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サンクチュアリ・ファンタジア3―光の祈りと闇の呪いと機械仕掛けの災厄と神に選ばれた傭兵―  作者: みなかけん
第四章 『もう貴方の戦乙女にはならない』
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無償の献身への代償

「若様にこれ渡しておくれよ! つまらないものだけどさ」

「それで坊ちゃんの容体は少しは良くなったのかい?」

「バカ! 若様もいろいろあってお疲れなんだ。せっついちゃダメだよ」

「バカはねえだろ。精のつくモン食べて早く元気になってくれって言ったのそっちじゃねえか」

 おそらく夫婦なのだろう。痩せた男と恰幅のよい女が轢いてきた荷車から幾つも籠を降ろし、それを出迎えた館の使用人たちに渡していた。

 籠には芋や野菜などが入っていた。

 全てが館の奥で静養しているマークルフへの差し入れであるらしい。

 彼らだけではない。

 館の門の内外に街の住人たちの姿があった。

「男爵様ァッ! この前はありがとうございました!」

「今度、生まれる子ヤギの名前、付けてくれるって約束忘れないでおくんなさいよぉ! 待ってますぜえ!」

 マークルフの耳に届いているのか分からないまま、彼らは口々に叫んでいる。

 皆、彼の身を案じて足を運んでいるのだ。

 リーナは館の窓から様子を覗いていたが、気遣う領民の姿に居たたまれなくなり、窓を閉じる。

 自室で一人、リーナは椅子に座っていた。

 マークルフが倒れて何日も経過していた。

 領内の人間には館で静養中と知らされていたが、実際は再調整の途中であり、まだ目覚めるまでに時間がかかるらしい。

 マリエルたちも付きっきりで再調整の作業が行われていた。

 領民たちも長引く静養が気掛かりなのだろう。今の夫婦だけでなく、差し入れや見舞いに訪れる者たちが入れ替わるように頻繁に訪れている。

 皆、マークルフの早い回復を願っていた。それだけ彼が領民たちに慕われていることも──

 彼らの姿を、その声を聞く度に彼女は堪えきれなくなる。

 自分がその全ての元凶なのだと──

 誰かが扉を叩く音がした。

「……どうぞ」

 扉が開き、ログが入って来た。

「失礼します」

「マークルフ様に何か──」

「いえ。ですが、閣下がお目覚めになるまでまだ時間が必要でしょう。現在、機械の点検作業に入っており、閣下を一時、自室にお運びしております。半日後にはまた研究室で調整作業に入るそうです。今ならお会いできますが?」

 リーナはうつむく。

 副長は気を利かせて報告に来てくれたのだろうが、今の彼女はとても顔向けできる心境ではなかった。

 リーナの悲痛な表情を目にし、ログが静かに跪く。

「今まで秘密にしていたこと、まことに申し訳ございません」

 そう言ってログは謝意を示すように深く頭を垂れた。

「……顔をお上げください。副長が謝られることではございません」

 リーナが告げる。

「本当は……私も薄々、気づいていました。“鎧”となって一緒に戦う度に、あの人の命を削っているのではないかと──」

 リーナは訥々と語り始める。

「ですが、あの人はいつもたいした事はないと言っていました。私もその言葉を信じることにしていました。それがあの人の為だと、あの人の戦いをお手伝いすることが私の役目だと……ですが……」

 リーナは膝の上で拳を握り締める。

「……まさか、あそこまで命を削っていたなんて……八年……もう八年しか残っていないなんて──」

 リーナが顔を伏せる。その表情が黄金の髪に隠れるが、その姿は打ち震えていた。

 ログもしばらく黙っていたが、やがて立ち上がる。

「失礼致します。閣下がお目覚めになりましたら、すぐにお伝え致します」

 副長が退室しようと背を向ける。

「……ログ副長」

 リーナに呼び止められ、ログは振り向く。

「何でしょうか?」

「あの人が目覚めたら……また戦いを続けるのでしょうか」

 リーナは顔を伏せたまま尋ねる。

「残った命を削ってでも──」

「残り一秒が尽きるまで戦い続けるでしょう」

 ログが答えた。それだけは間違いのない確信のように──

「それが“狼犬”の名と“心臓”を受け継いだ時からすでに出している、閣下のお答えです」

「……私には分からなくなりました」

 リーナの声は震えていた。常に“狼犬”の傍らで気丈に寄り添っていた姿はなく、何かに怯え、消え入りそうな姿だった。

「なぜ、あの人はそうまでして戦おうとされるのか──ずっと傍にいたのに分からなくなりました」

 彼女が顔を上げ、ログを見つめる。その目は今にもこぼれ落ちそうな涙を湛えていた。

「腹心であるログ副長なら、それがお分かりになりますか?」

 ログが目を瞑った。

「心中はお察ししますが、それをお答えできるのは閣下しかおりません。副官といえど勝手に代弁は許されません。ご容赦ください」

 ログはそう答えると無言で頭を下げて退室した。



 ログは部屋を後にした。

 リーナ姫はあれからずっと自室に籠もっていた。

 突き付けられた残酷な現実に押し潰されそうになっているのがログにも分かる。

 それでもいつ男爵が目覚めてもいいように、そして天使や魔女たちが襲来するようなら一人でも立ち向かうつもりで、ずっとああして待っているのだ。

(確かに、閣下が生死の境にいるとはとても伝えられないな)

 ログの心も痛む。

 誰よりも守ると誓った勇士の命を自分の手で削り、しかもその事を隠し続けられていた事実に彼女の心は揺らぎに揺らいでいる。どんな困難にも男爵と共に敢然と立ち向かっていた戦乙女としての勇姿を知るだけに、いまの打ちひしがれた姿を見るのは忍びなかった。

 ログは足を止めた。

「……誰か隠れているのか」

 ログが言うと先の通路の角からタニアが姿を現す。両手に折り畳んだドレスを抱えていた。

「す、すみません。別に立ち聞きしようとか、そんなことじゃなくて──」

「分かっている。気を遣ってくれたのだろう。仕事の邪魔をしてすまない」

「あの、ログさん」

 横を通り過ぎようとしたログをタニアが呼び止める。

「ログさんも無理をしないでください。まだ怪我だって治療の途中なんじゃないですか」

「無理はしないさ。だが、いまはわたしまでゆっくり休んでいる訳にはいかないからな」

 タニアがもどかしげにうつむく。

「で、でも、この前だって化け物相手にログさん、身体を張って戦ったんですよ。少しは休まないとログさんの方が身がもたなくなっちゃいますよ」

 心配してくれているらしい少女の姿に、ログは彼なりに微笑む。

「礼を言う。だが、閣下をお守りするのがわたしの役目だ。それがわたしに残された“狼犬の懐刀”の役割だからな。気遣いだけ感謝する」

「で、ですけど──」

「タニア、何をしているのです?」

 さらに何か言おうとしたタニアだが、向こうからやって来たマリーサの声に遮られる。

「貴女には姫様のお召し物のお取り替えを頼んだはずですよ?」

「は、はい。失礼します」

 タニアは頭を下げて慌ててリーナの部屋へと向かっていった。

「申し訳ありません。お務めの邪魔をしてしまいました」

「いや、構わない。いつも気遣ってくれて感謝している。どうしてかは分からないがな」

 ログがタニアの去っていく姿を眺める。

「あの子は副長のことが好きなんですよ。それぐらいはお気づきなのではございませんか?」

「……気に入られるところは特にないと思うのだがな」

「あの子は優しい人が好きなんですよ」

 マリーサが笑みを浮かべる。

「優しい? わたしが、か?」

「はい。僭越ながら私もそうお見受けしています」

 マリーサが答える。

「生きていくのがお辛いのに、それでもどうしてもやり遂げたい事があって、だから自分を傷つけながらでも生きようとしている──そんな方だと思っております」

 ログはそれを聞くと自嘲するように苦笑する。

「そんな風に見えるか。だが、そうだな。わたしも“狼犬の懐刀”としての役割だけは戦いが終わるまでやり遂げたいと思っている。それが、わたしにできる先代様と閣下への最後の恩返し──!?」

 ログの話を遮るようにマリーナが拳をログの頬に押し付けた。

「……そういう所でございますよ」

 マリーサがまるでたしなめるように拳でグリグリする。

「そこが先代様のずっと気にされていた副長殿の悪いところです。先代様から預かっているお言葉がございます──『やるだけやったら後はどうなってもいいなんて、そんなだらしない幕引きをするな』」

 説教するようにマリーサが言う。

「あの子がずっと気遣うのも、副長のそういう所を心配されているからですよ。副長はご自分で思われているよりも皆から慕われているのです。勝手に消えられたら困ります」

 マリーサが拳を離すと非礼を詫びるように頭を下げる。

「ご無礼を致しました。先代様から頼まれていたことでしたので──」

「いや。久々に先代閣下にお小言を頂いた気分だった。こういうのも悪い気分ではないな」

「まあ」

 ログなりの冗句と受け取ったのか、マリーサが笑った。

「ですが、この役目もタニアに譲るべきかも知れませんね……私も邪魔をしてしまいました。失礼致します」

 マリーサも自分の仕事に戻っていった。

 ログは誰もいない中、静かに感謝するように頭を下げる。

(すまない、わたしは自分が贅沢者だと思っている。多くの人間を殺してまで生き存えたわたしが、過去の清算も終え、いまは世界の運命を背負った勇士の剣として必要とされているのだ。それでもう十分なんだ。いつ団長やアデルさんたちの許に逝ったとしても、それで──)



 その日の夜。

 研究室に《アルゴ=アバス》が運び込まれていた。

 脚部を除いた強化鎧が揃えられ、その動力炉と調整台を連結する作業が行われいた。

 従事するのはアードとウンロクの二人だ。

 マリエルはその間、奥で休息をとっていた。

「さあ、頼みますぜ、先代様。男爵を助けるためにも一働き、お願いしますぜ」

 ウンロクが強化鎧に向かって拝むように手を合わせる。

「ウンロクさん、もうじき作業が終わりますけど、男爵をいつ運びます?」

 アードが尋ねる。

「そうだな。作業が終わり次第なんだが、少しは姐さん代理にも休んでもらわないといかんしな。さすがの姐さん代理でも連日のあの作業はきついはずだしな。もう少し待つか」

「いいえ、余計な気遣いは無用よ。すぐに男爵をここに運んでちょうだい」

 奥からマリエルが紅茶をすすりながらやって来た。

「姐さん代理、もう休憩は終わりなんですかい?」

「もう少し休まれてはどうです? 今は男爵の再調整も小休止状態ですから──」

「そうはいかないわ。だからこそ、今のうちに修正作業を少しでも進めるわ」

 マリエルも徹夜の作業が続き、疲労が重なっていた。それでも男爵を救出できるのは自分しかいないという責任と使命感が彼女の気力を支えていた。

 その時、周囲の計器が点灯した。過剰魔力が発生した時の誤動作表示だ。

 三人の顔に緊張が走り、そろって壁に据え付けていた測定器に目を向ける。

 測定器の針が魔力の上昇を示していた。

「──二人とも! 計器を切って! それと警報を!」



 城に警鐘が鳴り響く。

 “聖域”の変動と、それに乗じた敵襲に備えての警報だ。

 ログは痛む身体をおしつつ、主君の部屋へと急行する。

 魔女や天使たちの襲撃が予想された。

 しかし、男爵の部屋の扉が開け放たれていた。

 部屋に踏み込んだログはそこに人影を見つけて咄嗟に剣を抜こうとする。

 しかし、柄を掴んだ手は途中で止まった。

 寝台にマークルフが寝かされており、その傍らに背を向けてうずくまるリーナの姿があった。

 その両手はマークルフの左手をきつく握り締めていた。

 さらに背後から足音がする。

「副長ッ!? 姫様もおいででしたか!?」

 マークルフの身の周りを任されていたマリーサも、事態に気づいて駆けつける。

「マリーサ、ここから離れろ。敵襲が予想される」

「それでしたら、男爵様をどこか安全な所へ!」

「いや。奴らはどこへでも自由に出現できる。わたしがここでお護りする。他の使用人たちもここに近づけさせるな」

「は、はい!」

 ログはマリエルから渡されていた新たな魔法剣を抜き、マークルフとリーナを庇うように立った。

 警鐘が鳴り続けた。

 柄を握るログの手にも緊張が走る。

 やがて、どれだけ時間が過ぎただろうか。警鐘が鳴り止んだ。“聖域”の変動が収まり、周囲の安全も確認された合図だ。

 緊張から解放されたログは安堵と傷の痛みから、その場に膝をつく。

 やがてマリエルがやって来た。

「副長、“聖域”の変動は終息しました。しばらくは大丈夫でしょう。男爵の容体に何か変化は?」

「……マークルフ様は大丈夫です」

 背を向けたままリーナが答える。警鐘が鳴る間、彼女はずっとマークルフの手を握っていた。

 その彼女の背中が震える。

「何故……私はこうしてしまったのでしょう?」

 自分の愚行を嘆くようにリーナが呟く。

「もし、ここで“鎧”になれたとしても……それはこの人の命を削ってしまうことでしかないのに……」

 マークルフの手から離れた彼女の両手が床に投げ出される。

「姫様、ご自分をお責めにならないで下さい。貴女は男爵を守ろうとされたのですから──」

 マリエルがリーナの肩に手を置いて寄り添う。

「……守る? 死神が……何を……何を守っているのですか」

 ログが振り向くと、様子を見に来たらしいマリーサも扉の向こうから顔を覗かせていた。

「マリーサ、我々はこれから閣下をお運びする。姫を部屋までお連れしてくれ」

「かしこまりました」

 マリエルに代わってマリーサがリーナを助け起こすと外へと連れていく。

 マークルフに顔向けできないのか、振り返りもせずに去っていく姫の後ろ姿をログもマリエルも黙って見ている事しかできなかった。

 二人になり、ログは剣を鞘に収める。

「……魔女や天使たちは現れなかったか」

「はい。いまが男爵の動けない絶好の機会のはずですのに──」

 二人は眠りについたままのマークルフの姿を見つめる。

「魔女の狙いはまだはっきりしないが、天使たちは古代文明の遺産を使う閣下を抹殺したがっていたはずだ。仲間の一人も閣下に討たれているしな」

「そうですね。見逃してくれたとも思えません」

「何か狙いがあるのかも知れん。だが、全ては閣下がお目覚めになってからだ。マリエル、頼む」

「ええ、姫様のためにも──」

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