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サンクチュアリ・ファンタジア3―光の祈りと闇の呪いと機械仕掛けの災厄と神に選ばれた傭兵―  作者: みなかけん
第四章 『もう貴方の戦乙女にはならない』
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“再調整”

 “機神”の力を狙ったアレッソス=バッソスを謀殺したマークルフ。

 しかし、アレッソスは突如、“機神”に似た人型の異形と化して復活。

 次々に襲撃を始め、フィルディングの重鎮ユーレルンも死亡する。

 異形はユールヴィング領も狙うが、ログたちの奮戦と帰還したマークルフの手によって退けられ、多くの犠牲を残して消滅した。

 しかし、強化装甲を行使し続けたマークルフは領民たちの前で倒れ、リーナも今までマークルフが隠し続けてきた嘘──彼女が削り続けた彼の余命を知ってしまう。

 広間に響き渡ったリーナの絶叫は脅威が去って安心したはずの領民たちの表情を不安に変えた。

「閣下!?」

 近くにいたログがマークルフの上体を抱えて呼びかけるが、意識を失っているのか目を閉じたまま返事はない。

「姫様? 男爵はどうされたんですか?」

 タニアがリーナに尋ねるが、彼女は恐れおののくようにその場にへたり込んでしまった。

「若様!? 若!?」

「坊ちゃん!? おい、大丈夫なのか!?」

「姫様!? いったい何が!?」

 遠巻きにしていた人々も只事ではないと気づいたのか、心配して声をかける。

 何よりもマークルフの隣でへたり込むリーナの震えた姿がその不安に拍車をかけていた。

「どいて!」

 マリエルが人垣をかき分けて駆けつける。

「副長、男爵を仰向けに寝かせて胸元を広げてください」

 ログが指示通りにそっとマークルフを寝かせて上着を脱がせる。マリエルが懐から何かの計器を取り出して起動すると、それをマークルフの胸に押し当てた。

 装置は少しして赤い信号を灯した。

「やはり再調整が──」

 マリエルの表情が険しさを増す。

「わたしが……わたしが──ッ!」

 マークルフの倒れた姿にさらに取り乱すリーナ。マリエルがその両肩を掴む。

「大丈夫です! 落ち着いてください! クレドガルからここまで強行軍で戻って来たために疲労が一気に出てしまったようです!」

 マリエルが言い聞かせる。それはリーナへというよりも周囲で様子を見守る領民たちに向かって言っているようであった。

 マリエルがリーナに顔を近づける。

「姫様、しっかりしてください。ここで貴女が取り乱せば民たちにまで動揺が広がります」

 マリエルが立ち上がると、アードとウンロクが担架を運んで来た。

「男爵を診断するわ。調整室に運んで」

 マリエルの指示に二人はマークルフを担架に乗せると、道を開けた人垣の間を通って彼を運んでいく。

「だんしゃく、どうしたの? 目をあけて」

 フィーが担架について行こうとするが女将がそれを押し止める。

「男爵は皆を助けるために急いで戻って来たから疲れちゃったのよ。今は休ませてあげて」

 フィーが運ばれていく男爵の姿を不安そうに見つめる。それは他の住人たちも一緒だった。

 彼の身を案じる領民たちの姿を前に、リーナが居た堪れないように顔を伏せる。

「姫様もお疲れでしょう。しばらくお休みください。後でご説明しますので」

 マリエルがリーナを抱えるようにして立ち上がらせる。

「副長、男爵はこちらで預かります。姫様をお願いします」

 マリエルが憔悴するリーナをログに託すと、自らも運ばれていった男爵を追っていった。



 クレドガル王国領内──


「行くのですか、エルマ博士」

 エルマに向かってエレナ=フィルディングが声をかける。

 エルマの横にはリファ、そして背後に《グノムス》が立っていた。

「ええ、化け物はどうやら倒せたみたいですけど、いろいろ確かめたいですからね」

「みんな無事なのか、気になるもんね」

 リファが答えると、先に搭乗口を開けた《グノムス》に乗り込む。

「博士……一つ頼みを聞いてもらいたい」

「何でしょうか」

「“狼犬”に会ったら、礼を伝えて欲しい。今回の件については感謝すると──」

 エレナは珍しく、しおらしい態度で告げる。

 彼女が感じていた異形の反応は消えていた。マークルフらの手によって倒されたのだろう。

 それはエレナが敬愛していた祖父ユーレルンの仇を討った事でもあった。

「ええ、伝えますわ。フィルディングの姫からの感謝を聞いて男爵がどんな反応をするか興味がありますからね。それはそれとして、これからエレナ姫はどうされるのですか?」

「……お祖父様を失った事でフィルディング側の混乱は拍車がかかるでしょう。私もどうにかしたいところですが、現在は私自身が混乱の元になりかねません。しばらくはどこかに身を潜め、時期を見たいと思います」

「ねえ、エレナさんもユールヴィング領に来ればいいんじゃない? 男爵さんの近くが一番、安全だと思うよ」

 鉄機兵に乗り込んだリファが言うが、エレナは頭を振る。

「今、私がユールヴィングの軍門に下るような行動をすればフィルディング一族がどんな行動にでるか分からない。それにあそこは“聖域”の端。すでに“聖域”崩壊の影響が出始めていると聞く。もし“天使”や魔女たちが現れる事になれば、間違いなく私も狙われる……それに足手纏いにはなりたくない」

 エルマがうなずく。

「分かりました。ですが必要なら大公様を頼ってください。できる限りの事はしてくださるそうですから。ただし、王都にはできる限り踏み込まないように。あそこには魔女たちに繋がる何かがありそうです」

「承知している。しかし、そこに居るバルネス大公様の身は危険ではないのですか?」

「大公様もそれは承知のうえですわ。男爵とエレナ姫──ルーヴェン様と最長老殿が残した後継者と“機神”の戦い、それを助けるのが古い腐れ縁の最後の清算だとおっしゃってましたから。だから遠慮されることはありませんわ」

 エレナが感謝を示すように顔を伏せた。

「それでは、これで」

 そう言うとエルマも《グノムス》に乗り込む。本来は一人乗りだがリファと身を寄せ合うように強引に入り込んだ。

「エルマ博士」

 搭乗口が閉まる中、エレナが声をかける。その手には手紙らしき物を持っていた。

「これに書かれた内容を私は理解すれば良いのですね?」

「はい。難しいかも知れませんが、よろしくお願いします」

「……それが必要になる時が来るのですね」

「ええ。大きな運命が動き出しているようです。きっと、近いうちに必ず──もちろん、それは貴女次第ですけどね」

「承知した。その時が来れば必ず力を貸すと約束します」

 力強く断言するエレナの前で搭乗口が閉じた。

「あの手紙、何なの?」

 地面に潜行する《グノムス》の中で身を寄せ合うリファが尋ねる。

「ああ、今後の助言ってところよ。役に立つかどうかは分からないけどね。さ、グノムス、行ってちょうだい」

 命令に従い《グノムス》が動き出した。内部で休眠装置が作動し、エルマたちは微睡んでいく。

 これから二人は休眠状態に入り、同乗する妖精族二人と共にユールヴィング領まで戻るのだ。



「……行かれましたな」

 鉄巨人が地面の下に消えた後、エレナを護衛する騎士の一人が言う。

「バルネス大公がその才能を見込んで招聘したというあの科学者どの、ある意味で恐ろしい手練れでございますな」

「そうですね。ですが味方でいてくれる分には心強いのも確か」

 エレナは手紙を広げた。

「その手紙は?」

「以前、クレドガルまで同行した時にあの科学者殿から渡されていた物です」

 それにはエルマからの課題が記されていた。

 短い文であった。


『“機神”を“武器”として認識できるようにしてください。制御装置を持ち“機神”を使役できる貴女だけが可能とするその認識が、今後の運命を大きく左右するでしょう』


 エレナはその文をあらためて心に刻むと手紙を閉じる。

 この文の示す意味に彼女は気づいていた。彼女もまたブランダルクで“狼犬”とオレフの戦いを目の当たりにした一人であり、その戦いの真の意味も理解していた。

「……確かに難しい課題だ」

 しかし、敢えてなお、あの科学者は“機神”に勝つために彼女にそれを求めているのだ。



 ユールヴィング城内の研究室。

 ログがそこに足を踏み入れる。

 目の前の調整台にマークルフが寝かされていた。上半身裸となり、胸や手足にコードが接続されている。

 マリエルが台の横に設けたモニターの前に座っていた。モニターに表示される映像と睨み合いながら、マリエルはせわしなく端末を操作している。

 リーナへの事情説明を終えたマリエルはずっとここで作業を続けていた。

「閣下の容体は?」

「“再調整”が始まっています。しばらくはこのままでしょう」

 マリエルがモニターから目を離す事なく答えた。

 ログが眠りについているマークルフの横顔を見つめる。心なしかその表情は辛そうに見えた。

 “再調整”とはマークルフの胸に埋められた“心臓”──《アルゴ=アバス》の制御装置によって行われる肉体の再調整作業だ。

 強化装甲は装着者が“心臓”を胸に埋め込む事で肉体を改造し、それに成功する事ではじめて装着可能となる。だが強化装甲の使用は装着者の肉体に著しい負担を与え、装着した期間が長くなるにつれて肉体に支障が生じるのは避けられない。

 それが重なって深刻な支障が生じた時、“心臓”によって再調整が開始される。

「ついにここまで来てしまったか」

 再調整には時間を要するが、それによって装着者はもうしばらく強化装甲の使用が可能となる。

 だが、それは同時に新たな装着者を探す段階に入っている事でもあった。

「副長、リーナ姫には再調整の事はお伝えしています。城の皆への説明の方は?」

「無理を重ねて倒れたとだけ説明している。しばらく安静が必要だともな」

「……そうですね。下手な嘘はつけませんからね」

 ログは近くにあった椅子に腰を下ろす。彼もまた負傷の身体で無理しながら動いていた。

「マリエル。申請していた《アルゴ=アバス》のジェネレータ使用は副長権限で許可する。すでにアードたちにも伝えて準備の許可も出した」

「ありがとうございます。おそらくこの作業には時間がかかります。手持ちの魔力の貯蓄だけではまず足りないでしょうから──」

 “聖域”内で機械を用いた作業は急激に魔力を消費する。そのためにマリエルは《アルゴ=アバス》の使用をログに申し出ていた。強化装甲の動力を研究室の機械に直結して、魔力の充填に用いるためだ。

「閣下に何か起きているのか?」

 ログは尋ねた。

「再調整は本来、“心臓”単体で行われるはずだ。《アルゴ=アバス》を用いてまでこのような大掛かりな作業をする必要が何かあるのか?」

「……事態はおそらく副長が思われている以上に深刻です」

 マリエルが静かに答えた。

「現在、再調整が難航しており、男爵の命に関わっている状況です」

 ログは立ち上がる。冷静に努めるが動揺は隠せないでいた。

 再調整中は装着者は休眠状態に入るが、命に関わるものではないと教えられていたからだ。

「説明してくれ。どういうことだ?」

「これまで男爵は大破した《アルゴ=アバス》の代わりに、姫様が身を変えた“鎧”を纏って戦って来ました。しかし、その“鎧”が《アルゴ=アバス》の完璧な複製としてもやはり本物とは違うのです。戦乙女の武具である“鎧”は例外を除いて壊れる事はありません。ですが、壊れない強化装甲なんてのは本来はあり得ない存在なのです」

 マリエルは手を休めることなく続ける。

「装着者と強化装甲は密接に連動しており、そのデータは装着者自身にも蓄積されています。その状況で男爵は本来あり得ない“鎧”を纏って激闘を繰り返しました。その結果、あり得えない連動データが歪みとなって男爵の肉体に蓄積され続けたわけです。その歪みが今になって再調整の障害となって現れています」

「……もし、再調整が上手くいかなかったらどうなる?」

「現在、“心臓”による再調整と平行しながら、こちらで歪みの修正を試みています。もし修正が上手くいかず、“心臓”が再調整を不可能だと判断してしまったら……そこで終わりです。全ての機能が停止し、男爵は二度と目を覚ます事はありません」

 まるで宣告するようにマリエルは答えた。

「リーナ姫はこのことを──」

「言えるわけありませんわ。再調整の説明の時でも、ずっと気づかずにいた自分を責めていらっしゃいました。これ以上、残酷な事実を突きつければ……姫様の心がとても持ちません」

 マリエルが表情を引き締める。

「必ず起こして見せます。このまま姫様だけを残して終わるなんて絶対にさせません。叩き起こして姫様を騙し続けたことを謝罪させないといけないのです」

 ログはもう一度、マークルフを見つめる。

「分かった。わたしも出来る限りの協力はする。何としても起こしてくれ……この事を知っていながら黙っていたわたしも同罪だ。閣下と共に謝罪せねばならないからな」


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