戦乙女の愛は誰がために(3)
“機神”のような姿に変貌していく異形。
強化鎧を纏い、それと対峙する“狼犬”。
この“聖域”の運命を暗示するかのような闇と、それに抗う意志がリーナの目に映っていた。
「どうやら“戦乙女の狼犬”は復活したようですね」
魔女エレの声にリーナは振り向く。
彼女の表情は決意を新たにしており、魔女二人と対峙する。
「あらら、頼りにしている男の復活で自分もちゃっかり立ち直ったってわけ?」
エレの隣で魔女ミューが肩をすくめて手を広げる。
「あんた、まだ自覚してないの? その彼の命を削っていたのは誰? 自分が大好きな彼の命を削ってきた悪女だって分かってるの?」
だが、リーナの瞳は揺るがない。
“狼犬”が“機神”に立ち向かう姿を前にした以上、“戦乙女”の自分もここで挫けてはいられないのだ。
「ミュー、お止めなさい」
魔女エレが言った。
「決意の固い御方に徒に挑発するのは無礼というものよ。それに別のお客様が来たわ」
エレがリーナの後ろを見る。
リーナも背後を見るとそこに外套姿の人物が二人、立っていた。
少女天使クーラと森人天使ドラゴだ。
“天使”の出現に魔女ミューが姉魔女を守るように前に立つ。
「姉様! ミュー!」
さらに天使たちの背後にさらに黒剣の魔女トウが出現した。
「“狼犬”が復活したから戻ってきたよ」
そう言って魔女トウは剣を構える。
リーナを挟み、魔女と天使たちが互いに火花を散らすように睨み合う。
「トウ、ミュー、退くわよ」
魔女エレが告げる。
「姉様、こいつらを放置しておいて良いの?」
「ええ、天使たちも“要”を見つけるまでは下手な手出しはしないでしょう。そうでしょう、天使様?」
天使たちは答えないが、魔女の言葉を認める態度だ。
意味が分からずにいるリーナに魔女エレの口許が微笑を浮かべる。
「リーナ様。先ほどの話に一つだけ条件を加えます。この“聖域”の“要”を見つけて下さい。それをあの方と会うための条件と致します」
「“要”を見つけろって、それがどんなのかも──」
「貴女様の仲間なら分かるはず。それでは失礼致します」
長姉の会釈を合図に魔女たちは姿を消した。
森人の天使が動こうとしたが、それを少女天使が手で制する。
「戦乙女リーナ」
天使クーラが言った。
「魔女の言葉通り、私たちも“要”が見つかるまでは手は出しません。“要”を探して下さい。“要”が誰の手に渡るのか、それが“聖域”の運命を決定づけるものとなるでしょう」
そう告げると天使たちも姿を消した。
その場にはリーナと《グノムス》が残されるが、すぐにリーナは命じた。
「グーちゃん、マークルフ様の所に連れてって」
マークルフは見張り塔の屋上で雄叫びをあげる異形の姿を睨む。
全身が鋼のツタに覆われつつあるが、その素体らしき男は表情こそ悪鬼のように歪んでいるが、そのいでたちは普通の街の住人のようであった。
その全身から飛び出した鋼のツタが男の五体を覆い尽くそうとしている。
(どういうことだ、こいつは?)
アレッソス=バッソスの時はまだ“機神”と関わりがあるのが理由の一つと思えたが、今回は全く繋がりがなさそうな男が異形化しようとしている。理由は分からないが、問題はより厄介なものと考えるしかない。
マークルフは槍を構える。
リーナの“鎧”と違って純粋に魔力ジェネレータだけで動く《アルゴ=アバス》は、“聖域”の働きが消えている今だけしか性能を発揮できない。この“聖域”変動が続く間に決着をつける必要があった。
しかし、マークルフが動き出そうとした瞬間、輝力の反応をモニターが感知する。
同時に男の全身を覆おうとしていた鋼のツタが逆流するように縮み始めた。
「がああぁあっあぁ…あ……」
男の口から放たれていた咆哮も尾を引くように消えていく。
そして鋼のツタが男の全身に沈むように消えると、その身体は糸が切れたようにその場に倒れた。
入れ替わるようにその場に立つのは鎖帷子で頭から全身を覆った人物だった。右手には光り輝く剣を持っていた。
「てめえは……誰だ?」
身構えるマークルフ。相手は答えないがその姿は頑強な男の体格だ。
マークルフは威嚇代わりに槍を握り締めるが、再び輝力の反応がした。
同じ屋根の上に狼頭の戦士が立っていた。
「てめえは天使の──」
「貴様も来ていたのか、“監視者”よ」
狼頭はマークルフを無視して鎖帷子の人物に向けて声をかける。
『ここに“機神”の匂いを感じた』
鎖帷子の男から声が聞こえた。口許は襟巻きで隠しているが口で話しているのではない。念話で脳裏に直接、届いているようだった。
「あの異形化をよく止められたな」
『異形化する手前だったからな。この人間の深層から“闇”の波動を感じていた。その深層部分の連結を断ち切った』
仲間の問いに“監視者”は答える。
「おい! そこの“監視者”とやら!」
マークルフが声を張り上げる。ようやく“監視者”の注意がこちらに向いた。
「てめえも“天使”なんだろうが! そんな芸当が出来るなら何故、アレッソス=バッソスの時に出てこなかった! その“監視者”の名は傍観者って意味か?」
『“狼犬”の二つ名の通り、なかなかに吼えるな』
“監視者”は冷静な声で答える。肉声ではないためか、相手の姿が掴みにくい声だった。
『奴の時は“聖域”の干渉があって出て来れなかった。それに奴を止めたとしても同じ事だ。別の誰かが異形化し、闇の氾濫が始まるだけだろう』
「闇の氾濫?」
“監視者”はそう言って剣の先をマークルフに向ける。
『心するがいい。“闇”の侵略はそなたが思っている以上に進んでいる。これから各地で異形化が発生するだろう。この流れはもはや止められん』
「知っている事があるなら教えやがれ! 闇の氾濫とはどういう事だ?」
『“闇”は求める者に力を与える。人々の渇望が“闇”を呼ぶのだ。この流れを止める手段は二つある』
「それは何だ?」
詰め寄るマークルフを無視し、“監視者”は何かを睨むように夜空を見上げる。
『一つは我らに協力する事。もう一つはそなたの悲願そのものだ。“機神”を滅ぼす──全ての元凶である機械仕掛けの神をな』
そう言って“監視者”は腰に差した黄金の鞘へ剣を収める。
『先代ルーヴェン=ユールヴィングから続く“狼犬”芝居、観客の一人として見させてもらっている。そのお代として一つだけ忠告してやろう。魔女の長姉とそれを動かす黒幕は貴様が知る人物の中にいる』
そう言って“監視者”の姿は消えた。
振り向くと狼頭の天使も姿を消していた。
「……どういうことだ?」
この戦いの黒幕は先ほど自分の意識の中に現れたばかりだ。それが自分の知る人物の中にいる──
(確かに一番上の魔女は誰も素顔を確認していない。それに俺もヴェルギリウスは幻影でしか見たことがない……あれが本当の姿とは限らないのか)
一人で考えるマークルフだが、やがて視界の端に広間の舗装路をすり抜けて浮上する鉄機兵の姿を確認する。《グノムス》であった。
マークルフは姿を現した鉄機兵の前に着地した。
騒動によって人々が避難する中、そこにはマークルフと《グノムス》だけとなっていた。
胸の装甲が開き、そこから姿を現したリーナが地面に降り立つ。
彼女はマークルフの姿に安堵の姿を浮かべたが、やがてその表情が険しいものへと変わる。
「無事だったんだな」
声をかけるが彼女は黙ってこちらを睨むままだ。
マークルフは槍を足許に刺すと兜に手をかける。機械音がすると固定ロックが外れ、兜を脱いだ。
顔を露わにして見るが、リーナはそれでも黙っていた。
「……まあ、その……いろいろと聞きたいことはあるが……なんだ、その……すまなかった」
今回ばかりはマークルフも強気に出ることができず、しどろもどろになりながら謝罪する。
パアン
リーナがマークルフの頬を思いっきり引っぱたいていた。
「何がすまなかったですか!? それで済む話ではありませんから!」
今までにない剣幕でまくし立てるリーナの前にマークルフも返す言葉が見つからない。
リーナが腕を組んだ。
「私がどんな気持ちでいたか、分かってらっしゃるのですか!?」
「あ、ああ……本当にすまなかった」
マークルフは彼女の剣幕に押されるように鎧姿のまま膝をついて頭を下げる。
「貴方様に土下座されても嬉しくありません! それでできるのってせいぜい人のスカートの中を覗くぐらいじゃないですか!」
「いや……さすがに今回はそんなことは……」
「だいたい、本当にこっちがどんな思いでいたか分かってらっしゃるんですか!?」
マークルフは顔を上げるが、怒り心頭のリーナを前にさらに平身低頭の姿で固まる。
「前にリファちゃんに言ったんですよ!」
「……えっ?」
「マークルフ様は“ほら吹き”だけど嘘で人を傷つけない優しい人だって──ぜんぜん大嘘つきじゃないですか! こんな事して私がどんな赤っ恥をかいたか、本当に分かってらっしゃるんですか!?」
「えぇ……あの、怒るのそういう理由なの?」
「当たり前です! もう貴方様の心配なんてするだけ損です! こっちも付き合いきれません! それよりも私たち、リファちゃんに笑い者にされますわよ! どうしてくれるんですか!?」
「いや、リファは笑うような奴じゃ──」
「そういう問題ではございませんッ!!」
リーナの絶叫にマークルフは床に額を押し付けるように平伏する。
彼女も大声を張り上げて息を荒らすと後ろを向いてしまった。
マークルフは恐る恐る顔を上げる。
「……なあ、リーナさん? 機嫌を直してくれないか」
だが、背中を向けた彼女からの返事はない。
マークルフは脇に置いた兜を見る。祖父の形見である兜はこちらを見ているようだったが、今回ばかりは彼を助ける祖父の教えは出て来なかった。身に纏う最強の強化鎧も座らされているこの針のむしろに対しては全くの無力でしかないのだ。
「ああ……そうだ、確かに悪いのは俺だ。何の弁解もできねえ。この通り謝る。もう俺の心配もしたくないならそれでも──」
「そういう問題でもございません!」
背中越しの叱責にマークルフは思わず肩をすくめる。
「……確かにそうだな。“戦乙女の狼犬”が戦乙女を騙し続けていたなんて、こんな赤っ恥な話はねえ。“狼犬”の名を返上できるなら返上したい気分だ」
「……また嘘をつく」
リーナが振り向く。その言葉は辛辣だったが、その瞼にうっすらと涙が光っているのが見えた。
「返上するつもりなんて最初からないくせに──」
リーナの碧い瞳がこちらを睨んでいた。
「いや、それぐらい反省は……しているんだぜ?」
「いいえ! 貴方様の反省なんてアテになりません。例え“狼犬”の名を返上しても戦いを辞めるおつもりはこれっぽっちもありはしないくせに──」
リーナに問い詰められ、マークルフは返すこともできずにうなだれる。
「つくづくその通りだ。すまねえ、俺の我がままにいつも付き合わせてしまってよ」
「そんな言い訳を聞きたいのではありません」
リーナがマークルフを見下ろす。
真摯に心配し、そして怒っている彼女の瞳を前にし、マークルフは自分の膝に両手を置いた。
「……許してくれ」
マークルフはうつむいたまま言葉を吐き出す。
「俺は言い訳をしていた。“狼犬”の使命を果たすため? 戦う力が欲しかったから? 嘘の代償に自分の命を削っている? いろいろ自分に言い聞かせてきたが結局、俺は怖かったんだ……全てを知ってしまって手を離すかもしれないリーナの姿が──」
そう、マークルフは何よりも今、こうして目の前に立っている彼女と対峙することを怖れていたのだ。
そのリーナはただ彼の告白に静かに耳を傾けている。
「それでも……俺がずっといつも願っていたのは……一つだけなんだ」
マークルフは静かに頭を下がる。
「謝って済むことでもねえ。取り返しのつくことでもねえ……それでも……それでも、俺はおまえに許して欲しかったんだ。こんな身勝手でもそれでも……許されたかったんだ」
騒動の興奮が冷めやらず遠くからはまだ人々の喧噪が聞こえる。それでも二人の間には長い沈黙が続いた。
やがて、リーナがマークルフの前に進んだ。
そして地面に刺さっていた槍を引き抜くと、それを差し出す。
「でしたら、私の我がままを聞いてくださいますか?」
マークルフは顔を上げた。
槍を差し出しながら穏やかな表情を浮かべる彼女を見て、マークルフは立ち上がる。
「あ、ああ! 俺にできることなら何だって聞いてやる!」
マークルフはその手にある黄金の槍を握った。
折れることのないこの神槍に誓った約束は違わない。それが“狼犬”の流儀なのだ。
「私に見せてください。貴方が私に嘘をついてでも見ようと思っている世界を──」
リーナが穏やかに、しかし真顔で言った。
「“機神”を滅ぼし、その呪縛から解放された世界──それをこの槍に誓って約束してください。それが私が滅びた祖国の人々から託された願いなのです」
マークルフは彼女の切実さを感じた。だが、それ故にためらいを見せる。
「……リーナ、お前には伝えなきゃならない。この戦いの首謀者は──」
「私がよく知っている人かもしれないのですね」
マークルフは驚きに目を見開く。
リーナは槍を抱えたまま、黙ってマークルフの懐に身を寄せる。
その姿にマークルフはもう何も聞かず、槍を握り締めた。
「ああ、約束する。その代わり、俺にも一つだけ我がままを言わせてくれ」
「まあ、この期に及んでまだ我がままをおっしゃるつもりですか?」
顔を埋めたままリーナが呆れたように言う。
「簡単なことさ。俺がその約束を果たせたら、俺の傍で『お疲れ様でした』と言ってくれ……それだけでいい」
顔を上げたリーナ。マークルフは微笑むが、その表情が苦悩に歪む。
「……すまねえ、俺はまだ……お前を犠牲にするしか“機神”を滅ぼす方法を見つけられずにいる」
リーナが静かに笑みを向ける。
「おあいこですね。私も自分を犠牲にするしか貴方様を助ける術がないと考えていました」
「……それも分かっていたんだな」
声を震わせるマークルフの前でリーナは槍を握り締める。
「私も約束します。だから悩まないで……この戦いに最後まで付き合わせてください。私はこの時代に目覚めて、貴方に逢えて正しかった──そう思わせてください」
「……リーナ」
「エンシアの人々は絶望を前に消えていきました。私も絶望に背を向けて逃げるしかありませんでした。だから、あなたが見たがっている世界を私に見せてください。それが世界の希望なら……きっとそれが私がこの時代に目覚めた意味なのです。それを見せてくれるなら今まで嘘をつき続けてきた事も、これからつく嘘だって全て許しますから──」
「嘘なんて……つくもんじゃねえな」
マークルフの手が槍を握るリーナの手に重なる。
そして微笑みの下に隠れた悲壮な覚悟を互いに確かめ合うように、二人の影は重なるのだった。




