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サンクチュアリ・ファンタジア3―光の祈りと闇の呪いと機械仕掛けの災厄と神に選ばれた傭兵―  作者: みなかけん
第四章 『もう貴方の戦乙女にはならない』
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戦乙女の愛は誰がために(2)

 深き闇の中──

 その周囲が急に白くなる。

 微睡んでいたマークルフの意識が己を自覚し、周囲を見渡す。

「ここは……」

 白き床と白き空間が無限に広がる空間。それ以外は何もない空間に彼は立っていた。

『君の意識内に設けた仮想空間だ。勝手なことをしてすまないな』

 マークルフは聞き覚えのある声に振り向く。

 そこには闇の衣を纏う人物が立っていた。

『運命はまだ君を見捨ててなかったようだな。わたしの見立てでは胸の制御装置は停止を選ぶはずだった』

 マークルフは驚かない。

 この男との対面は二度目であり、そして実体ではないことも分かっていた。

『……今回は何の用だい? ヴェルギリウスさんよ』

 外套の奥の碧き瞳がマークルフを捉える。

『どうして、そう思う?』

「あんたとその手下の魔女達は古代エンシアと関わりが深い。それに思えばリーナを知っているような口ぶりだった。何より、その瞳が俺の見慣れてる瞳とそっくりだと思ったのさ。俺の見立てでは図星の目をしているぜ──ヴェル兄様? あいつならこんな呼び方かな?」

 マークルフはリーナの口ぶりを真似る。

 相手は苦笑を浮かべると外套をずらした。そこから長い黒髪の青年の顔が現れる。

 ルカの里の資料で見た画と特徴は一緒だった。

『正確ではないが間違いではないな。そこまで突き止めていたか。さすがだな、若き狼犬』

「ヘッ、隠し通すつもりもなかったんだろ? やれやれ、俺はお兄様に妹さんを抱いていいのか人生相談してたって訳かい」

 マークルフも気まずい顔を作って肩をすくめる。

『わたしもこの時代になってそんな相談をされるとは思っていなかった』

 正体を現したヴェルギリウスも静かに笑みを作る。

「それで、とうの昔に死んだ筈のあんたがここにこうして居るのは何でだ? まさか妹が心配で亡霊になって残っているって訳じゃあるまい?」

『いろいろ理由はあるのだがね。それに答える前に一つ、君と問答というものをしてみたい』

 闇の衣を纏う男が言った。

「何だ?」

『詩物語によくある題材だ。この世界を滅ぼそうとする魔王がいたとしよう。その魔王を倒せる力を得られるのは運命によって選ばれた勇者だけとしよう』

 マークルフは黙って男を睨み続ける。

『だが、不公平とは思わないかね?』

「何が、だ?」

『何故、勇者だけなのか。選ばれなかった者は魔王と戦ってはいけないのかね?』

 男が訊ねる。

『魔王を倒す力があるなら、それは勇者以外の誰であっても構わない。そう考えることはないかね?』

「俺に何を答えさせたい?」

『もう一つ、付け足そう。君が勇者でなかったとする。そして、その魔王が愛する人の命を握っており、勇者が魔王を倒せば愛する人の命は失われる。それでも君は勇者に運命を委ねるかね?』

 マークルフはしばらく考える。

「答える前にあんたの答えを聞きてえな」

『……わたしなら勇者を倒し、その力を手に入れて自分の手で魔王を倒すだろう』

「真っ当な返答だな」

 マークルフは大仰に拍手をして見せる。

『それで君の答えは──』

「勇者に任せるだろうな」

『……意外だな。英雄の二つ名を受け継ぐ者らしくない答えだ』

 ヴェルギリウスは冷静な口調のまま言う。

「選ばれし者だけが力を得るのは不公平。選ばれなかった者たちが力を得る機会があってもいい。あんたが言いたいのはそういうことだろ?」

『君は違う考えのようだな』

「大して違わんさ。誰かがやらなきゃいけないなら、別に選ばれた勇者だけがやらなくても他の誰かがやってもいい……でもよ、別に誰かがやってもいいなら、勇者がやってもいいわけだ」

『君は自分の手で世界と愛する人を助ける機会を捨てるという訳か』

「世界を救う主役にならずとも、勇者を手伝う端役ぐらいはできるだろ? 端役ってのは物語を成功させるためには結構、重要なんだぜ?」

 マークルフは不敵な笑みを浮かべる。

「それによ、俺の“愛する人”ってのは多分、世界を救おうとする勇者を倒してまで自分を助けることは望まねえよ。勇者を倒してまで助けに行って怒られるのは割に合わねえよ」

『なるほど……君の答えは分かった。しかし、それは口で言うほど容易な道ではない』

「ああ、分かってるさ」

 マークルフは表情を引き締める。

「なら、俺もあんたに一つ、問答をしていいか?」

『何かね?』

「世界を支配しようと思うのと、自分が世界を救わなければならないと考えるのは何が違うと思う?」

 ヴェルギリウスはしばらく沈黙を守るが、やがて微かに肩を揺らした。

『世界を私物化する意味では何も変わらないと、君はそう考えるわけか──なるほど、それが君が“神”に選ばれた理由なのかも知れんな』

「そっちの問答に付き合ってやった。今度はこっちの質問に答える番だぜ? 何故この時代に亡霊のように存在している? 目的は何だ?」

『いま答えられるのは一つだけだな。今回の戦いの黒幕はわたしだ』

 あっさりと告げるヴェルギリウスにマークルフは鼻を鳴らす。

「人の良さそうなお兄さん面してとんでもない奴だな……てめえの手下の魔女があの化け物を逃がしたせいで、どれだけ犠牲が出たと思っている?」

『まだ少ない方だな』

 闇の衣が翻り、背中を向ける。

『これからだ。これからもっと多くの犠牲が出るだろう。最悪の場合、“聖域”全体の民が犠牲になる』

 周囲の景色が変わった。

 そこは外界だった。空は炎に染まり、周囲を機械の巨人や被験体である機獣が行軍する。

 地面には犠牲になった人々の亡骸が横たわっていた。

 そして、遙か彼方に巨大な影があった。

 鋼のツタと水晶の円殻で編み上げられた人型の巨体──“機神”の姿だ。まるで全てを睥睨するように三対の翼を大きく広げ、巨大な神像のように地上に君臨していた。

「これは何だ?」

 マークルフは動ずることなく訊ねる。これは幻影に過ぎないと直感していた。

『迫真の幻影だろう……わたしはかつて故国の最期としてこの光景を目に焼き付けた。そして、これから“聖域”が辿る運命でもある』

「させるかよ」

 マークルフは即答する。“機神”に抗う“狼犬”の矜持がその目を通してヴェルギリウスの背中を貫く。

「あんたの思惑は知らねえが、エンシアの二の舞にはさせねえ」

 ヴェルギルリスが振り向く。真剣な眼差しがマークルフを射貫き返す。

『さすがだな、わたしがリーナの兄だとしても躊躇はないか……“神”は妹を利用して良き手駒を手に入れたものだ』

 周囲の景色が消え、周囲が闇に溶け込んでいく。

「俺が“神”の手駒ってか?」

『“神”が勝手に選んでいるだけだがな。しかし、“神”は選ぶだけだ。人の求めに応える事はしない……人々は求めに応じる“神”こそ必要としているのだ』

 闇の衣が消えていく。


『グオアアアアアアッ』


「──これはッ!?」

 突然、咆哮が轟く。脳裏に直接響く怨嗟の咆哮にマークルフは身構える。

「アレッソス=バッソスは確かに消滅させたはず──」

『あれは始まりだ。長らく待った始まりであり、そしてこれから迎える変革のきっかけでしかない』

 その姿が消える寸前、ヴェルギリウスは告げた。

『君の望みは世界を“機神”の呪縛から解放する事だろう。ならばその使命に殉じたまえ。“機神”は君の望みに応える機会を与えるだろう。世界が望んだ世界の大敵として──』

「待て! てめえはエンシアの王子だったんだろ!? それがエンシア滅亡と同じ悲劇を繰り返すっていうのか!?」

『──違うな』

 声だけが答える。

『この地はエンシアを見捨てて生き延びた者らの末裔で満ちている……エンシアを守ろうとして滅びた者たちと一緒ではない』

 そして声は消えた。

 そして周囲の景色も──



 瞼を開けたマークルフの目に飛び込んだのは研究室の天井であった。

 あの怨嗟の咆哮はいまだ脳裏にまで響く。

 いや、脳裏だけではない。耳にも聞こえる。それは元凶が近くに居るという事だ。

 マークルフは調整台から跳ね起きる。

「閣下!?」

 目の前にログがいた。それにエルマやマリエルたちも居た。

「ログ! 何が起きた!?」

 マークルフは自分に繋がれたコードを自ら引き離しながら状況を確認する。

「“聖域”変動がまた始まりました。そして、今また、あの咆哮が聞こえています。おそらく、この近くで──」

 警鐘がけたたましく鳴り出していた。

 警鐘と咆哮を背にマークルフは調整台から降り立つ。

 マリエルが駆け寄った。

「男爵、まだ再調整が終わったばかりです。無理は──」

「禁物だろ。承知しているさ。それよりもリーナは──!?」

「姿が見えないのです。城内を探してはいますが──」

 ヴェルギリウスの姿が脳裏をよぎる。もしや、あの男の手に落ちたのか──

 マークルフの目に調整台と繋がれていた強化鎧《アルゴ=アバス》の姿が映る。

「使えますよ」

 マークルフが口を開くよりも早くエルマが答えた。

「新機能はまだ使えませんけどね」

「構わねえ」

 マークルフは鎮座する全身鎧の前に立つ。

「祖父様、力を貸してくれ」

 マークルフの全身に真紅の光の紋章──鎧の制御信号が展開する。

 そしてそれに呼応するように甦った《アルゴ=アバス》が起動を開始した。



 異変を聞きつけたリーナは教会を飛び出し、魔女たちの横をすり抜けて外の街並みを見回す。


『グアアアアアアアッ』


 咆哮は響き続ける。

 いや、脳裏だけでなく実際に耳に轟いている。

 そして、その声の主が先にある見張り塔の屋根の上に人影がいるのに気づく。

 夜の闇で姿は詳しく分からないが、街の住人らしい男だった。背を仰け反らせるようにして夜の空に向かって叫び続けている。咆哮はもはや人の声量を超えた人外の域にあった。

 男の内側から喰い破るように鋼のツタが生える。全身から生えたそれは蠢くように男の肉体を包もうとしていた。

「そんな……あれは──」

「アレッソス=バッソスを倒しても何も終わってはいないのです。あれが最初に覚醒したのは最も“機神”の存在を認識し、その力を欲していたから。あの者は呼び水に過ぎません。世界に新たな運命の奔流を招くための──」

 リーナの背後に立つ魔女エレが答えた。

「……グーちゃん!」

 リーナの命令に待機していた《グノムス》が動き出す。

 マークルフが目覚めない現在、戦力となるのはこの鉄機兵だけである。“聖域”の効果のない現在なら魔力起動に切り替えて《グノムス》は戦闘兵器としての能力を十分に発揮できるはずだった。

「あらら、そんな優しいズングリムックリちゃんとあれを戦わせるつもり? 確かに今ならいい勝負できるかも知れないけど、この街は確実に壊滅かしらね。ご主人様もいざとなると容赦ないわねえ」

 ミューが皮肉めいた笑みを浮かべて肩をすくめる。

 やり場のない焦りに手を握り締めるリーナにエレは微笑む。

「妹の口が過ぎたことは謝罪します。ですが、その通りです。それにあれを滅ぼせたとしてもまた新たな異形が出現するだけ。さらに付け加えるなら魔力起動に切り替えた時点であの子を“機神”の支配下における事はお忘れなく。私にはそれができます。あの子を無駄に戦わせたくないですしね」

 エレが穏やかに言う。しかし、それはリーナには何もできないという残酷な忠告でもあった。

 人々の悲鳴が聞こえ始める。咆哮を聞き、新たな異形の存在に気づいた者が逃げ始めたのだ。

 リーナはおのれの無力さを痛感する。

(結局、わたしはあの人がいないと何もできないの──)

 警鐘も鳴り始めた。

 “機神”の分身に変貌しようとする人間の姿、そしてそれに恐れおののく人々の恐怖の声に、リーナは祖国から逃れたあの日の光景が鮮明に甦る。

 “機神”が操る機械群にエンシアは蹂躙され、長きに渡って築き上げた叡智と栄華はあっという間に崩壊した。

 炎に消えた故国と犠牲になった人々を背に自分は逃げるしかなかった。あの時の無念と悲しみが再び彼女を呑み込もうとする。

(わたしはどうすれば──)

 自分はあの絶望から逃げ出した。その自分には惨劇で消えた人々の絶望を背負い、新たな道を見いだすという、せめてもの希望となる使命があったはずなのだ。

 だが、絶望はそれを踏みにじるように再び繰り返そうとしている。

(何のために──)

 その瞬間、リーナは感じた。

「──マークルフ様!」

 それが絶望に沈もうとする彼女を奮い立たせる。

 魔女達の様子も変わった。

「大姉様、この信号は──」

「ええ……どうやらあの人の言った通り、目覚めたみたいね」

 “鎧”の制御信号が彼女にも届いていた。

 それは城から飛び出し、ここに近づく。

 やがて彼女の視線の先に赤き光が見えた。

 それは逃げ惑う人々の見守る中、咆哮に包まれた見張り塔近くの兵舎の屋根に着地した。

『グアグアうるせえ! おちおち休んでられないだろうが!』

 周囲が一瞬、静かになる。

 やがてどよめき、それは歓声の波に変わった。

 ユールヴィング家の家宝たる《アルゴ=アバス》を装着し、手に《戦乙女の槍》を握る一人の勇士の姿がそこにあった。

「よかった……」

 ようやく目覚めたマークルフの姿に、リーナは感極まったように顔を歪ませる。

 黄金の斧槍と鋼の装甲に身を包んだ勇士は、彼女が予感した破滅の運命に抗うように人々の前に立つのだった。

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