「いやに“神”様の肩を持つな」

「当たり前じゃ! ワシら妖精族の守り神でもあるんじゃぞ! 多少の文句だけなら聞き流すが、あまりバチ当たりな事を言うと鎧の部品を何個かこっそり抜き取ってやるぞい!」

「分かった、分かった。本気で怒るな。リーナたちが起きる」

 二人はリーナたちが眠っているのを確認すると一息つく。

「……しかし、“神”様ってのはつくづく表に出て来ないもんだな。一度は遭遇したはずのリーナも何も覚えてないらしいしな」

「“神”様に謁見を許される者は本当に限られておる。あの“天使”たちですら“神”様と直接、対峙したことはあるまい」

「選ぶだけ選んどいて随分と放任主義だな。“神”様ならこっちの事情も考えてあの神族どもを何とかして欲しいところだぜ」

「“神”様は地上の運命は地上の者たちに委ねておるからな。あの神族たちも例外ではないんじゃぞい」

「『意味』がどうとか『運命』がどうとか全部、丸投げじゃねえか。いい迷惑だ」

「文句は好きなだけ言え。しかし、天使たちの件については元々、エンシアの人間たちが彼らを虐げてきた過去に起因することじゃ。世代を重ねた人間にすれば遠い過去でも、その時を生きた当事者にすれば何も終わってない問題なんじゃぞい」

 マークルフは苦い顔を浮かべる。

「エンシア文明の時代から生きている妖精さんの言葉はしみるな……妖精族も実験対象だったようだが、あんたも古代文明の連中を恨んでいるのか?」

「ワシはエンシアに対抗するために奴らの知識や技術を盗んできた。今はあの文明の価値は多少は認めておるが、当時の他種族にしてきた行いはやはり擁護できん。他の妖精族にとってはエンシアの技術も含めて全てが憎しみの対象じゃよ。プリムの母親もかつて非道な実験に利用された一人じゃった」

「文明の謳歌で調子に乗り過ぎて、方々に恨みを買い過ぎたって訳か」

 マークルフは膝を立ててそこにアゴを乗せると、リーナの姿を見る。

「あいつは絶望の中で犠牲になった祖国のために、世界の希望になりたいと願っているだけなんだがな」

「希望と絶望は表裏一体じゃ。希望に手を伸ばそうとすれば知らずに、いや、分かっていても誰かを絶望に蹴落としていたりする。自分が希望を見たいと願うのは美しいように見えて、本当は他の誰かを絶望に追いやる願いなのかもしれん──もし、本当に誰かに希望を見せたいと願うなら、それは希望の裏で振りまいていた絶望を全て引き受けて背負う事になる」

 マークルフはやるせない瞳を彼女に向ける。

「そうだな。自分の求める希望を見たいっていうのは綺麗事じゃないってのは分かってるつもりだ。あいつも多くは言わないが、滅びた祖国の罪を背負おうとしている……だけど戦乙女に選ばれた理由がそんな宿業を背負う為だとしたら、俺はあいつに犠牲になる道を選ばせてしまったのかもしれねえ」

「だったら戦いを止めたらどうじゃぞい? 別に“神”様は何も命令はしておらんからの。このまま今の戦いを続けるかどうかは勇士と戦乙女の選択次第じゃ」

「ヘッ、意地の悪いことを言いやがるぜ」

 マークルフは脇に置いていた《戦乙女の槍》を手に立ち上がると夜の虚空を見つめる。

 彼は今までに多くの事を神槍にかけて誓ってきた。この折れることのない不朽の槍に誓った数々の願いから今更、逃げ出す事などできないのだ。

「じっちゃん。あんたはあの狼頭の天使と知り合いらしいな」

「ファウアンか。奴は昔、エンシア相手に抵抗運動をしていた時の仲間じゃよ」

「他の天使よりは話ができそうなのか」

「さあな。確かに奴はワシとは旧知の仲じゃ。しかし、エンシアを憎む天使には違いない。奴は人と獣人の二つの姿を持つ人狼族じゃったが、エンシアの科学者に実験台にされてな。人としての姿を奪われた過去がある。それにプリムの母親とも親しくてな。彼女を苦しめた所業に誰よりも憤っておる。エンシアの非道の歴史を知る生き証人の一人じゃよ」

「もし、また会ったら伝えてくれないか。俺が天使たちの協力を必要としているってな」

 ダロムが石から降りてマークルフを向かい合う。

「“機神”と戦うためにはあの“魔女”たちが大きな障害となる。あの連中を止めなきゃならねえが、そうなると対抗できる天使たちの力が必要になる」

「考えは分かる。しかし、天使たちがお前さんの頼みを聞くと思うか? ファウアンにしてもワシの頼みだけで動く奴ではないぞい」

「難しいのは承知してるさ。特に俺は奴らの仲間を仕留めているからな。とはいえ、あの“機神”を破壊するための戦いだ。天使たちにしてもそれは願ったり叶ったりのはずだ」

「確かにそうじゃが、しかし──」

「分かってる。手ぶらで交渉はさせねえさ。まずは“要”の情報だ。あんたから見て悪用しないと判断したなら“要”をくれてやっても構わない。元々、そのために“要”を探しに来たんでな。もし、それでもごねるようなら──俺の命をオマケにつけてくれ」

 ダロムの双眸が驚きに開く。

「奴らが要求するなら、俺の命はくれてやる。ただし、“機神”との戦いが終わった後で俺の命が残っていたらの話だがな。それで天使たちの協力を買えるなら儲け物だろ?」

 マークルフは不敵に笑う。

「おぬし……本気で言っておるのか?」

「冗談で言えるか。出会ったばかりの頃は世間知らずだったお姫様がよ、戦乙女としてこの世界の運命全てを背負うつもりでいるんだ。その戦乙女を二つ名に持つ俺が命を惜しんでちゃあ看板倒れもいい所だろ?」

 顔は笑っているが、その目は老妖精を黙らせるほどに真剣だった。

「あと、もう一つ頼みがある。これはついでだ──もし、“神”様に会うことがあれば伝えてくれ。リーナは“戦乙女”になってもリーナのままだ。そのリーナが俺を選んだ。だから、リーナはリーナとして戦うし、あいつに選ばれた俺は“神”が選んだ勇士じゃなくてあいつの相棒として戦うってな」

 マークルフはそう告げるとダロムの返事も待たずに焚き火の前に戻っていった。



 ダロムは静かに眠る少女と、その姿を見守る少年の背中を静かに見つめていた。

(……“神”様。あの娘に敢えて戦乙女としての記憶を与えなかった意味、あの勇士はちゃんと受け止めているようですぞい)

 “神”は自らの存在と意思を前提に動く者を選ばない。

 “神”が選ぶのは二つの者だ。

 一つは“神”に逆らってでも己の意志を貫く者。

 もう一つは“神”に従ってでも己の意志を貫く者なのだ。

(勇士の鎧を修復するという約束は果たしましたが、ワシももう少し、あの者たちの手伝いをさせてもらいますぞい)  

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