亡き友の遺言
静寂を取り戻したユールヴィングの城下街。
マークルフは強化鎧を纏ったまま、街路を歩く。
左脇には脱いだ兜を抱え、右手には《戦乙女の槍》を握っていた。
彼の隣を歩くリーナも左手で槍を握っている。
二人は一本の槍で繋がるように並んで歩いていた。
やがて二人の耳に喧噪が届く。
歩く先に街の住人たちが集まり、二人を出迎えるように人垣を作っていた。
マークルフは微笑む。
「よう、みんな! 心配かけたな。もう大丈夫だ!」
マークルフは手を挙げると、リーナを残して彼らの前に立つ。
「若様、あの化け物は?」
住人の一人が声をかける。
「安心しろ。俺の手で片づけてやったぜ」
そう言ってマークルフは得意そうに槍を掲げる。
「坊ちゃん、寝てなくて大丈夫なんで?」
「おう。さすがに俺も働き詰めだったからな。ゆっくり休ませてもらったぜ。あのバケモンがうるさい声あげなきゃもう少し寝ていたかったがな」
「はあ……姫様、若様は本当にもう大丈夫なんですかい?」
住人たちの目がリーナに向く。
「ええ。本人もそうおっしゃってますから」
「はっはっは。こうしてみんなで心配してくれるなんて悪い気はしねえな。たまには倒れてみるもんだな」
マークルフはご機嫌で笑う。
その姿に住人たちが互いに顔を見るが、やがて声を揃えて叫んだ。
「笑っている場合ですかッ!!」
怒濤のごとく住人たちに囲まれ、マークルフは思わず怯む。
「どれだけ心配したか分かってるんですか!」
「そうですよ! 何を呑気な!」
「姫様がどれだけ心配してたか、そりゃあ見てて気の毒でしたよ!」
包囲されて次々に浴びせられる叱咤の嵐にマークルフは追い込まれる。
「リ、リーナ……」
リーナに助けを求めるも彼女はすでに包囲の外に抜け出し、したり顔を浮かべる。
今まで心配かけさせた罰だと言いたいのだろう。
「若ッ!」
「坊ちゃん!」
逃げ場をなくしたマークルフは住人たちの気迫に呑み込まれるように、その場に膝をつくのだった。
(ひとまず男爵の方は大丈夫そうね)
城から駆けつけたエルマは、目の前で住人たちがマークルフを取り囲む姿を離れた場所で眺めていた。
「あら、エルマちゃんじゃない?」
声をかけたのは孫娘フィーの手を引いて歩く女将だった。
「若様は?」
「見ての通り。民衆たちの中心で土下座させられてますわ」
それを聞いた女将はフィーを抱っこする。
「ほらね、いつもの若様が戻って来たでしょう。安心した?」
普段よりも大人しいフィーがエルマの顔を見るが、彼女が微笑むと恥ずかしそうに祖母の胸に顔を隠し、うなずく。
きっとフィーも子供心に男爵を心配して女将について来たのだろう。
「さてと、女将さん。うちはこれで――」
「あら、若様の方はいいの?」
「ええ。民衆が心配かけ通しの領主をこらしめる場にしゃしゃり出るもんじゃないですしね。じゃあね、フィーちゃん。また飲みに来ますわ」
エルマは挨拶してそこから離れた。
その背に住人たちの声が届く。
「――皆さん、いろいろと心配をおかけしました。私もマークルフ様と共にお詫びします」
「いえいえ! 姫様にまで頭を下げられちゃあ――」
「若、いつまで土下座されてるんですか? もう立ってくださいって!」
「そうですよ。先代様の鎧で土下座されるとこっちが申し訳なくなっちまうじゃないですか」
いつもの声が戻り、エルマもとりあえず安心する。
「……え、鎧が重くて動けないってどういうことですよ!?」
「姫様、これはいったい?」
「た、多分、魔力が切れて鎧の動力が――」
「お、おいッ! 力のある奴! 手を貸せ!」
すでに“聖域”の影響は復活しているようだ。
しばらく天使や魔女の介入もないだろう。
しかし、“聖域”の変動は日に日に大きくなっている。それに異形の出現など謎も山積みだ。
打開策を見つけるのが急務だ。
エルマは足を止める。その表情は思い詰めていた。
「下手に気づくのも危険と思ってたけど……そろそろ、確かめなきゃいけないか」
蝋燭の明かりだけで照らされる寝室。
その影から黒き外套を纏った魔女エレが姿を現す。
部屋には二人の魔女トウとミューもいた。
エレが装飾の施された寝台の上に腰を下ろすと、その前に妹魔女たちが立つ。
「大姉様、お身体は大丈夫?」
「ええ。でも、必要な時以外はあまり動きたくないわね。周囲の目もより増えるでしょうしね」
エレは気遣うミューに答えながら外套を脱ぐ。
「姉様、あの監視者も来てたわ。この辺を嗅ぎ回っていると思ってたけど――」
トウが空いた椅子に足を組んで座った。
「そう。もしかしたら向こうも私の正体に気づいたのかも知れないわね」
妹たちが警戒の表情を見せるが、すぐにエレは笑みを浮かべる。
「大丈夫よ。周囲の警備が厳重になれば動きにくくなるのは向こうも同じ。だから“狼犬”に何か吹き込みに来たんだわ」
「あいつ、“狼犬”に姉様の正体を――」
『いや、そこまでは伝えていないようだ』
魔女たちの目にヴェルギリウスの幻影が映る。
『天使たちも“狼犬”に“要”探しをさせたいのは一緒のようだ。余計なことは吹き込まなかったらしい。ただ、“狼犬”はすでにわたしの素性に辿り着いた。いずれは我らの正体にも気づくかもしれん』
幻影が魔女たちをそれぞれ見渡す。
『警戒は怠らないようにな。もっとも、動き出すとすれば“要”が見つかってからだろう』
ミューが半信半疑の態度を見せる。
「あいつら、本当に“要”を探してくれるのかしら? ヴェル兄様や天使たちに渡したくなくて、そのまま知らんぷりしてこないかしら?」
ミューが半信半疑で言うがヴェルギリウスは首を横に振る。
『いや、必ず動く。“聖域”の崩壊は進行し、異変も各地で起こり始めている。手をこまねいたまま、何もしないではいられないはずだ』
トウが肩をすくめる。
「“狼犬”たちが“要”探しをしてくれるとして、ちゃんと見つけてくれるのかしら? わたしたちでも見つけられないでいる“聖域”の真の構造を――」
“要”の存在は遙か昔から魔女たちも天使たちも知っている。しかし、“聖域”の内部に隠されたそれがどこにあるのかは数百年、誰も突き止められずにいた。
『だからこそ、彼らに頼むのだ。我らはエンシア時代の知識を持つが、その滅亡後に“神”が築いた“聖域”は文字通り未知の構造物だ……しかし、この時代にその秘密に迫る学者たちが現れている』
「一人が“聖域”を決壊させたオレフという科学者。彼は死んでしまったけどもう一人、“狼犬”の配下の科学者がいる。そうですわね?」
エレが言葉を継ぐ。
『そうだ。きっと“要”を見つけるだろう。その時、この“聖域”の運命は決まる』
領主が復活し、ユールヴィング領もようやく束の間の日常を取り戻していた。
その城内研究施設の一室。
全てを壁に囲まれた実験室にエルマはいた。
「準備はできたっす」
アードとウンロクが映写装置の確認を終えて報告する。
「姉さん、何を始めるの?」
部屋の隅で様子を眺めていたマリエルがエルマたちの作業を見て尋ねた。
「まあ、何かよ」
エルマは目の前の壁一面に広げられた白幕を見つめながら答える。
やがて扉が開き、一同の視線が集まる。
入って来たのはリファだった。
「リファちゃん、急に呼びだしてごめんなさいね」
皆の視線に緊張するリファをエルマはにこやかに迎える。
「あの、エルマさん。あたしに用って何ですか?」
「ん~、ちょっと確かめたい事があってね。ああ、別に面倒な事じゃないから。ちょっと協力して欲しいことがあるの。もしかしたら男爵たちの役に立つ事かも知れないわ」
「本当!? わ、分かりました、協力します!」
リファが張り切って答える。
「助かるわ。じゃあ、まずはそこに立ってちょうだい」
「はい」
エルマが指定した立ち位置にリファが移動すると部屋の照明が落ちる。
「こ、ここでいいですか?」
急に暗くなり緊張するリファにエルマはうなずく。
「ええ。じゃあ、次は服を脱いでもらおうかしら」
「は、はい……エエッ!?」
「冗談よ。気を張らなくていいわ、身体の力を抜いてそのままにしててちょうだい」
エルマは笑うがリファの表情は先程とは別の緊張が浮かんでいた。
それを見たエルマはリファの前に来るとその肩に手を置いた。
「科学者に囲まれてあれこれされるのはいい気はしないわね。確かにちょっと嫌な思いをさせるかも知れないわ……でもね、どうしても確かめておきたい事なの。力を貸してちょうだい」
エルマの真剣な眼差しを見たリファはやがてうなずく。
「ありがとう……始めて」
エルマの指示で映写装置から光が放たれ、リファを照らす。
そして光に照らされて彼女の背後に広がる白幕にある文が浮かぶ。
『王城の地下、フィーリア王女の贋作として作られし人形』
これはリファの内部に記録された情報だ。
リファの正体である〈ガラテア〉は内部に識別情報を記録する領域が設けられており、特殊な波長の光を浴びるとこうして浮かび上がる。
光に照らされるリファの表情が歪む。
これは彼女が作られた時に記録された情報だ。彼女が人ではないと否定する一文であり、さらにはこれを脅迫材料に乱暴されかけた過去もあった。
エルマはその一文には目もくれず白幕全体を見渡す。
だが他に何も映ってはいなかった。
「……リファちゃん、少しずつその場で回転してみて。皆も気づいた点があったらすぐに教えて」
リファが指示にしたがって動き始める。
「姉さん、何かがあるの?」
マリエルが尋ねた。
「うちの考えすぎでなければね」
リファが角度を変えるごとに焦点がずれて記録された文の表示が霞む。
しかし、それだけだ。
それでもエルマは注意深く映し出される映像を睨み続ける。
「――止めて」
マリエルが言った。
「少し戻して。もう少しゆっくりと動いてもらえる?」
今度はマリエルの指示に従い、リファが少しずつ自分の身体を動かす。
やがて近づいたマリエルがリファの肩を掴んで動きを止めた。
「そこよ。そこに何か滲んでいるわ。映像側で調整できる?」
マリエルが示した先には確かに何かがぼやけて見えていた。
アードたちが映写機の光を調整していく。
やがて焦点が合ったのか、ぼやけていたものがはっきりと像を結んだ。
現れた文にマリエルたちは驚く。
エルマは白幕に投影された文に目を通した。
「……見つけたわ。魔女たちはこれに気づいたのね。だから、リファちゃんとうちを拉致しようとしたんだわ」
『エルマへ。君の“大地特異点”存在説が完全に正しかった事を今、この場で認めて記録に残そう。
君が気に入っていたあの筆箱一式を渡す約束は覚えているが、残念ながらそれは果たせそうにない。もっとも君がすでに半分は着服してしまったのだから、それで我慢してくれたまえ。
そして、この文を目にされたであろうフィーリア王女殿下へ。
古き神女は貴女が新たなブランダルクの神女として兄王を支えようとする姿をとてもうらやましく思っているようだ。ブランダルクを混乱に陥れたわたしが何を勝手な事とお怒りだろうが、これらを伝える事をどうか、お許し願いたい』
この文面と共に何かの記号と数字の羅列が記されていた。
「……エルマさん、これは?」
リファも壁に映る文面を見て動揺していた。心当たりが全くないのだろう。
「あいつしかいないわ」
エルマは記号の羅列を読み取りながら答える。
「オレフよ。あいつの遺言よ」




