魔女との戦い(2)
「グノムス!」
エルマの命令に周囲の地面が隆起する。彼女が《グノムス》に教えた疑似“聖域”生成だ。
二人の魔女を巻き込み、周囲の地面が変動する。
しかし、突如として襲った見えない衝撃が地面を砕き、形成されようとした霊力の流れを妨害した。
「……まだ隠していた手札があったのね」
エルマが頭上を見上げて舌打ちする。
そこには機械の翼を広げる竜が旋回していた。今の衝撃波もこの機械の翼竜が放ったのだろう。
「同じ手にはかからないわよ。これでそこの鉄機兵の手品は封じたわ」
かつてエルマに捕まったミューがほくそ笑むと同時に、使役する細身の鉄巨人が跳躍して《グノムス》の前に着地した。
「大姉様の約束通り、戦うつもりはないわ。でも、大人しくしてて頂戴ね、ズングリムックリちゃん」
ミューの命令に鉄巨人が《グノムス》を掴む。《グノムス》が振り解こうとするが細身の鉄巨人の力は見た目以上に強いのか身動きが取れないでいた。
「やっぱり出力の低い霊力駆動では図体の割には力不足ね。それに弱点も調べ済みよ」
鉄巨人が《グノムス》の巨体を持ち上げた。その巨体を両肩で背負い、頭と脚を掴んでその動きを封じる。《グノムス》も振り解こうとするができず、身動きができない。
「……それも気づいてるわけね」
エルマが険しい顔をする。
一見、荒っぽいが地中から常に霊力を取り込まなければ地形操作も出力上昇もできなくなる《グノムス》の弱点を突いた行動であった。
「二人とも、よそ見している暇はないわよ」
エルマとリファの背後に黒剣を持つ魔女トウが立っていた。
「リファちゃん!」
咄嗟にリファを突き飛ばすとエルマは懐から銃を抜く。
「無駄よ」
エルマが引き金を轢くが銃は発射されず、逆に勝手に銃が手から離れると魔女の左手へと収まった。そのままエルマに銃口を向ける。
「魔力点火式の銃なんて面白い物を持ってるのね。でも、わたしには通用しないわよ。これで降参してくれたら楽なんだけど──!?」
エルマが懐からもう一つの銃を取り出してトウに向かって発砲する。
魔女も咄嗟に急所を剣で庇いながら飛び退く。
銃声が消えた時、トウの右腕からは血が流れていた。
しかし、トウは右腕から流れる赤い血を一瞥すると、手にした銃を放り投げた。
銃は内部で一瞬、真紅の光が見えたと思うと分解され、そのまま地面に落ちる。
(銃の中の魔力に気づいてそれを引き寄せる。それに内部で炸裂させて破壊……想像以上に魔力を自由に操れるようね)
エルマは目を細めて魔女に銃口を向けた。
魔女も憤然とした面持ちをするが、まだその表情には余裕が残っている。
「……貴女って科学者のくせにイカサマな真似はするし、容赦もないわね。今のは避けなかったら胴体に風穴開いてたかもよ」
「だって、あんた達、普通に死ぬかどうかも分からないしね」
最初に抜いた銃は領地を狙ったアレッソスの刺客から回収した魔力点火式の物だ。魔力は装填したままだが、機械的にそれは発射できないようにしてあった。魔女に銃の中の魔力を見抜かれると想定したうえでの囮だったのだ。
しかし、黒剣の魔女の反応が予想以上に早く、動きを止められなかったのは痛手だった。あのログ副長が手強いと言ったのは全く誇張ではなかったという事だ。
「エルマさん!? 上!」
リファが叫んだ。
頭上に瞬時に翼竜が出現する。驚く暇もなくこちらに向かって口を開くと同時に近くで衝撃が巻き起こり、それに煽られてエルマは吹き飛び転倒する。
「指向性衝撃波よ。その気になれば狙い撃ちも可能よ。もう諦めたら?」
もう一人の魔女ミューが告げた。
「……参ったわね」
エルマは地面に倒れたまま上体だけ上げる。
今ので銃も飛ばされ離れた場所に落ちてしまった。魔女二人に挟まれ、頭上には翼竜。頼みの《グノムス》は捕まって動けない。残るは自分とリファ、それと地面に隠れた妖精たちだけだ。
どうやら殺すつもりがないのだけが幸いであったが、ここで大人しく捕まってもいられない。
(やるしか、ないわね)
エルマが目でリファに合図を送る。向こうも意図を悟ったのか小さく頷く。
エルマは魔女に気づかれないように手で地面を叩いた。
「大丈夫か? 手伝えることがあるか」
倒れたエルマの陰に隠れる形でダロムが地面から顔を覗かせる。
「お願いがあるの。魔女二人の注意を引きつけて。後はこっちでやるわ」
「分かったぞい」
ダロムが消えるとエルマも立ち上がった。
「……うちらを捕まえて、どうするつもり?」
「来れば分かるわ。律儀な同僚のおかげで命拾いできる事に感謝することね」
さすがに観念したと見たのか、ミューが勝ち誇ったように答えた。
「……同僚? 誰のことよ?」
「その意味を知りたかったら、ついて来なさい。死にたくはないでしょう?」
トウが近づく。
個人での研究が多いエルマにとって同僚と言えるのは妹と部下二人だ。もし、他にいるとすればブランダルクの戦いで死んだオレフぐらいだろう。
(あいつが──?)
その時、銃声が鳴り響く。
「何!?」
魔女二人が身構えた。
地面に転がっていたエルマの銃が発砲したのだ。妖精たちが注意を引きつけるために引き金を轢いてくれたのだ。
魔女の注意が削がれた隙を突いてエルマとリファが同時に駆け出す。その先は鉄巨人に捕まった《グノムス》だ。
「グノムス! ハッチを開けて!」
《グノムス》が胸の装甲を開くと、しゃがんだエルマを踏み台にしてリファが《グノムス》のハッチに掴まる。
「また何かするつもり!?」
魔女トウが一瞬でエルマの前まで来るが、その前にリファを飲み込形でハッチが閉じる。
「どういうつもり? 〈ガラテア〉だけでも逃がすつもりなの?」
「すぐに分かるわ」
剣を向けられたエルマが《グノムス》を見上げる。
「グノムス……あなたも気が進まないでしょうけど、頼むわ」
魔女たちが訝しむ前で《グノムス》が動きを止めた。
しかし、魔女たちが何かに気づいたのか焦りの表情を浮かべる。
「これは──」
「姉様! 気をつけて!」
《グノムス》の装甲の隙間から真紅の光が放たれる。その全身の装甲が展開し、押さえきれなくなった鉄巨人が《グノムス》から手を離した。
エルマはその隙にその場から離れると《グノムス》が地響きをあげて地面に着地する。
魔女たちも後ろに下がり、妹魔女が手を振ると鉄巨人も《グノムス》から離れた。
着地した《グノムス》の全身に魔力の奔流を示す真紅の光が駆け巡った。装甲を展開し、その四肢に魔力の光を宿す姿は今までとは違う、戦闘兵器の名にふさわしい姿に変貌していた。
「……この鉄機兵、魔力駆動に切り替わったわ。おそらく取り込んだ〈ガラテア〉の魔力を動力源にしているのよ」
「そうみたいね。確かにさっきとは段違いの出力だわ」
魔女たちが警戒を露わにする。
普段は大地の力である霊力で駆動する《グノムス》だが、魔力駆動に切り換える事でエンシア王族を守る兵器としての真の姿を発動できる。
ブランダルクの戦いでその事実を知ったエルマは、いざという時のためにその姿を発動できる手段を考案して改造を施していた。
内部に魔力源を取り込むことでそれを利用して真の姿を発動できるようにしたのだ。
今回の場合はリファだ。〈ガラテア〉の特性として内部に高密度の魔力を秘める彼女は《グノムス》の動力源としては打って付けの存在であった。
もっともリファは魔力搾取による苦痛を伴い、《グノムス》自身も兵器としてのこの姿を好んではいないため、エルマとしてもあまり選びたくはない奥の手ではあった。
「……姉様も人が悪いわね」
姉魔女が焦りの表情を隠せずに言った。
「こんなの聞いてないわ。気の優しいズングリムックリちゃんという情報だったのに、何だかえらく厳つい姿になっちゃったものね」
「こうなったら大姉様の約束どころじゃないわ。本気でやらなきゃ、こちらが危ないわ!」
「仕方ないわね。話が違うんじゃ約束どころじゃないしね」
上空を影が過ぎた。
機械の翼竜だ。旋回してこちらへと向かって来る。
危険を察知したエルマが離れると同時に翼竜の口が開いた。
真下にいた《グノムス》を中心に地上に衝撃波が叩き付けられる。
さらに数発の衝撃波が襲い、周囲の地面を抉るが《グノムス》は不動のままそれに耐えていた。
妹魔女が舌打ちするような素振りを見せた。おそらく搭乗するリファへの攻撃を意図していたのだろうが、内部空間は外部の衝撃を打ち消すように制御されている。
上空の翼竜に向かって《グノムス》が右腕を向けた。
その腕の装甲が開いて砲塔になると、真紅の光線が放たれて翼竜の胴体と翼を薙ぐ。
翼竜は悲鳴と爆煙をあげながら地上へと落下した。
その隙にトウと鉄巨人が《グノムス》の背後に迫っていた。鉄巨人はトウの剣をそのまま巨大化した黒剣を両手で構えていた。
「これで!」
巨大化した黒の刃が《グノムス》のがら空きの背中に斬りつけられる。
しかし、黒の刃は《グノムス》の装甲から展開される魔力の防御障壁によって遮られた。
障壁を破れずに動きを止めた鉄巨人の腕と首を、振り向いた《グノムス》がそれぞれ掴む。そのまま力を入れると剣を持った鉄巨人の右腕を引き千切った。そして腕と本体をそれぞれ乱暴に投げ捨てた。
千切られた鉄巨人の腕から黒剣が離れると縮小して魔女トウの手に戻る。
本体もミューの命令で起き上がると《グノムス》から離れるように飛び退いた。
「……これは本格的に参ったわね。刃を通してくれないんじゃ手がないわ」
トウがため息をつく。態度は落ち着いているがその目にはさすがに余裕がなさそうだった。
エルマが《グノムス》の近くに立つ。
「どうするつもり? 逃げるならこちらには追いかける手段はないけど?」
魔女二人は答えない。しかし、その態度から撤退は考えてはいないようだ。
「姉様」
妹魔女が姉魔女を見る。
「まあ、しんどいけどそれしかないか」
目で何かやりとりした魔女たちが動き出す。
トウが剣を頭上に放ると剣が巨大化した。それは先程よりもさらに大きく、丸太のような巨大な刀身へと変化して魔女の背後に浮かぶ。
「合わせてよ」
「まかせて」
姉魔女が腕を振るった。巨大な剣が飛来し、《グノムス》を薙ぎ払おうとする。
しかし、魔女にとって全力であろうその巨大な斬撃も《グノムス》の張った魔力障壁によって受け止められる。巨大な刃と《グノムス》の魔力障壁が拮抗しながら火花を散らし続けるが、刃は防御を破れそうにはない。
「今よ!」
防御行動で動きを止める《グノムス》の前後に魔女二人が転移すると、その機体を挟むように両手をかざした。
《グノムス》が展開する魔力障壁に変化が生じた。胴体の部分が干渉を受けて魔力の火花を散らす。
(魔力障壁そのものを操作しているの!?)
魔力防壁は魔力の結界だ。魔女は防壁の魔力そのものを操作し、その結界の一部を無効化しようとしているようだ。しかし《グノムス》が操作する高出力の魔力への干渉は魔女にとっても至難の業なのか、二人の表情は険しく、障壁も乱れることなく巨大な剣の斬撃を阻止し続けている。
「……捉えたわ!」
「引き離すわよ!」
地面に倒れていた翼竜が首をもたげ、《グノムス》に向かって口を開いた。
その瞬間、魔力防壁が火花を散らし、同時に離れた地面にリファが姿を現した。
「うわぁッ!?」
リファが吹き飛ばされたように地面に転倒すると同時に《グノムス》の全身から真紅の光が消えた。
魔力源としていたリファを失い、急停止したのだ。
黒剣が軌道を変え、元の大きさに戻りながらエルマの左足を斬りつけた。
「──ッ!?」
エルマは痛みにその場に崩れると、黒剣が切っ先を彼女の喉元に突き付けながら空中で停止する。
「随分と手こずらせてくれたわね。殺さずにいるだけありがたく思いなさい」
魔女トウが近づき、浮いたままの剣の柄を掴む。
「姉様と私の力を甘く見たわね。自分の力を過信しがちな科学者ってのは昔も現在も変わってはいないわね」
勝ちを確信した魔女ミューが告げる。
魔女たちは《グノムス》からリファを強制的に引き離したのだ。おそらく自分たちの力で《グノムス》の魔力障壁に隙間を開け、リファによって満たされている内部空間の魔力をも利用、翼竜の持つ転移装置か何かで内部に隠れるリファを強引に転移させたのだ。
《グノムス》は停止したまま動かない。強制的にリファと引き離されたため、おそらく再起動には時間がかかるだろう。
「姉様、どうせなら手も潰しておいた方がいいんじゃない? 二度と機械弄りができないようにさ」
「ダメよ。この女をどうするかは姉様たちが決める事よ。それよりも〈ガラテア〉の方は任せるわ」
「はーい」
妹魔女は少し不服そうに言いながらも倒れたリファの方に振り向く。
(このままでは……せめて時間を稼いでリファちゃんだけでも──)
口を開こうとしたエルマの喉に刃が当てられる。
「そこまでよ。貴女は隙を見せると何してくるか分からないからね。もう何もさせないわ」
「……」
エルマは倒れたリファの姿を見る。
もう自力では対抗できる手段は残っていなかった。
「あいたぁ……」
地面に投げ出され、うつ伏せに倒れていたリファが顔を上げる。
エルマが黒剣の魔女に追い詰められていた。もう一人の魔女もその後ろに立っている。《グノムス》も動きを止めており、エルマを助けられそうにない。
(どうしよう、このままじゃ……)
リファ自身も強引に排除された反動か身体が重く、思うように動けないでいた。いや、動けても魔女たちが再び《グノムス》に乗り込む事を許さないだろう。
『──聞こえるか?』
リファの脳裏に声が響く。それはエレナ=フィルディングの声だった。
リファは突然の声に驚くが、エレナが無事だったことを喜ぶ暇もなく、そっと口を開く。
(……き、聞こえますか)
こちらに背を向ける魔女たちに気づかれないように囁き声で言う。
『どうした? 何かあったのか?』
リファの話しぶりで異変を悟ったのか、エレナの声も緊迫したものとなる。
妹魔女が振り返った。
リファは慌てて顔を伏せる。倒れたふりをしながらエルマとの交信を続ける。
(魔女に襲われてます)
『魔女? そうか、あの化け物だけでなく魔女も動いているのか』
(……お願いがあります。今からあたしが言う事を実行して欲しいんです)
『何?』
(時間がないの。言います)
その間にも魔女が近づく気配がする。
「あらら、動かないわね。強制排除の影響かしら? まあ、下手に暴れられないのは助かるけどね」
リファはうつ伏せに顔を隠したまま、エレナに小声で伝える。
それはいざという時のためにエルマから伝えられ、機会があれば実行するように頼まれていた魔女への最後の対抗策だ。
『……それはどういうことだ? なぜ、そんな命令を……』
妹魔女がリファの前に立った。
「さあ、起きなさい? 〈ガラテア〉ちゃん。自分で起きられたら、ちゃんと個体名で呼んであげても良いわよ」
リファが顔を上げると目の前に立つ妹魔女の顔を睨みながら叫んだ。
「お願い! 早く!」




