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サンクチュアリ・ファンタジア3―光の祈りと闇の呪いと機械仕掛けの災厄と神に選ばれた傭兵―  作者: みなかけん
第四章 『もう貴方の戦乙女にはならない』
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“大地特異点”(1)

 ブランダルク王城――


 国王の執務室に若き少年王フィルアネスがいた。

「――失礼します。お茶をお持ちしました」

 マリアが銀盆を抱えて部屋に入って来る。

 彼女が執務机に紅茶を置く。そしてそれに添えるように一つの書状を置いた。

 少年王は黙ってそれを手に取って広げる。

 それはユールヴィング領から帰還したサルディン隊長からの物だった。

「早馬で届いたそうですよ」

 マリアが告げた。

 幼少から国王の世話係だった彼女は、現在も一般の身分でありながら側仕えを許されている。彼女はその立場を利用してフィルアネスと傭兵組織の連絡役も務めていた。

 フィルアネスは書状を開封し、中に入っていた手紙に目を通す。

「……リファはもうしばらく男爵のところに居るらしいよ」

 少年王は年相応の言葉遣いで答える。若き国王として気を張るフィルアネスもマリアの前では一人の少年に戻っていた。

 手紙によればサルディンは一度、リファに帰還を打診したようである。男爵たちがいるとはいえ、ユールヴィング領にも危険が迫り出したからだが、それを断ったようだ。

「男爵やリーナお姉ちゃんの手伝いをしたいんだってさ。俺たちの分まで頑張るから心配しないでとさ」

 フィルアネスは苦笑する。

 心配するなというのも無理な話だが、彼も国の問題がなければ男爵の手伝いをしたいのは一緒だった。リファもその気持ちを汲んでくれているのだろう。

 フィルアネスはもう一つ同封されていた手紙も手にする。これは男爵から直接、自分に渡すようにと頼まれた物らしい。

 さっそく読み進めるが、やがて少年王は表情を曇らせた。

「何かあったのですか?」

「男爵からの警告だ。これから世界を揺るがすような事態が起きるかも知れない。こっちも十分に気をつけてくれと――」

「男爵様はいったい何をされようとしているのでしょう?」

 マリアも心配そうに答える。

「陛下! 失礼します!」

 そこへ伝令の騎士が慌てた様子で駆けつける。

「どうした?」

「東部の街サークで機械兵器の襲撃が発生しました。その周辺でも同じように被害が報告されています!」

「機械兵器!? 誰かが動かしているのか!?」

「詳細は不明! ただ東部は古代エンシアの遺跡が多い場所であり、そこから未発掘の兵器群が這い出たのではと予想されています!」

 指示を仰ぐように騎士が跪く。

(……どういうことだ?)

 古代エンシアの兵器が勝手に動き出したというのか。しかし、遺跡で眠っていた機械群が一斉に襲撃を開始したとすれば、ただの機械の暴走では片付けられない。

「……陛下!」

「騎士団の出撃準備! 現地住人の避難を優先しろ! 機械の方はまた天使たちが出て来るかもしれないから深追いはしなくていい! それから玉間に召集をかけろ!」

「御意!」

 騎士は畏まるとすぐにその場から離れた。

 フィルアネスは書状を握る手に力を込める。

 全ての住人たちが耳にしたという怨嗟の咆哮を最初に聞いてから数週間。

 あれからも断続的に咆哮の発生が続いている。

 そして、“聖域”各国で鋼のツタを纏う異形の姿が目撃され、襲撃と被害が発生しているという情報がフィルアネスの耳にも届いていた。

 異形は神出鬼没であり、そろって怨嗟の咆哮を轟かせながら襲撃を繰り返すという。

 その噂は民衆にも伝わり始めており、新たな咆哮が轟く度に不安と恐怖に身をすくませているという話だ。

 そして現在、今度は眠っていた古代文明の機械が暴走を始めた。

 鋼のツタと甲殻に覆われた異形の人型。

 そして古代兵器の暴走。

 それは古代文明エンシア終焉の惨劇とその元凶である“機神”を彷彿とさせた。

「男爵の言う通り、この“聖域”に危機が訪れるのかも知れない」

 手紙には魔女や天使たちとの接触、異形との戦いについても記されていた。

 この危機の裏で動く者が存在するらしく、男爵はそれと対決するつもりでいるらしい。

 文面の最後は男爵から盟友であるフィルアネスへの頼みだった。

 もし世界の危機を止める事ができ、かつ自分が生還できなかった時は残された領民たちの事をお願いしたいと――

「……男爵、どうするつもりなんだ?」

 全てが“機神”に起因するのなら、“狼犬”の名を背負う男爵たちは必ず戦いを挑むだろう。

 そしてこの危機に対処できるのも、きっと男爵たちしかいないことも――

 リファが危険を承知で残る気持ちがフィルアネスには痛いほどよく分かった。

 この国を預かる大責がなければ盟友フィルアネス――いや、ルフィンとしてきっと男爵の力となるために動いただろう。

「……リファ、無事でいてくれよ。俺の分まで男爵たちの力になってあげてくれ」



 ユールヴィング城――


「復旧作業は進んでいるようだな」

 城の執務室に詰めるログは書斎机に座っていた。

 その前にウォーレンが立ち、ログはその報告を受ける。

「ええ。他の街からも職人たちが応援に来てくれてますんでね。それと命令通り、非常時の食糧の備蓄も急がせてますぜ」

 ログは立ち上がって窓の外を見る。

 本来の執務室の主が不在のため、副官であるログがこの場を預かっていた。

「この先、何があるか分からん。住人たちの避難場所としての機能だけは最優先で回復させてくれ」

「了解で――それで副長の方も怪我の具合はどうなんです? あんな化け物とサシでやりあったんです。もう少しぐらい休まないと身体に障りますぜ」

「問題ない。それにわたし一人、休んでいる訳にいかないからな」

「まだ完治したわけじゃなし。隊長だって副長を少しでも休ませるつもりで留守を頼んだんですぜ?」

 ウォーレンが笑う。

「何かあるまでは俺らでやっておきますから。タニアがいるでしょう? あいつに身の周りの世話をさせて少しは羽根を伸ばせばいいんですよ。見た目と口はがさつですけど気立ては悪くない娘だ。女房にしておくなら、あれぐらいが丁度良いかも知れませんぜ? 若い分には問題ないでしょう?」

 ログは背中を向けたまま微かに苦笑する。

「あ、冗談だと思ってるんですかい? あいつは何だかんだで世話女房になれる方ですぜ。副長だって今までこのユールヴィング領のために真面目に働いてこられたんだ。手許に一人置いておいて他の女と遊んだって誰も文句は言わねえですよ。副長がその気になれば黙っていない女はたくさん――」

 そこまで言ったウォーレンが殺気のような気配に気づいて振り向く。

 扉の隙間からタニアが顔を覗かせ、『いいぞ、もっと言え』と『余計なことを言うな』という背反する形相をウォーレンに向けていた。

 その気迫に古傭兵も思わず顔を引きつらせる。

「タニア、そこにいたのか」

 ログも振り向く。

 タニアが慌てて扉を開けて取り繕うように姿を見せる。

「あ、いえ、その、盗み聞きするつもりで――」

「お茶を用意してくれないか? 少し休憩したい」

「は、はい! 急いでお持ちします!」

 タニアが張り切って部屋を出て行く。

「……ウォーレン、あらためて頼んでおく事がある」

 足音が消えたのを確かめるとログは口を開く。

「今後、閣下やわたしに何かあった時は〈オニキス=ブラッド〉の事を頼む。ブランダルクの“龍聖”たちを頼ってくれ。サルディンさんにもこちらから頼んで話は通してある」

 ウォーレンは眉を潜める。

「どうしたんです? 随分と弱気じゃございませんかい?」

 ログは壁に掛けられた先代領主の肖像画を見た。

「このユールヴィング領は元々、“機神”の復活を止める最後の砦として築かれた場所だ。だが、その役目もいつか終える時が来るかもしれん……いや、来た方が良いのだと思う」

 ウォーレンも肖像画を見る。彼もまた先代の時から傭兵としてここに籍を置く者であった。

「……副長、そのサルディンから伝言を預かってましてね」

「伝言? 何だ? わたしに直接、言ってくれればよいものを?」

「面と向かっては言うのは柄じゃなかったんじゃないんですかね――“狼犬”の元部下だった自分が出遅れたら今後の稼業で傭兵名乗れなくなるから、助っ人が必要な時は必ず呼んでくれらしいですぜ。良かったじゃないですか? そこそこの腕利きを安く買い叩けますぜ」

 ウォーレンが笑って副長の肩をポンと叩く。

「タニアが来る前に退散しますわ。まあ、たまにはからかってやってくださいな」

 そう言って古傭兵が部屋を出て行くが、途中で立ち止まる。

「副長、頼みは引き受けましたぜ。ですが、そんな死に急ぐような事はあんまり言わんでくださいよ。ただでさえそんな台詞が似合う御方なのに、本当にそうなってしまいますぜ? じゃあ、ごゆっくり――」



 城内の研究室――

 そこでは《アルゴ=アバス》の改造が急いで行われていた。

 改造計画の責任者であるエルマが不在のため、マリエルがアード、ウンロクを従える形で完成を目指す。

 研究室の中心には計器に繋がれた強化鎧が鎮座していた。右腕の手甲は装甲を外されて内部機構が剥き出しとなり、無数のコードが伸びている。

 その隣には黄金の刀身を持つ剣が機械に設置され、鎧の右腕とコードで繋がっていた。

 剣は光り輝き、それに呼応するように強化鎧の出力も上がる。

 マリエルたちはログから預かった魔剣と強化鎧のデータを厳しく観察し、終わることのない調整作業を続けていた。

「マリエルさん。お茶、持ってきたよ」

 研究室に入ってきたリファが隅にある作業台に運んできたトレイを置く。

「ありがとう。二人とも、少し休憩にしましょう」

 マリエルたちは作業の手を休めると盆に載せられた紅茶を手にした。そして各々、好きなように休憩をとる。

「ごめんなさいね。リファちゃんにまで雑用をさせて」

「ううん。城の人たちも忙しいみたいだし、あたしにも何か手伝いをさせて」

 リファも作業台の上に腰掛けると強化鎧をじっと見つめる。

「……マリエルさん、あれが完成したら男爵さんは“機神”と戦うつもりなの?」

「そうなるでしょうね。だから必要となる時までに完成させるつもりよ」

「大丈夫っすよ。基幹部分はすでに姐さんたちで完成させてますから」

「そうそう。後は俺らで最終調整を済ませれば間に合うから心配いらないさ、リファちゃん」

 アードとウンロクも言うが、リファは憂うように表情を曇らせる。

「その必要な時って――もうすぐなの?」

 マリエルは紅茶を台の上に置いた。

「そうね、そう遠くない時かしらね。でも、まずは姉さんたちが“要”を探し出すことが先決よ」

 マリエルはそう答えながら、先日の男爵たちとの会合を思い出していた。



『――知り過ぎるとね、後戻りできないこともあるのよ』



 マークルフの執務室に城の主だった者たちが集まっていた。

「その“大地特異点”というのが、天使や魔女たちが探している“聖域”の“要”なのか?」

 書斎机に座ったマークルフは、一同を代表してエルマに質問する。

「それ以外には考えられません」

 一同の中心に立った彼女が答える。

 ここで行われているのは、リファに遺されていたオレフの記録についての説明だ。

「あくまでうちの考えた仮説でした。ただし、確信はありましたが実証する術がありませんでした」

「それなら何故、オレフはその“大地特異点”を発見できたんだ?」

「“大地特異点”の所在を突き止めるには二つ必要でした。まずは正確な理論式。これはうちとオレフでほぼ完成させていました。そしてもう一つは極めて高性能な観測装置と演算機でした。世界全体の力の流れを観測し、それに理論式を適用し、そこから導き出せる複雑かつ膨大な計算をできるほどの性能です。そんなもの、この時代では到底望めないはずでしたが――」

「“機神”の能力を使ったのか?」

 マークルフが言うとエルマもうなずく。

 “機神”は元々、魔導文明を維持するために作られた古代エンシア技術の集大成である。世界の魔力を管理した程の性能なら、観測装置としても演算機としても十二分の物であったのは間違いない。

「疑似“機神”体と化していたあいつは男爵との決戦の直前――おそらく“聖域”外郭の山へと向かう途中でしょう。その能力を使って“聖域”に隠された“要”の場所を突き止めた。そして、その情報を入れ違うように避難していたリファちゃんに記録した。考えられる機会はその時しかありません」

 隅で話を聞いていたリファが思い出したような顔をする。

「そういえば兄ちゃんと一緒にグノムスに乗ってた時、その人が接触したような感じがした……ひょっとしたら、あの時だったんだ」

 マークルフは腕を組む。

「あの野郎は“機神”の破壊方法を突き止めるために最初から俺に敗れることを望んでいたからな。戻れないつもりで遺言を記したって訳か。しかし、そこまでして伝えたかった“大地特異点”とは何なんだ?」

「あくまで仮説の域を出ませんが簡潔にいうなら、途方もなく膨大な大地の霊力を極微の空間に閉じ込めたものです」

「極微の空間か……前に教えてくれたな。“機神”は“闇”の特異点と直結している。その特異点というのは無限に広がる“闇”の領域を無限に遠ざかる点のような空間に内包する無限遠点だと――それと同じようなものか?」

「そうです。この仮説の出発点は“聖域”の構造を調べていた時でした」

 エルマが説明を続ける。

「最初は“聖域”の霊力の流れを解析し、その構造理論を突き止める研究をしていました。“聖域”内に存在するであろう〈相克欠陥〉理論を証明するためです。しかし研究をしていて気づいたのは、“聖域”の構造が今までに予想されていたものと違っていたことでした」

「どういうことだ?」

「“聖域”は外部の霊力を外から取り入れて閉じ込めておくことで“聖域”内の霊力を極めて高レベルに維持していると考えられていました。ですが、うちらの研究の結果では“聖域”が外部から取り入れる霊力は予想よりも遙かに下だったのです。その代わり、霊力を極力外部に漏らさない厳重な密封構造に特化していたのです」

 それに気づいたエルマ、そして彼女を手伝っていたオレフは一つの疑問に辿り着いた。

「その構造モデルでは“聖域”内の霊力の高さが説明できなかったのです。“聖域”内の大地で発生する霊力ではとても足りない。どこかで大地の霊脈とは別に霊力を供給し、“聖域”の働きを安定させている仕組みがあるはずだと考えたのです」

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