表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/135

戦乙女に捧げた運命

 城の広間もまた戦場であった。

 避難した住人たちに加え、異形との戦いで負傷した兵士たちも運ばれていた。

 医療班だけでは追いつかず、住人たちも彼らの手当てなどに加わって奔走としている。

 その中、ログがサルディンに肩を借りた状態で運び込まれてきた。

「ログさん!?」

 人々の行き交う中、その間をぬってタニアが駆けつけて来た。

「ログさん!? 大丈夫ですか!?」

「丁度いい、副長を頼むぜ」

 サルディンはそう言ってログを床に降ろすと自らはその場から離れた。自身はもうこの城の人間ではないが、やはり古巣の窮地を放っておけないのか、彼も負傷者の救出に手を貸してくれていた。

「ログさん、奥で休みましょう! すぐに用意をしますから!」

「……いや、閣下が戻られるまで寝ている訳にはいかん。ここで少し休ませてくれ」

「分かりました。だったら傷の手当てだけでも! 待ってて下さいね!」

 タニアが慌てて手当てに必要な物を取りに行こうとする。

 だが、その前に道具箱を手にする老婦人が立っていた。

「タニアちゃん、用意してあるわ。手伝わせてちょうだい」

「女将さん!? ありがとうございます!」

 女将とタニアはログの上着を脱がせると、まずは血と泥で汚れた身体を拭く。

「……すまない、女将。ここに避難していたのか」

「ええ、フィーも一緒ですわ」

 見れば後ろの方で子猫を抱いたフィーがこちらの様子を見ていた。

「……大丈夫だ。もうすぐ閣下が戻って来る。それまでの辛抱だ」

「本当!?」

 フィーの顔が明るくなる。

「副長さんが言ってるのよ、間違いないわ。それよりも手伝ってちょうだい」

「わかった!」

 フィーも子猫を降ろすと道具箱から包帯や薬を取り出して並べ始めた。子猫のニャーもフィーの後ろに座っている。

「女将さんもいらっしゃったんですね」

 そこにマリエルたちがやって来た。

「副長、“門番”は機能を完全に停止しておきました」

 彼女たちは異形の再襲撃に備えて“門番”の機能を再び切断していた。もう異形に同じ手が通じないと考え、逆に利用されないように処置したのだ。

「……すまない。今度は剣と鞘を丸ごと壊してしまった」

「いいえ。あの鞘はともかく、魔法剣の方は予備を用意してますから。どちらにせよ、治療が先です。ウォーレンさんも副長を休ませてくれって言ってましたわ」

「だったらウォーレンに知らせてくれ……動ける者を城の外に退避させてくれ、とな」

 ログがマリエルに告げた。

「閣下が戻られる前に奴が再び来ないとも限らない。城の防衛も限界だ……外が安全とも言えないが城に固まって一網打尽にされる訳にもいかん」

「でしたら、ログさんも一緒に!」

 タニアが言うがログは頭を振る。

「いいや、わたしもこの怪我では足手纏いだ。それに動けない者を置いて、副長が避難するわけには行くまい……ここに残って閣下のお帰りを待つ」

 そう言ってログは床に置いたシグの魔剣に手を添え、静かに目を閉じる。

 その横顔を見て女将がうなずく。

「……かしこまりました。ですが怪我を放ってもおけませんので手当てだけはさせていただきます。ボロボロの姿のままで若様をお出迎えできませんものね」

「ああ、すまな──」

 ログがその視線を手にするシグの魔剣へ向ける。

 鞘に収まっていた魔剣が床の上で微かに震えていた。

「──逃げろッ!!」

 ログは鞘を掴むとあらん限りの声で叫んだ。

 周囲の注意が一斉にログの方に向く。

「奴が来る! 早く逃げるんだ!」

 ログは立ち上がろうとするが、満身創痍の身体は思うように動かない。

 ログの警告に周囲が浮き足立つ中、頭上で凄まじい衝撃がはしった。

 天井が崩落し、瓦礫が降り注ぐ。

 住人たちが慌てて逃げ惑う中、その瓦礫と共に一つの影が広間へと着地した。

 あの異形の姿であった。

「そんな!? もう戻って来たの!?」

 マリエルが悲痛な声をあげる。あれだけの激闘の末にようやく転移に成功させたのに、戻って来る時間が早すぎるのだ。

 彼女たちの戦いを無為にするようなその光景はまるで運命が悪意をもってログやマリエルたちの努力をあざ笑うかのようであった。

「クッ……」

 ログが魔剣を杖代わりに立ち上がろうとするが、すでに肉体は歩く事すら拒むほどに限界に達していた。

「フィー! 逃げなさい!」

 女将が孫娘に向かって叫ぶ。

「早く!」

 女将がニャーを掴んでフィーに強引に抱かせる。

 突然の恐怖に呆然自失となっていたフィーも我に返るとそこから離れようとする。

 フィーの頭上を影が覆う。

 異形が跳躍していた。異形はフィーの逃げ道を塞ぐように着地する。

 フィーは足から力が抜けたように崩れ落ち、その姿を異形が見下ろす。

「フィー!」

 女将が孫娘を突き放すと代わりに自らが異形の前に出る。

 ツタの一本が女将の前で待った。

 細身の身体が宙を舞って壁に叩きつけれる。

「……ばあちゃあああんッ!」

 床に倒れた祖母の姿にフィーが半狂乱になって叫ぶ。

 異形は倒れた女将の横をすり抜け、フィーの前に立つ。

 フィーは涙目のまま、その場から動けない。

「まて──ッ!」

 ログが注意を引きつけようと魔剣を抜くが、まともに戦えないログの挑発を一笑に付すかのように一瞥するだけだった。

「……あ……」

 フィーは目の前に立つ恐怖そのものに言葉を失う。

 異形は動かない。まるでフィーの絶望する姿に満足しているかのようだ。

「フィー……泣くんじゃないわよ……そんなことじゃ……戦乙女になんてなれないわよ」

 女将の声だった。床に倒れた女将がフィーに向かって語りかけていた。

「フィー、戦乙女はね、どんな運命にだって勇士と一緒に立ち向かう勇敢な人なのよ。こんな事で……挫けてはダメよ」

 女将は負傷した肩を手で抑えながら立ち上がった。

 遠巻きにしていた者たちも皆、女将の姿を見ていた。

 女将は微笑みながら、異形と向かい合う。

「私もね……《戦乙女の狼犬》亭の看板を背負っているのよ……あなたが何者かは知らないけど……バカにしないでちょうだいね」

『……ロウ……ケ……ン』

 異形の声がした。

「あら? あなた、こちらの言葉が理解できるのね。だったら尋ねてもいいかしら……どれだけの人を苦しめて、殺したの?」

 静かな問いだった。

「あなたは自分が人々の命を握る運命にでもなったつもり? そうね、そんな化け物になったら人の命なんて簡単に奪えるわね」

 女将は毅然としていた。その場にいる誰よりも──

「でもね、運命なんて最初から非情なのよ。何十年も生きた老いぼれだって、生まれたばかりの新しい命だって、明日には事故や病気や災害で失われてしまうかもしれない……あなたが真似事しなくたって運命は貴方以上に残酷な姿を持っているのよ」

 異形は動かない。甲殻で覆われた顔の表情など知る由もないが女将の言葉に反応をしているようだ。

「あら、まだ殺さずにいてくれるの? それなら、せっかくユールヴィング城に来たのだから、戦乙女の話を覚えておくといいわ」

 女将は殺戮者の前に動ずることなく、さらに語りかける。

「戦乙女はね、運命を司る娘なのよ。自らが選んだ者の武具となってその勇士を守り、その勇士が為すべき運命を護るのよ……うちの酒場の一番の常連だった人はね、その戦乙女にとても憧れていた。その人はとても強い人だったけど、どんなに足掻いても現実という運命を変えられない現実に苦しんでいた。どうしても助けられない人がいる事に悲しんでいた……だから戦乙女に憧れていたのよ。人を守る優しい運命がいてくれるのなら一度で良いから会ってみたかったって──だから、あの人は戦乙女の真似事をしようと思って、その名を自分の二つ名に選んだのよ」

 女将が一息つき、異形の顔を見据える。

「私もね、こう見えても少しは良家で知られた所の娘だったのよ。今は酒場の女将だけれど、この歳まで生きて来れた事は幸運だと思っているわ……幸運な人間にはね、義務があるのよ」

 女将はフィーに振り返る。

「フィー、そのニャーちゃんを最後まで守りなさい。あなたがそのニャーちゃんの運命を護る戦乙女になるのよ。いいわね、絶対よ」

 子猫を抱きしめた孫娘は怯えていた。

「どうしたの? 返事は?」

 異形に対峙する祖母の命令にフィーはようやく微かにうなずく。

 それに満足した女将は微笑むと、再び異形の顔を見上げた。

「……用件は済んだわ。義務っていうのはね、運命を前にどう向き合ったかを見せる事よ。運命の真似事をしてくれるあなたはおあつらえ向きだったって事ね。お礼を言うわ」

『ゴアアアアァアアアアアッーーーッ!!』

 異形が吼えた。四肢を広げ、とてつもない叫び声を轟かせ、全身からツタが伸びて怒髪のようにうねる。

 周囲から悲鳴が沸き起こるが、それでも目の前にいる一人の老婆の姿は揺るがなかった。

 女将が振り向く。

 フィーは床に伏せて震えていたが、ニャーもその場で震えているのを見ると、自分の身体の下に隠して守るように覆い被さる。

 異形が全身のツタを広げた。それはすぐにでも周囲の人間を貫ける事を示す威嚇のようでもあった。

「……どんなに綺麗事を言ってもすぐに皆殺しにしてやるって顔ね。そこの孫娘も、周囲の人間も、その子猫もそう?」

 女将は静かに異形を見据える。

「関係ないわ。あなたが何しようとも私は運命を前にどうするかを孫娘に教えるだけ。それだけしかできないわ。それ以上の何かをこんなお婆ちゃんに求められても困るわ」

『ゴアアアアアァア!』

 水晶の甲殻に覆われた異形の顔が女将の前に広がる。

 世界の脅威である“機神”のような異形の怪物に眼前で威嚇されてなお、女将の姿は揺れ動かない。

「……偉そうに言ったけど、私も先に逝ってしまったルーヴェンにそう教えられただけ。さあ、もう話すことは終わったわ。最後まで聞いてくれてありがとう」

 異形のツタが周囲を舞った。鎌鼬のように周囲の壁や柱を削り、周囲にいた人たちも悲鳴をあげる。

 それでも、人々はまだ堪えていた。

 異形の前で静かに覚悟を決める女将と、祖母の後ろ姿をその目に刻み続けている孫娘の姿が人々を恐慌からぎりぎり踏み留まらせていたのだ。

 異形が震えていた。怒り、苛立ち──そして戸惑いを露わにしている。

 その異形の背後で轟音が響いた。

 壁が壊れ、その中から現れたのは黄金の鎧武者だった。

『てめえッ!』

 黄金の強化装甲を纏ったマークルフの怒声が人々に響き渡る。

 その手が異形の首を掴むと、そのまま異形と共に女将の横を通り抜け、目の前の壁を貫いて外に飛び出た。

 風圧に女将の身体がよろめいて床に倒れる。

「婆ちゃん!」

 フィーがニャーを腕に抱えたまま駆け寄った。

「……怖かったかい? でも、もう大丈夫よ」

 女将は身体を起こすと孫娘の前で腕を広げる。

「よく頑張ったわね。立派に戦乙女の代わりができてたわよ。男爵も褒めてくれるわ」

 孫娘は泣きながら祖母の胸に飛び込んだ。女将はその頭を優しく撫でる。

「……ね、ちゃんと待っていたから“狼犬”は戻ってきてくれたのよ」



 城下街に土煙が舞った。

 その中から異形が立ち上げるが、その顔に装甲に包まれた拳が叩き込まれて無人の家屋にまで殴り飛ばされ、家屋が崩れる。

 空は暗くなっていた。その空を背に黄金の強化装甲を纏ったマークルフが近づく。

「……ここまでだ。もうてめえは逃がさねえ」

 崩れた家屋から鋼のツタが伸びてマークルフの腕に絡み付くが、マークルフはツタを掴んで振り回すと異形を引きずり出すと、その鳩尾に膝蹴りを叩き込む。

 身体をくの字に折る異形の顔を鷲づかみにすると、その後頭部を地面に叩き付ける。そのまま推進装置を全開にする。

『ゴアアアァアッ!?』

 異形を地面に押さえつけながらマークルフは飛んだ。地面に挟まれ身体を削られていく異形は全身から火花を散らしなら、その身を抉られる苦痛にのたうつ。

 そのまま城から離れるとマークルフは異形を投げ飛ばした。

 異形は地面に身を投げ出し、マークルフは《戦乙女の槍》を構えた。

「……本当は俺にはてめえにとやかく言う資格はないのかも知れねえ」

 装甲を鳴らしながら足を踏み出す。

「人間だったてめえを死に追いやったのは俺だ」

 黄金の鎧と黒き異形の距離が近づく。

「そして王都では化け物になったてめえを仕留め損ねた……それがこのザマだ。これは俺が背負うべき失態だ」

 黄金の籠手が手にする黄金の斧槍を握り締める。

「それでもだ。俺の領地を踏み荒らし、何よりも“狼犬”を信じる領民に手出しされた以上、てめえの存在を認めるわけにはいかねえ」

『ゴアア──!?』

 異形が吼えようとするが、それを阻止するように斧槍が異形の顔面を貫いた。

「てめえの恨み辛みをぶつけるのは俺にだけにしろ……もう他には見せるな」

 両腕を交差させ、合体した右の手甲から一対の湾曲刃が伸びる。

 異形の全身から鋼のツタが伸びて黄金の装甲に巻き付くが、マークルフは構わずに異形の頭を貫く《戦乙女の槍》を掴んだ。

「これで終わりにするぜ」

 装甲が赤熱し、巻き付くツタが蒸発するように消えた。

 同時に手にする槍も付与される破壊力で輝く。

 マークルフは左手で異形の喉を掴むと槍を引き抜き、そのまま空へと飛翔した。

『──ゴ……ゴアアッ!』

 頭が再生した異形が叫ぶと全身の甲殻から真紅の魔力を放つ。しかし、それも赤熱する強化装甲の前にそれも霧散する。

『ガ、ガア──ゴアアァア!?』

 異形の全身が蠢くが、それを見たマークルフが槍を挟む湾曲刃の片側で異形の胴体を斬り裂いた。

「てめえの魂胆は分かっているぜ!」

 マークルフは異形の身体に抱きついた。

 赤熱する装甲が異形の身体を焼きごてのように溶かした。再生しようとするが間に合わず、融解したツタが鋼の泥のように異形の身体に纏い付いていた。

「自分で身体を引き裂いて一部だけでも逃げようって事だろうが、そうはいかねえ! てめえは今度こそ完全に消滅させる!」

 マークルフは異形を放り投げた。

『マークルフ様──』

 充填率を知らせるモニターが光り、リーナが発動準備完了を伝える。

 マークルフは赤熱する斧槍を宙に投げ出された異形に向けた。

「ここはてめえに味方する魔女もいねえ……終わりだ!」

 背後の推進装置が全開し、破壊力を纏った槍が異形に向かって突撃する。

『……ヤメロ……ミライ……セカイ……ワレノ──!』

 発動直前、異形が叫んだ。

 しかし、その最後のあがきも閃光に包まれる。

 槍が異形を貫き、《アトロポス=チャージ》が発動した。その破壊力が異形の姿を微粒子よりも細かく消滅させていく。

『──ワレノ──ワレラ──ノテニ──』

 閃光の中で消えていく異形の言葉がマークルフとリーナに届く。

 マークルフは仮面の下で憐憫の目を異形に向けた。

「……自分を排除した世界が許せないのか」

 マークルフの声が届いたのか、辛うじて残る異形の顔がこちらに向けられる。

「てめえを葬った俺が言うべき台詞じゃねえけどよ……自分のいない世界でも暗い世界よりはマシだって思えなかったのか?」

 その言葉が異形に届いたのかは分からない。

 異形はもう何も答えることなく破壊の閃光の中に消えた。

 そして異形をかき消した破壊の閃光もやがて消え、周囲は再び夜の帳に覆われた。

「頼まれなくても世界は残酷なんだ。今だって悪い夢を見せて馬鹿を踊らせるクソッたれな機械の神様が居座っているしな。恨むなら俺と“機神”だけにしておけば良かったんだ……そうじゃねえか、アレッソス=バッソス?」

 マークルフは異形の消えた空を見つめ続ける。

『マークルフ様……』

 その姿に寄り添うようにリーナの声が聞こえるのだった。



 ようやく悪意の暴走を止めたマークルフは城の天井に開いた穴から広間へと降り立つ。

 そこには住人たちが待っていた。

 マークルフは近くにいたフィーにゆっくりと近づくと膝をついてその頭を撫でる。

「よく頑張ったな。安心しろ、あの化け物は俺が仕留めたぜ」

 マークルフの声に広間中に歓喜の声が湧く。

 フィーもようやく安心したのか、泣き顔で装甲に顔を埋めた。

「閣下、申し訳ありません……お帰りまで奴の侵入を阻止できませんでした」

 ログがタニアの肩を借りながらやって来る。

「いや、あの化け物相手によくやってくれた。遅れてすまなかったな」

 マークルフはフィーを抱きかかえると控えていた女将に渡す。

「怪我は大丈夫か?」

「ええ、そこまで酷くはありませんから」

「すまなかった。俺が不甲斐ないばかりに……」

「何をおっしゃいます? 昔から“狼犬”相手にお酒出してますとね、これぐらいの荒事には慣れっこになるもんでしてね。それに今回の事はフィーもいい勉強になったと思いますわ」

 大変だったろうに女将も気丈に笑っていた。

 マークルフも兜の下で苦笑する。

「さすがは女将だな。しかし、こんな勉強、俺なら御免被りたいところ──」

 マークルフは突然、目眩に襲われて足許がふらつく。

 戸惑う女将の前でマークルフの左腕が震えだした。装甲の鳴る音が広間に響くほどだ。

『マークルフ様──? どうされました? 左手が──』

 戸惑うリーナの声がした。

 その間にもモニターには装甲との連動率低下を示す警告表示が現れる。

 装甲が急激に重くなり、マークルフは膝をつく。

 視界が朦朧として、自分を見守る人たちの姿が霞んだ。

『マークルフ様!? どうしたのですか!? ともかく早く“鎧”の解除を──』

 左腕の──いや、全身の感覚が消失し、異常事態に慌てるリーナの声すらも遠くなっていく。

 そして──



 皆の見ている前で黄金の強化装甲が光の粒子となって散った。

 粒子が舞う中、支えを失ったマークルフが姿を現す。

 光は一つに集まり、それはリーナの姿となる。

 同時に目の前でマークルフは床に倒れた。

 周囲が沈黙に支配される。

 皆、何が起きたのか分からなかった。

 元の姿に戻ったリーナもまた支えを失ったようにその場に崩れ落ちた。

 床に倒れて目を覚まさないマークルフを前に、彼女の顔は蒼白となっていた。

「……あぁ……」

 マークルフが意識を失った瞬間、“鎧”は装着者の状態を記録するための診断機能を作動させた。

 それは“鎧”自身だったリーナさえも知らない──装着者であるマークルフ側で遮断して彼女にも気づかせなかった機能だったのだ。

 装着者の異常によって診断機能が緊急的に自動作動し、今まで彼がリーナに隠していた装着者の情報が“鎧”へと伝達される。

 同時にマークルフとのリンクが切れて彼女は“鎧”から元に戻ったが、その脳裏には伝わった情報の全てが鮮明に刻み込まれていた。

「あ……あぁ……あ……」

 リーナの唇が震える。

 彼女はマークルフの運命を知った。

 彼の肉体は彼女の予想を遙かに超えて限界に近づいていた。

 計算される装着者の余命がすでに八年程度だということを──

「ああああああああああぁッーー!!」

 城の住人たちが取り巻く中、リーナの絶叫が城内に響き渡るのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ