魔女との戦い(1)
「どう、二人とも?」
研究室に集まったマリエル、そして彼女を手伝うアード・ウンロクの二人が記録用紙の束を検証していた。
「指示通りに複数の観測点を用いて計測を続けましたけど、これと言って目立った反応はなかった気がしますけどねえ」
「いやあ、計測器自体は魔力使わないですけど、あんまり紙無駄遣いしても尻を拭くぐらいにしか──」
マリエルが顔を上げて鋭い視線で睨む。
「ひぃっ!?」
二人は金縛りにあったように目の前で直立不動で固まった。
マリエルはそれぞれが持ち出した計測器の記録を互いに付き合わせていた。
微妙な反応があった全ての部分に目印をし、その時間と波形を別の紙に書き写して計算を続ける。
一心不乱にその作業をしていたマリエルだが、やがて手を止めた。
「……ど、どうしたんです、所長代理?」
アードが恐る恐る尋ねると、マリエルは険しい表情を向けた。
「……“鎧”の反応だわ」
「鎧?」
「それって男爵と姫様の“鎧”のことですかい、姐さん代理?」
「ええ……とても微弱だけど、この独特の反応はそれしか考えられないわ」
「ですが男爵はクレドガルの王都にいるはずでは?」
マリエルは立ち上がる。
「分かってる。だから一大事なのよ。知ってるでしょうけど特殊な存在である“鎧”は“聖域”の影響を受けない。“鎧”の放つ力の反応も減衰されることがない。その反応がごく僅かだけどここまで届き始めている。しかも、こちらに近づきつつある。男爵がクレドガルから“鎧”を装着して急いでこの地に飛んでいると考えるべきよ」
「それって、いったい……」
アードたちが困惑するように互いに顔を見合わせる。
「ともかく急いでログ副長に連絡を。男爵が“鎧”を纏ってここに急いで戻ろうとしているとしたら──それだけの何かが、この地で起きようとしているのかも知れないわ」
城の執務室でログはマリエルからの報告を聞いていた。
「確かなのか?」
「はい。他に戦乙女の武具と化した機械兵器が存在するなら別ですが──」
「そうか……閣下がここに到着するまでの時間は分かるか?」
「《アルゴ=アバス》の性能を考慮して、半日ぐらいでしょうか」
ログは考える。もし男爵が急いで帰還しようとしているなら、危機はその時間内に起きる可能性が高いだろう。
「何が起きようとしているか、予想はつくか?」
「反応があったのは“鎧”だけで、現時点では何が起きつつあるのか予測もできません。ですが男爵が帰還を急ぐとするなら、それだけの何かと見るべきでしょう」
「わたしで何とかできる事態ではないと考えるべきか……ウォーレン!」
ログは控えていた古参の傭兵に告げる。
「警備を固めろ。至急、城周辺の村にも避難命令の触れを出せ。少しでも異変を察知したら全部隊に伝達させるんだ」
「承知」
ウォーレンが急ぎ退室した。
「副長、うちもできる限りの事はしたいと思います。護衛の兵を貸してもらえますか」
マリエルがログに訴える。
「どうするつもりだ?」
「もうじき来る手筈のあれの引き取りを急ぎます」
「ブランダルク王から譲り受けるあれか。しかし、あれはあくまで研究資料と今後の事態への備えだったはずだ。いま使えるのか?」
「このままでは使えませんが、姉さんの方で手伝ってくれるかも知れません。男爵がこちらに急行しているのなら、同行する姉さんもここに迫る危機には気づいているはずです。何か手を打とうとしてくれるでしょう。向こうにはリファちゃんがいて、エレナ=フィルディングの協力も得られるかも知れません。あくまで希望的観測になりますが──」
ログは思案するが、やがてうなずいた。
「……分かった、許可しよう。非常事態だ。できる限りの事はやろう」
「ありがとうございます。反応の追跡と周辺の観測はアードたちにさせます。うちもさっそく──」
クレドガル王都郊外──
エルマは都を発ち、西へと向かっていた。
連れているのはリファと妖精族の二人、そして地中を潜行する護衛役の《グノムス》だ。
王都の側面を流れる大河から分かれた支流の川沿いを一行は歩いている。
「エルマさん、どこへ行くつもりなの?」
旅装束のリファが尋ねる。
「目的地は特に決めてないわ。でもエレナ嬢が西にいるみたいだから、少しでも早く合流できるようには動くつもりよ。川沿いを行けば向こうも川沿いを探せばいいと考えてくれるでしょうしね」
エルマが答える。
「フィルディングの姫を使って“機神”を利用するなら、“機神”を目印にした方が早くないかの?」
リファの肩に乗るダロムが言うが、エルマは頭を振った。
「迂闊に近づくのは危険でしょうね。魔女が居るかも知れないし、何よりもリファちゃんを連れて行けないわ。飢餓状態の相手に大量の餌をぶら下げるようなもの。時間は惜しいけどエレナ嬢がこちらを突き止めてくれるのを期待する方がまだ良いわ」
長い時間を“聖域”で暮らしたリファには〈ガラテア〉の特性によって膨大な魔力を蓄積している。ブランダルクの戦いでかなり消費したが、それでも“機神”を刺激するほどにはまだ魔力を秘めている。最悪、“機神”がリファを取り込もうとする可能性もあった。
「あねさん、どうやって男しゃくの手伝いをするの?」
もう一方の肩に乗るプリムが不安そうに尋ねる。ユールヴィング領に残る友達のフィーたちが心配なのだろう。
「そうね。正直言えば向こうにいるマリエルたち次第。でも、きっと向こうも動いてくれるわ。男爵があのまま向かっているなら、きっと──」
エルマは足を止める。
行く手にある崖の上から人影が伸びていた。
「話に聞いていたけど、この時代に〈ガラテア〉を見るなんてね」
女の声がした。
見上げたエルマたちの前に映ったのは黒剣の女戦士と黒髪の少女の二人組だ。
「そうね。それにおあつらえ向きにあの女も一緒にいてくれるなんてね」
黒髪の少女が冷ややかな笑みをエルマを睨む。
「──グノムス!」
エルマの声に地面が光り、そこから鉄機兵の姿が浮上した。
「エルマさん」
リファがエルマの後ろに近づく一方、妖精たちを魔女から見えないように背後に庇っていた。
不安そうにしているが、非常時の心構えはちゃんと出来ているようだ。
妖精二人も魔女に見つからないように飛び降りて地中へと身を隠す。
それを横目で確かめたエルマは再び魔女二人を睨む。
「来て欲しくなかったけどね。まあ、予想はしていたけどさ……リファちゃん、ここを出る前の話通りよ。あんまり良い気分じゃないから気が引けるけど、力を貸してちょうだい。ともかく、時間を稼ぐようにして」
「分かった」
リファが力強くうなずく。
《グノムス》の背後でエルマたちが話す一方、魔女二人もこちらを睨みながら話していた。
「……姉様、やはりあの方の予想通り──」
「そうね。正確な意味は分からないけど丁度、ご指名の女がそこに居るみたいだし。一緒に連れて行った方が早そうね」
魔女トウが黒剣を抜き、魔女ミューの背後から細身の鉄巨人が姿を現す。そして魔女トウの姿が消えるもすぐにエルマたちの背後に現れる。前後を挟まれた形だ。
「……さっきから二人で何の話をしているわけ?」
エルマが前に立つ魔女ミューに訊ねる。答えを期待しているわけではないが時間稼ぎの意味もあった。
しかし、妹魔女は意味ありげに微かな嘲笑を浮かべる。
「あら、気づいてないんだ。何とか下暗しってやつかしら?」
「下暗し? ああ、貴女って見た目は可愛い系のくせに派手な黒い下着履いてるそうね? 何? 人間じゃないのに誰か誘いたい相手がいて健気な努力でもしてんの?」
途端に妹魔女の顔が真紅に変わる。激怒の方だ。
「聞き捨てならないわね! 私がそんな泥棒猫のような真似をすると思ってるわけッ!?」
「あら? ちょっとやましい方向の恋ってやつかしら? 自分から魔女と名乗るだけあって怖いわねえ」
エルマが目を逸らして肩をすくめる。
「何ですって! あの金髪女といい! あのスカし野郎といい! あんたといい! “狼犬”側の連中って悉く失礼なのばかりね!」
「失礼ついでに言うけど、下着の趣味悪いから変えたら?」
妹魔女の顔がさらに紅潮する。激怒だけではなく羞恥も入っていた。
「黙って聞いていれば……『末の魔女は黒の下着が好みのようです』って言い触らしておいてよくもまあ、臆面もなく言えたものね!」
「ミュー!」
成り行きを見ていた姉魔女が口を挟む。
「ちょっと挑発に乗りすぎよ。その女はわたし達から少しでも情報を引き出すつもりよ。その相手の台詞をそのまま反論に使う癖は直しなさい。相手に利用されるわよ」
魔女トウが妹魔女をたしなめながらエルマを見る。
「あら、ばれちゃった?」
エルマが不敵に笑う。
「妹さんが言ったのはうちの男爵が国王陛下に言った台詞。つまり、あんた達はどこかでそれを立ち聞きしていたという事……いくら魔女さんたちでも警備が厳重な城で誰にも見つからずに聞き耳を立てていられるのかしら?」
「わたし達は魔女よ。手段ならいろいろとあるわ」
「そうよね。でも、それでも疑問ね。アレッソスの件で城に魔女側の内通者がいると考えて、強化装甲の脚部にも計測装置を入れておいたのよ……後で調べたけどあの謁見の間、魔力の反応はなかった。魔力の助けなしでも盗み聞きできるほど魔女って耳が良いのかしら?」
エルマが腕を組み、真顔で訊ねる。
「そもそも“聖域”の影響下のここで普通に活動できるのも不思議に思ってた。あんた達はこの近くなら何かから力の供給を受けられるんじゃない? 多分、普通では観測できない経路から、あの異形と同じような形で……“機神”から? それとも、あの王都に何かあるのかしら?」
エルマと魔女トウが互いに視線をぶつけるが、やがて魔女が苦笑する。
「思っている以上に厄介そうね、貴女……ミュー、少々手荒になってもこの二人は連れて行くわよ」
姉魔女が妹魔女に言った。
「エルマと言ったわね? わたしに訊ねつつ、そこの〈ガラテア〉にも情報を渡して逃がすつもりってところでしょうけど、さすがにそれは見逃せないわね」
今度はエルマは苦笑した。
「それはお見通しか。じゃあ、しらを切っても仕方ないわね」
「わたしは貴女の能力を評価している。だから油断はしない。ミュー、この前みたいに何を仕掛けて来るか分からないわ。甘く見ないようにね」
「分かってるわ、姉様」
魔女ミューも背後の人形に命令をするために手を掲げた。
「でも姉様、大姉様の約束は破れないわよ?」
「分かってるわ。グノムスちゃんだっけ? その子に危害を加えなきゃ姉様も大目に見てくれるわ」
魔女たちが身構える。
エルマはリファを後ろに庇いながら、《グノムス》を盾にする形で対峙した。
(……この二人の上にいる姉魔女は妹たちの躾けが良く出来てるみたいね。グノムスと戦わないって約束が生きているのは有り難いけど、さて、どこまでいけるかしら──)




