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狼犬を探せ

「大したおもてなしはできませんが、どうぞ」

 護衛として城にやって来た大公の騎士たちが広間に集まっていた。

 リーナは自ら前に出て出迎えると、タニアが持っていた盆の上から杯を手にして騎士に一人ずつ手渡していく。

「おお、これはかたじけない」

 杯の中身は冷えた水だ。騎士たちは水を飲み干し、喉を潤していく。

「いやあ、ユールヴィング城には美しい乙女がお住まいと伺っていたが、噂もたまには当たるものですな」

「そんな、お上手ですこと」

 騎士たちの言葉にリーナは慎ましやかな笑顔で返す。

「ああ。これで、あのような話を進めるとはユールヴィング卿も罪な──」

 言いかけた騎士の言葉を隣にいた騎士隊長が肘打ちで遮る。

「失礼致した。今回は内々の話ゆえに──」

「お気になさらないで下さい。大事なお話なのは承知しております。どうぞ、向こうに部屋をご用意致しました。長旅の疲れを少しでもお癒し下さい」

 リーナが城の通路の奥を手で示すと、待ち構えていた侍女たちが騎士たちの案内をする。

 騎士たちが侍女たちの案内で奥に消えると、リーナの横にタニアがやって来る。

「ありがとうございました、姫様。あたし、こういうの苦手で」

「いいえ。逆に差し出がましい真似でなければよいのですが──」

「とんでもない! この城の婦人かと思うぐらい貫禄ばっちりでしたよ。姫様がいてくれるだけでこの城は華が出ますから。むしろ、男爵は奥に引っ込んでいてもらって、城の中は姫様に取り仕切ってもらった方がいいです!」

 リーナは笑ってごまかすが、騎士たちが去っていった方に目を向けた。

「……詮索するのはいけない事とはいえ、何の話か正直、気になりますね」

「ですよね!」

 タニアが力強くうなずく。

「そもそも、姫様まで除け者にするってのが酷い話ですよ」

 タニアが不満の表情を浮かべる。

「姫様が居てくれるからこそ、男爵はいまもふんぞり返っていられるんです! 男どもは姫様に対して感謝の気持ちが足りないんですよ!」

「ありがとう。でも、必要な話ならきっとマークルフ様も教えてくださいま──」

 リーナの口が止まる。

「どうしました、姫様?」

「……いえ、いま向こうをマークルフ様が血相変えて通り過ぎていったような気がして」



「……案の定、こうなったな」

 開け放たれた部屋の扉を見ながら、椅子に座る大公は言った。

「あれほど度肝を抜かれた坊主の顔は初めて見たわい。予想はしてたがな」

「大公閣下。度肝を抜かれたのはわたしも同様です」

 ログが答えた。

「なぜ急にそのような話が──」

「いろいろ理由はあるが、側近のお前ならだいたいの事情は分かっておるじゃろう」

 大公は壁に飾られた《戦乙女の槍》を見つめる。

「ルーヴェン、貴様も驚いておるか? いろいろ言いたい事はあるかも知れんが、先に逝った方が悪いと思って儂に任せてもらうぞ」

「しかし、フィルディング一族との婚姻など隊長には到底受け入れられぬ話と思いますが──」

 ログが言うと、大公は手を組んだ。

「分かっておる。だから儂自ら説得する為にこうして足を運んだ。まずは連れ戻さねばならんがな。頼まれてくれるか?」

 ログが大公の表情を窺う。

「坊主の身体はあの槍のようにはいかん。これは後見人から副長へのたっての依頼と思ってほしい」

「……承知しました」



「隊長が逃げたぞぉーー!!」

「大公様のご命令だ! 草の根分けても探しだぜ!」

 城内を傭兵たちの声が響き渡る。その様は大捕物の様相を示していた。

 そして、その光景はリーナとタニアの前でも繰り広げられていた。

「いたか!?」

「いや。隈無く探したが姿が見えねえ!」

「さすが隊長だ。いざという時の逃げ足の早さを甘く見ていた」

 傭兵たちが腕を組む。

「ちょっと、何があったのよ?」

 タニアがリーナに代わって傭兵たちに訊ねる。

「おう、タニア。それに姫様も? 丁度良かった。姫様、隊長を見ませんでしたか?」

「マークルフ様なら先ほど大慌てで裏口の方に走って行くのをお見かけしましたが?」

 リーナが不思議に思いながらも答える。

「そうか! 出迎えの用意で侍女たちは台所の出入りが忙しいからな。その隙を突いて抜け出したか」

「よし、追うぞ!」

「だから、ちょっと待ちなさいよ!」

 傭兵たちが駆け出すが、タニアが後ろにいた傭兵の襟首を掴む。

「さっきから何をやってんのよ、あんたたち?」

「まだ聞いてねえのか? 理由は分からんが隊長が逃げ出してな」

「逃げた?」

 リーナとタニアは顔を見合わせる。

「それで大公様から捕まえるように命令が出た。しかも捕まえた奴には結構な額の褒美が出るそうだぜ」

「マジで!?」

「大公様の約束だから間違いねえぜ、タニア。どんな手段を使っても許すそうだ。そういうことだからお先に!」

 そう言って残った傭兵も仲間たちを追いかけていった。

「……姫様。男爵、いったい何をやらかしたんでしょうね?」

「……さあ」

 リーナは首を傾げる。

 その間にも通路の向こうを別の傭兵たちがやって来る。

「──見つかったか。向こうの被害は?」

「城の階段で三人、廊下で一人、中庭の林で二人。転倒させられた後に手足に油をまかれて行動不能にされている!」

「この短時間で六人か。いいか! 隊長は他人の足を引っ掛けることについては天才的だ。足許には十分過ぎるほどに警戒しろ!」

「隊長も手段を選ばないほど必死だ。単独行動はするな。追い込んで一気に捕まえろ!」

「おお!」

 傭兵たちは気勢をあげてリーナの前を通り過ぎていった。

「……ともかく、ご無事だといいわね」

 やる気に満ちた城内の熱気にリーナは苦笑を浮かべる。

「それにしても、マークルフ様を庇ってくださる方はいないのかしら」

「そんな人、姫様ぐらいですよ。この城にいる連中、げんきんな奴らか、面白いのに自分から首を突っ込むのしかいないですから」

 タニアもそう言うと袖をまくった。

「じゃあ、あたしも男爵を捜して来ます!」

「ちょ、ちょっと、タニアさん!? 出迎えの準備はいいの!?」

 リーナの呼び止めも虚しく、お祭り騒ぎに乗り遅れるなとばかりにタニアも通路の向こうに消えていくのだった。



「フィー、外のカゴを持ってきておくれ」

「どのカゴなのー?」

 フィーは、店の奥にいる祖母に向かって大声を返す。

「小屋の中に置いてある一番大きなカゴだよ」

「わかったー」

 フィーは元気よく返事をすると、祖母のいいつけ通りにカゴを取りに行った。

 フィーは《戦乙女の狼犬》亭を一人で切り盛りする女将の孫娘だ。

 看板にあるような凛々しく美しい戦乙女になるのを夢見ているが、それにはまだ十年は必要だろう。それでも祖母を助けて店を手伝い、健気さと元気の良さで立派に看板娘を務めている。

 庭の物置に入ったフィーはひっくり返して置いてあるカゴを見つけると、それを抱え上げた。

 カゴの中には何もいなかった。

「……」

 しかし、フィーはしばらく床を睨むとやがてカゴをよそに置き、その床を思いっきり踏んだ。

「あいてッ!?」

 床板がずれ、その下からマークルフが悲鳴をあげる。

「てめえ、いきなり何をしやがる!?」

 床の穴からマークルフが顔だけ出す。

 トン

 フィーは黙ってカゴを置き、マークルフの顔を隠した。

「ばあちゃーーん! へんな人がいたー!」

「待て! 言うな!」

 マークルフが慌ててフィーを捕まえて床の下に引きずり込みと、床穴をカゴで隠す。

 小屋の外から街の住人たちの声がした。

「いま若様の声が聞こえなかったか!?」

「若様見つけたら褒美をもらえるんだって!? 女将さんとこじゃないのかい?」

「女将さんの酒場はもう城の連中が探した後だ! 向こうを探して見ようぜ!」



 声が遠ざかるとカゴの隙間からマークルフは顔を出す。

「……あいつら、どいつもこいつも爺さんの金につられやがって。税金増やしてやろうか」

 城下街ではマークルフの捜索が一斉に行われていた。

 懸賞金につられた領民たちも城の追手に加わり、誰がマークルフを捕まえるかのお祭りになっていた。

「男しゃく、かくれんぼしてるの?」

 フィーも顔を出す。

「ああ。鬼よりたちの悪い爺さんに追われていてな」

 マークルフはカゴを放り捨ててフィーと一緒に床下から抜け出すと小屋の扉を閉めた。

「それより、フィー。何で俺が床下に隠れているのが分かった?」

「だって、そこ。フィーが見つけた“かくれが”だもん」

 フィーが自慢するように胸を張って答える。

「やれやれ、しばらく使っていなかったが、おめえに乗っ取られていたか」

 子供時代に自作して放置していた隠れ家だったが、すでに次の住人が使っていたようだ。

「とにかくだ。フィー、俺がここに隠れていることは黙っていてくれ」

「なんで?」

「何でもだ。約束してくれたら、おまえが欲しがってたリーナのお古のドレス、一着くれてやる」

「ほんと!? うん、やくそくする!」

 フィーが目を輝かせてうなずく。

「あと、水と食い物を持ってきてくれ。内緒でな」

「いいよ。まっててね!」

 すっかり買収されたフィーが外に出て行く。

 マークルフは安堵のため息をついた。

「……やれやれ。これで逃げる算段も立てられる。後は夜を待つしかねえな」

「残念ながら手遅れです」

 マークルフが驚いて顔を上げると、フィーと入れ替わるようにログが入り口に立っていた。

「ログ!? 何故ここに!?」

「『どこに隠れるか見当のつかぬ儂と思うな』──大公様からのお言葉です」

 マークルフは苦い表情をする。

「大公様がすでに店内でお待ちです。ご同行願います」

「……全部、計算済みかよ」

 マークルフは歯噛みする。

「閣下」

「ログ! てめえはどっちの味方だ!」

「大公様は先代様亡き後の後見人。その後見人としてのご命令である以上、逆らうことはできません」

 ログが巨大な壁のようにマークルフの前に立ちはだかる。

「……仕方ねえ。爺さんの顔を立てて話だけでも聞いて──」

 マークルフは両肩をすくめて観念するが、不意に目を見開いて叫ぶ。

「タニア!? どうした、その怪我は!?」

 ログが振り向く。

 だが、そこには誰もいなかった。

「許せ! 先手必勝!」

 マークルフはログの背後から殴りかかった。


 ドゴッ



「お連れしました」

 ログが店内に姿を現す。その左手は力なく床に伸びるマークルフの首根っこを掴んでいた。

「さすがはログ。手際が良いな。ご苦労さん」

 奥の席に座っていた大公が答えた。

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